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    蒸しパン

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    蒸しパン

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    愛と冬華さんが夜中のコンビニに行ったりする話 pwはカカオトークで

     日付が変わる頃。1人になった寮の自室で、まだ寝る気もなくベッドに沈み込んでブルーライトを浴びていた。
     大したものを見てるわけじゃない。短い動画の流し見だ。スワイプして、スワイプして、時々インスタなんか開いて。30分も経てば忘れるようなくだらない情報でしかないけれど。
     スワイプ、スワイプ。繰り返していたら、画面上部に通知が飛び込んできた。
     起きてる? と、短い一言。

    「寒くないすか? 冬ちゃん」
    「9月だし……?」
     消灯時間の過ぎた寮を抜け出して、街頭もほとんどない田舎道を2人で歩く。俺はモンストの周回を片手間に。呼び出したのは大した用事ではなくて、夜のコンビニに行ってみたいんだって。
    「この前貴瀬先輩のとこの神様に捕まったんでしょ。それで?」
    「別に」
    「1人だとなんでか見つかるから俺でしょ〜? 貴瀬先輩と深夜コンビニとかなんかちょいキマズっすもんね」
     何買うん? みたいな。
     こんな田舎で不審者なんかあんまり出ないしそんなに過保護にならなくてもいいんじゃないかと思った。思ったけれど、断らなかった。どうせ早寝はしないのだ。彼女の交友関係は東京の安宿くらい狭いし、よく構っているのは保護者ツラした奴らばっかりだ。だからなのかもしれない。なんにせよ、断る理由なんてなかった。
     道は真っ暗。ジャリジャリした歩道は塗装が甘くて、道の横には雑草が茂っている。風でガタガタ揺れる古びた街頭は、電線が今にも切れそうなくせに結構眩しい。
     夏が終わったばかりなのにもう肌寒い。俺はちょっと厚めのパーカーを羽織っていた。隣を歩く冬ちゃんも似たようなもので、部屋着のまま。
     コンビニの明かりは俺らを置き去りに、暗闇の中からバカにみたいに煌々と輝いていた。駐車場だけ広くて、ポツンとある異質な建物。田舎特有の大きな箱。
     何も考えず、そのまま入り口に向かう。自動ドアじゃなくて手動のガラス戸を開けて店内に入ったら、下をよく見ていなかったせいで何か踏み潰したらしい。パキパキ足裏で音を立てるのが不快だった。
    「何買いますか、お菓子? ホットスナック行っちゃう?」
    「何買えばいいかわかんない……」
    「ほんと? じゃあ適当に買うから分けてあげるっすね」
     気になるやつ見ておいでと背中を押して。俺は俺でいつものやつをカゴに入れていく。モンスターエナジーとサラダチキンを放り投げてお菓子のコーナーへ。ポテチ、グミ、ベビースター。あとはレジ前にたくさん並んだ肉まんとかに自然と目がいってしまう。
    「気になるやつありました?」
    「ハーゲンダッツ……」
    「贅沢すね〜。俺会計してきますけどまだ見てていいからね」
     レジに向かう。横目で見た冬ちゃんはアイスを数個はカゴに突っ込んでいた。そんなに食べられないと思うんだけど。まぁ、いいか、別に。
     レジで夜勤の人に不審がられながら後ろをチラリと確認すると、冬ちゃんの細い腕はアイスを3つカゴに入れて、満足げに頷いていた。

