最後は笑えよ、馬鹿野郎窓から見える景色だけが自分の世界だった。
窓際に飾られた自分の趣味でもない桃色の薔薇とクマのお人形、可愛らしいカーテンにピンクが基調のフリフリの部屋。
自分が今着ているのも白色のワンピース、大きくなってきた体には合わないと思ったが「パパ」が言うには「私」の臙脂色の髪によく映えるらしい。
13年間「私」の世界は色も音もなく、色とりどりの四季も何もかもこの窓の外からではないと感じられない。
誰かに助けてと願ってもいいのだろうか、誰かにここから出してと言ってもいいのか。
「パパ」がいない時間だけ開けてしまう窓、来訪者は今日もいない。足首に繋がれている鎖がおかしい事くらい、この年齢になればもう気付いていた。
「…おかしいよなぁ」
そう呟けば目の前にキャップ帽が1つ、それを「私」は手に取る。今日の風に流されて壁を越えてきてしまったのだろう。バタバタと玄関の方からこちら側へ回ってくる足音が、次第に大きくなり向かってくる。
隠れなくてはいけない、人に見つかったらまた「パパ」に酷いことをされる。だけど、「俺」はその帽子を手放すことが出来なかった。
「すみません、こっちに帽子…って…」
「……これですか?」
窓を開けたら何かが変わるって、こんな「俺」でも思っていいですか。
□
「御堂〜!今日講義終わりだろ、もう帰ろうぜ?」
「あぁ、三月は今日バイトか?」
御堂虎於18歳、今年の春から実家を離れ一人暮らしを始めた。
東京の大学ではなく地方の大学、といっても東京まで新幹線で1時間半程度の距離のため帰れないわけでもない。家族が嫌いなわけでは無い、俺の事を愛してくれる本当に勿体ないくらいの人達だと思う。
だが、それが偶に窮屈で俺はあの場所から逃げ出すことを決めてしまった。今の場所は呼吸がしやすい。
鳥籠の中で一生を終えるなんて絶対に嫌だった、俺の事を「俺」として見てくれる人に出会いたかったから。
「は〜もうすぐ夏休みだな〜、御堂は夏休み実家帰んの?」
「今のところ予定はないな、三月は?」
「弟から帰ってきますよね?って連絡来てたし帰るよ。八乙女と大和さんたちも帰るらしいぜ?」
来週の試験が全て終われば大学生になって初めての夏休みがやってくる。2ヶ月間というあまりにも長い期間、三月たちのように実家に帰る者もいれば、俺のように帰らない人だっているだろう。しかし、三月はその理由を聞いてこないから一緒にいて楽だった。
「ッうわ、相変わらずすげぇ薔薇の匂い」
「洗濯物が全部薔薇の匂いだぞ、こっちは」
「御堂はいいだろ、薔薇風呂浸かってそう」
俺のアパートの前にある一軒家、俺の実家もかなり大きいと自負していたが地方の一軒家とは訳が違う。
薔薇の花に囲まれたその家から出てくるのは高身長の男が1人、恋人のためにやっているのかとも思ったが住んで4ヶ月間、男以外に家から出てくるのを見たことがない。
「そういえばこの家に幽霊出るって噂だよな」
「へぇ、初めて聞くぞ」
「なんか女の子?の幽霊がいるとかいないとか大和さんが言ってたんだ。ちょうど玄関の裏側、薔薇の隙間から赤い髪の女が見えたって噂」
窓際に座って笑うらしいぜ、と三月が信じていないような顔で言う。かく言う俺も信じているわけではなかったが、何故かこの薔薇の奥に興味を惹かれた。
この俺の好奇心が俺の夏休みの色になるなんて、この時は想像もしなかった。
―
夏休みが始まって4日、三月は実家へと帰り俺は普段通り課題をやりながらバイトへ行ったり、大学の友人たちと遊んだりと快適な生活を送っていた。
薔薇の奥からは今日も誰も見えない。
夜になっても明かりもつかないからおそらく誰もいないのだろうが、偶に深夜にこの場所を通ると歌声が聞こえる時がある。
しかし、それはどうにも女の声とは言いにくく、無理やり変声期を押さえつけられている若い男のような声にも聞こえた。
(今日もいないか)
