海棠また落つる微雨の時 ◇
前世 修羅¹は人の世の寂寞²を笑い
今生 仏陀³は六道⁴に落ち灼(や)かれる
もし草木が恋情の苦さを知らなければ
身を転じて何を哭こう 愛恨とは蕭索⁵たり
海棠の花は逆らうことなくまた落ち 貴方はそれを嘆いた
南柯の夢⁶の如く儚い貴方をどうすればよいのだろう
雪に覆われた長階は果てなく続き 虔誠⁷に祈りを捧ぐ
幾世の糾葛⁸を換(か)うる幸得たらばと
かつて三千の石階は語らず
聚散離合⁹は幾世にわたり
記憶は曲折を経て 深く明明と刻まれる
開く花は憂いを忘れさせ 落ちる花は愁いを誘う
誰がまたこの地に留まろうか
心頭には見えずとも眉頭に上る¹⁰
輪回する幾世の執念
往事¹¹は問わず 愛憎は論ぜず
人間¹²は忽(たちま)ち雪に満ちる
海棠がまた落ちる微雨の時に相待とう
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¹修羅:阿修羅。仏教における戦闘神。六道のひとつである修羅道の主。
²寂寞(せきばく):ひっそりとして寂しいこと。
³仏陀:釈迦。本来、悟りの最高位である"仏の悟り"を開いた者のことをいう。悟りを開くことで輪廻転生から解脱する。
⁴六道:死後、その人の人生によって輪廻転生する六種の世界。天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六つのこと。
⁵蕭索(しょうさく):物寂しいさま。うらぶれたさま。
⁶南柯の夢(なんか-の-ゆめ):世の夢のように儚いことのたとえ。『南柯太守传』出典。
⁷虔誠(けんせい):(神仏などに)敬虔であるさま。深く敬い、慎み深いさま。
⁸糾葛(きゅうかつ):もつれた関係。過去の因縁。
⁹聚散離合(しゅうさんりごう):別れや再会を繰り返すさま。離合集散に同じ。
¹⁰心頭には見えずとも眉頭に上る:心の内では認識できないものが、顔に現れてしまうこと。
¹¹往事:過去のこと。
¹²人間(じんかん):人の世。