先にキスしたくなったほうが負けゲームのやつ ソーンズという人間と付き合うにあたって、なにがセーフでなにがアウトか、なんてエリジウムはもうすっかり知り尽くしてしまったつもりでいた。だから今も、答えを聞くまでもない、形式だけの問いを投げかけたのだ。
「キスしてもいい?」
ソーンズの身体に覆い被さりかけたエリジウムの影の下で、黄金の瞳がぱちりと瞬きをする。驚きも恥ずかしがる様子もない。前衛オペレーターの名に恥じず、人が動く気配に聡い彼のことだから、こうなることは予想していたのだろう。
しかしエリジウムにとっていつもと違うのは、ノータイムで返ってくると踏んでいたイエスが返ってこないことだった。何かを考えるように一拍だけ外れた視線が戻ってくる。
「まだダメだ」
「なんでダメなの?」
「ガムが残ってる」
眉を下げたエリジウムの顔にソーンズが息を吹きかける。微かに香った清涼剤にはエリジウムも覚えがあった。部屋に常備しているものだ。エリジウムの知らない間に口にしていたらしい。手探りでティッシュの箱を捕まえて差し出すと、ソーンズは大人しくそこにガムを吐き出した。丸めて器用にゴミ箱へ放る。
「もういいよね?」
頬に指をすべらせる。背中に腕が回った感覚を合図に口付けた唇には、ガムの味がわずかに残っていた。