ノータイトル「スザク」
呼び止められ振り返ろうとしたスザクは、腰に腕を回され後ろから引き寄せられた。
「わ…ちょっと、何するんだよルルーシュ!」ルルーシュは腰に回された腕を振りほどこうとしたスザクを更に引き寄せて髪に頬を擦り寄せる。
「いくら君について行くことにしたからといって、こんなことまで許した覚えはないよ」
スザクは背後のルルーシュに鋭い視線を向けた
「こんないやらしい格好で俺を誘うお前が悪い」
ルルーシュはその美貌に不敵な笑みを浮かべ悪びれもせずに答えた。
「別に、誘ってなんていないよ…それにいやらしいってこのナイトオブラウンズの騎士服のこと?」
「そうだ。そんないやらしい服で俺の前をうろつくなんて誘っているとしか思えないな」
ルルーシュの手がゆっくり愛撫する様にスザクのわき腹を辿り胸元へ移動する。
「あっ!ちょっと…ホントにやめてよ…これは、僕以外の人も着てる服だし…いやらしい訳ないだろ」
スザクは刺激に耐えるように唇を噛んだ。
「そうだな。でもお前が着ると何だっていやらしく感じるよ」何故だろうなと耳元で囁かれたスザクはビクリと躯を震わせる。
「何だスザク服の上から軽く触っているだけなのに感じてるのか?」
「んっ…違っ…は、離して」
ルルーシュ言葉を否定しようと開いた唇からは甘い吐息が零れた
「素直じゃないなお前は…躯はこんなに正直なのに」
ルルーシュの手がスザクのわき腹から腰をなぞって更に下腹部に触れるとそこはすでに昂りはじめている
「ひっ!」
「本当にかわいいなスザクは…俺の手と声だけでこんなに感じてくれて嬉しいよ」
「ん……ルルーシュ」
スザクの手が自身の腰を抱いているルルーシュの腕に縋る様に触れた。
「何、スザク?」
「もう……やっ……」
スザクの腰がもどかしげに揺れる
「スザク、俺に何をして欲しい?」
「あッ…お願い…意地悪しないで」
スザクのきれいな翠色の瞳から涙が零れる。
「意地悪じゃないよ…俺はスザクが好きだから…スザクにも同じくらい俺を求めて欲しいだけだ」
もはやスザクにはルルーシュに抗う手段など残されていなかった。彼の甘く優しい声に支配されていた。彼は絶対遵守の力など無くともスザクを支配することが出来るのだ。スザクに出来ることがあるとすれば、彼の望むまま言葉を口にすることのみだ。
「ルルーシュ…ん…はぁ…僕、僕も君が好き…だ…ずっと…ずっと君だけが欲しかった…だから僕だけを見て、抱きしめて…」
潤んだ瞳に自分だけを映し懇願するスザクをルルーシュは愛おしげに見つめ微笑む。
「いいよ、いい子だなスザクは…ご褒美に今夜はお前のしたいことだけをしてあげる。おいでスザク」
ルルーシュは腕の中から開放したスザクに向け両腕を広げる、彼は一瞬躊躇いを見せたものの正面から抱きついた。ルルーシュが応える様に抱きしめるとスザクの腕が首に回される。頬に手を這わせそのままゆっくり顔を近づけるとスザクの瞳が閉じられた。
「スザク……」
「ルル…シュ……ふっ…んんっ…!」
しばらくついばむ様なキスを繰り返していたが、次第に舌を絡ませ互いを貪り合う深いキスに移行していく。そうしてひとしきり貪り唇を離すと互いの唾液が銀色の糸のように繋がってプツリと切れた。
「ん…はぁ……」
激しいキスから解放されたスザクは恥ずかしそうに目を逸らす。
「今更恥ずかしがることか?」
「う…だ、だって…久しぶりだから…」
「確かに久しぶりだけどな、キスどころかこの1年の間お前に触れることも出来なかった…」
「うん…本当に色々なことがあったから…」
スザクの言う色々の言葉の中には含みがあり過ぎてルルーシュは苦笑するしかない。
「だがもう二度と触れられないと思っていたスザクがこうして、この俺の腕の中にいる…お前を手に入れる為に払った代償は大き過ぎたが、今更後悔はしない」
「ルルーシュ…僕は、んっ!」
スザクが何を言おうとしているのか察したルルーシュはもう一度スザクの唇を塞ぐ。
「スザクもう何も言わなくていい…悪いのはすべて俺だ」
