「……あなたのことが、好きなんです」
Edenでの仕事の後、凪砂くんとジュンくんが別の現場に向かう為に先に帰っちゃって茨と二人きりになった。他愛のないやりとりをしながら星奏館に帰っていたら茨に告白された。
好きなものの話をしていて、ぼくは好きなものに囲まれて過ごしたいけど茨はどうなのか、そこから発展していってだったと思う。好きなものというと茨はぼくの好きなものに含まれていないからと言っていたが、茨も大事なユニットメンバーであり家族だと思っている。だから茨もぼくのそばにいてほしい人だと伝えた。
出会った頃からしばらくは何を考えているかわからない、ぼくの大事な凪砂くんやジュンくんに何かしたら許さないと警戒していたものの茨の本心、目的を聞いて茨に協力しよう、茨が『アイドル』になっていく姿を1番近くで見ていたいと思った。…それが、茨に対する気持ちが変わった瞬間だった。
勝利を求め、悪どい手を使おうとするところは好きにはなれなかったが、そうなる前にぼくや凪砂くんが軌道修正すればいい。いざとなれば自分を切り捨てればいいと思っているのかもしれないがそうはさせない。茨がいないと始まらなかったし、茨も含めて『Eden』なのだから。
そんな茨のよく回る口で。先ほどまではぼくの話も核心を突けず躱されてばかりだったのに、ぼくが好きだと告げた時はとてもシンプルだった。茨が愛を語るようにも思えないし、冗談なのかと思ったが逆に他に何も言えなかったのかもしれない。
茨は少し俯いて、長い前髪が顔を隠しているのであまりよく見えないが、きっと本心なのだろう。ぼくが断ろうとすれば、『冗談』になってしまうであろう本心。茨のことをそういう風に見たことはなかったが、あの茨がぼくを選ぶなんて。そんな素振り今までなかったのに。殻を脱ぎ去った『七種茨』を見て信じてみたくなった。
————ぼくは、茨の想いに応えることにした。
まずは自分の茨に対する態度を改めた。恋人になったんだから、たくさん茨を甘やかそう。茨が働き詰めなのはもともと気になっていて、注意もしていたが全く改善が見られない。人には休息が必要だと言ってくるくせにね。
多少強引ではあるけど、出先で差し入れを買って副所長室にいる茨にアポなしで突撃した。付き合う前にも休憩させるためにやったことがあるが、さらっと話して早々に追い返されたこともある。あの時はぼくも言い方が良くなかったかもしれない。
…また、同じように断られないか不安ではあったけど、ぼくを好きだと言ってくれた茨を信じた。
「お邪魔するね!」
「っ、日和殿下お疲れさまであります!突然どうしました?」
「働きすぎの茨を労るために差し入れを持って来たね!ほらほら手を止めて、こっちに来て一緒に食べようね」
「…殿下。お気遣いはありがたいですが、自分まだ片付けなければいけない書類がこんなにありまして」
「これを食べる間だけでいいしお仕事の邪魔をするつもりはないね。茨が心配なのと……恋人なんだから、少しの間だけでもきみと過ごしたいと思っちゃいけない?」
ぼくは茨のことを知らなさすぎる。茨の想いにちゃんと応える為にももっと教えてほしい。それにはぼくたちが一緒に過ごす時間が足りなかった。茨が告白でがんばって歩み寄ってくれたんだから、今度はぼくから。
「……わかりました。では紅茶を淹れてきます」
「えっ、う、うん!ありがとね!」
茨が、ぼくと過ごそうとしてくれた。うれしい。言い方がちょっとそっけなかったけど、ぼくを選んでくれたのは間違いない。
普段なら気にならない程の待ち時間が長く感じる。茨、早く戻ってこないかな。
「お待たせいたしました」
「ぼくもちょうど用意できたね!はい、いちごのタルト。撮影してた場所の近くにあったカフェで今人気の商品なんだって。キラキラしていて綺麗だね」
差し入れは粒が大きく、ナパージュできらめいているいちごのタルト。スタイリストさんが教えてくれたんだけど、せっかくなら茨と食べたくてマネージャーさんに頼んで2個買っておいてもらった。
