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    保険医×JKパロ ① 続くか未定新学期、朝から長ったらしい校長の挨拶を聞き流し憂鬱な1年がまた始まるのかとため息を吐く。
    昔から人見知りな事とはっきりものを言ってしまう性格が故に友達作りが苦手で、高校に入ってからもそんな性格が変わるはずもなく…周りと距離を置き保健室に逃げ込む毎日だった。

    (はぁ、早く帰りたい)

    そう思いながらぼーっと体育館を見渡していると、ある人物に目が止まる。
    スーツに身を包んだ彼女は少し緊張した面持ちで校長の長話を聞いていた。

    (新しい先生かな…凄い美人…)

    いつもなら新しく赴任してきた教師なんて気にもとめないのに、何故か彼女だけは少し気になってしまった。

    (何担当の先生だろ…)


    そんな事を考えているといつの間にか全校集会は終わっており、ぞろぞろと各自新しい教室へと入っていく。

    教室に着き、軽く自己紹介をした後今後の話をしてその日は解散となった。








    授業開始10分前、1年の時同じクラスだったであろうクラスメイト達が固まって話しているのを横目に私はいつものように担任へ体調不良と嘘をつき保健室へと向かう。

    「失礼します」カラカラカラ
    「わ、はい!どうぞ!」

    保健室の扉に声をかけ、開けるといつもの穏やかな先生の声ではなく驚いたような若い女性の声が返ってきた。

    「あれ、◯◯先生は…?」
    「あ!◯◯先生の代わりに今年度から新しく赴任してきました小林愛香です!えっと一応昨日全校集会で挨拶したんだけど…」
    「あー…すみませんぼーっとしてて聞いてなかったです」
    「あ、そっか…」

    昨日と違いスーツの上から白衣を羽織った彼女は少ししょんぼりしたように苦笑いを浮かべる。

    (この人保健室の先生だったのか…)

    「あ、ごめん体調悪いんだよねとりあえず熱測る?」
    「…」

    (去年までの先生は私の事情を知っててズル休みでもここに居させてくれたけど…どうしよう)

    「?」
    「…熱は無いです。」
    「あー、頭痛い?それとも転んだ?」

    (…誤魔化してもしょうがないか)

    「……いや、ちょっとクラスに馴染めなくて。…ここ居心地良いし前の先生も事情知ってたんでよく来てたんですよね」

    隠してもしょうがないと思い正直に話す。
    数秒の沈黙の後彼女が口を開いた。

    「…そっか、じゃあとりあえずベッドで休む?それともなんかお話しよっか!」
    「え?」
    「ん?」
    「いや、ズル休みだし…追い返さないんですか?」
    「あ〜、まぁ授業に出るのが1番だけど逃げたい時は逃げちゃってもいいと思うんだよね、無理して行くよりは。少しづつ慣れていけばいいんだよ」
    「…先生がそんな事言っていいの?」
    「う〜ん、まぁ先生って言っても勉強を教えてるわけじゃないし?どっちかって言うとほら!生徒のメンタルケアの方が専門だから!大丈夫大丈夫!」

    (なんか適当だなぁ…)

    「そういえばお名前聞いてなかったね?」
    「…逢田梨香子です。2年」
    「逢田さん!良い名前だね!」
    「ありがとうございます…」
    「逢田さんグミ好き?」
    「へ?…まぁ、別に嫌いじゃないですけど」
    「ほんと?じゃあ手出して!」
    「…?」スッ…

    コロコロ

    「はい!レッツグミ二ケーション!!」
    「…」
    「…無言はやめて!つらい!」
    「いや、反応しずらいです」
    「んぇ〜だめかぁ…コミュニケーション難しい…グミで仲良くなろう作戦失敗だぁ…」

    (…なんだろうこの人、ころころ表情が変わって…)

    「なんか犬みたいですね」
    「え?そうかな…てか褒めてる?それ」
    「ふふ…」
    「あ!やっと笑った〜!」
    「え?」
    「ずっと暗い顔してたから、笑った顔も可愛いね!」
    「っ…ありがとうございます…」


    小林先生とのおしゃべりは思いのほか楽しくて、気づいた時には授業終了のチャイムが鳴り響いていた。


    「あ、チャイムなっちゃったね…もう少し居る?」
    「いや、戻ります単位もあるし…」
    「お!偉いじゃん!頑張ってね!」
    「ありがとうございました、失礼します」

