その熱が伝わらないうちにまだ冷め切らない夏を感じる秋の始まり。いつもと同じ昼下がり。雲ひとつない澄み切った空の下で、2人は昼寝をしていた。ことの発端は、フェリシアーノの提案だった。
「ルート、またクマできてるよ?ちゃんと寝てる?」
ふと顔を覗き込んできたかと思えば、我が恋人はある種失礼と取られるであろうことを問いかけてきた。とはいえ、彼の場合は本気で心配しているのだからタチが悪い。このクマを作る羽目になった理由はお前だというのに。
「そうだな、最近は日付を超えてから寝ているからそうなっていても仕方ないだろう」
「えーっ、ダメだよ!ちゃんと寝なきゃ」
だから、お前が余計なことをするせいで俺がいつも尻拭いをして……。なんて、到底この顔を前に言えるわけもない。
「ほら、今日は天気いいし、一緒にシエスタしようよ!」
いつもなら、そんなことをする暇があるのならさっさと書類の山を片付けろ!と言いたくなるところだが、今日に限っては本当に眠たい。今すぐにでも倒れそうなくらいだった。
「シエスタ…昼寝、か。長らくそんなことしていなかったな。わかった、4時までだ」
「わーい!言ってみるもんだね。じゃあ、俺がおすすめのシエスタスポット教えてあげるよ」
いつもそれくらいの用意周到さでいてほしいものだな、とルートヴィッヒは苦笑しつつも、後に着いていくのだった。
だだっ広い草原に着いた2人は、ちょうど良い場所を見つけてそこに寝っ転がった。しかし、フェリシアーノはルートヴィッヒが少し距離を空けて横になったのを見て、不服そうに口を尖らせた。
「なんでルートはそっちにいくの?一緒に寝ようよぉ」
べっとりくっついて寝るだなんて考えてもいなかったルートヴィッヒは若干目を見開いて、ごろごろと転がりながら近づいてくるフェリシアーノを両手で止めた。
「なんだってお前はそんなにくっついてくるんだ!」
「ゔぇー、だってルートあったかいんだもん。一緒に寝たら気持ちいいよ?」
「別に日差しで十分あったかいだろう。必要性を感じられん」
キッパリと言い切られてしまったので、フェリシアーノは諦めてまたごろごろと元の位置に戻っていった。
そして、2人はシエスタ、つまり昼寝を始めた。
「…ん」
目を開ければ、淡い光が差し込んできた。そうか、俺はフェリシアーノと昼寝をしていたんだった。見上げた青い空に浮かぶ白い雲は、昼寝をする前と変わらず気ままにゆっくり流れている。近くの木々が緩やかな風にゆすられ、時折小鳥の囀りが聞こえた。そんな自然の営みを感じていると、深い眠りから意識がだんだんと覚醒してくる。寝ても起きても心地が良い。こんな気分になったのは本当に久々のことで、ここ一週間の疲れがほとんど取れてしまったようだ。なるほど、こんなことを常日頃からしているのとしていないのとではストレスの溜まり方が違うのにも納得がいく。
ふと、今は何時だろうかと裾を捲り腕時計を見てみれば、短針が指すは4の数字。隣にはまだぐっすりと寝ているフェリシアーノがいた。寝る前にあんなにも止めたというのに、いつの間にやら体同士はくっついていた。…もしかして、いつもより深く眠れたのは、コイツのせいだったりするのか?いつもあったかいだのなんだのいってくっついてくるフェリシアーノだが、触れてみれば彼の熱もなかなかのものである。日本にある湯たんぽのような、地中海の太陽を感じるような…。
そう考えていたら、別に誰に聞かれたわけでもないがなんだか恥ずかしくなって、でも満更でもない顔をしてそっぽを向いた。しかし、そこでハッと4時なのを思い出したので、仕方なく赤く染まっているであろう顔を見せないように声をかけた。
「フェリ、起きろ。4時だ」
「んゔぇ、ルート…」
フェリシアーノは寝ぼけ眼を擦りながらこちらに擦り寄ってくる。どうせなら顔を見たい。だが、今の自分はそんなことができる状態ではない。
「なんでそっち向いてるの?」
「き、気にするな!戻るぞ」
気にしていることを時折すらっと当ててくるのは、フェリシアーノのいいところでもあり悪いところでもある。苦しい時にはこれ以上ない救いになる。…今だけは、あててほしくなかったんだがな、とルートヴィッヒは内心思うのだった。
一方で、耳と首まで赤くなっていることに気づいたフェリシアーノは恋人が何を思ったか察して、どうにか振り向かせたくなった。可愛い恋人を持つ男のサガなのだからしょうがない。
「でも気持ちよく寝れたでしょ?せっかくだし、もうちょっと寝ようよ」
「そういうのは…」
「ね、ルートだって今、俺と顔合わせたくないでしょ?」
もう既にフェリシアーノが全てわかっていることに気づいたルートヴィッヒはぎくりと肩を震わせた。そしてさらに顔を赤くしてしまい、余計その提案に乗らざるを得ないのだ。
「はい、もっかい横になって!」
言われるがままにルートヴィッヒは草原に横たわる。青々とした草の香りを吸い込んで、また瞼が下がってくる。
ああ、背中の熱が、恋しい。
「…フェリ、その、寝ないのか?」
薄目を開けて問う。小さな声でも我が恋人は必ず聞き取ってくれる。
「んー?寝てるよ?」
「じゃ、じゃあなぜ、今度はくっつかない?」
恥ずかしい。なんでこんなことを口走ってしまう?いつもなら絶対に言わないのに。俺はどうかしてしまったのか?まだ寝ぼけているのか?
「ヴェッ!」と声が聞こえて、続けてガバッと音がする。勢いよく起き上がったフェリシアーノはきっと今、ちょこんと座って目を輝かせていることだろう。
「もしかして、くっつきたいの!?くっついていいの!?」
「何度も言わせるな!くっつきたいなら………許可する」
なんてことを言っているんだ。…でも、せっかく言えたのに、こういう言い方しかできない自分が悔しい。やっぱり俺はこういうことを言うのには向いていないんだ。
「ゔぇへーいっ!やったあ、ルートがデレた!おれ、今すっごい嬉しいよ!」
声だけでこんなにも表情が思い浮かぶなんて。俺と真反対すぎて、時折こいつとなぜこんなにもやっていけているのか不思議に思う。その度、凹凸がピッタリ組み合わさることと原理は同じなのかもしれない、なんて、自分らしくないことを考える。
ぎゅ、と背中から抱きつかれた。いつもなら振り払うはずの動作だ。むにむにとした頬が肩甲骨のあたりに当たる。
「やっぱりおれ、お前の体温、好きだあ」
すぐにフェリシアーノの体温がルートヴィッヒに伝わる。2人の体温が混ざって溶けて、ひだまりの温度が辺りを包んだ。ルートヴィッヒはどうしようもなく愛おしくなって、胸が締め付けられた。このままでは、きっと起きた時も胸が熱い。だから、どうにかしてこの気持ちを逃さなくては。目線を下げれば、お腹あたりにマシュマロのような手が見えた。手の持ち主はもうスースーと寝息を立てて寝ているようだ。
持ち上げた手を、遂に自らの口の前まで持ってきた。
顔の熱が最高潮に達したと同時に、ルートヴィッヒはフェリシアーノの手の甲に、下手なキスを落とした。
——この体温が、どうか伝わりませんように。
そう願った彼の背中に、赤く染めた顔を埋めたフェリシアーノもそう願っているということをルートヴィッヒはつゆ知らず、2度目の夢の世界に足を踏み入れていくのだ。