星降る5 バボコ無配 賑やかな声が聞こえる。本日、貸し切りと書かれたプレートのかかったドアの向こうでは豪華な料理とケーキ、たくさんの笑顔で溢れていた。参加者の誰もがおめでとうと口々に言う。それに応えているのは本日の主役だ。五月四日、この日はコナンの誕生日。喫茶ポアロは通常営業を早めに切り上げ、特別に貸し切りとなっている。
「コナン君、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう、歩美ちゃん」
「こーんなに美味しそうなご馳走が並ぶなんて聞いてませんでしたよ!」
「なぁ! あっちも食べてみようぜ」
「おい、お前ら! 料理は逃げねぇんだから、ゆっくり食べろよ!」
「「「はーい」」」
「ったく、誰のパーティーか分からねぇな。これじゃあ」
「いいじゃないの。姿はないようだけど、彼が用意してくれたんでしょう?」
「……まぁ、な」
料理に瞳を輝かせて、美味しそうに頬張る子供たち。作った本人がいたら、さぞ喜んだに違いない。でも、彼の姿はどこにもない。店を閉めて、パーティーの料理を作り終えると足早に帰っていったのだ。コナンも彼が出席はできないことを聞いていた。だから、美味しい料理を作っていくと寂しげに謝ってくれたことも覚えている。
「もぉ~~安室さんたら、肝心なときにいっつもいないんだからぁ!」
「あはは。大丈夫だよ、梓さん。ぼくは平気だから」
「けど、コナン君は安室さんと仲がいいし…本当は一緒にお祝いできたらよかったのに」
「別のお仕事だったんでしょ? 安室さん、忙しいもんね」
「安室さんも残っていたそうだったけど。今度会ったら、美味しかったよって言ってあげてね?」
「うん!」
本当に美味しい。料理もケーキもコナンが好きな味に寄せてあるし、みんなの前では飲めないけど、口直しに用意されていたコーヒーゼリーは子供が食べるには苦みが強かった。随所に彼の配慮が感じられて、コナンは会えない気持ちを少しだけ誤魔化せていた。
彼がどうしてこのパーティーに出席できなかったのか。コナンはその真相を知っていた。夕方から夜にかけて動く仕事といえば組織関係だ。本職なら融通が利いたはず、事情を話せないのは組織の命令だけだろう。やれやれと思いながら、コナンは時間を見るために自分のスマホを取り出した。
すると、どうだろう。メッセージが受信されていることに気づいていなかったのだ。送られてきたのはパーティーが始まった頃の時刻。内容を確認すると、思わず顔がにやけそうになって慌ててスマホをズボンの尻ポケットに仕舞い込んだ。
「あら、どこかの誰かから連絡でもあったのかしら?」
「灰原ぁ、それ分かって言ってんだろ」
「アナタの顔に分かりやすく書いてあるのがいけないんじゃない?」
「そうかぁ?」
「でも、危険な逢瀬もほどほどにしなさいよ」
「……わぁってるよ」
どちらもバレれば今までやってきたことがすべて無駄になってしまう。とはいえ、向こうから連絡がくると心が浮足立つのは仕方ない。と、ここでコナンは気づいた。なぜ、浮足立っているのだろうか?
