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    八丁目

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    八丁目

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    💚露億の日2024
    おめでとう!!
    ♡✒️💲🖊💲♡

    #露億
    luYi
    #露億の日2024

    transparent transparent

    『好き』という言葉をくれなきゃ信用出来ないなんて思うほど、自分はそんなに女々しくはない。別に貰えなくとも、男ならば言葉で交わさなくたって充分だ。言葉にしなくたって、『好き』という気持ちは伝わってくる。そう思っていたのだが、一度でいい、たった一度でいいから、このひねくれた漫画家が愛を語るとき、どんなふうに、どんな表情を見せるのだろうという興味だけはあった。


    骨董品を見に行くと言う露伴に、「俺も着いて行っていい
    ?」と了承も得ていないのに同行した億泰。骨董品などに特に興味があるわけではない。骨董品に興味はないが、露伴が興味を抱く骨董品とはどんなものなのかということには、少なからず興味があった。
    町外れの住宅街に潜むように佇む店は、埃臭く、品はゴミの山のように積まれ、窓も骨董に隠れて日当たりが悪い。証明ひとつで照らしている店内は、薄暗くおどろおどろしいが、店主の老人の愛想や接客がこの店を明るく照らしているかのように、人の良さそうな老人店主だった。
    「兄ちゃんは見て行かないのかい?」
    手持ち無沙汰にカウンターへ凭れかかる億泰に、その店主は話しかけてきた。
    垂れ目な店主は、イメージ通りその人の良さをあらわし、常に微笑んでいるかのような顔だった。垂れ目の奥には曇りのない透き通った瞳。ガラス玉でも嵌め込んでいるかのように綺麗なものだった。
    「おう、俺はこういうのよく分かんねえからよォ。でも冷やかしじゃねえぜ?あの先生の付き添い~」
    カウンターは店の一番奥にある。そこから、出入口の近くで、気になるものを見つけてはじっくりと眺め、手に取る露伴を見て指をさす。
    「へぇ~~~~──」
    店主は億泰の顔を除き込み、じっと見つめてからカウンター下へと潜る。
    「あっ、暇なら菓子でも食うかい?兄ちゃん甘いの好きそうな顔してるからさァ~」
    「マジぃ?食う食うッ!」
    異常に見つめてきた店主を不思議に思ったのも束の間、〈甘いもの〉に惹かれてしまい、店主への不審感は、生まれてはあっという間に消え去った。
    カウンターにバラバラと小さな駄菓子屋が開かれる。しかし、様々な菓子が並べられていく様を眺めていた億泰の表情は、やや引き攣っていた。
    「うわぁ~、これおっちゃんのセンスゥ?さすがだな」
    「なんだい、なんだい。美味いだろ。食べたことないの?」
    「いやいやあるよッ、あり過ぎンだよッ!食わなくても見ただけでもう食った気分になるくれえ食い飽きてるよォ~」
    まるでご馳走だと云わんばかりに並べられた菓子は、スウィーティガム、ブルーベリーガムといった板ガムや、黒飴と梅キャンディー。年寄りが乗る軽トラックのダッシュボードに必ずと入っているといっていいほど、なんとも店主の年代層が好みそうな菓子だらけ。他にも、ふ菓子や真っ平らの塩気がない煎餅まで。
    「でもさァ、美味いよねぇ~~~」
    「お、おーう、美味いよォ?」
    否定は出来なかった。億泰も飽き飽きするほど、商店街の老人たちに頂いている、この慣れ親しんだ味。じいちゃんばあちゃんが孫に良かれと思って、ほぼ強制的に渡してくるこの菓子は、本当に美味いのだ。
    「座って食べなよ。露伴先生、しばらく居るんだろうから」
    促された緑色のビニールレザーで張られた丸イスは、所々小さく破れ、スポンジが飛び出していた。
    「こういう椅子ってケツが蒸れちゃって痒くなるんだよなァ~」
    そう言いながらも躊躇いもなく座り、ふ菓子を豪快にかじった。顔は良くないが愛嬌がある億泰は、ふ菓子のテレビコマーシャルに抜擢されてもいいぐらい、豪快かつ美味そうに食べていた。
    「おっちゃんも露伴先生のこと知ってんだな!やっぱりあの人すげぇんだなァ~」
    「そりゃあ……分かるさ、有名なんだから」
    億泰は露伴を待っている間、ふ菓子を二本食べたあと、スウィーティガムを三枚噛んだ。次に梅キャンディーを手に取ろうとした時、「おい、じいさんッ!これは本物かっ!?」と目当ての物を見つけたらしい露伴の声にも構わず、赤い小袋をピリリと破いていた。
    やや興奮気味の露伴を宥め、支払いを済ませた後、さっきまでは無かったはずの飴がひとつ増えてきていた事に億泰が気が付く。気付いた理由は、ひとつだけ見たことがない飴があったからだった。緑の小袋で、商品名のロゴもイラストも何も無い、至ってシンプルなもの。
    「おっちゃん、コレ見たことねえけど、なに味~?」
    「んー?ああ、あげるよ。美味いよ~」
    どうしても舐めたかったとか、そういうわけじゃなかった。ただ、突然あらわれた見知らぬその飴が、やけに目立って見えた。
    けれど、店主は今まで通り普通に、どうぞと渡してきたものだから億泰はヤッター、ラッキー!程度の気持ちで受け取り、ズボンのポケットへとしまった。
    「じゃあね、また来なよ。露伴先生、虹村くん」
    「おう!今度はよォ~、もうちょっと流行りのお菓子にしてくれよなァ~」
    食べた菓子の空袋の量を見ていた露伴は、半分以上食べておいて何言ってやがるんだコイツと、思いながら振り向きもせず歩を進め、それを追うように億泰も続いていた。

