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    蒸しパン

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    蒸しパン

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    『20時くらいには帰ります』
     ショートメッセージを送る。すぐに既読がついて、それから1分くらいしてから返信が来た。
     了解です、と一言。スタンプも絵文字もない簡素な一言。業務連絡みたいで笑っちゃう。いつまでも慣れないもんだなぁ。でも、前は既読もなかなかつかなかったし、すぐに返ってくるようになっただけ進歩かな。
     スマホをポケットにしまう。電車で40分くらいだろうか、そこからは歩きだ。
     兄さまに少し手伝ってほしい、と呼ばれてしまって。正直ウチのことを放っていくほどでもないと思ったけれど、せっかくだからとディーディリヒさんに言ってもらえたのでありがたく。おかげで久しぶりにミゲルちゃんに会えたし、よかったかな、と。
     でもでも、心配だし。いや今日はお店も閉める日じゃないし、多少忙しければあの人だって大丈夫だと思うんだけど。火曜日でしょ、火曜日っていつも混んでたっけな。どうだったろうか。まあ、いいか。予定より早めに帰ることになったから。

     電車を降りる。ガラガラだったから座れたけど、もし混んでたらちょっと疲れちゃうかも。電車って普段あまり乗ることないから。今はまだ同じホームに来る違う行き先の電車に間違えて乗ったことはないけどまぁ、そのうちやるんだろうな。
     改札を出て、中央の出口。とはいえ流石に見慣れた駅だ。迷うことなく家の方向に歩幅を速めると、一歩外を出たところで横から肩を掴まれた。びっくりして思わず飛び上がるように振り返る。そこにいたのは、よく知った顔。見慣れているはずなのに、それでもつい驚いてしまった。
    「ディーディリヒさん」
     なんでいるのと言いそうになってあわてて口を閉じる。そんな言い方したら可哀想かなと思って。でも迎えにきてと頼んでいたわけではない。かといって、来ないように言ったわけではないけど。
    「えっ、雨降ってたから」
    「た、しかに降ってますけど」
     夕方くらいからね、夕立かと思ったけど止まなくて。朝のニュースではお天気だったのに。でも。
    「俺折りたたみ傘待ってますよ……?」
     鞄から青色の折りたたみ傘を取り出して見せると、彼は一瞬ぽかんとした顔をした。そして自分に呆れたみたいに笑い出した。照れ隠しかも。
    「ごめん……」
    「わざわざ迎えに来てくれたんですか」
    「ごめん本当、忘れて欲しい」
    「……っふ、嬉しいですよ。ありがとう〜」
     腕を伸ばして両手で頭を撫でた。わしゃわしゃかき混ぜると、ディーディリヒさんの髪は乱れてしまう。でもあなたも、むず痒そうにしながら嫌がったことないもんね。
    「はやく帰りましょう」
     彼の大きめの黒い傘、割り込んで一緒に入る。
    「濡れちゃうよ」
    「大丈夫」
     ちょっとくらい濡れても平気。くっついていればそんなに濡れないしね。傘を2本待ってきてもらったところで悪いけど。
     もうとっくに日は沈んでて暗い。街灯の下を通ると、彼の肌がしろく浮いて見えた。
     駅から少し離れただけで辺りはすっごく静かになる。ウィーンのど真ん中よりだいぶ田舎ではあるから。聞こえるのは雨の地面に落ちる音と、水を蹴りながら歩く音。時々道路に車が通る、エンジンの音。それだけだ。
     あと、隣にいる人の息遣いとか心臓の音。そういうのが全部聞こえてくるような気がする。
     静かな夜道は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
    「ご飯食べた?」
    「まだですよ。あなたは」
    「、まだ。あでも、他は終わってる。お風呂とかも入れるよ」