「ううん…地獄に墜ちるなら僕も同じだから」微笑むスザクの瞳から涙が零れ落ちる。
「ああ、お前が俺の隣りにいてくれるなら、どこだろうが恐ろしくはないな」
「ははっ…そう?」
「ところでスザク…」
「何?」
「そろそろお前を抱いてもいいか…」
「あっ…えーっと…う、うん…」
少しだけ落ち着いたと思っていたスザクの躯の中で確かな欲望の火が燻っていた。
「よく見たらこの部屋すごく広いし豪華だし何の用途で使われていた部屋なんだろう?」
「それは今はどうでもいい…嫌になったか?」
「違う…嫌な訳ない…少しだけ我に返ったら恥ずかしくなって…ルルーシュ…僕は…俺は本当にあさましい人間でどうしようもない」
スザクは苦しげに眉を寄せ目を伏せた。
「俺はお前がお前でいてくれるなら何だっていい、あさましくても人殺しでも綺麗事ばかりの正論を振り翳しても、俺の敵のままでいても、スザクがスザクいられるならな」
「ルルーシュ」
スザクは瞳に涙を浮かべルルーシュを見つめる。
「スザクは相変わらず泣き虫だな…」
ルルーシュは手を伸ばしてスザクの頬に伝う涙を優しく拭いてやる。
「そんなことないよ」
「そんなことある。今俺といる間だけで何度泣いたか」
「それはルルーシュのせいだよ…意地悪するから」
「ふーん意地悪ねぇ、なんならもっといじめてやってもいいんだぞ…朝までどのくらい泣かせてやろうかな」
「嫌だよそんなの」
ルルーシュならば本当にやりかねないとスザクの表情か引きつっている。
「ふ…冗談だよ」
ルルーシュは笑いながらスザクの額に自分の額
を合わせた。
「何か変だね…」
「何がだ?」
「だって…僕たちはつい最近まで敵同士だったのに、今はこんなに近くにいるなんて変だよね」
この上なく近くで視線を交わしながらスザクが微笑む。
激しい感情の嵐が過ぎ去ったあとは、互いに目の前の相手への愛おしさ、恋しさが募るばかりだった。
しかしこの繋ぎ直した手を永遠に離さなければいけない日が近づいていることも互いに理解していた。
不意に胸を刺すような痛みを覚えルルーシュは
目を閉じる。
「ルルーシュ…君を愛してる。だから目をそらさないで最後まで僕を見て」
「スザク…」
ルルーシュは閉じていた目を開いてスザクを見ると微笑む彼の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「僕は君がユフィにしたことを忘れた訳じゃないし…憎しみだってなくなった訳じゃない…でもこれが今の僕の嘘偽りない気持ちなんだ」
「スザク愛している…お前と過ごしたあの夏の日は俺にとって何にも代え難い大切な記憶だった」
「……!」
ルルーシュの言葉にスザクはハッと目を見開いた。彼であって彼ではない、既にルルーシュの中から消えたはずの眼帯を着けた黒衣の男、軍師ジュリアス・キングスレイのことを思い出したからだ。シャルル皇帝のギアスによりナナリーやルルーシュとしての本来の記憶を欠いた不安定な彼は、過去のスザクと過ごした夏の日の幸福な記憶を求め、幾度となくスザクの名を呼んでいた。そんな彼を見て、どれだけ憎いと思っても憎みきれず嫌うことも見捨てることも出来なかった…ホントしょうがないなとスザクは小さく独りごちて更に笑みを深くする。
「おいスザク…俺の一世一代の告白を無視して誰のことを考えている?」
ルルーシュの瞳が苛立った様に細められる。
「え?違うよ。他の人のことじゃない、考えてたのは君のことだよ」
「そうか?それは正直なお前の躯に聞いてやる」
ルルーシュはスザクの腕を強く引っ張り寝室に入ると急なことに驚きバランスを崩したスザクを天蓋付の豪奢なベッドに押し付けた。天井から垂れ下がる分厚い布地に遮られ、恰も外界から放り出され隔絶されたような錯覚を覚える。
「ちょっと待って…るる…んんっ…!?」
スザクの躯の上に覆いかぶさったルルーシュはスザクの唇を無理矢理塞ぐ、呼吸さえ危ぶまれる激しいキスにスザクは身を委ねる他ない。
「はぁ…んっ……ね…ルルーシュ…聞いて…無視した訳じゃないよ」
「っ…!じゃあ何だ?」