    (ん?そういえば、おっちゃんに俺の名前教えたっけ?───まあ、いっか!)

    ◻︎

    露伴の資料集めに行ったふたりは、一緒に岸辺邸に着く。本日も、夕飯を共にする仲のふたりがひとつの家で過ごすことになんら不思議はない。
    露伴は早速あの骨董屋で手に入れた胸像を、リビングテーブルに置き眺めていた。顔を上下反転させて苦痛な表情を見せる気味の悪い真っ黒な胸像に、ぺたぺたと徐に触れ、ノートにメモをとっていく。他のことなどお構いなしといった様子だ。
    どうせこんな状態の露伴には無視されるか、生返事しか返ってこないのを分かっている。不気味な胸像に触れては、不気味に微笑む露伴。その横にあるリビングチェアに腰掛けた。そうして、さっき店主から貰った飴をズボンのポケットから取り出してみた。
    緑色の小袋ということは、味は大抵、青りんごかマスカット。又はメロンだろう。億泰にしてみれば、どの味でも構わないが、空袋を破いてみると無色透明なことにやや怪訝な表情を見せた。
    なぜなら、その色にハッカ味の可能性を見出してしまったからだ。しかも、渡してきた人間の菓子のセンスもあの通り。ハッカ飴の可能性はより高まった。しかし、甘いりんごやマスカットといった可能性もゼロでは無いため、捨ててしまうのは躊躇われた。
    飴を鼻の近くへ持っていく。ハッカ特有のスーっとしたメンソールの香りはない。しかし無臭だからこそ果実飴の可能性が下がっていく。
    (いや、もうめんどくせえな。舐めてみたほうが早いぜぇ~)
    考えると頭痛がすることは無くなったが、大した利害もないであろうことに、ここまで頭を悩ませたくはないと、億泰は考えるのを止め、飴を口の中へ放り投げた。
    カラコロと音を立てて飴を舐める。しかし、何度舌で転がしてみても、甘い味もミントのような味も、なにもしなかった。
    (あんのジジイ~っ!騙しやがった!)
    美味しいよ、と言っていたあの店主の笑顔を思い出してはムカッ腹を立てる億泰。まだハッカ味でなかったことが救いではあったが、なんの味もしないこの飴を美味しいだなんてよく言えたもんだと、まだたいして小さくなっていない飴に歯を立て、ガリガリと音を立て飲み込んでやった。

