さぶちゃん不良少年 違法マイクの被害者が厄介だと少年課の奴がわざわざ俺のところまで来た。少年課で保護した中学生だという。中坊の面倒なんかなんで俺が見ないといけないんだと思いながら少年課のドアを開ける。
「失礼します……」
部屋の中では少し高めの声の怒号が響いている。奥にいるらしく姿は見えない。
「あ、入間さん。すみませんお呼び立てしてしまって」
「いえ。随分気が立っているようですね」
「そうなんです。あくまで被害者なので保護者の方へ連絡しようと思ったのですが断固拒否どころかここから出せと大暴れでして」
「被害者が暴れているんですか」
「はい。マイクで応戦したようで」
「マイク?持っているんですね。めずらしい」
「ええ……」
話しながら奥へ進む。
「あの、この声……聞き覚えがあるような気がしますが」
「ええ。入間さんはご存知の方かもしれません」
聞こえてくる言葉はとてもいつもの彼からは出てこないような直接的でバカっぽ……いや、稚拙な言い回しが多いようだ。
「少し静かにしなさい!」
「うるせえババア‼︎早く帰らせろって言ってんだろ‼︎」
「おとなしく保護者の連絡先を教えなさい」
「だーかーらー保護者に連絡なんかいらねーんだよ!書類書いてやったんだからはやくこっから帰らせろ!」
ガンッと何かを蹴るような音がする。自分が思っている人物ならそんな事は人前でやる事はまずないと思うのだが……
「失礼します」
奥のブースへ入ると中には思った通りの人物、イケブクロの三男坊と俺よりずっと若い制服姿の女性警官。この子がババア呼ばわりされていたのかと思うと驚愕だ。三郎は俺を見るとめちゃくちゃメンチを切ってくる。
「?入間銃兎?あ、コイツ呼んだってことはもう帰っていいって事?コイツおれの保護者様と知り合いだしな」
一人称が変わっている。いつもとは違うベクトルの生意気さが全開だな。
「山田三郎くん。随分と態度が悪いですね。どうしたんですか」
「は?なんもねーわ」
俺の顔を見ても顔色ひとつ変えないどころかわざわざ目を見て煽り続けている。
「あの、違法マイクですよね?」
違和感しか感じない態度に女性警官に確認を取る。
「そうなんですか?あ、加害者の少年達の持ってたマイクは押収してあるので確認していただければ」
少年課の警察官にはピンと来ないようで、この違いに驚きもしないどころか、そこいらの少年たちとさして変わらないですよとでも言いたげだ。しかもマイクなんざ見ただけじゃどんな効果が出るのかわからないし、ラップを放った精神状態にも関係がある。
とにかく通常とは違うと判断できるのは署内で俺だけだ。
「では保護者と連絡を取ります。しばしお待ちいただいても」
一言言って退席し廊下で山田一郎に電話を掛ける。もちろん個人携帯から。
「もしもし入間です。お世話になってます。三郎くんなんですがこちらで少しの間お預かりしますね」
一郎は理由を聞いてきた。違法マイクで被害にあったといえば「自分が面倒見ます」と言ってくるに違いない。ここは『お付き合い』をご家族が了承していること利用して「おやおや、野暮ですね」と一言返す。
一郎は一瞬口をつぐみ「三郎の嫌がる事はしないでくださいよ」と念を押され電話を切られる。物分かりのいいお兄さんで助かる。大方今日は三郎がヨコハマにいる事も知っているのだろう。その後少年課に戻り
「私に面倒見ろと言って来ましたよ。やれやれ私も暇ではないんですけどね」
とできる限り面倒事を押し付けられたと主張しながら伝える。これでマイク被害者保護のためという大義名分のもと家でのんびり三郎と過ごす事ができる。
「おい!入間!早くここ出たいっつってんだろ!」
「書類だけ書かせて下さい」
「チッ‼︎早くしろよ!」
