「大丈夫」という言葉 目が覚めたときに、彼の視界に海が広がっていた。と言ってもそれは一種の形容的言葉でしかない。というのも、彼――薄墨史郎の病に侵された目には彼の又甥であり彼の弟子である青年の青い髪が海のように鮮やかに見えたというだけなのだから。
師匠、と呼ぶ青年の声はかすれていた。髪よりも淡く、煌めくような蒼の目は憔悴しきっており、史郎がその中にひび割れた硝子の破片があるようにすら思ってしまった。
藍、と青年を呼ぶ史郎の声は、青年の声以上にやつれ細くなっていた。その短い言葉を吐くだけで眩暈が起きるほど、史郎は衰えていた。名を呼ばれた青年は――薄墨藍は微かに肩を震わせて、それから史郎の病み衰えた手に触れた。
怖がってはいけないよ。私は十分生きたのだから。もう少し、あと少しと思うほど生きてきたのだから。
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