    『ああ、なんて気味が悪いんだ。でも、凄いぞ。これは本物だ──、冷りとして不気味だ、そそるね──またあの店に行けば掘り出し物が見つかるかもしれない──』

    「……んあ?」
    露伴が突然話し出した。
    しかし、露伴へ視線を向けるが、口を動かしている様子はない。
    『この苦痛な表情も素晴らしいぞ──とてもリアルだ──』
    不思議に思い、露伴の口を眺めていたが、やはり口は動いていない。腹話術でもしているかのようにハッキリと聞こえてくる露伴の声。
    ──な、なんだ急に。なんで、先生の声が聞こえてきたんだ。
    『ここまで実物に近い物を作れるなんて、本当に生身の人間を使ったのか。おぞましい、そしてすごい─────少し喉が渇いてきたな』
    聞こえてくる声に合わせるように、露伴はペンを置いてキッチンへと向かった。リビングから対面式のキッチンへと向かう露伴を目で追えば、〈喉が乾いた〉と聞いたと聞いた言葉通りに、コップに水を入れ始め男らしく一気飲みをする姿。それを見て、有り得ないことだが、もしかしたらそうかもしれないと思い試してみた。
    『仕事に戻るか──しかし、あの馬鹿億泰を一週間も放ってしまったし、いくら馬鹿でも拗ねてしまうだろうか。僕も結構限界なんだよなァ~、ほんの少しでも甘えて……、──待て待てっ、読み切り四五ページと連載の締切も近いんだぞ、しっかりしろよ僕ッ!──』
    流し台の前で両手を上げては、左右に広げたりと準備運動をしている背中を眺めていた。
    大人であり仕事もある露伴と、まだ子どもで学生である自分。ふたりで過ごす時間が増えればいいとも思いつつも、仕事をないがしろにしてまで自分との時間を作って欲しいとは思っちゃいない。だから、今までだって不満に思ったことはなかった。仕事を優先し、邪魔をしているつもりのない億泰を散々邪魔扱いして、億泰のことなど考えていないのだと思っていた。だから、その言葉に億泰は思わず目を見開いた。
    「なァ、先生。読み切り四五ページと連載の締切っていつなの?」
    露伴は前に突き出し指折りしていた手をぴたりと止めた。
    「なんだよ急に。いつもそんな事聞いてこないじゃないか」
    ──『やっぱりこれ以上放っておかれてはコイツも面白くないか──いや、待てよ。連載はまだしも、どうして僕が読み切りの仕事を受けたことまで知ってるんだ?』
    露伴からの疑惑の目が向けられると、次第に笑いが込み上がる。
    「俺ァ、別に拗ねたりなんかしねえぜ?先生の仕事してるとこ見るのも、結構好きだしよォ~」
    「な、に……」
    ──『な、なんだ。おかしいぞ、まるで僕が思っていたことを知ったような台詞じゃないかっ』
    顔だけを億泰へと向け、前に突き出したままの腕も、折っていた指も、ぴくりとも動かない。ただただ、視線の先にいる億泰の台詞の奇妙さに驚いている。
    「でも先生も限界なんだっけぇ?だったらよォ~、ちーっとだけ甘えるゥ?意外だよなァ、先生でも俺に甘えたいって思ったりすンだなっ」
    座ったまま、おいでと云わんばかりに満面の笑みで両手を広げてみた。しかし、それを見て、驚いた表情から一変。何もかもを疑うかのように目を細めていた。
    『お前、もしかして僕の考えてることが読めるのか?』
    「お前、もしかして僕の考えてることが読めるのかって?読めるよォ~、読むっていうより、聴こえてくるっつーのォ?」
    「───なッ?!億泰、貴様ァァァァ────ッ!!」
    露伴の肩側から突然浮かび上がる幽波紋。ピンクダークの少年と同じ容姿のそれが出てくる理由はただひとつ。
    「あっ、ちょッ、待った!センセーッ!」