「なんで、そんなことを思うのか…」
「アナタ、本当にダメなのね」
「はぁ?」
「分からないなら、本人に聞いてみたらいいんじゃない? 考えても、どうせ答えは見つからないでしょうし」
「灰原、今日なんか俺への当たりが強くねぇか?」
「知らないわよ」
そう言って、灰原も子供たちが騒がしくしている輪の中へと入っていった。疑問が残るコナンはいつまでも頭の上でハテナマークを浮かべたままだった。それでも時間は流れていく。賑やかなパーティーは終わりを迎え、場所を貸してくれたポアロを片付けた。飲み過ぎた小五郎に肩を貸しながら、蘭が探偵事務所兼自宅へ向かって階段を登り始めた。
「あ、蘭姉ちゃん」
「どうしたのー?」
「ぼく、阿笠博士に呼ばれてて…今日、向こうに泊まるね」
「そうなの? いいけど、迷惑かけないんだよ?」
「はーい」
「暗くなっちゃったから、気をつけてねー!」
再び元気な返事をしたコナンだったが、すぐに駅前を向かう道から逸れて裏手の公園へ向かう。そこには見慣れた白いスポーツカーが停車していた。今日は着いたら、そのまま乗り込んでとメッセージ書かれていたので、助手席のドアを開けた。
「こんばんは」
「こんばんは、バーボン」
「夜になってしまってすみません」
「いいよ。今日は無理かなって思ってたし」
「あぁ、日付が変わる前にお伝えしておきます」
「なに、んっ…」
シートベルトを締めていたので、視線を下げたまま会話をしていた。何か言いたいことがあるというバーボンのほうに視線を向けるため、コナンは顔を上げた。すると、思ったよりも顔が近くにあって、やばい!と悟った時にはもう遅かった。重ねるだけのキスでも恋愛偏差値の低いコナンにとっては赤面ものだ。何すんだよ!と叫ぼうとしても、やはり向こうのほうが何枚も上手でコナンは大人しく引き下がるしかない。
「誕生日、おめでとうございます」
「っ…!」
「今日はとっておきの場所を用意したので、今から向かいます」
「とっておき?」
「まぁ、場所は君のために用意しましたが……」
ご馳走をいただくのは私のほうになりそうです。ニヤリと笑って言うので、コナンは想像せずにいられなかった。これから向かう場所がどんなところであれ、待っている結果は変わりない。恥ずかしくもあり、嬉しくもある。そんな感情を抱いてしまう自分が一番どうかしていると思う。
ここでふとコナンは思い出した。誕生日会の最中、灰原としていた会話の内容だ。どうして、わざわざ危ない橋を渡るようなことをしているのか。きっと、バーボンなら答えを持っているはずだと声をかける。
「ぼく、今日アナタに連絡をもらってすごく嬉しかったんだ」
「それは光栄ですね」
「ポアロの誕生日会もすごく楽しかった。安室さんに会えなかったは残念だったけど」
「……」
「でも、それ以上にアナタから連絡をもらえて浮足立ったんだ。どうして、こんなに嬉しいんだろうって不思議に思って。だって、ぼくとアナタは容易に会っちゃいけないでしょう?」
そう言って、コナンは運転をしているバーボンの横顔を見上げた。緩く口角を上げて、ずいぶんと嬉しそうな表情をしている。それは降谷零でもなく、安室透でもない。バーボンが嬉しいという感情を露わにした瞬間だった。コナンはボボッと頬が熱くなるのを感じて、すぐに視線を逸らした。
しばらく車を走らせると、バーボンから良いと言うまで目を閉じていてくださいとお願いされた。コナンは先ほどの恥ずかしさも相まって好都合と思い、素直に目を閉じた。車はゆっくりとどこかの建物へ入っていく。この形状だと地下の駐車場だろうか。ほどなくして停車、抱き上げて降ろすというのでシートベルトを外してコナンは大人しく待っていた。
「ずいぶんと素直なんですね」
「今日はぼくが主役なんだから。悪いことは起きないでしょう?」
「どうでしょうか。君の体には負担がかかるかもしれません」
「……」
「ふふ、顔がリンゴみたいですよ」
「っ、早くして!」
「はいはい」
クスクスと笑うバーボンの声が上から聞こえてくると、コナンは少しだけ機嫌を損ねた。ただ抱え方が横抱きではなく、腕に座らせて首に抱き着くタイプだったのでヘソ曲げそうだった機嫌は持ち堪えたのだった。
自動ドアが開いて、いらっしゃいませと小声で出迎える声が聞こえる。バーボンが簡単な会話を済ませると、チャリッと金属がぶつかる音が響く。今度はエレベーターに乗り込んだようで、一気に高層階へ上がっていくと耳の奥がキーンと詰まった。まだ目を開けていいとは言われていないので開けたい気持ちを堪えてギュッと瞑るが、エレベーター独特の浮遊感に体が安定せずバーボンの首に抱き着く力を強めた。
「もうすぐ着きます。まだ、目は開けないでくださいね」
