女王、爆音になりけり自分の家族、故郷、命さえも奪われて。私は一体何になればいいの
荘園の屋敷にあてがわれた自室、マリーは一人閉じ籠っていた。
窓の外には彼女の心と裏腹に青空が広がっている。
「…………」
ふいに扉をノックする音が聞こえた気がしたけれど、気のせいではないだろうか。そう思いながら耳を傾けているうちにまたコンコンという音が続く。やはり誰かいるようだ。でもこんな朝早く誰だろう…………。
訝しげにドアを開くと、麻袋を被った子供だろう存在が目にうつる。ぎょっとして思わず後ずさりしてしまった。
「えっと……どちらさま?」
恐々声をかけると子供が口らしきものを開いた。どうやらその口から発せられた言葉らしい。しかし聞き取れなかったのかもう一度尋ねなおす。すると今度ははっきりとこう言った。
「ねぇねぇ、新しいひとでしょ?知らないと思って来たの!」
知っているわけがないじゃない!この子、まさか私を害しに来たんじゃないでしょうね!?そんなことを思っているうち、子供はぴょんぴょんと跳び跳ねて無邪気な様子を見せてくる。
「えっとねぇ僕はロビーっていうんだぁ、よろしくね!これからここに住むんでしょう?だから挨拶に来たんだよー!」
目の前の子供は確かにそう言う。どうやら本当に害意などなく、ただひたすらに好奇心からのものなのだ。そう理解して少し安堵したが、それでも警戒を解くことはできなかった。
「そう、けれどそのような被り物は失礼でなくて?」
突き放すように言うとロビーは恥ずかしそうにしながら
「僕ねぇ……頭なくしちゃったんだぁ、だから代わりに乗っけてるの」
と答えた。
「まあ、そういうことなら仕方ありませんわね」
自分も似たようなものなのだからと納得せざるをえない事態に少し強がりながら中に入るよう促すと、彼は嬉しそうについてきた。そしてそのままベッドの上に座ると話を続ける。
「それでね、あなたの名前を教えてくれるかな?何て呼べばいいのかなぁ?」
名前を聞かれ、一瞬躊躇ったが正直に答えることにした。
嘘をつく必要もないことだし、それにこれ以上相手を不快にさせるようなことは避けたい。
「私の名はマリーよ、女王なんて呼ばれたこともありましたわ」
自分で言っておいてなんだか滑稽だと思った。
だってここは地獄のような場所なのに、その名前を名乗るとは。けれどこの名前は嫌いではないのだ。
「じゃあマリーさんって呼ぶね!僕のこともロビーって呼んでくれるとうれしいんだけどぉ…………だめぇ?」
「いいですとも、ロビー」
微笑みながら答えると彼もまた笑みを浮かべた。それからしばらく二人で他愛もない話をしていると、ふいに彼が真面目な雰囲気になった。
「ねぇねぇマリーさんはここで何をしてるの?」
問われ、返答に詰まる。ここに来てからの私はいったいなんだったろう。
何もしていない。ただ自分の部屋に引きこもり、空を見上げていただけだ。
「…………特に何かをしているわけではないわ、ただ息をしているだけよ。呼び出されればハンターとして動かざるを得ないけど。ただここに居るだけだわ」
その答えを聞いて、ロビーはひどく悲しそうな顔をした。なぜだろうと思っていると彼はぽつりぽつりと話し始める。
「多分、さみしいねぇ………あのね、ここにはいろんなひとがいるんだ。楽しそうにしてる人もいればすごく苦しんでいる人もいるの。でもみんなで楽しく暮らしてるんだ。ぼく、ここが大好きだよ」
「…………ありがとう。私もこの場所が好きになれると思いますわ」
社交辞令を込めて言うとロビーの顔はぱっと明るくなった。
「よかったぁ!ねぇねぇ、マリーさんの好きなものはなぁに?ぼく、マリーさんのこともっと知りたい!」
「私の好きなもの?それは…………」
そこで言葉を止める。私の好きなものって、なんだったかしら。
「なかなかに長居してるのではなくって。あなた、そろそろ戻らないときっと心配されてしまうわ」