    「『ヘブンズ・ドアーッ』」


    すとんっと億泰はその場で崩れ落ちた。
    本来、露伴のスタンド攻撃を喰らえば皆、パラパラと捲る本になるはずが、億泰だけは螺旋状に切り抜かれて手足がまるで巻物のようになる。
    「先生のスタンド攻撃受けるとよォ~、動けねえ上に手足がダラダラ伸びちまってマヌケみてえで嫌なんだよなァ~」
    「知ったことかよ、勝手に僕の声を聞きやがって!」
    ──『甘えたいなんて、知られたくなかったってのに』
    「まあ、薄々だけど実はなんなく分かってたぜェ?」
    「聞くなっ!そして黙ってろ!」
    こんなにからかいがいのある露伴を見れるとは思わなかったが、赤らむ顔とあたふたと泳がし目を合わせようとしないその様が、そろそろ可哀想に思えてきた。
    (いや、やっぱかわいい、かも……)
    「あ、あのよォ~、なんで幽波紋使ったんだァ?別に隠し事なんてねえぜ?聞かれりゃちゃんと答えてやっからよォ」
    「へぇー、じゃあどうして僕の心の声を聞けるようになったのか説明してくれるのかい?」
    露伴は億泰の脚の間に片脚を、そして次に胴脇へと脚を運ばせ両脚で跨いでいた。そうして、その場でしゃがみこみ、くるくる伸びる億泰の右腕を手に取り読み始まる。
    「それは……、……、なっなんでだ?」
    「ほらみやがれよ。自分で分かっちゃいないんだから読むしかないんだよ」
    しかし、他の人間と違って億泰は本にならず巻物状。どこから始まり、どこが過去で現在の内容なのか。探すのが困難だった。
    ──『前に少しだけ読んだ時は、頭部に近いほうが最近の情報だったな』
    「ゲェ~、先生あの時読んでたのかよ、えっち~」
    減らず口の馬鹿の頭をポカッとひと殴りしてから、右前腕、上腕と読み進めていく。すると、ひとつ気になる文章を見つけた。
    「〈おっちゃんから見たことがない飴をもらった。味がしないから噛み砕いて飲み込んだ。〉おっちゃんってのは、さっきの骨董屋の店主か」
    「そういやあ、それ食ってからだったな。急に先生の声がき声出したのは。でも、味もしねえただの飴だしなァ~」
    他に手がかりはないかと、腕という名の紙を広げていく。その時、手に持っていた紙が二枚重なっていることに気付く。
    「ほんっっっとーにっ読みにくいなァ~~~ッ!!」
    ──『字も汚いってんだから酷いもんだ』
    「う、うるせっ、ほっとけえ!」
    苛立ちながら読み忘れられた部分を確認する。
    「〈おっちゃんは俺が甘いものを好きそうだと言った。〉〈名前を教えてないはずなのに、名前を呼ばれた。なんでだ。〉〈まあ、いっか。〉……あのじいさん、幽波紋使い、なのか?」
    老人店主には相手の心の声が聞こえる能力がある、のかもしれない。それがどうして飴を舐めることで同じ能力が目覚めるのか。あの店主が能力を分け与える為に、自作した飴を渡してきたとでもいうのか。そして、それはいつまで持続しているのか。もしかすると、今後一生──
    「ふ、ふざけるなよォォォ───!それじゃあ、僕の気持ちがこの馬鹿に、すっかりすっきりまるっと全てお見通しだということじゃないかァァァ───ッ!」
    「お、山田奈緒子ォ~」
    「うるさい!さっきの骨董屋に行くぞ!」
    気の済むまで喚けば、露伴は億泰への攻撃を解いて部屋の中を行き来しては、出掛ける準備を始めた。
    「先生、漫画はァ~?進めたほうがいいんじゃねぇ~?」
    元の状態に戻った億泰は、半身を起こして往来する露伴を目で追う。
    「それどころじゃあないだろ!人の中身を意図的に読むのと、常日頃勝手に耳に入ってくるのとでは訳が違う!聞きたくないことも聞こえちまうんだ!そんなの、いくらお前だって耐えられないだろう!?」
    ヘブンズ・ドアーの能力で書き換えることも可能だ。可能ではあるが、相手の能力がスタンドなのかも分からないまま書き込んでしまうのは、今までの経験上リスクがある。書き込んでしまったが為に、億泰になんらかの危険が及ぶとなれば、それは出来るだけ避けたい。
    それなのに、考えを巡らせる露伴に対して呑気な声で言うのだ。
    「それもそうかァ~、そうだよなァ。本当は先生の気持ち聞けてちょっと嬉しかったけどよォ~」
    「分かったなら行くぞ、ほら立てよ」
    億泰の前に立ち、手を伸ばす露伴。能力を解除したから手は取れるばすが、億泰はその手をなかなか取ろうとはしなかった。
    「ん~、……先生」
    「なんだ」

