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    かがみのせなか

    @kagaminosenaka

    主に悪魔くん(平成・令和)の文と絵を作っています。作るのは右真吾さんばかりですが、どんなカプも大好きです。よろしくお願いします。

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    かがみのせなか

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    令和悪魔くん3️⃣🚥です。
    バレンタインに間に合わなかった…

    #令和悪魔くん

    放課後 校内を案内してくれる男性教師に、三人の女子生徒が通り過ぎざま「さようなら」と挨拶した。その一瞬で巧みに二人の情報を可能な限り集めると、興奮で口元を緩ませて友達同士で目配せし合った。
     彼女らの目線は主に一郎に向けられている。
     顔を寄せ合い囁き合う三人の後ろ姿をメフィスト三世が呆れながら振り返ると、油断して振り返った一人と目が合った。
     生徒は気まずそうにさっと向き直り、友達に何やら報告してクスクスと笑った。
     何を言われているのかは大体想像がつく。
    「すみません騒がしくて。何にでも興味を持つ年齢なんですよ。」
    「いえ気にしてません。」
     そう謝る生徒指導担当と名乗る教師自身も、二人への興味でずっとそわそわしていた。
     迎えに出てみれば、生徒達とさほど変わらない年齢の青年が二人、一人は真冬なのに半袖で何故か首だけ防寒、一人はタキシード姿で来客用玄関に立っていたのだから無理もない。
     左の一郎を見ると、相棒は目だけキョロキョロさせて滅多に入らない施設の情報収集に余念がないようだった。周囲の目線など全く気にしていない。
     全員ちょっと落ち着け、と三世は肩をすくめた。
     放課後の学校は、どの生徒も忙しくしてとても賑やかで、案内されるがまま人目をはばかることも無く堂々と廊下を歩いていても、珍妙な来訪者に気付かない生徒もいた。大変結構だ。
     今回の依頼者は隣県にあるこの高校の教頭先生だった。半年ほど前、別の高校で起こった怪奇現象の調査を行ったことがあり、その話を聞いて千年王国研究所の扉を叩いたということだった。
     実績を評価されるのはとても喜ばしいことだ。今月支払いの家賃はまず安心だーーーといつものように言いたいところだが、実は最近ずっと忙しくしていた。この他にも後二件依頼が残っていた。
     二人は何食わぬ顔でビニール製の来客用スリッパでペタペタと歩きながら、密かに怪しい気配の出処を探っていた。
     学校で噂される怪奇現象の殆どは勘違いやネタだ。現場に入れば詳しく調査するまでも無くすぐにわかる。
     だがどうやら今回は本物らしい。
     裏門を通る時、二人はすぐに頷き合った。ここは確かに何かがいる。
    「ただの噂だと私は思うんですけどね、生徒達があまりにも騒ぐので、教頭が一度きちんと調べた方がいいと言われましてね…」
    「何もないのに越したことはないですから。」
    「この先が例の教室がある旧校舎です。もうここ数年ずっと季節の寒暖が激しいでしょう、それに老朽化もかなり進んでいて、長年県に出し続けてきた建て替えの要望がやっと通りましてね、昨年冷暖房完備の校舎が完成したんです。で、こっちの旧校舎は来年取り壊しが始まる予定なんですよ。その時にね、何か障りがあったらいけないという事でね…」
     三人は屋外に屋根だけ付けられた、枯れ葉の散らばる渡り廊下を通り、開け放しになっている出入口から旧校舎へ入った。
     生徒のいない薄暗い校舎は尚更寒いように感じて、三世は襟を寄せた。
    「悪魔くん」 
    「わかっている」
     一層濃厚になった気配に、二人は気を引き締めた。
     窓の外の遠くに生徒達の笑い声が聞こえる。それがより一層校内の静けさを引き立たせた。
     この季節の夕暮れは早い。室内の奥深くへ差し込む夕陽が廊下のクリーム色の壁を染めていた。
     放課後の学校は独特な雰囲気がある。
     こんなだったなぁ、と三世はかつて制服を着ていた頃の思い出に目を細めた。愁いに似た懐かしい記憶。 
     学生の経験がない一郎に話してもきっとこの感傷は伝わらない。だから三世はそれを口にはしなかった。
     階段を上り廊下の一番奥の教室の前で止まると、教師は滑りの悪い戸を引いた。
    「ここです。あれ?」
     真っ赤な教室は机や椅子が全て撤去されてガランとしていた。そこをどんよりとしたモヤが満たし、ゆらゆらと揺れている。歪む視界の向こうで人影がポツンと窓際に立っていた。
     一郎は黙って腰のポーチに手を回した。
    「君こんなところでどうしたの?早く下校しなさい。」
     教師はその影が生徒だと思ったのか、話しかけながら歩み寄ろうとした。それを三世は咄嗟に制止する。
    「先生は教室の外にいてください。」
     三世は二人の前に出ると、ステッキを構えた。一郎はさっそく床に魔法陣を描き始めている。
    「えっ、じゃあやっぱりここ何かいるんですか?どこですか?」
    「目の前に居ますよ。」
     狼狽する教師は一瞬何を言われたのか理解できずポカンとすると、漸く意味を理解し、引き攣った顔で窓際の影を振り返った。
    「ええっ?普通に人間じゃないですか!」
    「俺らの影響でそう見えるんですよ。下がって。」
     教師は慌てて教室から出るが、さっとジャージのポケットからスマホを取り出した。
    「撮影はご遠慮ください。」
     三世は艷やかなシルクハットを取る。その足元はいつの間にか、玄関で履き替えたはずの靴に戻っていた。スリッパじゃ戦えやしない。
     一郎は描き終えた魔法陣の前に立つと両手で三角を掲げた。
     背後で唱える一郎の声が耳に心地良い。
     ゆっくりと振り返る影。逆光で見えない顔。
     窓は閉じているのにカーテンが翻った。
     その光景に、何度も反芻してきた記憶が再び明瞭に呼び起こされた。


