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    よもぎ。

    @y_candy1226

    凪茨文章書き

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    よもぎ。

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    凪茨
    SUPER brilliant days 2023夏
    NAGIIBANG!2にて無料配布しておりました
    お手に取ってくださった皆さまありがとうございました!

    微ホラー
    悪夢を見るようになってしまった茨に添い寝してあげた閣下が神パワーで難なく除霊してしまうお話です(語弊)
    ファンタジーみたいになってますので何も考えず読んでください
    霊障による軽い体調不良描写があるのでご注意ください

    #凪茨
    Nagibara

    空蝉たちの残夢 むせ返る暑さと、不快感を増すだけの蝉の声。鬱蒼と木が生い茂り、朱い千本鳥居が続く長い道。その途中、しゃがみ込んで目隠しをする甚平姿の少年が一人。
       ―― かごめ かごめ ――
     少年はわらべうたを辿々しく口遊み、仲間など居ないのに律儀に鬼を務めている。小学生くらいだろうか。こちらに背を向けていて顔は見えない。
       ―― よあけの ばんに ――
     理由はわからない。けれど本能で、これより先、あの少年に近付いてはいけない――そう思った。けれど、身体が言うことを聞かず、一歩、また一歩とその少年に近付いてしまう。目も逸らせず、少年の声が頭の中に響く。厭だ。これ以上、近付いては――
       ―― うしろのしょうめん だあれ ――
     
    「……っ、」
     目が覚めると、いつもと変わらない部屋。同室の三人は静かに寝息をたてていて、時計を見やると午前二時過ぎ。全身に汗が吹きでていて、心臓も煩いくらいに鳴っていた。悪夢、と呼ぶには余りにも平凡な夢。しかしこれは悪夢だと思ってしまう何かを感じる。少年が振り向く寸前、同じタイミングで目覚めるのはこれで何回目だろうか。やけにリアルで、目覚めてからもずっと嫌悪感が消えない。
    「……」
     まさか、そんなはずはないだろう。そう思っては居たけれど、こんな夢を見始めたのには充分すぎる心当たりがあった。
     
    「うわあああっ!」
    「おや、随分と作りが精巧ですね」
     新曲のプロモーションを兼ねたバラエティ番組。夏の風物詩のひとつでもある肝試しとして、テーマパークにある最恐のお化け屋敷と銘打った『戦慄の館』に挑戦するという企画が上がってきた。こういう仕事は適材適所、出来るならばEveのお二人にお任せしたかったのだが、殿下のスケジュールがどうしても合わず、渋々俺が現場に向かうことになった。正直俺はこういうホラーの類にはてんで興味がなく、この企画に向いていない。しかしジュンは強がっているけれど怖がりなことは目に見えていて、対称的な二人はそれなりにバラエティに映えるだろうと期待されていた。案の定、ジュンは出てくる仕掛け全てに驚き、世間で言われているワイルドハイエナの面影はなりを潜め、産まれたての仔鹿のようにぷるぷるしている。それを俺は後ろから眺め、滑稽なジュンの姿を嘲笑いながらも、バラエティとして上手く立ち回れているなぁと感心していた。
     この戦慄の館の仕掛けは全て作り物で、人間のキャストは居ない。だからこそ完全にプログラム化されたこの館の構造にも興味があり、新たな商戦の参考にならないか、と観察するには後ろからついて行くという立ち位置は好都合だった。
    「ああもう! 茨も少しは前を歩いてくれませんかねぇ〜」
    「おや? もしかして、怖いんですか? 自分が前に行っても良いですが、番組的に面白くなくなっちゃいますからねぇ。頑張ってください、ジュン」
    「GODDAMN! わかりましたよ、もぉ〜」
     泣き言を並べ始めたジュンを笑い飛ばしていると、通路の暗がり、手で目隠しをした少年が蹲っているのが見えた。次はどんな驚かせ方をするんだろう、そんなことを考えながら見ていたけれど、ジュンはその少年に気付かなかったのか、そのまま横を素通りしてしまった。不思議に思って俺が近付くと、少年はわらべうたを不気味に歌い始めたので、きっとスタッフが余りにリアクションを取らない俺を驚かせようとわざとタイミングをずらしたのだろうと思い、ほくそ笑む。しかし、何故だか違和感を覚え、眼鏡を上げてよく観察してみた。今まで見た仕掛けに比べると異質な感じがして、この洋風な館に似つかわしくない甚平姿の少年は随分と存在感があるようにも思う。何故ジュンはこれに気付かなかったのだろう。そんなことを考えていた、その時。
    「……!」
     作り物であるはずのその少年と目が合い、あろう事か俺の顔を指さしてにっこりと笑ったのだ。光の無い目に吸い込まれてしまうような感覚で視線を逸らせなくなる。

