真っ赤に熟れた愛俺様の最愛の弟は、どうやら感情を言葉に乗せるのが苦手らしい。けれど、その代わりに溢れんばかりの愛を落とす。
「なぁなぁヴェストー!俺様のこと好きか?ン?」
「なんだ急に…嫌いなわけがないだろう」
そういうことじゃねぇって!とほっぺをつねろうとすると、お得意の怪力で跳ね返された。やっぱり俺様の弟超強え!!
「Ich liebe dich.って言ってくれよ〜」
伝えてしまえば、面白いくらいに顔を赤らめる。あーあ、そういうことするから他の奴らが兄の座を狙ってくるんだよ。って、言ってもどうせそんなことないとかしか言わないんだろうけどな。
「兄さん…!言わないとわからないのか?」
「そんなわけねぇけどよぉ。顔でわかるし、なにより…」
ころっ。
まただ、また落ちた。理由はわからないが、こいつは好きとかの感情をピンクのハートにして落とす。多分、伝えきれなくて溢れ返った思いが凝縮されたものなんだろう。俺はヴェストがこれを落としてくれるのが無性に嬉しくて、定期的にこういう質問をしているのだ。
「なにより?」
不審がって怪訝そうに聞いてくる。おそらく何か企んでると踏んでいるのだ。
「んーん、なんでもねぇぜ〜?」
俺はそれをフラフラと交わす。あー、いつかあのハート、食べてみたいぜ。
兄さんはいつも何か隠している。それは愛情からか、単なるからかいなのか定かではないが、少し不快であることに変わりはない。今日だって、なにより、の先を聞かせてくれなかった。でも、顔でわかると言いながら視線の先は俺の顔ではなかった。もっと下の方。右手のほうだろうか。もしかしたら俺の知らない癖を見抜いているのかもしれない。
「…と、いうわけでだ。イタリア、日本。俺にそういう癖はないか?」
兄さんはどうせ教えてくれないので、相談したのはいつも俺と一緒にいる2人だ。
「癖ですか…」
「ゔぇ、なんかあるかなあ」
しかし、2人が悩むのも無理はない。小さい頃に、それこそ兄さんに一つの隙もないよう癖があればすぐに矯正されていたからだ。だから最初は癖ではないと思ったのだが、最近弛んできているのかもしれない可能性を疑った。
「ドイツさんには癖らしい癖はないと思います」
「そうか…ではなんだったんだ、あれは」
俺がそういうと、2人は揃って顔を見合わせ、
「2人してどうした」
「あ、いえ…」
「ううん」
そして、優しく笑うのだった。
「ね、ね、日本」
イタリアはドイツが向こうへ行ったのを見計らって、日本に話しかけた。
「イタリア君。…ドイツさんのことですよね?」
日本もそれをわかっており、ドイツのいるほうにちらっと目をやって、しばらく帰ってくる気配がないことを確認して小声で聞いた。
「うん。ドイツは癖だって思ってるみたいだけど、あれ、明らかにあのハートのせいだよね」
「ええ、そうでしょうねえ。プロイセン君のことですから、またきっと意地悪な言い方をしたんでしょう」
あの人は、と日本は苦笑する。
「あのハート、意外とすぐ消えちゃうし、本人は気づいてないんだろうなあ」
今日はヴェストの誕生日だ。朝からイタリアちゃんや日本が訪ねてきたりして、そのあとその他の奴らもきたりして。本当に騒がしい1日だった。
「ふぃー。やっと全員帰ったな。片付けやらせといてよかったぜ」
「まったくだな。俺たち2人でも流石に骨が折れるほど汚していたものだから」
ふと顔を覗けば、さっきまで片付けをしろだの怒鳴っていたあの顔から一点、リラックスした弟の顔になっていた。とはいえ、流石に疲れた顔をしていた。
「なぁ、ヴェスト」
弟はこちらを振り向く。
「俺のこと好き?」
そう言った瞬間、弟はあからさまにまたか、という顔になった。わざとのやつだ。
「だから、嫌いなわけないと」
「俺様はだーーーーいすきだぜ!」
駄々をこねるのではなく真っ直ぐ愛情を伝えた俺様に驚いたのか、目を見開くのが可愛かった。疲れてるし、今日は行けるかもしれない。少しの期待だったが、試さないわけもない。
「すっげぇ好き。世界で一番大好き」
甘い言葉を紡ぐ、といえば聞こえはいいが、俺としては少し意地悪をしている気分だった。俺によく似て色白で端正な顔がどんどん染まっていく。ああ、こういうところがたまらなく大好きなんだよな。
「ヴェストが俺様好きだってことはわかってるけどな、ちゃんと伝えてくれないとわかんねぇ」
あえて言えとは明言せず、こいつに主導権を握らせる。そうしてしまえば思い通りになるまでは簡単だ。
「わ…からない、なんて」
明らかに動揺している。言おうかどうか迷っている。あとは何も言わず、じっと目を見るだけでいい。
「っ、好きに決まっている!」
そういうと、ヴェストは台所へ足早に向かってしまった。大好きまでは流石に言ってくれなかったか。それにしたってやっと聞きたかった言葉が聞けて顔がニヤける。その時だった。
「お?」
ヴェストの背中から、何かが転がり落ちてきた。思わずキャッチする。潰してはいないようだ。安心してから手を開いてみると、それは苺みたいに真っ赤で、いつもより格段に熟れた愛だった。
「あいつ、また落としたのか」
なんとなく、手に持ったそれを窓から刺す夕日にかざして、やっぱり綺麗だったので、思わずケセ、と一つ笑った。軽く一通り眺めてから、そういえば食べてみたいと思っていたことを思い出した。
「そもそも食べモンかもわかんねぇけどまあヴェストから出てきたもんだし危なくはないよな、どんな味すんだ、これ。…甘そうだな」
いつもあいつが作るクーヘンみたいな…。まだ見ぬ甘さを想像しながら、それを口に含んだ。
「…あっま」
それはクーヘンとは比べ物にならないほど甘く、そして、心地よい酸味を含んでいた。いつまでも口の中で転がしていたかったが、あいにくそれは昔食べた日本の綿菓子のようにすぐ溶けてしまった。少し、残念だった。
でも、感じた愛おしい甘さは全部覚えていよう。お前からの愛を、全て忘れるわけがない。
そんなことを考えていたら、あいつのことがたまらなく愛おしくなった。ああ、どうしようもない!俺もハートを落とすことができたら、どんなのを落とすんだろうか、なんて思いながら。
「ヴェストぉ!!」
元気良く駆けた彼からも、同じくらい紅く染まった形の整ったハートが一つ、ころりと転がり落ちた。