Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    lee530007

    @lee530007

    リーです | 20↑ | 二次創作をするヤギ | リョ右固定 | 小説 と うさぎの絵 | メモと進捗記録 | お気軽に | 匿名フォーム https://forms.gle/oYmUbS1Pqp429n

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 3

    lee530007

    ☆quiet follow

    やっちゃんとリョくんの友情っぽいものの話/モブの人がいる/中学生くらいかもしれない/目をつけられてはぶん殴られる生活をしていた場合の話/暴力に慣れることはできるのかどうか

    勇者たれ 教室を覗き込んで、君はたじろいだ。隣の席に、隣の席にいるはずのない生徒がどっかり座っているから。朝の教室に、朝日と風の他には何もない。君は他にやりようもなく教室に入って、自席に鞄を置いた。君の席は窓際の一番後ろだ。
     隣席の彼は学ランの前を開けて、両手をスラックスのポケットに押し込めていて、ずいぶんだらしなく椅子に体をあずけている。背もたれの縁が首の付け根に来るような、ずるずるした座り方のせいで、上履きをひかっけた脚の先が机の脚の向こうへ突き出ている。
    「おはよう」
     君の勇気は朝に似つかわしい五文字に変わって喉から飛び出た。冬間近の室内の寒さといったらほとんど外と同じだった。青白い空気の中に、君は居心地の悪さを見つける。隣席の彼は目を上げて「誰」と言った。君はまたたじろいだ。
    「そっちこそ」
     孤独が君を恐るべき勇者にした。君は普段、見知らぬ人間にそう尊大な方ではない。彼は鬱陶しそうに額に垂れた前髪を引っ張って、廊下の側へ顔を倒して「ここ、ヤスの席だろ」と言った。君はさらにたじろいだ。彼ときたら、朝からひどく頬を腫らしている。暴力! 人間の頬を青黒く腫らせるといえば暴力だ。彼はその餌食になった羊なのだ。自分で自分を殴りつけたとしてもそれは暴力なのだし。
     君の灰色の脳が鈍く輝く。君は暴力は嫌いだ。好きになる機会がない。それでもこの学生生活内において、やるやつはやると知っている。
     見知らぬ推定同学年、占領されたクラスメイトの座席、人嫌い風の重い前髪、暴力の痕跡、君はもうくたくただ。
    「そうだけど」
     君はなんとか返事をし、自席に座り込んで隣席の本来の持ち主を思った。安田という、誰にでも親切で、ほんの少し悪戯っぽい、気やすいクラスメイトのことを思った。
     思いは通じるのかもしれなかった。薄青い朝の光を受け、銀灰色に光るリノリウムの上を刻むように人影が歩き来て、教室の出入り口にたどり着いた。君は顔を上げてクラスメイトの到着を祝った。人影は戸口に立ち止って「リョータ!」と小さく叫んだ。
     君はもう、今朝はたじろぎっぱなしだ。安田はたちまち慌ただしくなって教室へ駆け込んでくると、君に簡単な挨拶をしただけで『リョータ』なる子羊のまわりをうろうろし、いくらかの言葉をかけた後、その腕を取って教室外へ連れて出て行ってしまった。
     君は立ち上がって教室の暖房機のスイッチを入れた。君が毎朝、ほかよりうんと早いうちから登校するのは単に、ちょうどよい時刻のバスがないからであって、どこぞの球技部のように朝練に精を出すためでも、自習好きの人々のように図書室の一角をせしめるためでもなかった。それでも君は今、もしかすればすぐに帰ってくるかもしれないクラスメイトと、暴力の餌食たる子羊の彼がこの青じみた教室内で寒い思いをしないで済むように取り計らうだけの力が自分にあることを誇った。
     暖房機はうんうん唸った。君は頬杖をついて、窓の外を見た。明るい銀色をした空がどこまでも続いている。風が雲の垣根の隙間を這いまわり、次第しだいにその隙間を広げていく。街が目覚めるにつれ、空の銀は剥がれて青空が現れていく。空の青があらわになるにつれ、校内に人が満ち始める。
     君は隣席を振り返り見た。無人。斜め前の席の保健委員と話をしてみようかと思いつき、行動にはうつさない。
     そのうち、教師がのそのそと教壇に立って「日直、号令」と言う。無音。君ははっとなって口を開く。君こそそうだ、今日の日直だ。「起立」と叫ぶ。皆が重い思いの速度で立ち上がる。
     目の端に、廊下を駆ける人影を見る。君はもったいぶって咳払いし、膝の裏で椅子をガタガタ言わせてみる。開きっぱなしの教室後方の扉から、安田が忍び足でやってくる。正しく自席にたどり着く。君はゆっくり息を吸って号令をかける。
    「礼」
     クラスメイトの背中が上下する。安田が君を見た。君は知らん顔して、だらしなくお辞儀の姿勢を取った。のそのそした教師は顔も上げないで「出席を取る」と言う。