    「好きだぜぇ」

    露伴はぶわりと全身で衝撃を受け止めた。それは、あたたかくて愛しいものであったが、今だけは勘弁して欲しかった。
    「──なっ、おま、やめ……ッ!」
    ──『僕だってお前が好きで堪らないよ、お前が思ってる以上に僕はお前が好きなんだ。好きだ、好きだ、すき──』
    「マ、マジか、先生ぇ……」
    これで、億泰が嫌味ったらしく笑っているならば、また激昂して返したものの、恥ずかしげに、そして嬉しそうにするものだから、むやみに罵るのもはばかれた。
    ──『クソ、クソクソクソォォォッ!ブサイクのくせに可愛い顔でニヤけてるんじゃないぞォォォ───!!』
    「かっかわ?……せめてカッコイイがいいぜぇ」
    「やめろ馬鹿泰ッ!聞くな、聞くんじゃあない!」
    億泰の耳を塞ぐという自分でも愚かな行為だと分かっていながらも、他に抗う術がない。
    「わりぃセンセーっ、いっかいでいいから聞いてみたかったんだよォ」
    「うるさいなっ!お前もう喋るなッ!」
    ──『確かに一度も言ったことがなかったからな。不安にさせていたのかもしれない。だが、僕はそういうことを軽々しく言えるような性格じゃないんだっ』
    「あ、別に不満とかあったわけじゃないぜぇ?先生見てればなんとなく分かるし、性格なのも分かってっから安心しろよ」
    ここまで恥を晒すことになるとは思わなかった。
    もう限界だ。
    この岸辺露伴、相手の思う壷とやらに嵌ることが一番嫌いなのだから。
    ならば、恥など捨ててやる。
    「億泰ゥゥゥ───ッ!」
    「ぬおぉッ!?」
    押さえたままの両耳を後ろへ押し倒し、億泰を挟んで床の上へと倒れ込んだ。
    「こ、こえぇよっ!なんだよっ!そんな怒んなよォッ!」
    ──『覚悟決めろよ、虹村億泰──ッ』
    「な、なななに、なに、こえぇぇってぇ──!?」
    億泰のすぐ横には露伴の顔。首に腕を回し固定され、何をしてくるのか分からず、恐怖に怯える。
    (こ、殺されるッ?!)
    力いっぱい目を閉じると、伝わる耳元にかかる吐息と熱。触れる感触は柔らかな露伴の唇なのか。

    「──億泰」

    (たっ、助け──?)