     ご飯作るから、先に入ってて。疲れたでしょ? なんて言われてしまえば、これ以上優しさを無碍にはできないなって。素直に甘えることにする。
     礼を告げたら、また恥ずかしそうに暇だっただけだと返ってきた。
    「俺遊んできたようなものなのに、ごめんなさいね」
    「本当に暇だっただけだよ」
    「そうですか? あ、お土産ありますよ」
     片手に引っ提げた紙袋。中身は服と木彫の置物だ。お兄さまとミゲルちゃんにそれぞれもらったもの。あとで紹介しますね。

     家について、靴を脱ぐ。玄関に並べて、それからリビングへ。ソファに座って一息つく。もらった木彫の置物をとりあえずに取り出してみた。
     やけに形のまんまるな犬。彫刻科じゃないのにこんなの造らされて、って不服そうだけどよくできてるな。かわいい。それを眺めていたら、後ろから声をかけられた。
    「見てこれ。可愛くてもらってきちゃった」
     手に持ったものを彼に見せびらかす。手のひらサイズの置物はたまごの形に近くって、彫刻刀の彫りあとがいい味を出してる。
     棚におこう。最近置物類が増えてちょっと危機感を感じるけど。この前もなんか買ってたしなぁ。
    「あと貰った服、は、あなたに明日着せますから。今日はいいや」
    「明日でいいんだ」
    「いいの」
     コトリ、木のぶつかる音。机に置物を座らせるとふわふわのバスタオルが手渡された。
    「多分向こう今タオルないから」
    「本当? ありがとう」
     顔が近かったから。そのまま抱きついてキスをした。触れるだけの悪戯みたいな。
     ぎゅうっと抱きついてすぐに離す。それだけで彼は驚いたみたいで肩に力が入るの。本当に、全然慣れないなぁ。顔近いと悪戯心でキスしたくなるって、もう知ってるはずなのに避けもしないし。
    「じゃぁお風呂入ってきますね」
    「う"〜ん……はい……」

     お風呂を上がって、ご飯も食べて。彼は今お皿を洗っている。その間爪のお手入れをして時間を潰していた。寝る前には保湿もしないと。水周りの仕事が多いと爪の根元がささくれて仕方ない。それに、やっぱり衛生的にも気をつけなくちゃいけないし、短くしておかなければね。そろそろいいかとやすった爪を眺めたところで、タイミングよく終わったらしく水止める音がした。
    「おお。爪、やってあげましょうか」
    「爪?」
     手に持ったヤスリをわかりやすく見せてみる。ああ、と彼は納得したように自分の指を見つめて笑った。
    「自分でできるよ」
    「でも、俺やりたいです」
     おねがい。そんな言葉を数回投げかけて、彼は小さく頷き、ソファに腰掛けた。俺もその前に座り込む。
     右手の小指から順番に。まずは親指からだ。小さめのヤスリで丁寧に削っていく。人差し指、中指。薬指まで終わると次は左手。彼はいつも短く切ってるけど、切りっぱなしじゃ引っ掻いて痛いじゃない? それに、四角く切ってしまうと端っこ食い込んだりしそうだけれど。俺はそういうの嫌だから大体削るけど。
    「できた、どうですか」
    「器用だなぁ、と……」
    「でしょう」
     褒められて悪い気はしないよね。満足げに笑ってみせると、つられたみたいに彼も笑う。そして、ありがとう、と言ってくれた。
     しばらくそうして足元で座り込んでたら、不意に頭を撫でられる。見上げると、目が合った。あ、キスされるかな。そう思って目を瞑ると、少しの間があって唇が触れた。軽いリップ音が部屋に響く。
     何度か繰り返して、最後に下唇を食まれる。彼の舌がぺろりと舐めて、ゆっくり離れていった。
     なんだかそれが寂しくて、思わず彼の腕を掴む。そしたら彼の腕が脇のあたりをぐっと俺の体を掴んで、そのまま引き上げられた。膝の上に乗っかるような形になる。
     やだ、太ったのに。恥ずかしくなって降りようとすると、さらに距離は縮められて。耳元に吐息がかかる。
    「んっ、……なぁに」
     しらばっくれたところで意味なんてないけれど。
     肩甲骨のあたりと、お尻の上くらい。両の手で力強く抱かれて逃げられそうにもない。彼の肩に頭を預けると、どくん、どくんって心臓の音がよく聞こえた。