    カラカラカラピシャッ

    「…ふふっ…変な人」




    それが私、逢田梨香子と小林愛香の出会いだった。


    小林先生の人懐こい性格と、同じO型だからか共通点も多くて私が保健室に足を運ぶ頻度は自然と増えていった。





    先生のいる保健室に通うようになってから3ヶ月は経った頃、私は小林先生を「あいきゃん」とあだ名で呼ぶくらいには心を開いていた。

    (まぁあいきゃん呼びは私が勝手にしてるだけだけど)

    「あいきゃ〜ん」カラカラカラ
    「小林先生ね」
    「何してんの?」
    「ん〜?消毒液とか包帯の点検してるの。期限とか、ちゃんと確認しておかなきゃだしね」
    「あいきゃんが真面目に仕事してる…」
    「おい、それはいつも真面目じゃないってことか!?あと小林先生!」
    「だってサボり見逃したり学校にお菓子持ってきたりしてるじゃん」
    「うぐっ…そ、それも仕事の一環だもん…」
    「え〜?」ニヤニヤ
    「と、ところで逢田さん最近よく来るけど単位は大丈夫なの?」
    「ん〜、まぁ大丈夫だよ。一応調整してるし、私そんな頭悪くないし?」
    「そういう問題…?ほらクラスメイトとか…友達はできた?」
    「…友達付き合い苦手だって言ったじゃん、それにあいきゃんが居るから…友達なんていらないよ」
    「私は友達じゃなくて先生だからね?」
    「先生の威厳ないじゃん」
    「あー!この人言っちゃいけないこと言いました!!小林先生泣いちゃうよ!?」
    「はいはい」
    「もうちょいかまってよ〜!も〜…でもやっぱり友達いた方が楽しいよ?高校生活は今しかないからね」
    「…もういいって…今日はもう戻る」
    「あ、」

    カラカラカラピシャッ

    (友達が出来るならとっくの昔に作ってるよ!…それが出来ないから苦労してるんじゃん!………変わらなきゃいけないのなんて自分でもわかってるし…)
     
    (…けど、友達なんて作らなくてもいいやって思っちゃうくらいあいきゃんの傍が居心地良すぎるんだもん…しょうがないじゃん…)


    カラカラカラ


    「あれ?誰もいない……あ」

    黒板の予定表をチラリと見る。

    (うわ、そうだった…次体育じゃん。体育が嫌だから保健室行ったんだっけ……あんなこと言った手前保健室には行けないし…)

    「…はぁ、とりあえず着替えて行かなきゃ」


     






    「あれ、逢田さんもう体調は大丈夫?」
    「あ、はい…遅れてすみません」
    「よし、じゃあとりあえず2人組作ってストレッチからはじめよっか」


    (はぁ…最悪…2人組とか1番苦手なやつじゃん…どうしよう全然話したことないし2人組作れる人いない…)

    「…。」

    (もう帰りたい…声掛けるにも皆それぞれ組んじゃってるし…)

    トントン
     
    「!!」ビクッ

    ため息を吐き、1人広い体育館で佇んでいると背中をトントンと叩かれる。
    いきなりの衝撃にびくりとしながら振り返るとそこにはコチラを見ながらにこにこと微笑んでいる少女と、その少女に少し呆れながらも優しく微笑む少女が立っていた。

    (クラスメイトの伊波さんと斉藤さん…?)

    クラスで輪の中心にいる彼女達が、いったいなぜ私なんかに声をかけてくるのだろう?
    …もしかして1人でいる私を揶揄いにきたのだろうか?
    そんなネガティブな事を考えていると太陽のようなに眩しく微笑む彼女が口を開いた。

    「ねぇねぇ逢田さん良かったら私たちの所入らない?人数的に1人余っちゃうからさ!」
    「へ?」

    予想とは真逆の温かい言葉に思わず腑抜けた声が出る。

    「先生いいよねー?」
    「そうね、じゃあ伊波さんと斉藤さんよろしくね?」
    「「はーい」」
    「あ…」
    「私、伊波杏樹!こっちは幼なじみの斉藤朱夏だよ!」
    「よろしくー」
    「…よ、よろしく…」
    「私、梨子ちゃんと話してみたかったんだー!」
    「梨香子ね、よく保健室行ってるからなかなか話しかけるタイミング無くてさ。体弱いの?」
    「あはは…まぁ…」
    「じゃあゆっくりストレッチしよっか!」
    「うん…ありがとう」


    その日をきっかけに2人は私が1人で居ると何かと話しかけてくれて、輪の中心にいる彼女達のお陰なのか少しづつだけどクラスメイトとも打ち解けていった。
     




    「そういえばこの前校舎裏であいきゃんが告白されてるの見ちゃった」

    机をくっつけて各々お弁当を食べていると杏ちゃんがそんな衝撃発言をしながら卵焼きをぱくりと口に入れる。

    (…は?)