    聞いた事がない穏やかな声、それでいて甘くとろりとした声は誰の声か。




    「──────愛してる」





    「は、……ひぃ?」


    誰の声。
    ここにいるのは自分と岸辺露伴しかいない。岸辺露伴の声が、熱が、重さが、想いと全てが億泰へ向けた──愛してる。
    「億泰、愛してる、ずっと──」
    歯が当たって、吐息が熱くて、そのまま耳を食べられてしまうんじゃないかと思う。
    〈愛してる〉普段のような場で言われれば、億泰も大爆笑だったに違いない。しかし、露伴の覚悟を決めた愛は、声は、億泰の体と心に衝撃を与える。
    「なっ、やっやめ……っ」
    「お前がいないと、僕は、寂しくて仕方ないよ」
    ──『好きだ、億泰。好きだ好きだ、好きだ──ずっとそばにいて欲しい』
    露伴の声と心の声が重なって響いてきた。
    「ほ、ほんと、にっあっ、やめ、……せん、せぇ……」
    心の声だけを聞くのとは訳が違う。近くで囁かれて熱と一緒に伝わる匂い、向けられる視線。余裕なんてこれっぽっちもなかった。嬉しい、恥ずかしいというむず痒さに涙も浮かぶ。
    「ずっと、愛しているよ──億泰」
    名前を呼ばれたかと思えば、露伴の頬や唇が頬を掠めて、今度は自分の唇に火傷してしまうほどの熱を感じた。くちゃくちゃと下品な音を立て、舌が触れ合う。歯列をなぞられ、上顎を舐められ、舌を持ち上げられたりと、やけを起こしているのか、あの露伴にしては珍しく、獣が獲物を捕食するかのように乱暴なものだった。
    好き放題に動く露伴の舌に追いつけないでいれば、びくびく震える腕を背中に回し、たどたどしく脚が腰にしがみつく。
    ぴちゃっと最後に小さな音を残し、露伴は顔を離す。はあはあと息を上げながらも、その顔はしてやったりと不気味な笑顔を見せていて憎たらしくあったが、真っ赤に染まっているのを見ると、可愛らしくも見えた。
    「はっ、──ははははッ!どーだァ、虹村億泰ゥゥゥッ!」
    勝ち誇ったように声を上げる。だが、真っ赤になっている自分の顔に気付いていないのか、又は自分のことは棚に上げているのか。とにかく勝った負けたなど、そんなことは、億泰にはどうでもよかった。
    「センセー」
    口端からだらしなく涎を垂らし、露伴を呼ぶ。
    「っ、なんだよ」
    悔しそうな表情が見れず不満に思った露伴のほうが、面白くないといった表情で億泰を見下ろしていた。
    「勃っ、た……」
    「た……、たッ!?」
    夢中で気付かなかった露伴は、億泰の足の間へと視線を下げ、目で確かめてからやっと意味を理解した。そして、後悔する。
    ──『あっ、クソッ!!』
    「あ……」
    億泰の膨らんだ股間に自分のモノが当たっている。それを目にした時、自分のモノもむくっと反応してしまい、急いで離れた──が、もう遅い。
    「うわっ、先生えっち」
    「うるさいっ、連られちまっただけだ!」
    ──『畜生、僕はそんなつもりじゃなかったんだぞ!こんなんじゃあ、この発情ゴリラスカタン億泰と同じじゃあないか!』
    「わ、悪かったよ先生ぇ~。俺もそんなつもりなかったけど、あんなんされたらよォ~仕方ねえよォ~」
    「だから僕の声を聞くなっ、早く立て!骨董屋に行く!」
    そう言って立ち上がるが、億泰は一向に立ち上がる気配がない。当然だ、だって──
    「……ふたり一緒にチンポ勃たせながら行きたくねえんだけど?」
    困った顔で言われて余計に腹が立った。苛立ちで頭に血が昇るかと思われたが、血が溜まっていったのは頭ではなく、股間のほう。
    ──『誘ってんじゃないぞ馬鹿泰ゥゥゥ───ッ!!』
    「だから悪かったって言ってんだろォ?それによォ、えっちしてからでも遅くねえって」
    ふざけやがって──何もかもが限界に達した露伴は、トレードマークであるヘアバンドを取り、床に叩き付けた。
    恋人がよく使う罵倒の言葉を借りて。

    「いい加減にしろよ、このスッタコ野郎ォ……ッ!」
    「優しくしてね♡」


    数時間後、事を終えたふたりは揃って床の上で転がっていた。そんな中、億泰が「なんかよ、出すもん出したら、先生の声、聞こえなくなったみてえ」とのことで、その後は店主のいる骨董屋へ行くこともなくなり事なきを得た。



    チャンチャン




















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