     あ、だめだ、ドキドキする。
     このままだと俺の心臓の音がバレてしまいそうだ。それはちょっと恥ずかしい。でも、もう遅いかもしれない。
    「……ディーディリヒさん」
     ただキツく抱きしめられているだけだ。だけど、なんでだろう。もっと触って欲しいような気分。
    「ディーディリヒさん、あの……」
    「どうしたの、いたい?」
    「ううん。あぅ、あの……したい、です」
     瞳を見つめながら言う。別に悲しくないけど直接言葉にすると恥ずかしくって、いつも泣きそうになる。
     ディーディリヒさんはちょっとたじった後に、そっと頭を撫でてくる。疲れてないかとか体調悪くないかとか、そんなことを聞いてきながら。
    「げんきですよぅ」
    「ならいいんだけど、本当に大丈夫? 眠くなっちゃわないかな」
    「うぅ"……ならないです、だめですか」
    「駄目じゃ……。うん、わかった」
     宥めるような撫でる手つきは変わらない。我慢できないの、しないけど、できないの。たまらなくなって唇を奪ったら、彼も応じてくれた。俺がするのとは全然違うように思える。されるがままの受け身のキスは、なんだか溶かされていくような感覚がある。
     ぐらつく頭を支えてもらいながら、やがて唇は離された。それから、首筋に柔らかい感触。少し遅れて、ちゅっという小さな音。吸い付くような感覚があって、その後をなぞるように鈍い痛みが走った。
    「い"っ、……ひぃ、」
     噛まれた? そう理解するのに時間はかからなかった。やだ、首元なんて。見えちゃうのに。抗議の声を上げようと顔を上げると、またすぐに口を塞がれた。今度はさっきより深い。
     歯列を割って入ってきた彼の熱い舌が、俺の口内を好き勝手に荒らす。上顎を擦って、頬の内側をぐるっと一周。それから俺の舌に絡みつく。
     明日は、そうだ水曜日か。おやすみじゃない。また俺だけ寝倒しちゃう感じになっちゃうのかな。頭の中のどこか冷静な部分が状況を分析しようとするけど思考はすぐに霧散して消える。
     キスに夢中になっている間に、Tシャツの中に手が入ってきて腹を撫で回された。
     その手つきが妙に優しくて、気持ちよくて、ぞわぞわとしたものが背中を走る。
    「あう、っん、ぅ、……だめ、とまって、」
    「……ん、どうしたの」
     やっとの思いで彼を引き剥がすと、なんだか名残惜しそうな声が降ってきた。それでも待ってくれるらしい。
    「ここじゃイヤ、」
    「嫌?」
    「みられてる、から、わんちゃんに、」
     視線を机にやれば、置物はこちらを向いていた。
     顔がある子に見られてるのはイヤなんだ。それに、あれは妹からもらったもの。恥ずかしくなっちゃうの。
     だからイヤ。たどたどしくそう伝えると、彼はちょっとだけ考えてからわかったって言った。
     ふっと、体が浮く。彼はそのまま無言で俺を抱え上げてベッドルームに向かった。緊張する、少し怖い。いつもベッドに移動する時はそうだ。リビングから寝室がちょっと遠くって、顔を見るのが怖かった。だって、きっと恥ずかしい顔してるから。
     ベッドに降ろされる時はいつもガラス玉でも置くかのように丁寧だ。壊れ物を扱うみたいにそっと。そんなにも丁重に扱う必要ないのに、と思う反面で嬉しくもあるから、そのお姫様扱いをどうしたって受け入れるしかない。
    「これでいい?」
     返事の代わりに首筋にぎゅっと抱きついた。そのまま押し倒されて、またキスをする。角度を変えて何度も、啄むように。時折漏れる息が熱くて、溶けてしまうんじゃないかと思った。
     唇が離れて、見つめ合う。お互い瞳の奥には欲が見え隠れしていて、早くどうにかしたいっていう感情だけがぐるぐる渦巻いていた。
    「脱がせてもいい?」
     小さく首を縦に振ると、彼はゆっくりと俺の服を脱がせ始めた。
     寝巻きで、ボタンも何もないんだから早く脱がせてくれればいいのに。彼は毎回こうやって丁寧に俺の肌に触れる。一枚ずつ、丁寧に。まるでいっそ、俺の反応を楽しむようじゃない?