         ✡✡✡


     完全に迷った。
     伯父が風邪を引いたと、慌ててお粥を作って鍋ごと抱え、父親が家を出るその後を付いて来たのはいいものの、校内に入ったところで完全に見失った。何もかもが珍しくて、あちこち覗いていたのが失敗だった。
     大好きな伯父が病気と聞けば三世だって駆け付けたい。
     誕生日を迎えて年齢がやっと二桁になった三世は、自分ではもう一人前のつもりだった。
     俺だって役に立てるのに、いつもパパばかり伯父さんの所に行ってズルい。
     なかなか教えてもらえない魔界へと通じるルートを知るべく、鼻息荒くコッソリと後をつけて来たのだ。
     初めて訪れた見えない学校は想像以上に広く複雑な作りだった。
     なんとかなると気の向くままに縦に横に歩き回り、もう既に今自分がどの位置にいるのかもさっぱりわからなくなっていた。
     だが、同じ校内の何処かに伯父が居るのだと思うと、不思議と焦る気持ちは起こらなかった。それどころか、いつ会えるだろうとウキウキした気持ちですらあり、長時間歩き回っても疲れは感じなかった。
     何度も通ったような気がする階段を降り、何度も見たよう気がする大きな扉を通り過ぎる。
     ふと、何か微かに声が聞こえて、三世は足を止めた。
     通り過ぎた扉の前に戻る。
     講堂か何かなのだろう、広く区間が取られたその一室に耳を澄ますと、やはり声が聞こえる。
     歌だ。
     三世は重い扉を恐る恐る開くと、その中をそっと覗いた。
     夕陽の差し込む高い窓。
     天井まである窓からはめいっぱい眩い光が差し込み、広い室内を黄金色に照らしていた。
     並んだ机と椅子、巨大な黒板、教壇。
     ここは教室なのかと考えながらも、三世のその目は窓に釘付けになっていた。
     強い光を反射する窓枠に腰掛け、こちらを見る人影。
     逆光で顔が見えなくても、柔らかなその輪郭からそれが誰だかすぐに分かった。
    「三世君?」
     優しい声。
     三世は呼ばれたのは自分かと、信じられないような気持ちでふらふらと室内に入った。
    「君ひとりでどうしたの…ああ、お父さんの後を付いて来たんだね。」
     学校中を探し回った伯父がいる。その側に近寄りながらも、三世は急に恥ずかしくなってモジモジと言葉を探した。
    「伯父さん、風邪…」
    「うん、少しね。でも大丈夫だよ。」
     熱があるのだろう、曇った瞳が微笑む。
    「心配して来てくれたんだね、ありがとう。」
     三世は出掛けにキッチンで引っ掴んできた、蜂蜜の瓶を差し出した。中に輪切りにしたレモンが漬け込んである。
    「これよく効くんだ。俺が風邪引いた時パパが作ってくれるんだけど、これ飲むとすぐ治っちゃうんだよ。だからあげる。」
     真吾はそれを受け取ると頬を緩ませ嬉しそうに笑った。
     三世はドキドキして少し俯く。
    「伯父さん歌ってた?」
    「ふふ、うん。見えない学校の校歌だよ。」
     校歌なんてあるんだと驚く三世に、真吾は触りだけ歌ってみせた。
    「お父さんも歌えるよ、卒業生だからね。この教室で十二使徒のみんなと一緒に勉強したんだ。楽しかったなぁ。」
     そう言うと真吾は懐かしそうに教室を見渡した。並べられた机のひとつに目を留め、じっと見詰める。
     三世は真吾の膝に乗っている写真立てを覗き込んだ。
    「その写真」
    「これは卒業した時の記念写真だよ。いつも書斎に飾ってるんだ。」
     真吾を真ん中に、十二使徒全員が集まって楽しそうに笑っていた。みんな外見は今とほとんど変わらない。写真が色褪せていなければ、つい最近撮った物と勘違いしてしまうだろう。だが、これは遠い過去の写真なのだと、写真の中でただ一人が教えていた。
    「この子、パパだ。」