茨は食に興味がなさそうだけど、旬のものはその時に食べた方がおいしいことや、そもそも季節を食からも感じられることを知ってほしい。
凪砂くんの情操教育をしてるきみもぼくからすれば同じだからね。きみにとってお仕事が大事なのはわかるけど、茨こそ余裕を持って、風情や気持ちを感じる心を育ててほしい。
「どう?」
「おいしいです。いちごの酸味がちょうどいいですね」
「春のいちごは酸っぱいけど、タルトの甘さと相まっておいしいね」
「春以外では味が違うんですか?」
「冬のいちごは甘いみたいだね!寒い時期に育ったらそうなるって前にお仕事で聞いたことがあるから、また来年一緒に食べようね」
「……はい、楽しみにしています」
その時に見た、控えめに微笑む茨は初めてで。いつものにやにやじゃない、純粋な……きみ、そういう顔もできるんだね。そっちの方が何倍もいいけどぼく以外には向けないでほしい。でもぼくにはもっと見せてほしい。
今の、タルトを美味しそうに食べている姿も。
「ふふ、こういうの好き?」
「好き……うーん…どうでしょう……自分、好き嫌いはありませんので……」
「そう、えらいね」
「いえ、昔は食べられる時に食べなければ死活問題でしたので」
「それでも好き嫌いがないのは良いことだね」
「…そう、ですかね」
「うんうん、良い子な茨はぼくが褒めてあげようね」
「っ、ちょ…!」
向かい合ってソファに座っていたので、少し身を乗り出して茨の頭を撫でる。髪、さらさらだね。それに頭の形もまぁるくて撫で心地も良い。凪砂くんはよく褒める時に撫でていたけど、ぼくもこれからはたくさん茨を撫でたくなっちゃうね。
しばらく撫で心地を堪能していたけど、凪砂くんにしてたみたいに言い返してくるかと思っていた茨が何も言わないのに気づいた。どうしたのかな、言い返せないぐらい怒っちゃった?
茨を覗き込むと顔を赤くして、目をぎゅっと閉じて堪えていた。なに、どうしたの茨。こんなにかわいいなんて聞いてないね!……もっと堪能していたいけど、そろそろ茨を解放してあげようかな。
そっと手を離すと茨はゆっくり目を開けて安心したように息を吐いた。まだ顔は赤いまま。タルトのいちごと同じでかわいいね。
「…そろそろきみが淹れてくれた紅茶が冷めちゃうかな、残りも食べちゃおうね」
「っ、はい……あ、ティーバッグはこちらに置いてください」
それからは特に話すこともなくタルトを食べ進めて、茨が淹れてくれた紅茶を飲む。ぼくが茨の頭を撫でてゆっくりしちゃったから、少し渋くなっていた。けど甘いタルトや今までのぼくたちにしては甘いこの時間にもちょうど良い。
話題がなかなか見つからないのはちょっと悲しいけど、次に今日よりたくさん話せばいいだけだしね!最後の一口を食べて茨を見ると、あと一口だけ残して紅茶を飲んでいた。あんなに赤かった顔も収まっている。
なんだか夢を見ていたみたいだね。次の現場に向かう時間が来てしまったから、残念だけどお暇しなきゃ。
「茨、ぼくそろそろ行くね。紅茶ごちそうさま」
「あ、いえ……お粗末様でした。こちらこそ、タルトごちそうさまでした」
「あと一口、だね?」
「…ちゃんと食べられます」
「ふふ、よかった。また来るね!差し入れ、楽しみにしていてね」
「はい、ありがとうございます。片付けは自分がしておきますのでそのままで。……行ってらっしゃい」
「……!うん!行ってくるね!」
……さっきの時間でぼくはだいぶ茨のこと好きになっちゃったね。タルトを食べている時も、頭を撫でられている時も、最後のお見送りの時も。ぼくのこと、本当に好きでいてくれてるんだね。
茨にしてみれば言葉にするのは難しいのかもしれないけど、行動にはかなり出てる。これからもよく見て、茨の想いを見逃さないようにしなきゃね。ぼくはきみを信じるね。
――――それにしても茨、ぼくが普段砂糖入れないの知ってたんだ。よく見てくれているんだね。それほどまでにぼくを想っていてくれた時間が長いのかな。
ぼくはまだきみの想いに釣り合っていないから、きみの想いに見合う程に茨を好きになったらぼくもちゃんと伝えたいね。
きみのことが大好きってね!