    「また〜?今月入って3回目じゃん」

    (しかも3回目??)

    「ね〜!あいきゃん美人でかっこいいし優しいからね〜」
    「え、あのちょっと待って」
    「ん?どうしたの梨子ちゃん」
    「…ここって女子高だよね?」
    「あ〜、ほら女子高ならではのさ?かっこいい人いたらモテるやつ」
    「朱夏も結構モテるよね〜」
    「いや、私は別に…てか杏樹の方がモテるじゃん。部活でよくキャーキャー言われてるし」
    「え〜?全然そんな事ないよ?」
    「……杏樹がかっこいいのは私だけが知ってれば良いのにさ…」ボソッ
    「ん?朱夏なんか言った?」
    「ん〜?別に〜」
    「……てかあいきゃんってそんなに人気なの?」
    「そりゃあ人気でしょ!先生の中ならダントツだと思うよ?」
    「気さくだしノリも良いしね〜なんでもファンクラブもあるとかないとか」
    「へぇ…そうなんだ」


    (…なんだろ、凄くもやもやする…私の方が絶対あいきゃんの良いところわかってるのに……)








    「あいきゃんってモテるんだね」


    杏ちゃん達と仲良くなってからは授業をサボる事はめっきりなくなり、放課後に保健室に入り浸るようになった。
    お昼からあるもやもやを晴らすべく、事務仕事をしているあいきゃんに今日杏ちゃん達から聞いた話を何気なく振ってみる。


    「だから小林先生!…はぁ、もういいや…てか別にモテないけど…なに?なんか聞いたの?」
    「この前告白されたんでしょ?それも今月だけで3回も」
    「うわ…どこで聞いたのそれ」
    「今日友達から聞いた。でも私が知らなかっただけで周り結構知ってたみたいだね」
    「え!逢田さん遂に友達出来たの!?良かったじゃん!!確かに最近授業中に保健室来ないなって思ってたけど…そっか…友達出来たかぁ!いやぁ、お母さん嬉しいなぁ!」オヨヨ
    「いやうるさ……別に私の友達の話はいいでしょ!…で、どうなの?」
    「あ、凄い素っ気ない…まぁ…告白はされたけどさ」
    「OK出したの?」
    「いや、出すわけわけないじゃん!」
    「…付き合ったりしないの?結構女子高では普通みたいだけど…それともやっぱり男の人がいい?」
    「いや、別に男とか女とかの問題じゃなくて私一応先生だからね?だめでしょ、生徒と恋愛しちゃ」
    「…別にお互い好きなら良くない?」
    「いや私捕まっちゃうから!」
    「…なら私が今あいきゃんの事好きって言っても断るの?」
    声が上擦らないよう、精一杯の勇気を出す。
    膝の上でぎゅっと握り締めた爪先が手のひらに刺さり、少し痛かった。
    「…断るよ」
    「先生と生徒だから?」
    「うん」
    「じゃあもし先生と生徒って立場じゃなかったら断らないの?」
    「それは………わかんない」
    「…あいきゃんって結構私の事好きだよね」
    「は!?」
    「あ、もうこんな時間だ。そろそろ帰るね、じゃ!」
    「ちょっと逢田さん!?」


    わざとらしくスマホを見て机の上に置いてあったスクールバッグを乱暴に掴み、保健室から飛び出した。







    私があいきゃんの事を好きだって気づいたのは本当に最近の事で、きっかけなんて覚えてない。気づいた時には彼女に惹かれていた。

    いつもにこにこで眩しい笑顔とか、さり気ない優しさとか、ふとした時の真剣な表情とか。上げていけばキリがない。
    でも1番の理由はただそばに居るだけで心地いい事。保健室に来ても「も〜逢田さんまた来たの〜?」なんて呆れても事情は聞かず、いつも私の話し相手になってくれる。
    そんな彼女が、2人だけの時間が好きだった。