     全部脱がせると、彼はそのまま自分の着ていたものも脱いでしまった。引き締まった体。俺なんかとは全然違う身体だ。綺麗だと思う。かっこいいとも思う。前の自分だったら良かったけど、やっぱり、恥ずかしい。
    「みないで、」
     彼の顔を押し除けてしまおうと。顔の前に出した両手がそのまま繋がれた。彼の目が細められる。わらってない。捕食者の目だ。食べられる、そう思った。食べられてしまいたい。そうも。
    「俺もダメ?」
     少し困ったような表情で言われると弱い。
     そういうわけじゃないけど、と小声で返すと、彼はよかったと笑って、再びキスをした。
     舌と唾液が絡まる音がする。口の端から垂れたどちらのものともしれない液体が、顎を伝っていくのがくすぐったい。だめ、もまって、も。そのあと自分で否定するの。こんなに恥ずかしいなら無視してしまってほしいのに。それすらしてくれなくて、ひたすらに許して、招いて、誘うだけ。
    「ひどい、」
    「ごめんね」
     そう言って、またキスをひとつ。
     まとめられた手がゆっくりと離されて、俺の手も解放される。そのまま片手は指を絡められて、所謂恋人繋ぎというやつになった。これがいい、こうしてほしい。前に言ったことを覚えられてる。うわ言みたいなことまで。嬉しいのか悔しいのかわかんなくなっちゃう。
     唇が離れたタイミングで、今度は首に吸い付かれた。さっき噛まれたところがちくりと痛んで、思わず声が出る。
     また跡をつけられたかも。隠すの大変だし、そもそも着替えの時に気をつけないといけなくなる。そう思って抗議しようとしたら、今度は鎖骨に噛み付いてきた。やだ、もう、なんなの。
    「あっ、うぅ。もう、じれったい」
     彼の手を取って、下腹部へ。そこはもうすっかり熱くなってしまっていた。恥ずかしい。でも仕方がない。もうこれ以上主導権握らせてたらすぐ朝になっちゃう。気だって失っちゃうかも。結局自分が往々に快楽主義なのは認めざるを得ない。
     手を捕まえたまま、ショーツの片紐を解く。それで離す。あとはわかるでしょ、って。ついでに彼の下着の中に手を入れ込んでしまって、そのとても熱いものに触れる。
     さする程度。だって加減なんてわからないから。彼はびくりと体を震わせて俺を見た。俺の顔を確かに見てるとは思う、なのに目線はどこか合わない。けど、いつもは穏やかで優しい視線が今はどろりと重たい熱を孕んでいるようで、心臓がどくんと音を立てる。
     この人、ほんとうに俺のこと好きなんだな。そう思うと、どうしようもなく胸が高鳴るのだ。俺だけじゃなかったんだって。俺と同じなんだって。熱が籠った視線も、何もかもきっと同じだ。そうだったらいい。
     繋ぎっぱなしの手を振り払う。それで彼の頬に手を伸ばす。そのまま引き寄せて、耳元で名前を呼んだ。
    「きもちいい?」
     わざとらしく甘えたような声を出す。
    「くすぐったいからやめて……」
     すぐに手を取られて、手のひらに口付けられた。繋ぎ直し、それからゆっくりと顔を上げて、俺を見つめる。ついでに、彼のそれを握る手もやんわりと退けられた。
     目線のようやくあった瞳はやっぱり重たくて、だけど同時に優しさも宿していた。だから俺はその目をまっすぐに見据えて、もう一度名前を呼ぼうとした。
     また首筋を強く噛まれて叶わなかったけれど。今度は先程よりも強く、見えなくても、あの犬歯が肌に食い込んだのがわかった。
     なんで噛むのか、本当にわからないけれど。いつも何かしら伝えたいこと、したいことを我慢しているような気がする。
    「、どうしてがまんするの、」
    「……もし、本気で拒絶されたら、どうにかなりそうだから」
    「しないよぅ」
     そんなに不安そうな顔をしなくたって大丈夫なのに。
    「理解できないって泣かれたら、って」
    「だいじょうぶ」
    「よくわかってないでしょ……」