    「 アソボウ 」

     その声を聞いた途端、背中がゾッとするような、今まで体験したことの無い不思議な感覚に襲われた。
    「ちょっと、茨! ちゃんとついてきてくださいよぉ」
     声にハッとしてやっとのことで視線を逸らし前を見ると、不安そうな顔をしたジュンがこちらを伺っていた。耳鳴りがして、次に俺が視線を戻した時には、そこに居たはずの少年は消えていた。
    「茨? えっと……もしかして、なんかありました……?」
    「……、いえ、」
     直ぐに床や壁を調べたけれど、そこには仕掛けの痕跡は何も残されておらず、肌が粟立つような不快感だけが胸の中に渦巻いている。何となく、ジュンに話さない方が良いと思い、このことは俺の中にひっそり留めておくことにした。きっと雰囲気に飲まれ見てしまった幻覚だろうし、さっきまで平然としていた俺が幽霊を見た、と騒ぐのも格好悪い。それに、ジュンも冗談だと思って信じないだろう。
     しかしその日から、眠る度に同じ夢を見て、夜であっても昼であってもあの悪夢に魘され、まともに眠ることが出来なくなってしまった。夢は自分の記憶から作られるものだと言うし、一度見た夢が気になって、こんなにも何度も繰り返し見てしまうのだろう。身体が資本の仕事であるし、眠れないのは流石に参ってしまう。仕事に支障をきたしてしまう前に、市販の睡眠導入剤や精神安定剤を飲んでみたけれど、思った結果は得られなかった。
     俗に言う幽霊だとか祟りだとかは全く信じていないし、この一連の悪循環もすべて自分の脳の思い込みから来ている。何とかこの負のループから抜け出して普段通りの生活に戻りたいのだが、病院にかかる程でもないだろうし、こんな馬鹿げたことを誰に相談すればいいのかもわからないでいた。