     本来なら、伯父も父親と同じ様に大人になっているはずなのだ。三世は成長した真吾を想像してみようとした。が、うまくいかなかった。三世の中の真吾の姿は固定されてしまっているようだった。
    「俺、パパと似てるってみんなに言われるけどホントだったんだね。これ俺かと思った。伯父さんも俺とパパ、やっぱり似てるって思う?」
    「確かにメフィスト二世と君は似てるだろうね、親子だもの。」
    「もし子供の頃のパパがここにいたら間違えちゃうかな。」
     フフと真吾は笑った。
    「似ていても間違えることはないよ。三世君とお父さんは全然違うもの。」
    「魔力が違うってこと?」
    「三世君…もしかして僕が魔力で人を識別してるって思ってる?お父さんは強くて面倒見が良くて格好よかったよ。三世君は真面目で穏やかで優しい。真っ直ぐな所はそっくりだけど、でも佇まいが違うから間違えない。」
     佇まい、と三世は口の中で復唱した。後で調べよう。
    「毎日忙しくて、戦いの最中で大変だったけど、でも、ファウスト博士がいて、みんながいて、毎日とても楽しかった。メフィスト二世も…」
     そこまで話すと不意に言葉が途切れた。どうしたのかと真吾を見ると、瞳からポロポロと涙が零れていた。
     三世は息を呑んで真吾を見詰めた。
     悪魔くんが泣いたーーー。
     真吾は溢れて止められない涙に戸惑いながら微笑む。
    「ダメだね、言葉にしてしまうと。」
     あまりの衝撃で凝視する他ない甥の心中など知らず、真吾はバツが悪そうに言い訳を並べた。
    「大人になると、懐かしさだけでも涙が出てきちゃうんだ。体調が悪いと気弱になって…恥ずかしいね。ごめんよ、びっくりしただろう。」
     三世は胸がぎゅっと締め付けられて、奥歯を噛み締めた。
     キラキラと夕陽に煌めく涙が宝石のようで目が離せない。
     無理して微笑む頬も、濡れた睫毛も、力のない華奢な肩も、初めて見る伯父の姿だった。
     強くて聡明で不屈の精神を持つヒーロー。それが三世の知る伯父の姿だった。目標とすべき姿で憧れだった。
     でもそうだよね、と三世は初めて気付く思いで胸中に呟いた。
     伯父さんだって人間だもの。どんなに凄い事を成し遂げた人でも、寂しさや悲しみには弱いはずだもの。
     俺と何も変わらないじゃないか。
     仰ぎ見るばかりだった伯父が突然目の前に現れた、そんな感覚だった。手を伸ばせば指先は頬に触れられるのだ。体温を感じた。柔らかな匂いがした。
     守ってあげなくちゃ。支えてあげなくちゃ。
     俺はもうそれができるはずなんだから。そう識ったら胸を満たした想いがはっきりとした形を現した。
     それは自然に言葉になった。
    「伯父さん、俺と結婚しよう。」
     驚いて涙が引っ込んだ真吾にぐいと顔を近付けると、三世はその両肩を掴んだ。
    「すぐ大人になるから待ってて。俺がずっと側にいる。すぐに大きくなって強くなって伯父さんを守る。」
     真吾は目を大きく見開いて、混乱する頭で三世に何が起こったのかを必死に考えた。
     真剣に真っ直ぐ目を見る甥に、やがてそれは意味のないことだと理解した。
     きっとこれは慰めるための思い付きじゃない。
     いや、ただの同情だったとしても真正面から向き合いたい。
     真吾は深く呼吸した。頬が熱いのは病気のせいだけではないと自覚していた。
    「三世君…ありがとう。とても嬉しいよ。本当だよ。」
     喜びで瞬く甥の瞳の光を確かめながら、真吾はその頬を両手で包んだ。
     優しい子。
    「三世君が大人になった時、まだ同じ気持ちで居たなら、もう一度僕に話してくれないか。」
     三世は二度深く頷いた。
     真吾は花が咲くように顔を綻ばせた。
     夕陽に照らされた真吾はあまりにも綺麗だった。
     三世は言葉もなくただ見蕩れて、束の間時が止まった。
     真吾は三世の両手をぎゅっと握り締めた。


