なくなる壊れていく。
目の前の世界にどんどんとノイズが入って。
まるでテレビの砂嵐のように消えていく。僕がさっき立っていた場所はもうない。
だんだん目の前の世界が闇で全てを飲み込んでいく。
なんでこうなった?
そんなこと僕が知るわけないじゃないか。
休んでいたらいきなり叩き起されて走っているんだから。
「ちょっ…ちょっとマリオ!どこ行くんだよ!」
僕の手を痛いくらい掴んで走っているのはマリオだ。
このスマブラの世界のリーダー。
ちょっと夜遅くまで気になる本を読んでいて今こんな状況で走らされている。
「は…はやいって…僕体力ないんだからやめてよ…」
無理やり手を掴まれているからそのスピードについていけてはいるけど僕の足が先に壊れそうだ。
不機嫌そうな顔をする僕にマリオがこちらを見ずにいつもの彼の明るい声ではない、とても低い声でぼそっと呟いた。
「…この世界…消えてるんだ…」
「えっ…?」
何を言ってるんだ?
スマブラの世界が壊れる…?
「このままボクたちがあの闇に飲み込まれたら…終わる」
終わるって…なんだよ…
もっと詳しく説明して欲しいのに僕の口からは声にならず、息が切れる。
「ちょ…マリ…オ…もっと…はぁ…はぁ…説明を…」
僕のだいぶ息が落ち着いて来た頃にマリオがまたぼそっとした声で話し始めた。
「原因は…分からないんだ。ごめん…でもあの闇に飲み込まれたら…全てが終わる…そんな気がしたんだ…実際ほら、あっち側見て」
マリオが指を指した方向を見るとそこには元々ステージがあったところ。
皆と沢山バトルした思い出のある場所が…黒く染っていく。
その闇の中はもちろんこちら側から見えるはずもないからそのステージがどうなったかなんて全く分からない。
でも確かにマリオの言う通りだ。
あれは確かにどういうものか見当もつかないけど。
終わるんだ。
でもまだ分からないことがある。あの闇じゃない。
「僕達はどこに行ってるの?これ…逃げる場所なんかないじゃないか」
僕が質問した時のマリオの顔は無表情だった。
(諦めてるの…?いや、諦めの悪い君のことだ。策があるんだろう?)
「僕たちが…このスマブラの世界に入ってきた時のゲートを使えば…この世界から出れるはずだ。」
僕達スマブラファイターたちはこの世界にある”ゲート”からこの世界に出入りすることが出来る。
マリオやルイージの世界のキノコ王国。
カービィやメタナイトの世界のプププランド。
どういう仕組みかは全く知らないけどそんな仕組みがあるんだ。
僕は知ってる、僕のゲートは無いって事。
僕はゲートからこの世界に入ってきたファイターじゃないんだ。
僕は…気づいたらこの世界にいた。
気づけば僕は白衣を着ていて、医者としての知識があって。そんな感じだったから。
だから僕のゲート…”ドクターマリオ”が入ることが出来るゲートなんてないんだ。
でもそんなことはマリオは知らない。
これは僕だけが知っている秘密。
そしてほかのファイターの世界のゲートには入ることが出来ないんだ。
だから僕は逃げられない。
「…そっか」
それだけつぶやく僕をマリオがじーっと見つめてくる。
その顔は…どうしたの…?
心配してるような、少し悲しそうな顔をする君。
僕と同じ顔なのに心も、行動も、力も、表情の変わり方も全部丸ごと違う。
だから君の気持ちは分からないんだ。
同じマリオであっても君は配管工。僕は医者だから全く違うんだから。
「行くよ、ドクター」
そうやって手を差し出してくれる君の手をしっかり握って各ファイターたちのゲートに向かう。
ごめん。マリオ。
僕は――――
「はぁ…はぁ…着いたあ……」
みんなが入ってきたゲートに到着した。
ポケモンの世界だったり、ピクミン達の世界だったり色んな色のたくさんのゲートがある中でマリオは自分のゲートを見つけたようだった。
もうほとんど空っぽの世界。僕とマリオしかいないんだ。
みんな無くなっちゃった。
ファイターのみんなはもう逃げたってマリオが言ってた。
それがわかるだけでも一安心だ。
ゲートに入ろうとするマリオを最後まで見ておこうと思って僕はマリオたちの住むキノコ王国のゲートを見つめる。
僕は入れないんだけどね。
明らかに様子が変だったのかマリオに声をかけられた。
「ドクター?キミのゲートは…?」
首を傾げて心配そうな顔をする君。
そんな心配しなくても大丈夫って言ってあげたいけど…僕も怖いんだ。ちょっとだけ、ね。
「無いよ」
「えっ…」
そんな分かりやすく驚いた顔をしなくたっていいのに、そんなまさに『何言ってるんだよドクター…だってこの世界は…』みたいな顔しちゃってさ、僕の顔なのにちょっと面白いな。
でもこれが面白くたって何も変わらないんだ。
「だから、もう1回言うね。僕のゲートなんて無いよ」
今まで見た事ない顔をする君。
絶望…に近いのかもしれない。彼の青い瞳に映る僕はどのように見えているのか分からない。
けど分かることといえば…マリオの目がちょっと潤んでることくらい…かな…?