    「なに、っぁ」
     首から鎖骨にかけて、また噛まれる。それと同時に下腹を触られた。
     熱くて、少しざらついた大きな手が俺のを包むようにして動く。
     突然のことに体が強張った。それを察したらしい彼は、安心させるように繋いだままの手で俺の髪を撫ぜて、額にキスをした。
     そのまま何度もそこを往復するように擦られる。別に、決して強かったりしない。だけど、ずっと大きくて激しい波のような快感に襲われた。
     やっぱりだめ、まって、そう言いたいのに言葉にならない。彼の手の中で自分のものが震えているのがわかる。それはもうすぐに限界を迎えて、弾けてしまいそうだった。必死に口を押さえた。声を出した方が楽なのは知っている。だけど、どうしても恥ずかしい。その瞬間、彼の親指が先端に触れた。ぐりっと、一番敏感なところをえぐられる。
     だめ、だめ、だめ。目の前がちかちかして、背中が丸まっていく。
    「っあう、……っふぅ、ふ、……っ」
     覆い被さられて、体を縮める余地もそんなにないけれど、なんとか堪えようと身体中に力を入れた。唇もギュッと噛んで、それでも漏れる息がうるさい。
    「口、噛まないの」
    「むり、です」
     優しく咎められても無理なものは無理だ。あられもないような声を上げたくない、切れた息の合間にそう呟くと、彼はまた困ったように笑って、恋人繋ぎの手を取った。そのまま自分の肩を掴ませる。
     それから手を俺の口元に。噛んでもいいよ、そう言われたみたいに感じた。
     噛みつきたかったわけじゃない。でも他にすがるものもなかったからそこに噛みついた。
    「しんどくない?」
    「ん」
     まわさせられた腕で彼の肩に爪を立てて、しがみつく。すると彼はそれをよく知った反応かのようにして、びくつく体を軽い力で押さえつけてさらに強い刺激を与えた。
     こうなるともう何も考えられない。頭が真っ白になって、視界の端で光が明滅する。じんじんして、熱くてむず痒さがたまらくなって。もうすぐ来る、そう思った時、彼は急に俺のものから手を離してしまった。行き場をなくしてぐるぐると渦巻いていたそれが体の中心で燻っている。
     なんで、と非難めいた視線を向けると、彼はごめんねと謝って、俺を抱き起こした。膝の上に座らされて、向き合う体勢になる。それから彼は俺の下腹部にそっと触れて、耳元で囁いた。
    「このまましても……本当に大丈夫?」
    「はやく、してよぉ」
     ここまで来て焦らすなんてひどい。どろどろに溶けた思考じゃ、正常な判断なんてできるはずがなかった。
    「もっとさわって」
     そう言って自分から押し付けるように体を密着させたら、彼は俺の頭を撫でて、ありがとうと聞こえてきた。もうなんでもいい、はしたなくていい。だって、こんなにも欲しいんだもの。ああきっと、今俺口角が上がってる。
     ベッドサイドの引き出し。隠すように仕舞われたらそれらを出してしまえばもう引き返せない。
     ほとんどは多分彼が用意していたもの。確かに必要なものではあるんだけど、自ら買うとなるとどうしても。あと多分彼自身もそういうの買わせたくないって思ってる、はず。
     カチ、なんて。潤滑油のプラスチック容器を開けるのが、向かい合って顔しか見えなくても聞こえてくる。それだけで顔が熱くなるのがわかった。
     ボトルを傾けて、掌で温める。その一瞬の間は気遣いだと察するに余りあるけれど、どうしても待つのがもどかしい。早くして、そう言おうとして口を開いたその時、指先が入り口に触れた。
    「あっ、……ぅぐ、」
     思わず声が出てしまう。慌てて口を塞いだ。彼はそんな俺を見て小さく宥めると、ゆっくり、ゆっくりと指を埋めていく。
     しょうじき、あまりそちらで快感を得ることには慣れてないけれど。異物感の方が大きい。だけど、丁寧に解してくれるのが嬉しいし、そも、俺はほんの少しの快楽ですぐにいっぱいいっぱいになってしまうし。でも、だからこそ、少し落ち着いたまま触れ合えるのが好きでねだってしまうの。