三郎のこんな口調は初めてだ。可愛い。うちのリーダー様も同じような口調だが可愛さが雲泥の差だなと思いながら提出書類を仕上げる。
「なあ、入間ぁ早くしてくれよぉ。もう腹減ってしょーがないんだけど!」
地団駄を踏むように周りに当たり散らしている。子供のような我儘もいつもなら聞けないので新鮮に思える。
「……終わりましたよ。あなたは私と一緒に行きますよ。着いてきて下さい。うちの課に事情を説明してこの書類を出してからでないと帰れませんよ」
「はあ?もうだいぶ待ってんだけど!飽きたし、もうおれ一人で帰るわ」
と、スタスタとドアに向かう。こっちの言う事は聞く耳持たない。勝手に帰られるのは後々面倒なのでとりあえず手首を掴む。
「⁈離せよ‼︎」
「もう少しですからおとなしくしていて下さいね」
と笑顔で掴んだ手に力を徐々に入れていく。最初は我慢していたがギリギリと手首を締めていくと「わかったから離せ‼︎」とぶんぶん手首を振って外そうとする。力を入れたりゆるめたりしながらも上司に書類を渡す間中ずっと拘束は解かない。隙あらば暴れようとする様を上司に見せつつ
「こんな状態ですから落ち着くまで私が面倒見ますよ」
とさも迷惑そうに上司に言うと「まあ、仕方ない」と受理された。
それにしてもこんな効果なんの役に立つんだか。そう思いつつヤンキー三郎を連れて署から出る。
「さて、これからどうしますかね」
「なんでもいいけど腹減ってんだよな。入間さんメシ連れてってよ」
署を出る少し前からおとなしくなった。よほど警察署が嫌だったんだろうか。暴れていない時は「さん」が付くらしい。いつもは呼び捨てなので今の方が若干丁寧なのもおかしい。
「なにがいいですか」
「そーだなー腹にたまりゃなんでもいいんだけど。せっかくのヨコハマだから中華か?」
「わかりました。では行きましょう」
記憶やら本人の意識の所在がわからない。マイクの影響で性格が変わっているだけなら呼び捨てのまま態度が悪くなりそうなものだ。言動に違和感を感じる。少し厄介な作用があるのだろうか。
「三郎くん、ご飯を食べたらどうします?」
「は?帰るわ」
「どこへ?」
「だからブクロだろ。兄貴達待ってるし」
そこはしっかり覚えているのか。これに関しては記憶というよりDNAに組み込まれているのかもしれない。
「お兄さんから頼まれて私がお世話する事になってますので帰るのは私の家ですよ」
「は?なんでだ?」
「お兄さんにも事情があるんでしょう。頼まれた以上責任持って面倒見ますよ」
「ま、わかんねーけど世話んなるわ」
頭の悪そうな答えをされるものの受け答えが普通すぎる。機嫌の問題といえばそれまでだがどうにも腑に落ちない。それでも三郎のいいようにするかととりあえず行きつけの中華料理店へ。三郎は腹ふくれりゃなんでもいいと言ってメニューは俺任せだ。それはいいが、出て来たものを食べている時はいつものように綺麗に食べている。食べながら話をしたりする事もなかった。素行の悪い少年たちは思いついた事を思いついたまま口から出る傾向があるし、それは食事中でも例外ではない。署内ではそんな振舞いをしていたのに今、それが全くない。なにかが引っかかる。
「なんだよ。なんでこっち見てんだよ」
と睨みつけて来た。
「いえ、お腹空いてたんですね。黙々と食べているので」
「そりゃそうだろ。バトルしてサツに連れてかれて家にも帰してもらえねーんだからな」
「ふむ。そうですね。でも仕方ありませんよね。今のあなたは悪い子なので一郎くんがびっくりしてしまいますから」
「ケッ!悪い子ってなんだよ。普通だろ。だいたいそんな事でいち兄はびっくりなんかしねーよ」
一郎の名前を出せば少しは動揺して絶対噛み付いてくると思ったのに案外冷静に返された。違和感の正体が確信に変わる。とにかく食事を済ませて家路に急ぐ。外にいては面白そうな事はなにも出来ない。
