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    lee530007

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    lee530007

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    三リョ/ミさんから思いのたけを打ち明けられてOKしたあとから「やっぱ断ろうかな」になってるリョくんの回/普段書かない文体でなにか書こうとしたもの/コメディ

    バイオレット あたり一帯に夜がのしかかっていた。窓辺から見渡す限りの夜であった。街明かりは深く遠い暗闇にひょうひょう吸い込まれて、遥か天空の星ほどにさえ光らない。静けさで満ちていた。どこもかしこも、うんと静かだった。
     海辺の団地も例外でなく、しんと冷えた海風に取り巻かれながら、重たい夏の夜に耐えている。団地の窓ガラスなど、外から押しよせる夜の暗さにいつ挫けるものか気が気でない。いつあの薄曇りのガラスが内側に弾けて、窓の破れから藍色の夜が、はたまた海松色の夜がどうどう流れ来て中の人間を抱きしめに来るものかも、まったく定かでなくてひどく気がかりだった。
     その夜の中で、宮城は自宅の電話へ向かって立ちはだかって、右手を受話器へ伸ばしたり、また縮めたりする。もう三十分はそうしている。
     宮城は、三井へ断りの電話をかけようと思って、そうしている。

     三井がやけにかしこまって、前髪の具合などをしきりに気にした後で宮城へ向かって心の内を開いて見せた時、世界にはまだ太陽というものがあり、空に苛烈に光っていた。夕暮れと呼ぶべきものがそこにはあった。
     ほとんど何もかもが赤色か、橙色をしていた。何しろ、そこらを歩く犬さえ毛並みが燃えるようになっていた。他に色のあるものといえば、あまりに赤く燃えすぎてもはや白んでさえ見えた、太陽そのものであった。
     他の何もかもにはすまないが、と三井は言った。何を間違えたのか、上着はすっかり着替えて制服姿であったのに、下のズボンはまだジャージだった。それも膝が出るような丈の、動きやすさだけが取り柄のものだった。化学繊維織りの薄紫のそれが、部室内で赤色の光を吸い込んでバイオレットに色味を変えているのを、宮城はぼう、と眺めた。前髪よりもずっと気にするべきものがきっとあったはずだった。三井にはあった。しかし宮城は何も言わなかった。
     他の何もかもにすまない、とはなんだ、と宮城は思った。すると三井が勝手に答え始めた。
     宮城、お前は良い人間なので――本当に三井はこう言った!――そりゃあ、お前は多少は狂暴だし、向こう見ずでもあるし、負けず嫌いで誇り高いくせに急に捨て鉢になってみせるし、いざというときは暴力に躊躇いもないし、かっこつけのあまりに秘密主義めいてもいて、惚れっぽい割に一途が過ぎるが、それでもお前は疑いなくよい人間なので――本当に三井はこう言ったのだ!――おそらくこの先、どこででも、いつでもお前を心底から好ましく思う人物はきっと現れるだろう、オレはそうした、この先の未来でお前に出くわすかもしれないすべての見知らぬ者どもにすまないと思う。
    「どうして」
     自分に対するあまりに飾り気のない人物評価をすべて聞き流し、宮城は素直な心のまま、そう尋ねた。三井は息を深く吐いて、はっきり言った。
     お前の心をオレに釘付けにする予定であるので、未来にお前に出くわしてお前を好む人間がいたとしても、そいつらすべてを無情が押し包むことはもはや決まったも同然であるから、オレはそれがとっても申し訳ないのだ。
     三井の尊大で甘やかな主張を、宮城は聞き入れることにした。よろしい、と言った。
     よろしい、一生そうして衆生に形ばかり頭を垂れ、出会う人々すべてに掌中の珠を見せびらかして悦に浸り、時に己もまたこの宮城リョータの掌中で寝そべる矮小な善の人間であることを受け入れ、誇りに思うがよろしい、今後一切の人々がこの宮城の爪先にひれ伏したとしても、アンタはそれらに憐みの目ばかりを向けて「ああすまない、オレが彼を魅了するばっかりに」と口ずさめばよろしい。
     三井は目に見えて嬉しがった。「ッシャ!」と食いしばった歯の隙間から息を強く押し出して拳でロッカーを殴りつけ、部室を飛び出して一分三十秒ほど帰ってこなかった。一分四十秒後間近になって「手が痛えんだけど」といいながら自動販売機から授かったらしき缶飲料を二つ持って戻って来て、「つうか下、ジャージのままだったぜ」とそそくさと着替えた。宮城は三井から受け取った缶をさっそく開け、やけにたっぷり入ったウーロン茶をちびちび舐めるように飲んだ。
    「え? これどういうこと?」
     口ではそう言ったが、宮城にはすべてが分かっていた。三井は宮城に執着している。宮城が三井に執着するような方向、色味、味わい、光の加減、そして感情で。実によろしい。