    そうしてようやく二本目が入ってきて、ゆっくりと抜き差しを繰り返す。その感覚がなんとも言えない気持ちにさせる。お腹が空いてるような、それで満たされてるみたいな。
     指が増やされて、彼の手の動きが少し変わった気がする。奥の方まで入れられて、それからゆっくりと抜かれる。何度か繰り返されるとだんだんそこが緩んできた気がした。

     そんなのばっかり、何分くらい経ったのだろう。目を瞑ったまま耐えていたけれど、目を開けて顔をあげてみる。ディーディリヒさんは少しだけ苦しそうな表情でこちらを見つめていて、それがなんだか可愛らしく思えた。
    「ふふ、かわいい、」
     無意識のうちに呟いてしまった。
    「かわいくは……ないでしょ」
    「かわいいよぅ」
     照れたように目を逸らされる。それから頬に軽く口付けられて、可愛いと言われるのが不服なのが伝わった。
     だけど、普段なら絶対に見られないような顔を見られるのだから、やっぱり可愛いと思うのだ。
    「ねえ、もう、ほしい」
     彼の首にあらためて腕を回して、ぎゅっと抱きついた。
    「まだ駄目。怪我しちゃうよ」
     そう言って彼はまたすこし奥に、中を押し広げる。もうだいぶ慣れたのに、それでもやっぱり苦しいものは苦しい。
     ふいに、先程触れられなかったものが握られた。ゆるく扱かれて、また声が出る。
    「あっ、……ふぅ、ん、ん〜……っ」
     そのまま先端を弄られて、快感が背中を走る。後ろが収縮して、無意識に力が入るから、自分でも彼の指を強く締め付けているのがわかる。
    「力ぬいて、できそう?」
    「や、……っ、だめ、いっしょにしないで、ほし」
     ナカに与えられる、ゆるい快楽だけがいい。いっぱいいっぱいだから。って、ずっと言ってるのに。
    「ごめんね、もう少し我慢して、もう少し……」
     さっきよりも激しくなった水音と、前への刺激に、いよいよ声を抑えることも難しくなる。
     散々焦らされてるから、簡単に上り詰めてしまいそうになるけど、それじゃあ嫌なんだ。もっと、ちゃんとしてほしい。のに。
     彼の肩に額を乗せて、必死に堪える。だけどそれも限界で、頭の中で光が弾けた。
    「っひ、……〜っ、ぁ"」
     びく、びくん。体が震える。体に力が入って、自分じゃコントロールできない。彼の肩に歯を立ててしまって、ごめんなさいの意味を込めて舐めた。痛かったかな、血の味はしなかったから大丈夫だと思うけれど。
     なんだか俺は本当にそういう力が弱いみたいで。達してもふつうの男性のようにはいかないんだけど。ぼんやりとそんなことを考えながら、小さく跳ねる体の治るのを待っていた。頬を撫でる手が離される。
     30秒ほどの時間があって、彼が俺を優しい寝かし直して、両足を持ち上げた。ああやっと、くれるんだ。
     そう思うと、期待と緊張で心臓がうるさいくらい鳴った。それから彼が自分のものを俺の後ろに当てた。熱い吐息がかかる。
    「、ここ、入ってもいい? しんどくない?」
     そう聞かれて、何度も首を縦に振って答えた。
     大丈夫、大丈夫です。あなたとひとつになれるなら、どんなにしんどいことだって耐えられるから。
     言いたいことは言えなくて、ただキスをねだるだけになるけれど。彼は優しく微笑んで、唇を合わせてくれた。
     ゆっくり、ゆっくり入ってくる。質量が増して、圧迫感が強くなる。お腹いっぱいに入る時にはお互い汗だくだった。
    「ふ、……あは、まえがみはりついて、」
     思わず笑ってしまった。彼もつられて笑う。それからどちらからともなく口付けて、舌を絡めた。
     全部入った、って彼が言った。それが本当かはわかんないけど。お腹の中が熱くて、満たされてて、それが嬉しくて、愛おしくて、涙が溢れてくる。