「僕も同じだったから…8年前ルルーシュとナナリー3人で過ごした大切な記憶、ユフィの計らいで通うことになった学園での時間…あの時間は僕の人生の中で一番幸せだった…と思う…あの頃、僕も君も一番嘘をつきあっていたのに変だね」
本当に幸せそうに微笑むスザクにルルーシュは胸を突かれたような痛みを覚えた。
「バカかお前は!あんな…あんな短い時間がお前にとって、一番幸せだったなんて簡単に言うな…!いやバカは俺だ…俺はお前を幸せにするどころか傷つけることしか出来ない…」
ルルーシュは思わず溢れそうになった涙を隠す為にスザクの胸に顔を埋める
「ルルーシュ…泣いてるの…?」
スザクの手がルルーシュの頬に触れる。
「バカ言え…この俺が簡単に泣く訳ないだろ…それに泣き虫はお前の専売特許だ!」
「えっ?ホントに?僕は最近君が泣いているところを見た気がするけどなぁ」
「黙れスザク…俺はさっきのことを忘れてないからな」
「あはは…さっきのって?…あ…あぁ!あれね!ふふっ…ルルーシュ、自分に嫉妬するなんておかしいよ」
「はあ?何言ってるんだお前」
楽しそうに声を上げて笑うスザクに、ルルーシュは、全く!この天然には何を言ってもムダだなと呆れた様にため息を吐いた。
「前々から、あの青いマントとこの服はお前に似合うが気にいらないと思ってたんだ」
ルルーシュの脳裏にすべての感情を押し殺したスザクの表情や固く引き結ばれた唇、彼の姿勢の良い立ち姿、青いマントが目の前で美しく翻る映像が蘇った。スザクの羽織ったマントの背に刺繍されたブリタニアの紋章までもはっきり憶えている。
(ん?これはいつの記憶だ?俺はあのマントを着けたスザクを間近で見たことなどなかったはずだが…)
「ルルーシュ?どうかしたの?」
「いや、何でもない。それよりもだ…この服を着たお前は、シャルル・ジ・ブリタニアの所有物だということだろ」
ルルーシュは不快げに顔を顰めている。
「ええっ!僕とシャルル皇帝は何もないよ」
「あってたまるか気色悪い!」
「気色悪いってそこまで言わなくても…いいんじゃない?」
ルルーシュのあまりの態度にスザクが苦笑している。
「俺の父親とお前が…なんて考えただけで気色悪いだろうが!」
「ねぇルルーシュ…せっかくふたりきりなのにまだこんな話を続けるの?」
「確かにそうだ…仕切り直そう…」
「…何か楽しくて今夜はこのままずっと話しながら過ごしてもいいのかなって思ったけど…もっと誰より近くで君を感じたい…もっと僕に触れて、ルルーシュ…」
ずっと心の奥底で焦がれ続けたスザクの切なげに寄せられた眉、潤んだ瞳、もっと自分に触れて欲しいと強請る甘い声に今までギリギリ保っていた理性など脆くも崩れた。
「スザク…」
「ん…んっ!ルル…シュ…ふ…ンッ…!」
深く口付けながら二人を隔てる邪魔な物でしかないスザクのグローブ、白のジャケット、インナー更に下の白いスラックスを取り払う。そして自らもスカーフを乱暴に外し、ジャケット、ベストもその下のシャツもすべてを脱ぎベッドの下に落とした。
「はぁ…ん…るる…しゅ」
重ねられた躰の重み、久しぶりの肌の感触、匂い、熱にスザクは激しい眩暈を覚えた。けれどもっと感じたいとばかりに背中に腕を回し抱きついた。
「これで望み通りお前に触れられるな」
「ん…でもまだ足りない…」
「ああ、これではまだ何もしてないのと同じだ…お前が例え嫌がっても俺を感じさせてやるよ。なぁスザク…シャルルとは何もなかったというお前の言葉は信じるとしてだ…ジノやシュナイゼルとはどうなんだ?特にジノとお前は随分親密そうに見えたが」
「はぁ…あのねルルーシュ…いくら僕が恥知らずだったとしても君のお兄さんとどうにかなる訳ないよ…あとジノだって…彼はただの元同僚だし、勿論僕とは何もない…君が信じなくてもこれが真実だよ」
ただスザクがこれまで誰とも触れ合わず過ごしたのは、決してルルーシュに義理立てするためではなかった。自分がどれほど彼を求めているか知りたくなかった。これは違うと、スザクの求めている物とは違う、重さも匂いも肌の感触もキスの仕方も違うと誰かに抱かれながら、彼への想いの深さを思い知るのは嫌だった。