俺の家に入ると「へー。サツってこんなとこ住めんのか」と言っていた。
さて本題に入るか。
「三郎」
「は?なんで呼び捨てなんだよ!」
「あなたは私の恋人だからですよ。当たり前じゃないですか。まさか忘れているわけではないでしょう」
「は?頭湧いてんのか?」
「そんなわけないでしょう」
ジリジリと三郎を壁に追い詰める。
「ふっざけんな‼︎」
しゃがんで逃げようとしたところに足を出して引っ掛ければ三郎が体制を崩して倒れる。そのまま馬乗りになって「逃げられるわけねーだろ。お前は俺のオンナなんだからな」とわざと下卑た言い方をして髪を掴んで頭を上げさせる。嫌がって首を振ろうとするがそのまま押さえつけ唇を奪う。三郎の好きなところを刺激しながら少し長くキスをする。最初は抵抗していたもののキスの下手な三郎は俺の舌に翻弄され唇を離せば少しポーッとした顔に変わっていた。
「な、な、何するんだよ‼︎」
「いつまでお兄ちゃんの真似をしてるんですか」
「はあ?真似じゃねーし‼︎おれはおれだし!」
「はあ、そうですか。ではこのまま続けましょう。ヤンキーはエロ好きって相場が決まってますからね。やる事なけりゃヤる人種ですから」
「はあ?そんなの偏見だろ‼︎二郎だって童貞だし‼︎」
「どうだかわからないでしょう?そんなのあなたが思っているだけで外では入れ食いかもしれませんよ」
「うるせぇ‼︎えっちなことはしないー‼︎」
「おやおやえっちなんて可愛い言葉を使うんですね。ヤンキーなんだからセックスってはっきり言ったらどうですか」
「はあ???」
「セックスなんて遊びでもするでしょう。快楽を貪る楽しい遊びですよ」
「え……そう……なの?」
三郎の動きが止まる。やっぱりこの手の話題には弱いな、こいつ。
「はい、ゲームオーバーです。あなたいつから戻ってました?」
「な、なに言って……」
「刑事の目を誤魔化せるとでも?」
「…………気づいたら手首、掴まれて連行されてた」
「マイクくらってからの行動記憶は?」
「……全部あるよ」
三郎は俯く。罪悪感と羞恥が心中を襲っているのだろう。
「お兄ちゃんの真似、してたんですよね」
「……違う。急に変わったら変、だから……」
「だから二郎くんの真似、してたんですよね」
「真似じゃない!参考にしただけ‼︎」
「どっちでもいいですよ。それよりマイク相手のケンカなんて何でもかんでも買うんじゃない。何度言ったらわかるんだ」
「無視してたのに勝手に向こうがやって来ただけだし」
「いつも同じ理由ですね。 」
「だっていつも一緒なんだもん」
「『だって』は無しなんでしょう」
「……」
「まあ、今回は大した事なくてよかった。私も保護観察の名目であなたと過ごせますしね」
「……あの、セッ……なんて遊びでも……って」
「ああ。一般論ですけどね。君がしょっ引かれた課の担当していた時よく少年達が言ってましたよ」
三郎の二色の瞳が揺れる。身体を開く行為を遊びではできない事は俺だって重々承知だ。俺だってセックスは愛あってこその行為だと三郎に出会ってからは強く思う。
「俺は遊びではできないけどな」
そう伝えると三郎はホッとしたような顔をする。真面目だからというよりは心も体も開け渡す行為を無関心な誰かとはしたくもないしできないのだろう。しかも普段とは全く違う姿を晒すのだから繊細な三郎には勇気のいる行為だと思う。
「まあ、一郎にも許可もらってるからゆっくり過ごそうな」
マイクの影響は無さそうだが、自身の精神は結構ズタボロだろうからと三郎に声をかければ
「僕は銃兎のオンナじゃなくて『彼氏様』だからね!そこはちゃんと訂正させてよね‼︎」
ととぼけた事を言ってきた。
随分と可愛い『彼氏様宣言』をいただいたところで
「抱き潰そう」
と心に決めたのは言うまでもない。