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    asainosu

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    asainosu

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    烏詠/ガッツリ死ネタ (「きみ」はあえて平仮名)
    改行が続いた最後にちょっとだけ解説入れてあります

    春にしてきみを離れ「庭の桜が咲く頃には、僕はこの世にいないだろう……みたいな、使い古された表現があるんだよね」
    開け放たれた障子の向こうで舞う雪を眺めながら、詠が呟く。今日はここ数日のうちで一番顔色がいい。昼間も敷かれたままの布団の上に座り、ぼんやりと庭の様子を見ていた。
    「それは、自分もそうだって言いてえのか?」
    思っていたよりも、堅い声が飛び出した。詠が発した言葉に苛立ちを覚えた証拠のような気がして、烏天狗は思わず舌打ちをする。十数年前までならば、そんな機嫌の悪そうな様子を見れば詠は怯えて逃げ出そうとしていただろう。今は、そうはしない。障子のすぐ近くに立つ烏天狗を見上げ、おかしそうに笑っている。
    「寂しいからってそんなに怒らないでくださいよ」
    穏やかな顔で、生意気なことを言う。自分よりもずっとずっと歳若いはずの男なのに、いつの間にか外見の年齢は追い越された。目尻や頬に皺が混じるようになっても、幼なげな顔の造りは変わらなかったが。
    怒っているのかと聞かれれば、怒っているのかもしれない。だがそれは決して寂しいからではない。迫り来る自身の命が尽きる期限を振り払おうとしない彼が、理解できなかったからだ。
    「どうして、妖になるのを拒む?」
    人間の身体にできるという、自身の細胞分裂のエラーによる病気など妖怪にとっては些末なものだ。妖怪になれば、その病から解放される。俺がお前の身体を治してやると言ったのに、拒んだのは詠本人だった。
    「う〜ん……だってせっかく退役して隠居できたのに、元気になったらまた仕事に戻されちゃうじゃないですか。烏天狗さんにこき使われることも無くなったしねぇ」
    ヘラヘラと笑って、詠はそんなことを言う。
    嘘だ。いくらあの無能な組織であっても、妖の身体になった男を復職させるわけがない。適当に煙に巻けばいつかこちらが諦めると思われているところも、嫌だった。

    ひゅうと冷たい風が部屋の中に吹き込んだ。その拍子に何匹か紛れ込んできた小さい妖怪を手で追い払う。
    もうすぐ陽が落ちる。冷やすのは良くないだろうと思い、烏天狗は障子を閉めた。
    「あ、そうだ」
    座っていた布団の上から這い出し、詠は壁際に立てかけてある刀を手に取った。長らく背にかけていたそれを、詠は退役した後も手放せないでいる。
    「おい、何してる」
    それほど広くはないこの部屋に唯一ある棚から用具を一式取り出すと、詠は刀の手入れを始めた。手慣れた様子で施してはいるが、柄を握る手にはあまり力が入っていない。落とさぬように、慎重にそれを扱う。
    「今日はちょっと体調がいいから、今のうちにやっておこうかと」
    「……もう必要ないだろう」
    詠は目を見開いた後、困ったように眉を下げて笑った。怒りも、傷ついたりもしない。烏天狗が何を言ったところで、もう動揺したりしない。
    「まあそうなんですけどねぇ……現役の頃は面倒くさかった作業が懐かしいっていうか手に馴染むっていうか……未練なんてないですけど」
    未練はない、と言いながら愛おしげに刀身を見つめている。その感傷が烏天狗にはわからない。生きたければ、生きる道があるというのに。

    余命宣告が出て、正式な手続きで退役した詠を人の世には帰さなかった。いつもと同じように掻っ攫った詠の身体があっという間に軽くなっていたことに驚いたが、あの時はまだ救ってやれると本当に思っていたのだ。
    結局人間界に帰れないまま死ぬのかぁ、と諦めたように笑う詠は確かに楽しそうだった。

    本人が言った通り、桜の季節が訪れる前に詠は息を引き取った。
    本当は、詠の意識が覚束なくなった頃に一度人間界に帰してやろうとしたのだ。そのほうが、彼のためなのではないかと。だが詠が、今更手放すな、と言うのでその最期の希望を聞くことにした。
    痛みを感じないようにしてやるくらいしかやれることはなくて、徐々に命が枯れていくのを見守るのがこんなに苦しいものだと、烏天狗は知らなかった。それでも詠が願ったからと、なんとか耐えた。
    残ったのは大きな喪失と安堵だけだ。



    「これくらいの大きさでいいのかい?」
    九尾が見繕ってくれた行李を受け取りながら、烏天狗は頷いた。もう二度と動くことのない身体は、土に還してやるのが良いと思った。だがそのまま埋めてしまうのはどうしてもできなくて、行李に入れて埋葬することにした。
    「どうなるんだろうね、詠のやつ」
    何が、と問えば九尾もどこか物悲しげな顔を見せる。この店は、詠のお気に入りだったから。他の馴染みの妖怪も、店内に漂う香りも、何も変わらないのに、詠の声だけが聞こえない。目を閉じれば、まるでその場にいるかのように思い出せるのに。
    「もしかしたらどこかに生まれ変わってるかもしれないだろ」
    妖怪は滅多なことでは死なないからあまり実感はないが、この世界の魂は循環している。詠もまた、どこかを巡ってこの世に戻ってくるかもしれない。
    「人間が今、何人いると思ってる。この世に帰ってきたとして、灯影街に来るはずがないだろう」
    「おや、ここに帰ってきて欲しかったのかい」
    ふふ、と笑う九尾に思わず顔を顰めた。そんなつもりで言ったんじゃない。それに詠の魂が帰ってきたとしても、それはもう別の存在だ。
    「お前が大事だから、そばにいて欲しいって言ってやればよかったんだよ」
    訳知り顔で九尾がいう。そんな言葉、言うはずがない。だって言ったとしても、詠はあのまま死んでしまった気がする。
    そう、死んでしまったのだ。ようやくその実感が湧いたのは、埋める場所の土を掘り返し、行李に蓋をしようとした時だった。これを閉めたら、もう二度と会えない。思わず手が止まった。もう話をしない、もう笑わない、詠の顔を見つめる。
    これが、胸が痛いということなのだ。