     寝不足が続くまま、今日は雑誌の撮影でスタジオに来ていた。少しずつ滞り始めている業務をこなすべく、楽屋でPCを開く。確実に仕事効率は落ちていて、今のところ特別大きなミスは無いが、ほんの些細な失敗が続いていて自分でも苛立っていた。
    「茨」
    「……はい、何でしょう閣下」
     閣下に呼ばれPCから目を離さず返事をする。集中力が途切れてしまいそうなので今は余り話したくないのだが。
    「……少し、顔色が悪いね」
     閣下は俺の耳元で、殿下やジュンには聞こえないように小さな声で言った。
    「……お気遣い感謝致します。ですが、何ともありませんのでお気になさらず」
    「……本当に?」
    「ええ」
    「……」
     閣下が納得いっていないだろうことは雰囲気で感じ取れた。けれど今はそんなことを気にしている場合ではない。少しでも今できる業務をこなし、時間の余裕を作りたかった。
       ―― かごめ かごめ ――
     微かに聞こえた声に、思わず手を止めてしまう。いや、なんの冗談だ。今は現実で、夢の中ではないと言うのに。
     しかし確実に声は聞こえていて、その声がだんだん近付いてきているのもわかる。まさか、あの日から巧妙に伏線を張ったドッキリか? 一瞬はそう考えたけれど、そうなると繰り返し見る夢は説明がつかない。厭な汗がじわりと出始める。
    「……茨?」
     声のする方を見つめ動きを止めていることに疑問を持ったのか、閣下が俺の顔を覗き込んだ。
       ―― よあけの ばんに ――
    「……声、聞こえませんか」
    「……声?」
    「子供の、歌声……」
     強い耳鳴りがして、思わず耳を塞ぐ。そして気付いてしまった。この声は、耳を塞いでも聞こえている。つまり、この声は俺にしか聞こえていない。
    「……!」
    「茨……」
     酷い幻聴。耳鳴りの奥で歌声が煩いくらい大きくなる。頭が割れそうに痛む。閣下が俺に何か言っているけれどよく聞こえない。
       ―― うしろのしょうめん だあれ ――
     心臓がドクンと鳴り、突然左腕に痛みが走った。振り向いて確認すると、小さな子供の手に腕をしっかりと掴まれている。そして目の前にあの日の少年がいて、俺を指さし、歪ににっこりと笑った。

    「 ミツケタ 」


    「……っ」
     深い水の底から浮上したような感覚で目を覚ますと、楽屋のソファの上だった。俺が目覚めたのを確認したスタッフがすぐに誰かに連絡している。状況を把握するのに数秒。時計を見るともう既に撮影が始まっている時間だった。どうして自分がここに寝かされていたのかよく思い出せない。ともあれ、俺が今このスタジオに居る全員に迷惑をかけてしまっていることは一目瞭然で。
    「申し訳ありません!」
     やってしまったという焦燥感で手が震える。楽屋に居たスタッフたちに頭を下げ、脱がされていた衣装のジャケットを掴んで大急ぎで楽屋を出た。
    「……閣下……!」
     スタッフから連絡を貰ったのか、閣下が小走りでこちらに向かってきている。
    「ああ、申し訳ありません! 自分、あろう事か撮影前に眠ってしまっていたようで、……もう撮影始まってますよね、もしかしてスケジュール変更されました?」
    「……うん。こっちは大丈夫だから、とりあえず落ち着いて」
    「ご迷惑をおかけしてしまい、なんと謝罪すればよいか……とにかく、自分は早くスタジオに、」
    「……茨」
     スタジオに向かおうとした俺の肩を掴み、閣下は宥めるように手を握った。
    「……そんな髪型とメイクじゃ、すぐに撮影は始められないよね」
    「あ……、」
     汗でぐちゃぐちゃになった髪と、クマが隠しきれなくなった目元。閣下に髪を撫でられ、楽屋前の鏡に映るみっともない自分の姿にどうしようもなく情けなくなる。何をやっているんだ、俺は。
    「……すみません、……申し訳ありません」
    「……今は日和くんとジュンが先に撮影しているから、少しだけ時間に余裕がある」
    「……」
    「……少し、話そうか」

