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    やめたれ

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    思いついたものを書き散らかすだけ。

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    やめたれ

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    ダブフェが二人でまったり話してるだけ。

    あぼーん 画面を下へとスクロールしつつ、こはくは流れてくる文字の羅列を目で追う。全て次の『仕事』に必要な情報なのだが、何しろ量が膨大だ。
     一人きりの会議室でPCと睨めっこする事一時間。ちょっと茶でも飲もうかと手元に置いたペットボトルを見もせずに手に取ったが、随分と軽い。もう空になっていたようだ。遅れて来る予定の相方もまだ来ないし、飲み物を買いに行こうかと席を立つ。すると、突然バタンと勢いよくドアが開いた。
    「今北産業おーー!!」
     帽子とマスクをしたやたらでかい相方が、これまたでかい声を上げる。マスクをしていても目元だけで分かる、いつもの笑顔である。
    「じゃかぁしぃ、テンプレ読んで半年ROMっとけ!」
     ほぼ反射でこはくが怒鳴ると、斑の笑みはますます深くなった。
    「あっはっは、情意投合! こはくさんの返しはいつでも直球ど真ん中で気持ちがいいなあ!」
    「どこも投合してへんわ! 毎回おどれの暴投受けなあかんこっちの身にもなりぃや」
     投合と言われると思うところは色々あるのだが、今はそれどころではない。斑はこはくの話など全く聞かずに、ドアを閉めるが早いかカバンを椅子の上に置いて、机の上をキョロキョロと見回しているではないか。
    「さてさて。事前に頭に入れるべき情報があると聞いたんだが、どれかなあ?」
    「人の話を聞け! 情報はそこのPCに表示されとるやつや。明日までに全部頭入れとけ」
    「おお! 見事な三行だ!」
    「二行やろが。最初のはおんどれへの文句じゃ」
     そこまでぽんぽんとやり取りが続くと、斑は可笑しそうに笑う。何が可笑しいのかこはくにはさっぱり分からないが、もうこれ以上言い合いを続けても意味はないので、当初の目的である飲み物を買いに行こうとドアノブに手を掛ける。
    「お、何処か出掛けるつもりだったのかあ?」
    「あぁ、ちょぉ飲みもん買いに行こ思て」
    「それなら──」
    「ん?」
     斑が視線を椅子の上に置いた荷物に向けるので、こはくもそれに倣う。斑がいつも持っている黒いリュックサックの前に、小さな買い物袋があった。飲み物らしきカップが二つ入っているのが見える。
    「え、買うて来てくれたん?」
    「遅れてしまったしなあ。せめてものお詫びというやつだ」
     斑がそう言いながら、袋からカップを取り出す。
    「仕事やろ? 別に気にしてへんけど、飲みもん丁度欲しかったし助かったわ。おおきに」
     斑から飲み物を受け取り礼を言ったこはくは、そのカップを見てあっと声を上げた。
    「これ、話題になっとるやつやん!」
    「そうだったのかあ。こはくさんが好きそうだと思って買ってみたんだが、当たりだったようで何よりだ」
    「大当たりや。お手柄やで、斑はん。先週発売してずっと飲みたかったんやけど、どこにも売ってへんかったんよ。ほんまにありがとうな」
     やっと巡り会えた話題の飲み物に感動して、こはくは素直に礼を述べる。すると斑は、何故かバツが悪そうに視線を横に滑らせて頬を掻いた。照れているのだろうか。
    「はは、そんなに感謝されるとは思わなかったなあ。店にあるだけ買ってきたら良かったかなあ」
    「幸せは独り占めするより皆で分かち合ってこそやろ。わし以外にもずっと買えへんて探し回ってた人が、きっとおるやろし」
    「…………」
     そういう人が一人でも多く買えたらええな、とこはくが言うと、斑は目を丸めて黙り込んだ。
    「なんや、急に黙りこくって」
    「こはくさんは慎ましいなあ」
     目を細めて微笑んだ斑に言われて、こはくは肩を竦める。
    「元々はな。おんもに出られたら、それでええっち思うてたくらいやし。……ま、最近は段々欲の皮突っ張って来てんけどな」
     こはくが外の世界に出てまだ一年足らず。座敷牢の中で夢見ていたのは、ただただ外で生活がしてみたいという一点だった。しかし実際にその夢が叶うと、また次の夢が出来る。それは生活していくうちに段々増えていく。大切な人やものが増えて、そこから更に夢は枝分かれしていく。
    「それは健全で正常な心理だなあ。求めていたものが手に入ったらもっと、次は違うものをと更に追い求めていく。それが生きる活力になる事もあるし、悪いものではない」