「分かってるけど…! 耳も痛いし、ふわふわするからちょっと怖い」
「君にも怖いものがあるんですか」
「茶化さないでよ!」
チンとエレベーターが止まったことを知らせるベルがなった。足音がしない。床に厚みのあるカーペットでも敷いてあるのだろうか。となると、思い浮かぶのはホテルだがコナンは嫌な予感がしていた。特別なときに用意されるホテルはいつもずば抜けて高級なラインを選ばれる。今回はどんなところなんだろうかとソワソワしてしまう。
ドアを開く音がして、部屋の中に入ったことが分かった。椅子に降ろしますね、声をかけられる。体を安定させられる場所に腰を落ち着けることができて、コナンはホッと胸を撫で下ろした。あとはいつ目を開けていいのか、バーボンの許可を待っている。目を瞑っていると耳が冴えてくるのかバーボンが動いていることが空気から伝わってくる。
気配が後ろに回ると、コナンの肩にポンと手が添えられた。いきなりのことで驚いてしまい、コナンはビクッと体を揺らしてしまう。すみません、と上から謝罪の声が聞こえたが、そろそろ合図がほしいと目を瞑ったままコナンは後ろにいるであろうバーボンを見上げた。
「お待たせしました。どうぞ、目を開けてください」
「……うわぁ~~」
ゆっくりと瞼をあけると、コナンの眼前にはいつも照らしてくれているはずの街の明かりが足元に広がっていた。夜景にも驚いたが、左右に首を向けると用意された部屋がめちゃくちゃ広いのだ。これはいわゆるスイートでは?と規模の違いに若干引いてしまった。
「お誕生日、おめでとうございます」
「やりすぎじゃない?」
「そうですか? 私はまだまだ足りないくらいですよ」
「足りないって……あと、何があるって言うの?」
「それは、」
キラリと光る輪っかがコナンの前に現れた。シルバー、いやたぶんプラチナかもしれない。銀の輪っかの内側は何かが仕込まれているのか青くなっているのが見えた。チェーンがついており、そのまま首にかけてもらう。指輪は付けることができないし、こんな高価なものをポケットに入れておくわけにもいかない。無くさずに、肌身離さずつけておくには首から下げておくのがいいというバーボンなりの配慮だろう。
とはいえ、コナンは小学生だ。肌身離さずには限界がある。休日のとき、あとはバーボンと会うとき以外は大切にしまっておこうと決めた。しかし、内側の青い部分は何でできているのだろうか。手触りはツルツルとしていて、宝石というよりもよく磨かれた石のようにも見える。天然石といえば、それぞれの石には意味があると言う。バーボンはロマンチストなところがあるから、そういうヤツなのかもしれない。
コナンが指輪をまじまじと見ていると、再び浮遊感に襲われた。バーボンがコナンの両脇に腕を差し込んで抱き上げたのだ。行先は二人で寝ても充分すぎるほど広いベッドだ。降ろされるとふかふかの布団に埋まりそうになった。身動きが取りづらいところに、バーボンが覆いかぶさる。コナンを映す瞳にはギラギラとした欲が浮かんでおり、これは終わったと観念するしかなかった。
「裏側に敷き詰めた青い石はカイヤナイトと呼ばれる天然石です」
「かいやないと?」
「君の誕生石です。事件に巻き込まれやすい君を守ってくれますよ」
「ねぇ、この石の意味って…ちょ、んっ!」
「それはご自分で調べてみては? まぁ、これから数時間は無理でしょうけど」
バーボンはわざとらしく笑ってみせると、愛おしそうにコナンの頬を撫でた。その手つきがあまりにも優しくて、コナンは久々に鼻の奥がツンとしていた。触れられる大きな手に、小さな手を重ねてすり寄る。照明を落とした部屋の中では上手く表情が読み取れなかったが、バーボンもこの瞬間にじんわりと複雑な感情が込み上げていたに違いない。
数時間後、シャワーを終えたバーボンがベッドに戻ると小さな寝息が規則正しく聞こえてくる。さすがに無理をさせてしまっただろうかとサラサラになってコナンの髪を撫でると、んんっと唸る声が出た。さすがに起きたりはしない。コナンはすっかり夢の住人をなってしまった。
首から下げられた指輪、裏側に特注で入れてもらったカイヤナイトの石。バーボンは指輪を少しだけ持ち上げると、自らが屈んでそれに唇を落とした。
「望んでも手に入れられない、穏やかな愛を」
そう呟いて、自分もベッドに体を横たえた。心地よい疲労感と隣から聞こえてくる寝息に誘われて、バーボンの意識はゆっくりと落ちていく。言えないと思っていた祝いの言葉も、その日のうちに伝えられた。次があるかどうか分からない。だからこそ、この瞬間を記憶に残るものにしたい。その願望が少しでもコナンに届けばいいと願いながら、バーボンは眠りについた。
おわり