「なっ…なんでそんなこと言うんだよ…だってこの世界は…」
またあの常識を言うんだろ?この世界はゲートから入ってきた者が居る世界なんだからみんなゲートはあるはずだって。
でもざーんねん。1人だけ例外がいるってことを教えてあげる。すぐ忘れちゃうけどね。
「このゲートはね、このゲートから入ってきた人しか出入りできないようになってるんだ。ほらっ、僕の手を見て。」
僕が証拠としてキノコ王国のゲートに手を伸ばすとバウンドしそうな、ぼよんといっていて、手を入れることすら出来ない。
あとちょっと痛い。
「うそ…」
マリオの顔がまた曇る。そんな顔しないでよ。
僕も怖いんだって。
「マリオ。僕はね、たぶんこの世界の”バグ”なんだ。君もびっくりしたでしょ?こんな自分と容姿が変わらない人物が出てきてさあ」
この世界にいちゃいけない存在だったのに何故か目が覚めるとここにいたんだ。
そしてすぐそこには君がいた。
僕の顔だったけど僕じゃない。
どこかの本で読んだけれど世の中には自分と同じ顔の人か3人くらいいるらしい。今は関係ないけどやっぱりこの世界じゃ僕は壊れた存在らしい。
だから僕のゲートがない理由はそれくらいしかない。
その時僕の手を無理やりマリオは掴んでキノコ王国のゲートに入ろうとした。
でももちろんマリオは何も無いように入れるけど僕は体がスライムかなにかのようなものに跳ね返されてしまった。
それを何回も何回も繰り返した。
だんだん僕の体が痛くなってくる。
そりゃそうだ。入れないところにこうやって無理やり入ろうとしてるんだから。
「ちょっ…痛いって!僕はもう無理なんだよっ!」
「っ!そんなの分からないじゃないか!ボクがもっと強く引っ張れば入れるかもしれないだろ!」
でも何回試しても僕の体がどんどん痛くなるだけで。
もう闇はそこまで来ていた。
『はぁ…はぁ…』
体を無理やり入れようとしたマリオも僕も体力の限界だ。
普段ならもっと動けるはずなのになんだか体が重い。
「よし…もういっかい…」
マリオが息を吐きながらもう1回僕の手を引こうとしたけどもう僕は動く気もない。
諦めが悪い君はどんなときも今まで諦めることは無かっただろう。
姫を助ける時、弟を助ける時、困っている人達みんなに手を差し伸べてきた君はその強い精神力を持って僕も助けようとしているんだ。
「ドクター…?」
その君から伸びてきた手を取らずに僕は新呼吸をして背伸びをした。
怖いけどさ、落ち着かないとね。
「もう…諦めよっか。終わりにしよう」
「なっ…なんでそんなこと言うんだよ!まだ…なにか方法があるかもしれないじゃないか!ボクは諦めるなんて絶対嫌だ!」
ああ。
君はいっつもそうだったね。他人のことを第一にして自分のことを後回しにしてさ。
でももう時間みたい。
僕の体にノイズが走って最初に指が角張っていく。
「ど…ドクター…その手…」
さすがのマリオも驚いたらしい。
こんな感じで終わる…のかな…?
だんだんと僕の顔が壊れていっているらしい。
マリオの顔を見ればそのくらいすぐに分かる。
目の前が本当に少しずつ黒く染っていくと同時に足元からも消えていく。
でもマリオはまだ諦めてない顔をしてるんだ。
だから僕はちょっと酷いことをした。
こんな時、僕は力が強くて良かったと思う。
もう歩いているかどうかも分からないけどとにかくがむしゃらに動いた。
「っ…!」
僕の持てる最大の力でマリオをゲートに吹っ飛ばす。
早く…逃げて…もう逃げてくれ。
僕はもう助からないから。
「―クター!――――!」
マリオがどうにかして出てこようとしてるところがうっすらと見える。
バカだなあ君は。一緒に消えたくないだろ?
もうゲート側の自動装置が動き始めたみたいだ。
もうこの世界に入ることは出来ないらしい。
マリオがどんどんと透明な壁を叩いている。
音が…なくなる。
でも君に言いたいことがある。僕がなんて言ったか僕じゃじゃ聞こえないしマリオに聞こえてるかどうかなんて分からないけど僕は僕の考えた言葉を伝えた。
「君の手は僕の手を握って逃げるんじゃなくて困ってる誰かのために護って。助けてあげて。」
そんなこと分かっているだろうに。
君がたくさんの人を救ってきたのは分かっているのに。
さっきまで僕の手を引いていた君の手は助かる方法がない僕のためじゃなくて、もっとほかの誰かのために君の手で救える人はみんな救ってあげて。
消えるのは…怖いな…
もうほとんど何も見えない目から暖かいものがポロポロ出てくる。
もうマリオの顔は見えないし、声も聞こえない。
その日。”ドクターマリオ”は終わった。
誰の記憶にも残らずそっと。