そう言いつ去るように促す。
「また遊びに来てもいい?今度はちゃんとした格好してくるから!」
「ええ、もちろん歓迎するわ。また来なさい、ロビー」
笑顔で手を振る彼に見送られ、自室に戻ったところで先ほどの会話を思い返す。
「私の、好きなもの。わたくしの、欲しいもの。それは…………」
もし許されるなら、やり直したい。
馬車の窓越しに見た人びとのように自由に生きたい。けれど、この心と身体はそれを許してはくれないだろう。
「私、本当は生きたくないのかしらね」
ポツリと呟いた言葉は誰にも拾われることなく消えていった。
数日後、同じハンターであるジョゼフと遭遇した。彼は写真家という通り名の通り、写真を撮ることでサバイバーを翻弄する能力を持っている。
「やあマリー、今日は君と二人きりで話がしたいんだ。いいかい?」
その日はロビーとヴィオレッタという機械仕掛けの少女に連れられて館内を案内されており。ジョゼフはそんな様子を気にせず話しかけてきた。
「ええ、構いませんわ。それで、私に何の用かしら?」
そう言うと彼は少し驚いたような表情をした。
「意外だなぁ、もっと嫌がるかと思ったのに。まあいいか、今は……二人の邪魔をしちゃあ悪いから、午後にでもどうかな?」
「ええ、いいですわよ」
「では後ほど」
そう言って立ち去る彼の背中を見送った。
その後、昼食の席にてヴィオレッタに言われた。
「マリーちゃん、なんだか元気がないみたいだけど大丈夫?ちょっと疲れてるように見えるわ」
「そう?気のせいじゃないかしら」
「ううん、絶対違うわ!だって声も元気じゃないもの」
そう言って彼女はマリーの手を握りしめた。
「あたし、マリーちゃんの力になりたいわ!だから話してくれる?何かあったなら相談に乗ってあげるもの」
「ありがとうございます。けれど本当に何でもないの。ただ、ほんのちょっと不釣り合いだと思ってしまって…………」
「どうしてそんなこと思うの?」
マリーは首を横に振った。
「わからないわ。けれど、ここに来てからずっと考えているの。私はここにいて良い人間なのかって。だってここは、皆が楽しく過ごせているでしょう?私はそれが怖くてたまらないの」
マリーはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。その様子を見て、ヴィオレッタは優しく微笑む。
「あなたはここにいるべきよ。ここにいてほしいの。ここにいることを許された人なのだから」
「…………そうよね。ごめんなさい、変なこと言っちゃって」
「ううん、全然変なんかじゃ無いわ。ねぇ、一つ約束しましょ。私たち、仲間でしょう?」
「ええ、そうね。私たちは仲間ね」
「ふふふ、あなたのこと大好きよ。だからね、もしジョゼフちゃんが意地悪言ってたら教えて?ロビーちゃんと二人でこらしめてやるもの」
「ありがとう、ヴィオレッタ。でも、これは私の問題なの。自分で解決しないといけないことだから…………」
そう言うと、彼女は不満そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
そしてその日の午後、ジョゼフと落ち合うこととなった。
「待たせたね、マリー」
「別に構いませんわ、ジョゼフさん」
二人は館の庭園に腰掛けていた。
「ふむ、僕の用の前にさ、聞きたいことがあるのだろう?聞かせてくれるかい?君を悩ませているものを」
「どうして?貴方にどんなメリットがあるのかしら」
「だってほら、君はあの革命で首を落とされたじゃないか。それなのにこうして荘園に招かれたわけだし…………。ああ、無理に答えなくてもいいんだよ。別に恨んでいるわけじゃない、僕はもうあの日は遠くなってしまったからさ。より近いものはここをどう思うのかなって」
「そう、やっぱり……貴方はその先の人なのね」
彼は何も言わずマリーを見つめる。
「私ね、本当は生きたくない、不釣り合いのかなと思ってたの。だってこの心は生きたいと叫んでいるようには感じられないんだもの。こんな身体になったのにまだ生きたいなんて思う方がおかしいわ。それにね、女王としての生き方しか知らないの。今更新しいあり方を与えられて何になれと言うのかしら」
そういうマリーにジョゼフは一つ息をつき、口を開く。
「マリー、それは違うよ」
「違う?」
「君は確かに首を落とされた。けれどそれは無意味なことだった、女王という象徴を壊したところでなにも変わりはしなかったんだ」
「それはどういう意味かしら?」
「そのままの意味だよ、民は愚かだったというだけさ。そして、きっと君はここでなら生きられる」
「私が、生きられる?」
「そう、君の居場所はこの荘園の中だけにある。個人の相性はともかくさ、ここは腹立たしいことに皆が平等に扱われる。誰もが自由で、誰もを等しく愛していい。君のような存在にとってこれほど素晴らしい場所はないよ」
「………………」
マリーは無言だった。そんなことを言われたことはなかったからだ。しかし、心のどこかではわかっていたのだ。
ここが自分の探し求めていた場所であるということを。
だがどうしてもそれを認められなかった。認めてしまったら自分の今までしてきたことが無駄になってしまうような気がした。
「ねえ、マリー。どうして君はここに呼ばれたと思う?なぜ生首となった時、死を拒んだのかな?他の誰でもない、君自身が望んでここに来たんじゃないのかい?」
マリーは何も言えなかった。そんなことは考えたことがなかったから。
「君はさ、きっと自分だけの理想の世界を探すために来たと思っていたんだろうね。けれど違ったんだ。君はね、たどり着いてしまったから、失いたくなかったんじゃないかな?だからここを居場所じゃないと思ったんだろうね」
マリーは目を伏せ、静かに言った。
「…………ええ、そうですわ」
「じゃあさ、君はここに居てくれなくちゃ困るなぁ。それに僕、恨んじゃいないけどすごく怒ってはいるんだ。そんな調子じゃあ当たることもできやしないからね」
ジョゼフの言葉に微笑むと胸のうちで反芻する。
(ここに居てもいいのだろうか)
(……ここにいても良い)
その問いはやがて確信へと変わった。私はここに居ても構わない。
そして、今自分は自由なのだと。
自由に愛し、自由に生きていい。
「……なりたい私を望んでも、良いのでしたらひとつ、やりたいことがありますの」
先程より少し声をはるマリーに何かを察したジョゼフの頬がひきつる。
「身分や立場を気にしない声量でも良いと言うことですわね?」
ジョゼフが黙っていると、彼女は続けた。
「私、庭園で歌ったり、踊ったり大きな口を開けて喋ったりしたかったのですわ!!!!!!」
「待って待って待って!なんだい急に」
ジョゼフが慌てるのも無理はなかった。マリーは貴族の娘なのだから。
しかも王族に嫁ぐほどの家柄だ。それが大声で歌い、笑い、そして口を開く?
「あら失礼しました。でも、私はずっと憧れていましたの。いつか、こんな風にお友達と一緒にお話をしたり、遊んだりする日が来るのではないかと思っていましたわ」
「ああ、うん。そうだよね、そういうこともあるかもしれないよね」
ジョゼフは内心冷や汗ダラダラだったがなんとか平静を装った。
思い返してみればロビーもヴィオレッタも騒がしい方だ、マリーの好みには合っているだろう。
「そうと決まれば早速発声練習でしてよ!さあ、まずはお腹から声を出せるようにならなくては!」
「目標をもつのはいいけどね、方向激しいしそもそも僕の用件は!?」
マリーはそんなジョゼフを気にもかけず、鼻歌まじりで準備を始める。
「聞いちゃいない………まぁよしとするかね」
ジョゼフはため息をつくと肩の力を抜き、マリーを眺めるのだった。
そして数日後、ジョゼフは後悔する事になった。
マリーが己の限界に挑み、血の女王ならぬ爆音の女王になったのだから。