深夜1時、バイト終わりにその家の前を通るが今日は歌声が聞こえない。
俺は好奇心で薔薇の隙間を昼と同じように除く、そこから見えた景色に俺は息を飲んだ。
「……いた」
窓際に座る白いワンピースを着た赤い髪の女の幽霊、腰まで伸ばされたその髪を梳きながら女はぼぉっと遠くを見つめていた。
話してみたい、傍によれば消えてしまうかもしれないが、俺はその好奇心を抑えることが出来なかった。被っていた帽子を薔薇の柵を超えるように高く投げる。
「ひゃっ……!?何これ…帽子?」
俺は聞こえたその声に胸が騒ぐのを感じた。
彼女は幽霊では無い、れっきとした存在する人間だったことが証明された。俺は夜中だというのにバタバタと屋敷の入口から、彼女がらいるであろう裏庭の部屋へと周り、わざとらしく声をかける。
「すみません、こっちに帽子…って…」
「…これですか?」
姿を見た時よりも俺の心臓はバクバクと音を鳴らして訴えていた。この女に関わってはいけない、きっと不幸になる。
しかし、あまりの出来事に俺の警鐘は役に立たなかった。彼女から帽子を受け取り、ありがとうと微笑めば頬を赤らめて「いえ」と返される。生憎、見目が良いのは自覚していた。窓際から降りようとする彼女の手を掴んで、捲し立てるように俺は自分の事を伝える。
「ッ、御堂虎於という。…貴女とずっと話がしてみたかった。こんな手を使ってすまない、良ければ名前を教えてくれないか?」
彼女から返答はない。
赤色ではなくよく見れば臙脂色のような髪と瞳、真っ白な肌は外に出ていないからだろうか。月明かりに照らされ更に白く見えた。
しかし、何かがおかしい。今は恋人はいないがこれでもこの年齢にしては遊んできた方だとは思っている。今まで出会った女よりも骨の形だとかこんなに暑いというのに隠された喉元とか、…そして今まで聞こえてきた歌声。
(…まさかな)
何も返事をしてくれない彼女、今日は彼女と接触出来ただけでも良しとしよう。俺は彼女の手から自分の手のひらを離し、軽い謝罪を述べその場を去ろうとした。その時だった。
きゅっと弱い力で彼女が俺の服を掴む。
「…今日から7日間、毎日夜の0時から1時まで…会いに来てくれたら名前を教えさせて。それまでは…トワと呼んでください」
「ッ……!会いにくるよ、会いに来る」
「……ははっ、可愛い」
「貴女の方が余程可愛い、おやすみトワ。また明日会いにくる」
ちゅ、と手の甲へキスを落とせばトワは顔を真っ赤にして窓際から部屋へと飛び降りていってしまった。そして、恥ずかしそうに顔だけ覗かせて「また明日」と微笑む。
一目惚れだった、心臓がバクバクとうるさい。顔が熱を持ったように熱い。彼女の手のひらへキスを落とした時、俺の手は緊張で汗ばんでいた。
「早く…トワの本当の名前が知りたいな」
こうして俺が「トワ」の元へ通う7日間が始まった。
トワとの日々はあっという間に過ぎていった。名前を聞いたなら次は年齢から、好きな食べ物、好きな色、好きなこと、トワは悩みながらも懸命に答えてくれた。年齢に悩んでいたのは謎だったがトワは今15歳、両親がいないらしく親戚と2人暮らし、体が弱いからとあまり日中外に出ることは出来ない、本当はワンピースよりも動きやすいジーンズなどの方が好きなこと。
俺のことも聞いてくれるトワは自惚れかもしれないが本当に楽しそうだった。子供っぽいからとあまり言いたくなかったヒーローが好きなことに対して、貴方もヒーローみたいだからぴったりと返してくれた時には思わず抱き締めてしまった。
2日目、3日目4日目と時間が過ぎていき、5日目。長い髪を編み込んでやればトワは嬉しそうに「似合う?」と微笑んでくる。次第に外れていった敬語がなんだか嬉しくて、むず痒くなるがそれが嬉しかった。
「トワ、良かったら日中に外で会わないか?トワと行きたい場所があるんだ」
「…ごめんなさい、……パパが許してくれないから」