     人払いをして、二人で楽屋に戻る。机を挟んで座り、俺は後ろめたさから閣下の顔を見られないでいた。
    「……体調はどう?」
    「はい、……なんともありません」
    「……倒れた時のこと、覚えている?」
    「……、いえ、」
     倒れたのか、俺。必死に思い出そうと記憶を辿る。楽屋でPCを開いていて、確か、ああそうだ、夢の中のあの歌声が聞こえて――記憶の奥底で、歪に笑った少年の顔がフラッシュバックする。ここまで来ると、自分の脳の思い込みだけでは無い何かを感じてしまう。本当に、そうなのか? また、厭な汗がじんわりと滲んだ。
    「……スタッフに、看護師の資格を持っている人がいてね。その人が茨を診てくれたんだ」
    「そう、ですか……」
    「……貧血だったみたいで、安静にしていれば大丈夫って言っていたし、救急車は呼ばないでおいたよ。……茨も嫌がると思って」
    「……お気遣い、痛み入ります……」
     座ったまま深々と頭を下げる。自分が体調不良で倒れることなんて今まで無かったので、少なからずこの事実にショックを受けている。こういう時、どうすればいいのかわからない。
    「……茨は自己管理が出来ていたし、自分のせいで周りに迷惑をかけることは嫌いだろうから、無茶な仕事の仕方はしないと思っていたのだけれど」
    「はい、申し訳ありません。全ては自分の管理不足であります」
    「……どうして、こうなったの?」
    「自分の、怠慢です」
    「……茨、顔を上げて」
     閣下に言われ、恐る恐る顔を見る。怒っているのかと思っていたけれど、目が合うと閣下は困ったようにため息をついた。
    「……謝って欲しいわけじゃないんだ。日和くんもジュンも、スタッフのみんなも……勿論、私も。茨のことを心配しているの」
     惨めな気持ちになる。心配なんかされるより、叱られた方がよっぽどマシだ。
    「……無理にとは言わないけれど、出来れば言い訳を聞かせて欲しい……茨が倒れる前、なんだか様子が変だったから」
    「……っ、」
    「……何か、あった?」
     迷惑を掛けてしまった手前、何も言わない訳にもいかないだろう。こんな馬鹿げた話を信じてもらえるとも思えないが、正直、この悪循環にはほとほと参ってしまっているので、聞いてもらえるだけでも何か変わるかもしれない。
    「非現実的で、くだらない理由なのですが……聞いて頂けますか」
    「……勿論」
     ジュンとロケに行った時のことから、眠る度に見るようになった夢の話。楽屋で聞こえた声と、少年の姿。詳細に淡々と話す間、閣下は静かに相槌を打って真剣に聞いてくださった。
    「……という訳でして。自分でも、これ以上どうしていいのかわからず……」
    「……じゃあ、茨の不調の原因は、その少年の悪夢ということ?」
    「お恥ずかしながら、そういうことになりますね」
    「……じゃあその左腕は、その子の仕業なのかな」
     そう言われ不思議に思い、袖を捲って左腕を確認すると、誰かに握られたような手の痕がベッタリと浮かび上がっていた。
    「……! これは……」
    「……さっき脈を確認する時に見つけて……もしかして、茨が誰かに乱暴されたんじゃないかって思って……気が気じゃなかった」
     閣下は深いため息と共に胸を撫で下ろし、また真剣な顔をして俺の手を握った。
    「良かった……。いや、実際茨に被害はあるから一概に良かったとは言えないけれど……最悪の結果じゃなくて良かった」
    「……、」
     俺が返り討ちもせず誰かに襲われる訳なんて無いのに、閣下は心底安心したように俺の手を摩っている。擽ったい気持ちになって、誤魔化すようにぎゅっと閣下の手を握った。
    「……これは、霊障かな」
    「霊障、でありますか……?」
     余りにも簡単にそう言われてしまい、信じたくない気持ちで反発してしまう。
    「それはあまりにも非現実的ではありませんか? 確かに、霊の仕業だと一言で片付けてしまえば簡単ですが……自分が覚えていないだけでどこかにぶつけたか、……あの時は自分も混乱していましたし、自分で強く握ってしまっただけかも知れません」
    「……それはないよ。だってこれ、左腕なのに左手の痕がついている」
    「……、」
    「……人の思念は強ければ強いほど周囲に影響を与えると言うし、その少年の霊も、茨に何か伝えたかったのかも知れない」
    「霊、って、……」
     もう、言い逃れ出来ないのかもしれない。そんな曖昧なものに翻弄されているのが腹立たしいが、それならそれで、それなりの対処法を考えなければならない。今まで信じていなかったものを信じるだなんて、なかなか気持ちの整理がつかなかった。額に手をあて、ため息をつく。
    「……そうだ。今夜、私も茨と一緒のベッドで寝ても良いかな」
    「えっ」
     緩やかに笑った閣下が、俺の髪を撫でる。
    「あの、……それは、今夜、自分が閣下のお相手をする、ということでしょうか……?」
    「ふふ……他意はないよ。ただ単に、私が茨の隣で添い寝をしてあげたいだけ」
     顔が熱くなる。期待した? なんて、クスクス笑う閣下の手を解き、俯いた。
    「閣下の手を煩わせる訳にはいきません。それに、添い寝をして頂いたからと言って、なんの解決にもならないと思うのですが……」
    「……ううん。そんなことないよ。眠れない夜は、誰かと手を繋ぐと安心して、そのままぐっすり」
    「……」
     完全に子供扱いされているようで、思わず苦い顔をしてしまう。でもこの閣下は、言い出したら聞かないのだ。まぁ、明日の午前中は特に動かせないスケジュールでもないし、閣下の気が済むのなら、添い寝ぐらい許してもいいかもしれない。
    「はぁ……、わかりました。……では今夜、部屋を用意しましょう」
    「うん。楽しみだな……♪」
     俺が大変な思いをしているというのに、完全に楽しんでますね、この人。俺は再び大きなため息をついて、嬉しそうな閣下を只々眺めていた。

     その後、スタッフたちに謝罪と感謝を述べ、その日の撮影は無事に終えることが出来た。殿下にはお小言を貰ったが、ジュンが気持ち悪いくらい心配していたみたいで、というより、俺が倒れたことに本当に驚いたようで、やけに気遣われたのがむず痒かった。

     夜になり、念の為別行動で用意したホテルの一室に入った。俺が先に着いて荷物を整えていると間もなく閣下も到着して、二人きりになった途端にふわりと抱きしめられた。
    「閣下、随分と早くいらっしゃいましたね」
    「……うん。早く茨と二人きりになりたかったから」
     頭を撫でられ、悔しいけれど嬉しくなってしまう。寝不足続きですぐにでも休みたいのに、閣下に抱きしめられているうちはそんなことを忘れるくらい、心が癒された。
     順番にお風呂を済ませて、ジャージに着替える。閣下は添い寝するだけ、と仰っていたけれど、本当に信じて良いのだろうか。最も、今の俺の状態で閣下のお相手をすることになったとしたら、すぐに気絶してしまう自信がある。
     少しの緊張感を持って寝室のドアを開けると、先にお風呂を済ませていた閣下はベッドの上で本を読んでいた。俺が部屋に入ったことに気がつくと、本を閉じて優しく微笑み、手招きをする。
    「……もう眠る?」
    「ええ、そうですね。……閣下が宜しければ」
    「……私も大丈夫」
     ダブルベッドの上、俺が入れるスペースを開けるように横になって、閣下は掛け布団を開いてくれた。
    「……おいで」
    「……失礼致します」
     眼鏡を外して閣下の隣に潜り込むと、布団ごとぎゅう、と抱き寄せられる。顔を上げて目が合うと、大切に頭を撫でられた。同じシャンプーの匂いに包まれて、深呼吸をすると心がほっと軽くなる。
    「……眠れそう?」
    「どうでしょう、いつも入眠は問題ないので……」
    「……そっか。じゃあ眠っている間、私と手を繋いでいよう。茨が怖い夢を見ないように」
     布団の中で手を繋いで、閣下は嬉しそうに笑った。そして反対側の手で俺の頬をつつみ、ゆっくりと唇にキスを落とされる。
    「……添い寝だけのお約束では?」
    「ふふ……これは挨拶だよ。おやすみのキス」
    「挨拶、ですか、……っ、」
     もう一度唇を重ね、閣下は満足気に俺の頬を撫でた。
    「……本当にそろそろ眠ろう」
     目を閉じると、閣下の手が背中に回され、一定の間隔でぽんぽんとリズムを刻む。閣下、俺を甘やかすのが嬉しいのだろうか。なんだかまた擽ったい気持ちになる。けれど、その手の温もりが心地よくて、疲労が溜まった身体は吸い込まれるように眠りに落ちていった。

     むせ返る暑さと、不快感を増すだけの蝉の声。鬱蒼と木が生い茂り、朱い千本鳥居が続く長い道。その途中、しゃがみ込んで目隠しをする甚平姿の少年が一人。
     ああ、またこの夢。うんざりするほど繰り返されるこの夢に絶望して、訪れる嫌悪感に備え拳を固く握る。すると、いつもとは違い、左手に違和感を覚えた。この温もりは――
    「茨」
    「っ! 閣下」
     いつもの夢の中に閣下が現れた。俺と手を繋ぎ、穏やかに微笑んでいる。
    「……良かった、成功したみたい」
    「えっ、……成功した、とは、どういう……?」
    「同じベッドで眠ると、稀に同じ夢を見られることがあるらしくて。……試してみたら本当にできちゃった」
     いやいやいや、夢の中だからって余りにも都合が良すぎるだろう。閣下はきょろきょろと興味深そうに辺りを見回している。
    「……あれが、例の少年か」
    「あっ、閣下! いけません、近づいては……!」
       ―― かごめ かごめ ――
     わらべうたが始まる。閣下が俺の手を引き、少年の居る方へと歩いていく。身体が言うことを聞かず、それに着いて行くことしか出来なくて、鼓動が速くなった。
    「……大丈夫。私に任せて」
    「しかし、」
    「……あの子は、一緒に遊んで欲しいだけだよ」
     少年のすぐ後ろまで辿り着き、歌声がより一層大きくなる。頭が割れるように痛くなって、耐えきれず顔を歪めてしまう。すると閣下は、その少年を囲むようにして俺の手を取り、一緒に歌いだした。
    「っ、閣下、」
    「ほら、茨も」
       ―― よあけの ばんに ――
     少年と、閣下と俺の歌声が重なる。少年の声が、何処か嬉しそうに色を持ったように聞こえた。閣下も俺も、こんな子供の遊びなんてやったことがなかったけれど、何となく、この少年も同じなんじゃないかと思った。どうしてか胸が苦しくなって、嬉しくて、暖かくて。俺は声が震えるのを抑えるのに必死だった。
       ―― うしろのしょうめん だあれ ――
     少年が振り向く。今まで見た光の無い目とは違い、嬉々と輝いている。

    「 はじめて、ぼくと、あそんでくれた 」

     閣下が少年の頭を撫でた。不思議そうに見上げた少年に、もう不気味さは感じられなくなっている。
    「……ごめんね。鬼は変わってあげられないけれど、私たちは君と一緒に歌うことはできるから」
     少年が笑う。少年の感情が、そのまま俺の心の中に流れてくるようだった。

    「 ううん、もう、だいじょうぶだよ。 ぼく、ずっとひとりで、さみしかったから、いっしょに、おうたうたってくれて、うれしかった 」

     俺の顔を見上げた少年は、手を伸ばした。

    「 おにいちゃん、ぼくをみつけてくれて、ありがとう 」

     恐る恐る少年の手を取ると、辺りが光に包まれていく。少年の身体が、消えていく。
    「……どうやらもう、帰る時間のようですね。どうか……お気をつけて」
     目の前が真っ白になる。最後に見た少年の顔は、憑き物が落ちたように、穏やかな顔をしていた――