     ひと足先にコンビニから出て、プルタブを開ける。モンスターエナジー。いつも飲むやつだ。こんなの今飲んだら明日の昼ごろ辛くなるかもしれないけれど、ここのとこ授業中寝てても誰も咎めないんだ。起こされなくって困るけど。
     車の侵入防止柵に腰掛けてひとくち、ふたくちと嚥下していたら、冬ちゃんもすぐに出てきた。手には袋を引っ提げて、こちらにホットスナックを差し出した。鳥の揚げたやつ。コンビニ特有のあれ。
    「くれるの? なはは。ありがと〜」
     人通りも少ない道路の隅。歩道もない田舎道。暗闇の中、少し離れた車道を通る車の音が響いている。
     彼女の視線の先には俺が片手に持ってるモンスター。いやいや、これは。
    「口に合わないと思うっすけど」
     飲んだことないだろう、こういうエナジードリンクの類は。カフェイン過多で体にいいもんでもないし、激甘党でも甘さの種類が違うというか。
     でも、彼女は俺の手から缶を優しく引き抜いた。少し振ったり傾けたりして、すこし中身を揺すって考えて、ひとくち。
     やっぱりやめときましょうよ、なんて引き留める暇も与えられなかった。嚥下するまでの一瞬がひどく長く感じたのだ。
    「うげ」
    「だ、から言ったのに〜っ。ほら返すっすよ!」
     飲み干した彼女はべっ、と舌を出して渋い顔。ほら、やっぱりダメじゃん。慣れないもん飲んじゃったらどうなるかわかってたくせにさ。
    「ウブなネンネちゃんのくせしてこんなん飲んじゃダメですよ」
     口直しにこれどーぞ。果物のグミを唇に押し当てると、彼女はおとなしく口を小さく開いて、指を歯に立てないように中身を受け取っていた。
     俺はその先に缶を取り戻す。片手にホットスナックで片手にはモンスター。もうひとくち、モンスター。俺にとってはなんでもないけど、にいちゃんには小言くらい言われるかもしれない。
    「夜中に出歩いたって別になんも楽しくなかったでしょ」
     暗くて虫の音がするだけだ。昼間と大して変わらない。コスパ悪いと思う。見つかったら怒られるんだし。
    「え、楽しかった? ……そ、よかったすね」
     彼女は楽しいとかそういうのはあまり表情に出ない。けど嫌な顔はするから、真顔なら嫌ではないってことだ。
     深夜に抜け出してコンビニ、なんて非行としてはとっても初心者向けだと思う。そういう反抗的な遊び、楽しいのかな。ドンキとか、冬ちゃんは行ったことなさそうだし。
    「ポテチとピーナッツバターって合うと思う」
    「それ俺絶対残り食べてあげないっすよ」
     溶けちゃうからはやくアイス食べな。なんて促したら,コンビニの袋をガサゴソと漁って、ハーゲンダッツを引っ張り出す。ふたを開けて付属のスプーンで表面を突く。たったひとくち分もない量をすくったところで、やっと口元に運び出した。
     時刻は大体0時を回って40分くらいかな。信号は真っ赤になって進行を妨げようとする。その警報を無視して足を進めたら、上着の裾を弱く握られた。
    「、車なんか来やしないっすよ」
     目があって、にこりと微笑んで見せた。で、裾を掴む腕を掴んで連れて行く。後ろの彼女は動揺しながら足を動かしているのがわかる。信号無視。深夜に寮を抜け出すことも、それを黙って見過ごすことも、1人でいたり友達とやるより悪いことをしている気分だった。少なくとも俺は。

     学校までの直線距離にさしかかったあたりで横でフラフラしながら歩きだして、多分これはちょっと眠いなと思っているんだなって予想がついた。かわいいから、ずっと見ていたかった。
     正しい入り口からでなく、ちょっと外れたところ。少し低くなってて入りやすいところから。前から抜け出す時はここを使っていた。
    「もう少し頑張って。アイスほら、冷凍庫に入れないと溶けちゃうから入れないとっすよ」
     起きて起きてと肩をゆすると、ずいと袋が差し出される。
    「あ、も〜。めんどくさいからって」
     少し屈んで袋を受け取ったら、暗い中でも顔がしっかりと見えた。寝ぼけまなこにアイスを詰め込んで、このあとちゃんも部屋まで辿りつけるかすら心配だった。アイスは仕方ない。一旦預かって明日以降渡せばいい。
    「おやすみなさい」
     右手を頭に添えて、囁くように呟いた。彼女から俺のことは見えていないだろう。いや、見ていないだろう。
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