         ✡✡✡


     もう伯父は覚えてなどいないだろう。
     子供がプロポーズしたところで微笑ましく思われるだけで、本気にする大人などいない。
     俺は本気だったんだけどな。
     美しい夕暮れの教室の光景は何度も繰り返してきた。思い出にならないように、色褪せないように。 
     
     「やっと強い人が来てくれた。ねぇ僕は帰りたいんだよ。」
     一郎と三世は目を見合わせた。
     窓辺に立つ影は大きく伸び上がると天井を伝い、真上から二人を見下ろした。敵意は感じない。本当にこちらを害するつもりはないようだ。
     二人を見下ろす大きな目を見上げ、一郎が口を開く。
    「どういう事だ、簡潔に説明しろ。」
    「美味しそうな、甘くていい匂いがしたから来てみたんだ。そしたらニンゲンが三人いてね、ボクに訊きたいことがあるって言うから教えてあげたんだ。お菓子いっぱいくれたんだよ。くき?とか、どなつ?とかいっぱい!」
    「こいつ子供か」
    「そのようだな」
    「楽しかったけど、三つ答えたからバイバイしたんだ。でもね、帰れなくなっちゃったの。」
    「帰れなくなった?」
    「うん。帰り道分かんない。」
    「そんな事ってあるのか?」
     三世の疑問に、一郎は顎に手を当ててふむ、としばし考える。
    「送還の儀式に失敗したんだろうな。手順を間違えたか、途中で中断されたか。」
    「だから今回被害者がいなかったのか。」
     最近子供達の間で急速に広まっている、悪魔を召喚する遊び。ごく短い時間喚び出し、質問に答えさせるというものだ。
     何年か毎に突然思い出したかのように一気に広がり、また忘れられる流行り病のようなもので、最近二人が忙しい原因はこれだった。
     実際に悪魔を喚び出せる事はまずない。秘密事の共犯意識と特殊な場におかれた高揚から起こる軽い集団催眠だ。何かが起ったのではなく、何かが起った事にしたい願望からの自己催眠だ。
     だが稀に何故か成功してしまう場合がある。宝くじにだって当たる人はいるのだから、ケースを重ねれば絶対起こらないとは言い切れない。実際にトラブルは起きているのだ。時と場と人。全ての条件が揃うとストンと穴に落ちる。
     最近その確率が上がっているのが気になる所だが。
    「悪魔はバイバイした、と言っている。要求と報酬は満たされ契約は切れたから人には憑かなかった。どこにも行き場がなくここに留まるしかなかったということだろうな。」
     三世はステッキを収めた。出番無く解決するなら大歓迎だ。
     悪魔は更に長く伸びてするりと二人の背後に回ると、巨大な手がにゅっと伸びて一郎の尻をつついた。
     ドン引きする三世。
    「何やってんだお前…」
    「いい匂いがするの。」
     ポーチに仕込んだチョコバーに気付いたのだろう。こんな微かな匂いを嗅ぎつけるとは、さすが食いしん坊君だ。
    「ボクお腹すいちゃったー。これちょうだい!」
    「ダメだ」
     一考の余地もなく断る一郎に、三世は苦笑いした。
    「やれよそれくらい。たくさんストックあるだろ。」
    「ダメだ」