    あいきゃんの楽しそうに笑う顔を見てあぁ、私この人の事が好きなんだってその時初めて気づいた。
    まぁ、気づいた所で私もあいきゃんも女同士、それに歳の差だってある。この気持ちを伝えても叶わないってわかっていた。あいきゃんは優しいから私のこの気持ちを知ってもきっと軽蔑しないだろう、でも今の関係のままでは絶対にいられない。
    この関係が壊れるくらいならこのままでいいって思っていたのに…あいきゃんのあの言葉に、ほんの僅かな奇跡を願ってしまう。


    (…キッパリ断ってよ…あんなん期待しちゃうじゃん…)


    更に増えたもやもやをかき消すように私は校門を飛び出し最寄りの駅に向かって走り出した。







    「今日こそ負かすよ杏樹!」
    「来い!絶対勝つもん!」


    体育館での学年合同体育。
    5限なのに2人共元気だなぁなんて杏ちゃんと朱夏の白熱するドッジボールをぼーっと眺めていた時、不意に叫び声が聞こえた。


    「梨子ちゃん危ない!!」
     
    「へ?」


    バチンと言う音と共に襲われる衝撃と、僅かに遅れてやってくる痛み。
    ざわざわと騒ぎ出す声が次第に大きくなる。


    「梨子ちゃん大丈夫!?」
    「梨香子!!」



    少しづつ消えていく意識の中、杏ちゃんと朱夏が私に呼びかけている叫び声だけが脳裏に響いていた。







    ズキリとした痛みで目が覚める。
    見慣れた天井、保健室だ。

    「ったぁ…」
    「あ、逢田さん起きた?頭大丈夫?」

    (…間違っては無いけどその聞き方なんか腹立つなぁ)

    「ん…大丈夫」
    「良かった〜とりあえずこれ新しい氷、頭に当てときな?」
    「ありがと」

    (…冷たくて気持ちいい)

    「運ばれてきた時はびっくりしたよ…ドッジボールの流れ弾が当たったんだって?ぼーっとしてるからだぞ〜」
    「あ〜、うるさい!…った…」ズキズキ
    「ほら〜怪我人なんだから安静にしてな」
    「…あいきゃんが揶揄うからじゃん」
    「ごめんごめん、それにしても逢田さん良い友達に恵まれたみたいで良かったよ」
    「え?」
    「さっき保健室まで運んで来た子達、逢田さんのこと凄い心配してたよ。逢田さんちょっと個性的だから…悪いお友達に唆されてないか心配だったけど…本当に良い子達で…いやぁ…お母さん安心したわぁ…」ウルウル
    「私の事なんだと思ってるわけ?…それにこんなうるさいお母さん嫌」
    「ちょ、失礼すぎる!!……まぁでも逢田さんが保健室に来なくなるのはちょっと寂しいけどね、いい事なんだけどさ!」
    「っ…別に来なくなるわけじゃないし」
    「え〜?私に会いに?」ニヤ
    「違います」
    「そんな即答しないでよ〜!!も〜!……ほらおしゃべりはこの位にしてもうちょっと休んでな?私ここにいるから」
    「…うん」

    私は手に持っていた氷嚢をベッドの端に置き再び横になる。
    瞼を閉じて眠りにつこうとした時、あいきゃんの細くて長い指が私の頭に触れた。
    ひんやりとして心地いいその感触に頬が緩む。

    「痛い?」
    「…あいきゃんが撫でてくれてるから痛くない」
    「…本当に気をつけてね、心配」
    「うん…」

    あいきゃんは優しい。でもこの優しさが、私だけに向けられてる訳じゃないって事はわかってる。
    それでもこの優しさが欲しくて、独り占めしたくて、私はここに足を運んでしまうのだ。
    あぁ、私…。

    「私、やっぱりあいきゃんの事…好きなんだ」




    「…へ?」


    (あ、)


    口に出してしまった言葉は消え入りそうなほど小さな声で。
    しかし静かな保健室で2人きり、あいきゃんの耳に届くには十分だった。




    「………帰る」
    「あ、逢田さん…待って!」


    カラカラカラピシャッ


    扉を閉めてしゃがみこむ。


    気づかず零れていた本音。
    後悔した所で零れた言葉は帰って来ない。
    ズキズキと痛む頭を抑え、溢れる涙を必死にこらえる。



    「どうしよう…」



    「逢田さん」
    「!」

    扉越しに背中側からあいきゃんの声が聞こえる。
    どこか悲しそうなその声色に、ビクッと肩が跳ねた。

    「…」
    「…」

    数秒の沈黙。
    静寂を破るようにあいきゃんが口を開いた。

    「…ごめん。」
    「っ…」
    「逢田さんの気持ちは嬉しい、本当に。でも…それを受け入れることは出来ない。」

    いつになく真剣な声に堪えていた涙が次々溢れ出す

    「それはあいきゃんの本心なの?」
    「…っ」

    振り絞った言葉に、返事は返って来なかった。

    「そっか…わかった」
    「…逢田さん!」
    「ごめん。ちょっと体調悪いから帰るね」
    「待って!」

    もしかしたら、あいきゃんも同じ気持ちなんじゃないかって…そう心のどこかで思っていた。
    でもそれはただの勘違いで、私だけが浮かれてて…ほんとに馬鹿みたいだ。


    勢いよく扉が開く音とあいきゃんの叫び声。その声を無視し、私は未だ痛む頭を抑えてその場から逃げ出した。







    あの一件があってから、私が保健室へ足を運ぶ事は無くなった。
    幸い2年の教室と保健室は階も違うし反対方向、用がない限り私があいきゃんと会う事はほとんど無い。

    (そもそももう保健室に行く必要はなかったんだから…周りと同じ普通の生活に戻っただけ。
    これで…良かったんだよ)



    「梨子ちゃん最近すぐ帰っちゃうね」
    「確かに、いっつも嬉しそうに保健室行ってたのに…この前保健室行った時あいきゃんも何だか元気無かったし…。なんかあった?相談ぐらいなら私達も…」
    「別に何も無い。それに保健室は体調悪い人が行くところでしょ?私別に体調悪くないし」
    「それはそうだけどさ…」
    「じゃあ私もう帰るね、2人共部活頑張って」
    「あ、うん…」
    「バイバイ…」







    帰ろうと下駄箱へ向かっていると重そうに荷物を抱えながら前をふらふらと歩くクラスメイトが目にはいる。


    「…」
    「ん〜」
    「あの、大丈夫?」
    「へ?」
    「半分持つ」
    「え?いいよ!大丈夫だから!」
    「いいから」
    「あ、ありがとう。逢田さん」
    「どこまで?」
    「あ、えっと視聴覚室まで…」
    「ん」





    「ここでいい?」
    「うん、ありがとう!」
    「それじゃあ私帰るから」
    「あ、うんバイバイ!本当にありがとう逢田さん!」


    少し頬を赤らめたクラスメイトに挨拶をし、私は再び下駄箱へと向かった。

     






    「あの、逢田さん!この前はありがとう…!実はあの日から逢田さんの事気になってて。…良ければ……付き合ってくれませんか!」
    「………え」


    (何この状況…)


    放課後の校舎裏、数日前に助けたクラスメイトからの呼び出しに恐る恐る来てみたら…まさかの告白。
    正直あまり話したこともないしどう断るべきかと思考をめぐらせる。


    (共学ならありがとうで済まされるような事なのに…女子高の力恐ろしい…。てか普通そんなすぐに告白するものなの??友達ですらないのに…どうしよう)



    「あの、逢田さん?」
    「あ、ごめん…」
    「それで返事は…」
    「…えっと……ごめんなさい。私好きな人いるんだよね」
    「あ……そっか、そうだよね…。うん、わかった…」


    諦めようと、忘れようと決めていたはずなのに自然と零れたのは"好きな人"という言葉だった。
    どんなに無かったことにしたくても、自分の心に嘘はつけない。消したくてもがいてもなかなかその気持ちは消えてくれない。


    (…ほんとに人間ってめんどくさい)


    この感情ごと全部消えてくれればどれほどいいか。



    「…本当にごめん。」
    「ううん!こっちこそ急に呼び出してごめんね!…じゃあ私帰るね!」



    少し目を赤くした彼女の走り去る背中をただ眺めていると不意にグッと腕を掴まれる。


    「!?」


    振り向くと余裕の無い表情をしたあいきゃんが私の腕を掴んでいた。
    そのまま強く引かれ保健室まで連れていかれる。


    「ちょ…あいきゃん!腕痛いって…」
    「…っ」

    ガラガラ

    ピシャン!と強めに閉じられた扉の音にびくりとする。背中を向けているあいきゃんの表情は見えないけど、どこか怒っているようだった。


    数秒の沈黙の後あいきゃんが振り返って私の腕を優しく撫でる。
    こんな状況でも、久しぶりの彼女の手の感触に安心してしまう自分がいた。


    (相変わらず優しいなぁ…)


    「…腕ごめん」
    「…別にいい」
    「…」


    再び沈黙。
    無言で撫でていたあいきゃんの手が不意に止まる。腕を見ていた視線を上げると泣きそうなあいきゃんと目が合った。
    瞬間、グイッと身体を引かれ抱きしめられる。


    「っ!?」


    ゼロ距離で感じるあいきゃんの体温が香りが私の熱を上げていく。


    「なに…して」


    絞り出した声はドクドクと早まる自分の心臓の音にかき消されそうなほど小さかった。


    「……………逢田さんの好きな人は私じゃなかったの?そんなすぐに割り切れるぐらいの気持ちだったの?」
    「…え?」


    (……なにそれ)

    私の告白を断って来たのはあいきゃんの方なのに、なんでそんな事を今更言うの?
    なんで私を抱きしめてるの?
    あいきゃんの思わせぶりな態度にイラついた私は強引に彼女を引き剥がす。


    「それはずるいでしょ…」
    「っ!」


    彼女の目を睨みつければ焦ったように目を逸らされる。


    「あいきゃんが私の告白断ったんだよ?」
    「そう…だけど」
    「なら私がどうしようがあいきゃんには関係ないじゃん」
    「……」
    「黙らないでよ。あいきゃんはどうしたいの?」
    「私は…先生だし…」
    「なら別にもういいじゃん!その思わせぶりな態度やめてよ…こっちは諦めようとしてるのにさ……」


    溢れる涙を必死に止めようとする、けどそれは自分の意志とは関係なしにぽろぽろと止めどなく流れていく。


    「ごめん、逢田さん泣かないで…」
    「泣いてない…!」
    「ごめん…」


    あいきゃんの手が優しく私の背中をさする。
    でもその優しさが今の私にはとても辛かった。
    いっそ突き放して軽蔑してくれればいいのに、どうしてそんなに…。


    「…っ…もう……優しく…しないでよ…」
    「…」
    「…その…っ…優しさが…辛い…」


    嗚咽混じりに言葉を必死で紡ぐ。
    あいきゃんは背中をさすっていた手をピタッと止めて、私から数歩離れた。

    「…」
     
    静かな保健室に私の嗚咽だけが響く。

    「…そうだよね、断ったのに期待させるような態度取ってちゃダメだよね。ダメだって…分かってるはずなんだ…」
     
    「でも…やっぱり私、自分にも逢田さんにも嘘つけなくて…この気持ちはしまっておこうって決めてたのに…」

    耳に届いた言葉が信じられなくて俯いていた顔を上げると、あいきゃんも私と同じようにぽろぽろと涙を零していた。

    「な、なんであいきゃんが泣くのよ」
    「ごめん…勝手に溢れちゃって…」

    あいきゃんは白衣の袖でゴシゴシと目をこすっていた

    「…擦っちゃだめだよ、目腫れちゃう」
    「あ、ごめ……ふっ、なんか逢田さんの方が先生みたい」
    「……あいきゃんが先生っぽくないだけでしょ」
    「あ!またそんなこと言って!」

    今までのしんみりとした空気が彼女の一言で心地いい物に変わる

    (あぁ、やっぱり私あいきゃんといる時間が1番好きだ)