     それを彼はどう受け取ったのかわからない。だけど、彼はまた困ったように笑って、頭を撫でてくれた。
     そして、ゆっくり腰を動かし始めた。
     最初は馴染ませるように、それから段々早くなっていって。その度にぐちゅぐちゅ音がして、恥ずかしいのに気持ちよくて、頭がおかしくなりそう。
     あ、ゴム、そうだ。今度は俺がつけてあげようって思ってたのに忘れてた。いつもなんかただ待っているのもなって。
    「っうぁ、」
     突然の強い快楽に変な声が出た。
    「何か考えてる?」
     彼はそう言って、俺のものを握っていた手を離すと、指先で先端をぐりっと押し込んだ。そんなのずるい。そんなのされたら何も考えられなくなる。
    「あっ、なたの、こと、」
     そう答えるのが精一杯で、だけど彼は満足したのか、俺の手を握る。指先が絡んで、恋人繋ぎになって、シーツに縫い付けられた。
     そのまま揺すぶられながら、俺もなんとか腰を動かすと、わずかに彼が眉を寄せた。瞳孔が開いて見えて、必死そうにすら見える。可愛いなあって思った。こんな大きな体なのに。
     普段はあんなにかっこいいのに。今だけは俺だけのもの。なんて、自惚れだろうか。
    「っん、ぁ、かわい。っはは、……ね、すき?」
     彼の頬に手を伸ばして、問いかけをすると、動きが止まった。
    「好きだよ」
     優しい声で返してくれる。嬉しい。好きって言ってくれて、それからたくさん触れてくれて。それから、それから。もっと欲しくなる。もっともっともっと。際限なく求めてしまう。
     彼の顔が近づいてきて、また深いキスをする。もう何回もしているのに、飽きることなんて無くて、ずっとしていたいと思う。
     彼の手が頬に触れて、珍しい、少しひんやりして感じた。きっと俺の顔は熱いんだろう。
     そうしてまた律動が再開されて、快楽に溺れていく。
     奥まで突かれると苦しいのに、でもその苦しさが心地良くて、頭では駄目だとわかっているのにもっとして欲しいと思ってしまう。
    「っあ、ぁ、……ん"〜…っ、ぁ」
     彼の背中に爪を立てて、足を絡ませた。そうしないとどこかに行ってしまいそうな気がして怖かったから。
     だんだんと絶頂感が高まっていって、それに伴って頭の中がまっさらになっていく。もうすぐ来る。そう思うと、無意識のうちに締め付けが強くなった。彼の呼吸が荒くなっていって、それから一際奥に、擦り付けられるように打ち付けられて。その少しの苦しさが好きだったりする。
      達する時のあなたの顔は、まだ見たことない。いつも首筋に顔を埋めてしまうから。
    「ん"、ぅ、……もっと、」
     もっと触って。このまま溶け合ってしまったらいいのに.そんな思いでまた顔を引き寄せた。

     揺さぶられ続けて、思考もとっくのとうにぐずぐずされてしまった。もう何度目か、弱く果てたら、外が白んできていることに気が付いた。ああ、また朝になっちゃった。
    「あさ、でぃでぃりさん、あさです、」
     震える手で胸元を押し返す。ずっと近くで顔を見られていたから外の様子も見ていなかったのか、彼は外を見やってかすかに目を見開く。
    「あー……」
     お互い暫くそのままで、俺の息が整ったのを見て彼が自身を引き抜いた。それすら刺激になってしまうけど、どうにか声を抑えて耐える。
     さっきまでとは打って変わった気遣いような視線だ。
    「……うふふ」
    「どうしたの」
     小さく笑い声を漏らしたら、不思議に思われたみたいで聞き返される。幸せだなあと思っただけですよ。とは言わずに、ただ腕に擦り寄った。
     ものすごい疲労感と、眠気と、それから幸せだなと思う気持ち。色々混ざり合って、目を閉じたらすぐに眠りに落ちてしまった。
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