「あ、そうか15だもんな…。俺が信用ある人間じゃないと大事な娘は預けてくれないか」
そういうとトワは凄く寂しそうな、辛そうな顔をして無理に笑顔を見せてきた。
そんなトワの表情があまりにも苦しそうで見ていられなくて。次の瞬間、俺はトワの頬に手を添え、そのままキスをしていた。
トワは一瞬驚いたように体を強ばらせたが、次第に俺の頬にも手を添えてきて、長い長いキスをする。1度唇同士が離れ、視線が合うがお互い手を離すことはなく、また唇同士が触れ合った。
「トワ、口開けろ」
「……トウマって呼んで」
「ッ……トウマッ、好きだ、ッ好きなんだ」
「…トラ、『私』もトラが好き」
今思えばトワ、トウマの俺への好きは恋愛感情だったのかは分からない。きっとあの夜に現れたのが三月だったり八乙女だったりしたら、トウマは違う人に恋に落ちていたのではないだろうか。
だけど、確かにトウマが俺を見つめる視線には熱を孕んでいて、俺と同じ熱を持っていた。
小さく開いたトウマの口へ舌をいれれば、びくっと体が跳ねはするが頑張って迎え入れようと舌を絡ませてくる。笑う時に見えていた八重歯を舌でつつけばトウマと視線が合い、思わずキスをしながら微笑んでしまう。
「トウマ、トウマって言うんだな」
「……可愛くないでしょ?」
「全く。なんならトウマの方が貴女には似合ってるよ、素敵な名前だ」
「トラにそう言って貰えて嬉しい…、…もう1時だ…おやすみ」
「おやすみ、トウマ。また明日」
最後にもう一度キスをして、トウマは窓を閉める。
俺はトウマと触れた唇に触り、思わず笑みを零した。恋人ということでいいのだろうか。18歳と15歳は交際しても犯罪にはならないだろうか、娘をあれだけ大切にしている親に交際は認めて貰えるだろうか、俺は柄にもなく浮き足立ってしまう。
明日、会ったら付き合おうと言おう。良ければお父さんにも挨拶をしたいと言おう。
そしたら日の下をトウマと共に歩けるのかもしれない、日差しの下で歩くのが難しいなら車を出せばいい。
「好きだ、トウマ」
そんな俺の声は夜に消えていった。
□
トウマに出会って6日目の夜、この日は夏だと言うのに朝から雨が止まず、薄手の長袖を着ていても涼しいくらいの日だった。
傘を差しバイト先からトウマの家へと向かう。時間はちょうど0時5分前、トウマも既に窓際に座っている時間だろうか。
俺はトウマが食べたいと言っていたコンビニの新作を片手に、足早にトウマへの家へと走っていた。弱い雨にはなったがトウマが風邪を引いたら大変だ、それこそ会えなくなってしまう。
いつものように玄関から裏庭へと回り、トウマの名前を呼ぶ。
しかし、今日は何かが違っていた。
「……電気がついてる」
こんなこと1度もなかった。俺がトウマに出会ってからトウマは月明かりだけでも十分だからと電気をつけることはなかったのだ。
さらに俺はよく閉まっていなかった窓の隙間から聞こえた声に耳を疑った。
「やだっ…やめて、もうやだ!」
「トワ、どうしたんだい?いつもはそんなワガママ言わないだろう?」
「私は……ッ、俺はトワじゃない!トウマだ!」
「ッ……トワ!!!!!!ふざけんなよ!」
窓から見える景色は地獄のようだった。
いつも見ていた高身長の男がトウマを組み敷くようにベッドへ押さえつけ、トウマは泣き喚きながら男からの愛撫に抵抗するが、それも虚しくトウマからは聞いたこともないような、それはいつか俺の聞きたかった喘ぎ声が小さく響く。
男の拳がトウマの頬を殴り、トウマから鼻血がでている。そして男の手がトウマのスカートの中へと忍び込んだ。
全身の血が沸騰したように体温が上がったのが嫌でも分かった。
耳に聞こえるのは雨の音とトウマの小さな喘ぎ声、男の怒声、己の心臓の音。
トウマの視線が窓の方へと向く。小さな、それでも鮮明に俺の耳にトウマの声は聞こえた。
『たすけて、とら』
6文字が聞き取れた瞬間に俺は傘を投げ出して玄関の方へ走っていた。
『貴方もヒーローみたいだからぴったり』と言ってくれたトウマのことを助けたかった。
どこでもいいからと窓を割り、トウマの部屋まで走る。外観とは違い、部屋の中はとても質素なものだった。
飾られているトウマの小さい頃の写真、それには5歳あたりの頃からのものしかなく、しかも俺はこの写真を見たことがあった。
(これ…13年前に誘拐されたっていう男の子じゃ……)
見たのは一瞬、間違えているかもしれない。
しかしそんなこと後からトウマに聞けばいい。
俺はトウマの部屋へ飛び込むとトウマにのしかかっていた男のことを力の限りぶん殴った。男は吹っ飛び、サイドチェストへ頭をぶつけ動かなくなる。
ベッドにはカタカタと震えるトウマ、その足についていた鉄の枷に俺は息を飲んだ。
白いワンピースは血に汚れ、綺麗な長い髪は絡まり解けない赤い糸のようになっていた。
「トウマ!鍵は!」
「ひっ、あの人の、ぽ、ポケット」
「逃げるぞ!今すぐ!」
トウマの言う通りポケットから枷の鍵を取り出し、トウマの足の枷を外す。
腰の抜けてしまっているトウマを横抱きにし、俺はその家から逃げ出すように走り出した。友人は頼れない、夜中で新幹線は出ていないから実家も頼れない。
俺は運良くタクシーを捕まえ、その中に押し込むようにトウマを乗せ、俺もその中へ乗り込む。未だに震えるトウマの背中を擦りながら俺は運転手に告げた。
「東京まで乗せてくれ」
時刻は深夜0:00、運転手の驚いた顔だけが今も頭に残っている。
―
9時間後、俺とトウマは東京の俺の家にいた。
既に仕事で家を出ていた両親と兄2人には家政婦から連絡してもらい、俺はトウマのことを隠すように自分の部屋へと連れて行った。
俺の靴を履いているトウマと靴下のまま帰ってきた俺を見て、家政婦たちは驚いたように色々聞いてきたが今はトウマのことを案じる方が先だった。風呂を沸かすように言い、俺は部屋で待っているトウマの元へと急ぐ。
「トウマ、落ち着いたか?」
「トラ……、ごめんなさいッ、俺のせいで、トラ…本当にごめんなさい……」
タクシーの中でもずっと泣いていたトウマの目元は赤く腫れ上がり、殴られたところは大きな痣になってしまっている。
本当はそっとしておいた方がいいのだろうが、俺はトウマの頭を撫でながらずっと聞きたかったことを問う。
「トウマ、お前のことを教えてくれ。全部受け止めるから、嫌いになんてならないから」
そんな俺の言葉にトウマは小さく頷いた。
「…私の、俺の名前は狗丸トウマ。本当の年齢は高校三年生になるはずだから17…11月で18になる年で…。5歳の時にあの男に施設から誘拐されて…女の子として育てられた」
トウマがワンピースの裾をきゅっと握る。
「小さい頃は何も思わなかった。両親もいなかったから本当にあの人のこと親だと思ってたし…。だけど大きくなるにつれて不信感が溜まっていって、足についてる枷だとか男なのにワンピース着せられてるのとか…」
身長が160を超えた時には飯を食わせて貰えなくなった、悲しげにトウマは続ける。それでも170を超えた身長は親の遺伝だったのだろうか。
腰まで伸ばされた長い髪は男の趣味で、毎日のように綺麗だ綺麗だと言われ、トウマにとっては嫌いな物の1つだった。ワンピースもあのフリフリの部屋もそう、あの男はトウマのことを女の子のように育てた。
「初めてキスされたのは10歳の時、それからエスカレートしてくのは早かった。女の子は射精しないからって前はゴムで縛られて…後ろに突っ込まれて……犯された」
だから俺前でイけねぇの、トウマが自身を嘲笑うように口角を上げる。
「トラと出会った日、逃げようと思ったんだ。トラと話したらまた酷いことされると思ったから。でも…幸せになれるかもしれないって思っちゃって……利用して…ごめん」