    「…正直私、あの時逢田さんに好きって言われた事すごく嬉しかった。でも…同時に怖かったんだ」
    「え?」
    「確かに先生と生徒の恋愛がダメって事はもちろんあるしそれを言い訳に逃げてきた。けど…1番は逢田さんのこれから先のあるべき未来を奪ってしまうのが怖かった」
    「そんな事…」
    「……だって逢田さんと私…6歳も歳が違うんだよ?…逢田さんにはこれから先色んな経験をする機会があって新しい出会いもある。女の私じゃ叶えてあげられない、普通の幸せな未来だってある。それを私が邪魔しちゃうのは…嫌だ」
    「……邪魔なんて…思うわけない。…女とか男とか、年の差があるとか普通の恋愛とか…そんなの関係ないよ。私はあいきゃんだから好きになったんだしこれから先の未来は…確かに分からないけど、私はあいきゃんの事だけを想い続ける。それは変わらない。普通の幸せなんて私要らないよ。未来の私の隣にはあいきゃんさえ居てくれたら、私はそれでいい。」
    「…そんな簡単な事じゃないよ…」
    「どうして?やってみないとわかんないじゃん。なんでやる前から諦めちゃうの?」
    「…それは」
    「先の事なんて誰にも分からないんだよ、なら自分のやりたいようにやればいいじゃん」
    「でも…」
    「そもそもあいきゃんは弱気過ぎるんだよ」
    「…うー……」
    「でもとかうーとか言ってないであいきゃんの気持ちを教えて。結局あいきゃんは私の事好きなの?好きじゃないの?どっち」
    「……」
    「早く」
    「はい、………………すき…です」ボソッ
    「聞こえない」
    「〜〜〜っ!…好きです!」
    「ふふっ、ならいいじゃん。あとは自分達のしたいようにしようよ。先の分からない未来の事なんて今は考えなくていいんだよ」
    「でも…」
    「でもじゃない」
    「はい……」
    「よろしい」
    「なんか逢田さんのいいように丸め込まれた気分…私先生なのに…」
    「でもあいきゃん告白される私を見て嫉妬しちゃうくらい私の事好きなんでしょ〜?」
    「うぐっ、こいつ〜!………さっきまで優しくしないでよ!とか言ってぐすぐす泣いてたくせに」ボソッ
    「ぐすぐす泣いてたのはあいきゃんも一緒でしょ」
    「うぐ…」
    「…てかその逢田さんって呼び方辞めてくれない?」
    「え…でも一応私先生なんで」
    「威厳ゼロなのに?」
    「先生なんで!!!!!」
    「いや声でか…じゃあ2人の時だけならいいでしょ?名前で読んでよ」
    「えぇ…そんないきなり言われても…」
    「早く」
    「はい……すー、はー……り、……りー………」
     
    「…」

     
    「…っ…り、梨香子…///」

     
    「…あー、はい…///」
    「…なんで言わした本人が照れんのよ!///」
    「うるさい!///」バシッ
    「いたっ!!暴力!この人今私に暴力振るいました!!」
    「あ〜!!振るってませ〜ん!!」
    「いや思いっきり今叩いたよね?!」
    「記憶にないです」
    「嘘つけ!」
    「〜♪」
    「も〜!!…はぁなんだか悩んでたのが馬鹿みたい…」
    「悩んでたんだ」
    「当たり前でしょ」
    「ふ〜ん」
    「……んん……それはそうとですね、忘れてるかもしれないけど実は私先生なんですよ」
    「は?知ってるけど」
    「散々先生の威厳ないって言ってたくせに急にすんとしないでよ!!!…まったく…だからですね、本来生徒と付き合ってるなんてバレたらクビなわけです」
    「可哀想」
    「いや、他人事かよ!……はぁ…だから周りに絶対バレないように気をつけて行動しないと…ほんとにマジでクビで済めばいいけど最悪の場合私捕まっちゃうから!…これガチで」
    「ふ〜ん…じゃあ秘密の恋愛だね」
    「…逢田さんなんかノリノリじゃない?ちゃんと分かってる?私最悪犯罪者よ?」
    「…逢田さん?」
    「あ、梨香子!梨香子さんって言いました!」
    「ふーん」ジトー
    「そんな目で見ないでよ…」
    「ちゃんと分かってるよ、要はバレなきゃいいんでしょ?」
    「まぁ…分かってるならいいけどさ…」
    「…」
    「…梨香子?」

    グイッ

    「え?」

    チュッ

    「な、ちょ、はぁ!?///言ったそばから何してんの!!」
    「誰もいないし別にいいじゃん頬っぺだし」
    「いやそう言う問題じゃない!!」
    「ふふ、今日の私は気分がいいからこれで許してあげる。じゃそろそろ帰るね」
    「え、ちょっと!!しかもやり逃げするの!?」
    「はいはい、じゃまた明日からよろしくねね"愛香"〜」
    「!!」

    ガラガラピシャ



    「……くそぅ……最後にあれはずるいでしょ」



    ポツンと1人残された部屋で独りごつ。まだ彼女の唇の感触が残る頬を撫でながら、今この瞬間の幸せをただ噛み締めるのだった。
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