     眩しさを感じて目を覚ますと、カーテンの隙間から覗いた朝日が差していて、瞬きを数回。身体を起こそうとしたけれど、閣下の腕が後ろからガッチリ俺を閉じ込めていて身動きが取れなかった。久しぶりにぐっすり眠れた気がする。見ていたはずの夢の内容は所々曖昧だが、不思議と頭はスッキリしていた。
    「……茨、おはよう」
    「っ!」
     うなじにキスをされて、身体が跳ねる。
    「……おはようございます、閣下」
    「……よく眠れた?」
    「ええ、お陰様でぐっすりです」
     腕が解けたので身体を起こそうとすると、閣下に阻止されてしまう。
    「ねぇ、もう少しだけ」
    「……もう起きる時間なんですがね、」
    「……午前中の仕事は午後に回したんでしょう?」
     閣下のお陰でゆっくり眠れたのは事実であるし、ここで強く否定するのも後ろめたく思った。ああ、二度寝なんて怠惰ですね。
    「……仕方ありませんね」
     閣下の腕の中に戻り、向き合って手を繋ぐ。嬉しそうにした閣下がなんだか可愛くてため息をついた。
    「……とても不思議な体験だった。まさか本当に茨の夢の中に入れるなんて」
    「えっ……あれ本当に閣下だったんですか 自分の都合の良い夢かと……」
    「ふふ……私、何でもできちゃうから」
     調子に乗ってくつくつと笑う閣下。それが可笑しくて、俺もつられて笑ってしまう。本当に、閣下には敵わない。
    「……お手数お掛けしました、閣下。……感謝致します」
    「うん。どういたしまして」
    「もう、こんなことは二度と御免ですが……」
    「……!」
     閣下の胸に顔を埋め、思い切り息を吸い込む。
    「……閣下の腕の中で眠れるのは、悪くありませんね」
    「ふふ……かわいい、茨」
     恥ずかしくなって顔を上げられないでいると、閣下が布団の中へ潜ってきて、軽くキスをされる。目が合うと、そのまま閣下は俺へと覆いかぶさって、更にキスを重ねた。
    「……どうする? 午後からの仕事」
    「……流石に今からは駄目ですよ」
    「んー……、それは残念」
     胸がドキドキして、治まるまで暫く時間がかかりそうだ。閣下は俺の頭を撫でるとゆっくりと身体を起こし、軽く伸びをした。
    「……でも、……今夜なら別に、かまいませんよ」
    「茨……」
     俺がぼそぼそ呟くと、閣下は振り返って俺と目線が合うように肘をつき、再び横になった。
    「ふふ……じゃあ今夜、また二人きりになれるのを楽しみにしているね」
     頬にキスを落とされ、俺は顔を隠すように布団と共に俯いた。ああ、どうか朝焼けに乗じて俺の顔が赤くなっていたことがバレていませんように。そう祈りながら、閣下の傍に居られる幸せを噛み締め、あと五分だけ、と、閣下との怠惰な時間を楽しむことを決めたのだった。

     後日。水面下で調べていたテーマパーク裏の放置された土地に、とある慰霊碑が見つかった。もう随分と長い間手付かずの状態で、関係者でも誰もその存在を知らないでいたらしい。特別に許可を貰って、俺と閣下はその慰霊碑を訪れた。鳥居こそなかったけれど、あの夢で見た鬱蒼とした木が生い茂る薄暗い場所にそれはあった。慰霊碑には『少年軍事施設』という文字が刻まれており、胸の奥を針で突かれたような気持ちになる。
    「……茨、」
     俺が動けないでいると、閣下に手を引かれ、一緒に花を手向けた。あの少年はこの慰霊碑に慰められた一人だったのだろうか。今はもう、誰もそれを知る由はない。
    「……そちらの方が、お仲間も多いでしょう。……どうか、安らかに」
     そう呟くと、何故か、胸が苦しくなった。俺が、そうなる必要なんてないはずなのに。振り向くと、閣下は穏やかな顔で微笑んでいて、俺と同じ気持ちなのか、目が合うと寛容に頷いた。
     同情や弔意ではなく、敬意を込めて――
    「敬礼!」
     空は突き抜けるような青色で、太陽は相変わらず燦々と輝いている。髪を撫でる南風はどこまでも優しく、遠くの蝉の声は、どこか楽しそうに歌っているように聞こえた。
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