    「くれなきゃ帰らない!」
     面倒くさくなった三世はスッとチョコバーを引き抜くと、悪魔の目玉めがけて放ってやった。
     人ひとり丸呑みできるほど大きな口がパカッと開き、チョコバーをうまくキャッチした。
     確かにこんな口ではいくら食べても足りないだろう。
     袋ごとバリバリと咀嚼すると飲み込むような動きをし、大きな口がニンマリと笑った。
    「美味しかった!お兄ちゃんありがとう!」
     いいってことよ、と三世はシルクハットの鍔を抓んだ。
     床に魔法陣を描き終えた一郎はすっと顔の前に両手を上げた。
    「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム。我は求め訴えたり。」
     悪魔はシュシュシュと長く伸ばした体を元の大きさに縮め、大人しく一郎の術を待つ間、様子を見守っている三世にねぇねぇと話しかけてきた。
    「お菓子くれたから教えてあげる。」
    「なんだ?」
     魔界への道が開いた。悪魔はやったーと歓声を上げてその身をにゅるりと魔法陣に突っ込む。
    「あのね、まだお兄ちゃんのこと待ってるよ!」
    「えっ?」
     バイバイと大きな手を振ると、悪魔は魔法陣に消えた。
     
     あの人は誰もいない夕暮れの教室で、ずっと誰かを待っている。
     それは何の約束もない人だ。偶然入って来て、まだ居たのか、一緒に帰ろうかと言ってくれるその人を待っている。
     でもそれは自分ではないことは分かっている。
     それでも、伯父の期待した人でなくても、まあいいかと、笑ってくれて、頷いてくれることを祈りながら、俺は迎えに行くんだ。


       ✡✡✡


     「いい子でよかったな。残りの案件もパパっと済ませよう。」
    「チョコバーの件は忘れてないぞ。」
    「しつこいな…大体あれ用意してやってんの俺だろうが。お前は消費するだけ。文句言う資格なんてないの。」
     駅前の商店街はバルーンやイルミネーションで間近に迫った国民的イベントを控えめに飾っていた。
     帰宅ラッシュで賑わう歩道を研究所に向かって歩き出す。ポーチに交通ICカードを突っ込みながら不服そうにブツブツ言う相棒に三世はハハッと笑う。
    「またたくさん買っておいてやるから。あれだ、今なら期間限定のチョコレートが食べられるぞ。」
    「ああ、あのお菓子業界が仕組んだイベントか。」
    「あやかれるんだからグダグダ言うな。」
     怪しいまじないなんかに頼るほど、恋する人達には重大なイベントなのだから。
     それは胸に固く仕舞った想いの鍵を外し背中を押してくれる。勇気を授けてくれる。
     三世は目を閉じて、胸の奥のその形をそっと確かめた。歪みも傷もない。鮮やかな夕陽色。
     俺は大人になっただろうか。
     今できる精一杯の素敵な贈り物を用意して、週末会いに行こう。



            
               二〇二五年二月二十三日 かがみのせなか
      
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