    「せやね。無欲を美徳とするような伝統もあるけど、寧ろ怠惰の元なんち名言もあるし、欲も活力のうちやな」
     この名言を最初に知ったのは随分幼い頃だったように思う。家に縛られていた当時はピンと来なかったのだ。外に出たいなんて欲を丸出しにしたら、逆に生きる活力を無くすような生活だったのだから。無欲こそが、頭を空っぽにしてただ目の前に出された稽古をこなす事だけが生きる道だった。
    「うむ。欲と聞くとまず汚れや闇をイメージする人間が多いが、それも無欲を美徳だとしてきた伝統の弊害だなあ」
    「宗教的なもんやろ? 従ってたらいつか極楽浄土に行かれるっち信じて、清貧を貫いたっちこっちゃ」
    「極楽浄土なんて、ある訳ないのになあ」
     斑が皮肉っぽく笑い飛ばすのを、こはくが窘める。
    「あかんよ斑はん。溺れるものは藁をも掴むんやで。その藁を捨てるような真似したら可哀想や」
    「優しいなあ、こはくさんは」
    「ほうか? 寧ろ斑はんみたいに、極楽浄土なんちあらへんっちハッキリ言うてくれた方が優しい場合もあるっち思うけどな」
     掴んだって、所詮は藁だ。それで立ち直れる人間がどれだけいるだろうか。だったら、縋る希望すらバッサリ切って、己の力で立ち上がれと叱咤してくれた方が余程現実的に前を向けるのではないだろうか。……まあ、その場合も立ち直れる人間は極僅かだろうが。
     そこまで話して、特に示し合わせる事もなく二人同時に飲み物を飲む。
    「……ん、うま!」
    「うん、美味しいなあ。話題になるのも頷ける」
    「てか、斑はんも一緒の買ってきたんは意外やったわ」
     いつもは水かお茶かを飲んでいる斑が、こはくと同じ流行りのドリンクをチョイスしているのは珍しい。ひょっとすると初めてかも知れない。そもそも、二人で食事をする機会があっても、こはくと斑は同じ物を食べる事がなかったように思う。
    「普段だったら選ばなかっただろうけどなあ。ちょっと気になったんだよなあ、飲む桜餅」
    「さよけ。ま、口に合ったんなら良かったわ」
     ここで漸く資料に目を通す気になったらしい斑がPCの前に腰掛けた。時折覚えたかどうか二人で確認し合って、長ったらしい資料を頭に入れていく。大方覚えたところで、再び休憩に入った。
    「しかし、こはくさんも今北産業を知っていたとはなあ」
     背もたれに体を預けた斑はすっかり雑談モードだ。途中から椅子を持ってきて隣に座っていたこはくも、机に頬杖をついてまぁなと口を開いた。
    「今や懐かしの言葉やと思うけどな。ってか、斑はんが掲示板覗いてた事の方が意外やわ」
     そもそも斑がネットサーフィンをしている様が思い浮かばない。今はあまり使われない単語を知っているようだったし、子どもの頃に見ていたのだろうか。
    「なにかを調べようと検索すると、掲示板がヒットする事があったんだよなあ。偶にどこのサイトよりも詳しい説明がされている事もあるし、なかなか侮れない。情報の真偽は確認しなければならないが、それはネット全般に言えるからなあ」
    「せやね。ほんまかどうかは分からんけど、あそこの人らの話、見てる分にはおもろいんよな。知らん世界の話もぎょうさん聞けるし」
     こはくがそう言うと、斑が同意するように頷いた。闇に生きる者同士にしか分からないような話題以外で話がこんなに合ったのは初めてなので、こはくは思わず笑ってしまう。
    「しかし、けったいな共通点があったもんやな」
    「ふとしたきっかけで思わぬ事実が発覚するから、会話というのは面白いんだよなあ」
     それなりに親しい人間とするに限るが、と斑が言う。
    「ま、そろそろ休憩は終わらせなあかんけどな。斑はん、これ全部覚えた?」
    「そうだなあ、八割方覚えたかなあ。あとは記憶を定着させていけばいい」
    「早っ。覚えたならこれ三行に纏めてくれへん? 長過ぎてかなんわ」
     こはくが長文レスを揶揄する時のように纏めを頼むと、斑は腕を組んで唸った。
    「うーん……。三行は無理だから全文をテンプレにしておこうか」
    「アホか、これだけでスレ埋まるわ」
     即座にツッコミを入れると、斑が吹き出す。つられて、こはくも笑い出した。
    「……っふふふ」
    「あはははは」
     掲示板を覗いていた当時は楽しい暇潰しだと思っていたけれど、今となっては心の奥底では寂しさややるせなさを抱えていたのをはっきり認識出来る。それがほんの少し暗い影を落とすが、今こうして共通の話題として盛り上がって笑い合う事が出来た。それだけで、悪い経験ではなかったかも知れないと思えるから、不思議なものだ。
     珍しく同じタイミングで同じ飲み物を飲んだ二人は休憩を終え、また長い長い資料に向き合った。
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