     けれども夜になってみればこうだ。宮城はかれこれ四十分も電話の前に陣取って、三井に断りの連絡をせねばなるまいとしながら、永遠の躊躇を味わっている。母は何も言わない、妹もなにも言わない、宮城だってなんにも言いはしない。沈黙よ大いに降りしきれ、星のすべてが夢を見たように静まるがよい。
     宮城はなにも臆病の虫に臓腑を食われたわけでもない。気が変わったわけでもない。三井なる人間のことを忘却もしていないし、心の泉に彼への悪感情だけが湧き出るようになったのでもなかった。ただ、中学生に脅かされただけだ。
     家路を行く宮城を脅かす者があったのだ。それは近隣の中学校の制服を着た四人ひとかたまりほどの青少年の群れで、通り道の途中に口を開ける公園の茂みから飛び出て来て、その傍の細い路肩を歩く宮城へ「ばあ」とやって見せた。目と目が合った。お互いに、背筋に雷を受けた。
     宮城は柄にもなく、夜まじりの暮れ行く影のなかから現れて大声を立てた四人ひとかたまりに驚き、瞬間的な警戒心を鋭くしたし、向こうは向こうで、驚かせた相手がまったく見知らぬ赤の他人であったことに暗い衝撃を食らっていた。
     友人を驚かせるつもりで潜んでいたはいいが、肝心のターゲットを取り違えたようである、と群れは弁明した。宮城は「そういうこともあるよな」と言いながら、ほんの少し――宮城から見て『少し』という意味だ――、言葉のナイフでちくちくとやった。そして「オレならこんくらいで済むけどよお」とこのあたりの学生には本気の本気でガラの悪いものもいるので気を付けるように、と締めくくった。
     それで、中学生らと別れてひとり道を歩きながら、これは三井に断りを入れなくてはいけない、と思い定めた。

     けれども、もう五十分は電話機の前にただ、立っている。
     理由なぞ考えるまでもなかった。答えはすでに死にゆく太陽の赤色を浴びる部室の中で確かめたのだから、もう二度も取り出してきてやる必要はない。宮城は三井に執着がある。この先、どれほどの人間に出会おうと塗り替え得ないような質感、輝き、響き、そして形で。
     どうして自分から手放したふりをしてやらねばならないのだ、と宮城は思っている。その実得心がいっていないから、手も動かないし受話器も取れないというのだ。
     本気で手放せるわけはなかった。宮城はそんな軽々しく「執着」の語を使ったりはしない。ただ、三井に「部室でのことは白紙にしましょう、そういうつもりでいましょう、ウーロン茶ごちそうさまでした」と言って、対外的にそういうことにすればよいのだ。
     なにしろ己は、浮かれているようだから、これではいけない。
     中学生などどれほどのものか。茂みに隠れていたのがなんだ。夜だからなんて関係あるものか。普段通りの己であれば避けようもあった。先手を打って自分から脅かしてやれさえしただろう。しかしできなかった。浮かれていたからだ。
     やったぞ、と思ったのだ。
     夏と栄光の王よ跪け、このつまらぬ小さな肉体の前に額を擦って、焦がれのほどをあからさまにして見せろ。褒美に財宝をくれてやる、オレの未来に出会うすべての人々が抱くやもしれぬ落胆と悲嘆と羨望をくれてやる、オレが過去から今まで、そして未来において作りつづけるだろう、思慕と悲しみを積み上げた秘密の塔にさえ招いてやる。
     三井は見事に跪き、また宮城も三井へ跪いた。人間、望みを叶えた瞬間がもっとも無防備だ。なんといってもやはり、浮かれているのだからそうなる。
     三井と己は常に一対一の付き合いでなければならないと宮城は思った。浮かれているときの人間はやや膨張して見える。すると三井に相対した時に一対二とか、三とかになってしまいかねなかった。それではいけない。
     そんな無様でみじめなまま三井と付き合いを続けていくだなんて恐ろしい!
     だから一旦、きっぱり、はっきりと断っておかなくてはいけない。もしかすると三井は泣くかもしれないが――そのときはどうしたらよいだろう。手札がない。かわいそうに。
     ジジリリジリ、とベルが鳴った。電話が着信を知らせて鳴いている。受話器が震えている。
    「…………」
     宮城は予感を抱きつつ受話器を耳に押し当てて「ハイ」と努めて冷たく言った。「おう宮城」やはり三井だった。
     宮城の返事を待たず三井はこういうようなことを言った。
     いやはや、家に帰って食事をして風呂に入って歯を磨いたら、にわかにかの部室でのやりとりの記憶から輪郭がなくなって、あれが本当にあったことなのかどうか心配になった。だから電話をかけてものだが、けれど実のところあれが本当に本当だったと分かっている。どうしてこんな風に要らぬ心配を思うのだろう、なあ宮城、なあ。実はその答えすでに持っているのだ。せっかくだからお前にも教えてやろう。
    「浮かれてんだな」
     三井はすこし照れたように言った。
    「お前にあらいざらい話せて嬉しくて、しかも返事ももらってオレ、だいぶ浮かれてる」
     宮城は笑い出した。三井は「なんだ?」と聞き返してくる。
    「いやね、三井サン――」
     自分ばっかり浮かれて膨れているのでは嫌だったが、そちらも浮かれきっているのならそれでよい、問題は自分たちが一対一であれるかどうか、それを信じられるかどうかなのであるから、そろって膨らんでいたなら一対一は一対一だろうから、もう、それでよいと思う。
     こういうようなことを、かいつまんで話した。これを聞いた三井は「今日の内に電話しておいてよかった」と言った。
    「オレはアフターケアの出来る男」
    「なんか言ってら」
     宮城はそこから更に一時間ほど、電話の前で過ごした。母は何も言わない、妹も何も言わない、受話器の向こうで三井がしきりにものを言う。宮城は時々、相槌を打つ。
     
     
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