「シュナイゼルはともかく、ジノはお前が好きだったはずだろう」
「どうしてそんなにジノに拘るの?…ジノは人懐っこい性格だから初めて会った時からずっとああだし、きっと僕以外にもそうなんだと思う…もし君の言う通りだったとしても…寂しいからって彼に縋ったりしない…」
「スザク…」
「それにしても、今名前を挙げた人たちは全員男だよね…君は僕が女の人には見向きもされないと思ってるの?」
スザクは不満気に唇を尖らせる。
「え…いやそんなことはないが…ただ相手が思い当たらない…俺はお前がナナリーを自分の妹の様に愛してくれていると理解しているし…アーニャや他の同僚がお前の相手とも考え難い」
ルルーシュが眉間に皺を寄せ、そんなことを本気で考えているのが可笑しくてスザクは笑い出しそうになるのを必死で堪えている。
「だからジノのことを気にしてるの?」
「それだけじゃない」
「何?」
「いや…お前を想う気持ちは誰にも負けないがスザクとあいつとの体格差を見せつけられる度にだな…男としての自信が損なわれるんだ」
「ルルーシュもそんなこと考えるんだね、君は考えないのかと思った」
「何であっても順序立てて考える俺が、お前には悉く覆される…お前の存在はいつだってイレギュラーだよスザク」
小さくため息を吐いたルルーシュは穏やかに笑うスザクに応える様に微笑みを浮かべた。
「スザクあとひとつだけ聞かせてくれないか」
「うん、何を聞きたいの?」
「俺がシャルルの前に引き出されてからアッシュフォード学園に戻されるまでどのくらい期間が合ったんだ?」
「…大体2か月くらいかな」
ルルーシュの質問に戸惑いつつスザクは答えた
「そうか、その間お前が俺に関わった事はあったのか?」
「…ルルーシュ…あの…それは…知らないほうがいいんじゃないかな」
「それはお前が決める事じゃないぞ」
「いや…まぁ…そう…そうなんだけどさ…」
「随分歯切れが悪いな、そんなに答え難い事なのか?」
「君にとっては、僕に土下座なんかするよりずっと屈辱的な事だと思うよ…それでも知りたいの?」
「ああ…俺の知らない俺の記憶をお前だけが持っているのは正直言って面白くない」
「…分かったよ」
気まずそうに逸らしていた視線をまっすぐルルーシュに向ける。
「あれは僕がナイトオブセブンになってから初めての任務だった。ラウンズになって1週間くらい経った頃シャルル皇帝に呼び出されて、そこで引き合わされて紹介されたのが、軍師ジュリアス・キングスレイ、君自身の本来の記憶やナナリーや僕の記憶も失った君だったんだよ」
「軍師?それでお前の任務とはなんだったんだ?」
「ユーロピアとの戦争状態が長引いていたユーロ・ブリタニアを平定する為に派遣される、キングスレイ卿の護衛役だよ」
「お前が護衛役…」
「そう、たった二人だけでユーロ・ブリタニアのサンクトペテルブルクに向かわされた、ランスロットを持っていくのは許可されたけど、ロイドさんやセシルさんも同行が許されない極秘の任務…どうしてエリア11から出た事の無い経験の浅い僕がと疑問に思ったけどすぐに謎が解けた…あんな状態の彼を他の人には任せられないなと納得した」
「あんな状態って?」
「…僕の事を覚えてないのに、何故か僕の名前を呼ぶからだよ。君は時々まるでクスリの効果が切れて禁断症状が起きた中毒患者みたいに僕の名前を呼んで水を欲した…多分ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとしての根幹の記憶がない不安定な君にとっては、過去の記憶だけが確かなものだったかもしれないけれど、僕にとっては過去の大切な思い出さえ壊したのは君なのにって腹が立って仕方がなかった」
スザクは当時を思い出したように苦しげな表情を浮かべ唇を噛んだ。
「スザク…」
「勿論分かってはいるんだ、何も覚えていない君に罪はないし、あれは理不尽な怒りだったって」
す