好きって言ったのも嘘、俺好きとかよく分かんない、続けられた言葉に俺の脳天に大きな衝撃が走る。
しかし、目の前で俺よりも悲しそうに微笑むトウマを見れば責める言葉なんて出てこなかった。俺はトウマのことを抱き締め、頭を撫でる。そうすればトウマは何かが決壊したように泣きながら言葉を吐き続けた。
「トラが助けに来てくれた時嬉しかった、パパに触られてる時見られて終わったと思った、トラが…あの籠の中から俺の事たすけてくれたんだよ。本当に…本当にありがとう」
トラはやっぱりヒーローだ、トウマがそう言いながら俺の唇へキスを落とす。
触れるだけのキスはあまりにも幼くて、それでも唇を離した先にいたトウマの笑顔に俺は毒気を抜かれた。
「トウマ、俺はお前が男だと分かってもお前のことが好きだ。…だから次のキスはお前が俺に惚れた時に…本当に好きだと思った時にしてくれないか」
トウマの目が大きく開く。そして言葉の意味を理解したトウマは笑顔で「うん」と俺の事を強く強く抱き締めた。
「坊ちゃん、お風呂が沸きました」
「ありがとう、…トウマ一緒に入ろう。流石に泥まみれじゃ食事も出来ない」
「えっ、トラと!?いやっ、その、それは…」
「坊ちゃん!年頃の女性と一緒にお風呂なんてダメでしょう!」
「安心しろ、トウマは男だ。俺の部屋から適当に小さめのサイズの服をトウマへ用意してくれ。あと父さんに早めに帰ってくるよう連絡して欲しい」
衝撃の事実に家政婦の動きが止まる。
やはりトウマは女に見えるのか、男だとカミングアウトされた今ではもうトウマが男にしか見えない。それでも愛しいと思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。
ここから先は大人の手も借りなければならない、今の俺ではトウマのことを完全に救うことはできないから。
(トウマのためなら何でもするよ)
俺は恥ずかしがるトウマの手をとって、そのまま浴室へと向かった。
□
それからあれよあれよと事が進み、トウマのことを誘拐した「パパ」は逮捕され、出所後もトウマへの接近禁止令が出されることになった。誘拐理由はトウマが小さい頃に好きだった子に似ていたから。あまりにも馬鹿げた理由に日本中が驚愕したのは言うまでもない。まぁ、何年後に出てこれるかは分からないが、誘拐に強姦、長年に渡る虐待行為、諸々の罪状がつけばしばらくは陽の光に当たらないだろう。
俺は父親にトウマと共にいるための条件を出され、地方の大学を辞め都内の大学へと改めて通い直した。
トウマはまず病院での治療、栄養失調やら長年性行為を強いられた上で病気がないか、精神的な検査も多くされた。人と話すことに慣れていないトウマの傍にいつもくっついて歩いていたため、2人の兄からはトウマくんの番犬だねと笑われた。虎於の方が犬っぽいねと言われ拗ねたのは昔の話だ。
そしてトウマと出会い2年の月日が経ち、俺とトウマの目の前には1枚の書類。
トウマにその書類とリングケースを渡し、俺は驚いたように目を開くトウマへ言葉を紡ぐ。
「結婚しようか、トウマ」
トウマからのキスは既に1年前に貰っている。
そして今日は俺の20歳の誕生日、ようやくトウマと養子縁組を結べる年齢になった。
トウマと家族になれる。それだけで俺の表情はあまりにも緩んでしまい、トウマはそれに絆されたのかリングケースを受け取り、深く深く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします、トラ」
机を挟んでトウマとキスをする。
もうワンピースを着ていたトウマも髪の長いトウマもいない。ニコッと笑う臙脂色は確かに男だった。
「トウマ、行きたい場所があるんだ」
「うん、どこ?」
「……太陽の下を、ずっと一緒に歩こう」
薔薇よりもお前にはきっと向日葵が似合う、2人で暮らす家の鍵を渡すまであと3秒。