    詠がいなくなって、随分経った。彼と一緒に灯影街に赴任していた連中も全員鬼籍に入ったと聞く。
    その頃、立ち寄った葛ノ葉で詠の声が聞こえないことを不思議に思った。それまでは、そこに行くたびなんとなく彼の声が聞こえていた気がしたのに。声を忘れているのだ、と気づいた瞬間ゾッとした。
    妖怪だって長い時を生きる中、全てのことを覚えているわけではない。でも、あんなに思っていたはずなのに、あの日の痛みは覚えているのに、ノイズがかかったように詠の声が聞こえない。たった今まで覚えているつもりだったのは、本当に詠の声だったのか。永遠に近い命の中で、忘れてしまうかもしれないことを恐怖に思ったのは初めてだった。
    それからまたしばらくして、詠の刀が見る影もなく朽ちた。一緒に埋めてやればよかったか、と思ったがなんとなく手放せなくてずっと部屋の隅に置いていた。気まぐれに彼の手順を思い出しながら手入れのようなことを施してもみたが、きちんとできてはいなかったはずだ。形あるものはいずれ朽ちる。
    埋めた詠の遺骸も、もう土に還ったのかもしれない。墓標も建てていないその場所には、烏天狗の妖気の残り香に惹かれてか、時折小さい妖怪が浮いている。手を合わせる気になんてなれなかった。


    やがて、人間界で大きな動きがあった。向こうの世界では、妖怪世界の殲滅が決定したらしい。ばかな、人間如きにやられるかと勇んで戦いを挑んだ妖怪たちは呆気なく蹴散らされた。自分たちの知らない間に、奴らは何ともしれない強力な武器や殲滅方法を開発していたようだ。
    灯影街全土に、妖に効く毒ガスが撒かれた。妖気に反応するそれは、強い妖怪ほど作用するらしい。烏天狗の身体も、一瞬で蝕まれた。だが幻界の奥深くに潜れば、まだ生存の可能性はある。恐慌に陥る灯影街の間を縫って、烏天狗は幻界へ戻ろうとした。
    身体中から妖気が漏れ出している。これは幻界までもたないかもしれない、と考えた時、向かおうと思ったのは詠を埋めたところだ。そうだ、あそこがいい。行先を変えて、烏天狗は進む。漏れ出した妖気に釣られて、小さい妖怪が何匹か後をついてきた。ここで妖気を取り込んで身体を得たって、どうせ毒で死んでしまうのに。

    墓標がなくても、声を忘れても、刀が朽ちても、この場所だけは忘れなかった。埋めた場所の真上に腰を下ろすと、座ったつもりがもう身体も支えられなくなっていた。地面に臥しながら、目を閉じる。もうほとんど身体に妖気が残っていない。指一本動かないし、きっと目を開けても何も見えない。苦しかった感覚も徐々に薄れていく中で、遠くで妖怪たちが逃げ惑う声だけが聞こえていた。

    「烏天狗さん」
    すぐそばで、自分を呼ぶ声が聞こえた。ずっと忘れていたはずの声なのに、聞いた瞬間、間違いないと思った。人間は、死ぬ直前まで聴覚だけが残っているというが、妖怪も同じらしい。
    「烏天狗さん」
    もう一度同じ声が聞こえた。鼻にかかったくぐもった声を、知っている。お前が涙目になった時の声だ。自分が死を迎えるときは、どんなに苦しくても泣いたりしなかったくせに。
    「またすぐ、一緒にいきますよ」
    遠くではまだ、妖怪たちの絶叫が聞こえる。桜の花びらが舞う季節の出来事だった。








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    伏線とラストの解釈について
    明言しないのでどんなふうに捉えていただいても大丈夫なんですが、私の文章力のせいで「?????」になるのは申し訳ないのでほんのり解説です。
    途中九尾が話すように魂は世界(パラレルワールドや死後の世界なども含め)を循環している設定です。もしかしたら生まれ変わりに会えるかもね、でも実際はどうなるかわかんないよね、的な妖怪たちの認識。一方の烏天狗は、どこかへ生まれ変わるなら人口と出生数が圧倒的に多い人間になるだろうし元々人間の魂だし灯影街に来るのは迷い込むか刀衆だけなんだから関係ないだろ、という気持ち。会えるならまた会いたいけどね、っていう含みを九尾にバレちゃう。
    ここまでを前提として最後に聞こえた詠の声は「死の間際の幻聴&妄想」としても差し支えないんですが、詠の声がうまく思い出せなくなっていると言う状態でもありますので、一応メインルートは「烏天狗の漏れ出た妖気を得て人型が取れるようになった小さい妖怪のうちの一匹が詠くんの魂を持っていた」と言う話です。看取ってくれたから、今度は看取りにきたよって言う。とはいえ設定通り、この後すぐ人型になった詠も毒で死んじゃうんですけど。その暗喩のための桜です。
    やべー!死にたくねー!って逃げ回ってる妖怪たちの喧騒と、ものすごく静かに寄り添ってる二人の対比が伝わるといいなって思いました。





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