「ねえ、ビンドゥ…」
いつもの心地よい声にビンドゥはうっすらと目を開けた。
この声を聞きながら死んでゆければ幸せだと、ひそかに思っている。
二人はいつものように情事を終えた後に近くにある泉で体を清め、並んで木陰に横になっていた。
特に話をすることもないが、たまにとりとめのないことを話したり、少しまどろんだりする。
そしてどちらからともなく別れる。
「あたしね、言おうと思っていたことがあるの」
心地よい疲れにまどろみかけていたビンドゥはその言葉で一瞬にして冷水を浴びたように心が冷えた。
始めからずっと心のどこかで懸念していたこと、いつそれを言われるかと静かにおびえていたことがついにやってきたと思うと、急に喉がからからになった。
隣に横になっている彼女に目を向けるのが怖い。
覚悟はしていたがいざ切り出されると心の準備ができていない。
「ねぇ、ビンドゥ。こっち向いて」
どこまでもなめらかで優しくて、ブラックベリーの果実酒のように低く甘いサアヤ・ディンナの声。
ビンドゥはひとつ呼吸をしてから、体ごとサアヤ・ディンナの方を向いた。
サアヤ・ディンナは何を考えているかわからない表情をしていた。
自分から何の話かと聞く勇気はないので黙っていると、サアヤが小さく笑った。
「何でそんな顔をするの」
「……どんな顔だ」
憮然としてビンドゥは眉をひそめた。
「今にも泣き出しそうな顔」
「そんな顔はしていない……」
ビンドゥは思わずサアヤ・ディンナに背を向けた。すると後ろからぴったりとくっついてきた。
「ねぇ、ビンドゥ……」
耳元に囁かれてぞくりとする。彼女はいつだってこうやって彼をからかうのだ。
「気づいてるかもしれないけど、あたし今ビンドゥだけよ、つきあってるの」
「…………」
ビンドゥは耳を疑った。また体ごと振り返ったが、サアヤ・ディンナの顔があまりにも目の前にあったので、少し身を引いて体を起こした。
あぐらをかくと、サアヤ・ディンナも起きて横座りになる。
「気づかなかった」
ビンドゥは目を伏せてやっとそれだけ言った。
「そうなの?あたしがいまだに何人もの男のところへ行ってると思ってた?あなたもそのうちの一人だと?」
目を上げると、からかっているのか真面目なのか、口の端は少し上がっているのに目だけが静かにじっと見つめてくる。
ビンドゥは何度か口を開いては閉じ、再び目を伏せるとボソリと言った。
「あなたは時々、とても意地悪くなる」
サアヤ・ディンナが小さく笑うのが聞こえた。
「なんだかんだとビンドゥとは長く続いてるよね。十四年かな」
「……十五年だ」
目を伏せたまま呟くように訂正する。
十五年。初めは遊ばれていると思った。だが関係が三年も続くと本気で好いてくれているのかもしれないと思うようになった。その後、彼女の口から他にも愛人が何人かいることを聞かされてからは自分の自惚れを恥じ、受け身となった。飽きられたら、捨てられたらそれまでと割り切った気持ちと、捨てられたくないという不安を抱えて、いつも、情事の最中ですら怖くなることがあった。
「十五年続いたのも、最後に選んだのもビンドゥだけだよ」
不意に温かい手が頰に当てられてビンドゥは顔を上げた。