     君はぎょっとして、廊下の真ん中を対向者に譲って壁へよけた。真向かいから、うつむいた『リョータ』がやってきたから。昼時とはいえ音楽室だの、美術室だのの専科教室ばかりの階は閑散として、埃の匂いがつんと漂ってうす暗かった。君は美術係だから、午前中に使ったモリエールの石膏像なんかを美術準備室にしまい込まなければならない。『リョータ』は、美術室の横手の階段フロアから現れたようだった。相変わらず両手をポケットに隠したまま、猫背に歩いている。踵をつぶした上履きがぺたぺたと鳴る。
    「よ、よう」
     モリエールの胸像を抱きしめたまま、声をかける。君は今朝からずうっと勇者だった。『リョータ』は横目に君を一瞥して「なに」と言った。「誰」ではないのは喜ばしいと君は思った。
    「あー、」
     君はとっさに「モリエールしまうの手伝ってくれない?」と言った。『リョータ』は足を止めて「あんたヤスのトモダチ?」と尋ねてきた。
    「安田は友達多いから」
     『リョータ』は「ああ」と何かに納得したように零して、前髪をちょっと引っ張り、ほんのすこしだけ笑った、ように見えた。君の目は『リョータ』の口元に向いた。切れている! 流血! 真新しい痣! 暴力! 君は気が遠くなった。 
     『リョータ』は口元に滲む血を舐めながら「モリエール、しまうのどこ」と君を覗き込んでくる。

     君はぎょっとしたし、たじろぎもした。久々の感覚だった。春の風あたたかな、明るい廊下の向こうから、人影がずんずんやってくるものだから、道を譲った。誰しもそうしている。君の周囲にいた、何の用事もないのに昼休憩を廊下で過ごす人々さえ、左右によけて人影を避けた。
     相も変わらずポケットに手を詰め込んで、短ランの背を丸め、踵の潰れた上靴をぱたぱた鳴らしている。
    「宮城」
     君が声をかけると、『リョータ』はつんと顎を上げて目を細めた。とはいえ片目分だけだ。もう片方は赤くはれて初めから塞がっている。額の隅に生々しい傷があって、鼻の下に乾いた血の河が残っている。唇の皮は中央から裂けて、日の光に鮮やかな赤色を見せている。
     君は急に悲しくなって、もう一度「宮城」と呼んだ。壁の飾りのようになっていた人々が、声を殺して何かをささやきあう。
     彼はもう、傷ついた自分をどこかに押し隠そうと思わないらしかった。人目を避けてみようとも、友人にだけ分かる救援信号を打ち上げてみようとすることも、もはやないらしかった。
     君は学年が上がってしまって、安田とはすでに隣席どころか隣のクラスの住人としてしか関りがなかった。それでも、昨年度末に安田から聞いた「オレはリョータが怪我を露にするようになるのが怖いよ」の一言を忘れてしまうほど薄情でなかった。「リョータが、傷ついたってどうでもいいと思うようになるのが怖い」
     いつからか上げるようになった髪を乱したまま、『リョータ』は君の横をすり抜けていく。廊下の左右に口を開けた窓から、うつくしい春の光と風が吹き込んでくる。咲いた花のかけらが床に踊っている。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏👍❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator