【銃三】一緒にtrick or treat 萬屋ヤマダはなんでも屋だ。依頼が来れば出来ることは全てやるくらいの気概でいる。ただ家族経営なので弟達を巻き込んでの依頼に関しては本人達の意向も聞くようにしていて、経営者兼長男の山田一郎は依頼の吟味には慎重だ。
(お!新しいメール来てる)
萬屋ヤマダのPCに依頼のメールが届いた。
幼稚園からの依頼。内容は園でハロウィーンをやるので仮装をして欲しいという。オバケを怖がって夜眠れなくなる子供達も多いので子供達の好きな童話の登場人物をやって欲しいと書いてある。
(童話の登場人物?俺はあんまりわかんねぇな)
「二郎、三郎。依頼だ。幼稚園から。内容見てくれ」
一郎は二人の弟達に声を掛ける。この依頼内容なら多分問題はない。それに子供達の笑顔はみんなで見たい。
「へー。ハロウィンなのにオバケじゃないんだ。やっぱオバケはやだよな」
「高校生にもなって幼稚園児と一緒の感覚かよ。でも子供達が好きなキャラっていうのはいいですね」
「じゃ、やるって言っていいか?」
「うん!」
「もちろんです」
子供達を笑顔にするのは山田家にとって恩返しみたいな側面がありライフワークみたいなものだ。仮装に関しては何が来るかわからないけれど子供達が喜んでもらいたい。
…………
「?また慈善事業か?」
ここは火貂組の組長の部屋。お気に入りの若頭は何かあると必ず呼ばれてしまう。
「違うぞ。可愛い孫娘のお願いだからな」
火貂退紅には孫娘がいる。まだ幼くとても可愛らしく「じいじちゃま」と退紅を呼ぶ。そして退紅同様孫娘にも左馬刻はお気に入りで「さま」と呼ばれている。
「幼稚園でハロインをやるから「さま」にお手伝いしてほしいそうだ」
「お手伝いだあ?何すんだよ、そりゃ」
「ワシは何するのか知らん。姫に聞いてくれ」
退紅は孫娘のことを「姫」と呼ぶ。まあ目に入れても痛くないくらい溺愛しているのでわからなくもない。
「そんで、そのお姫様はどこにいるんだ」
「姫は庭にでもいるだろ。まあ、お前に拒否権は無えがな」
「姫様のお願いならなんでも聞いてやるよ。オヤジみたいに無理難題は言ってこねぇしな」
小さなお姫様は左馬刻にとっても可愛い存在だ。自分に懐いてなんでも話をしてくれる様はまるで小さな頃の合歓のようで一緒にいるだけで絆されてしまう。
「姫様」
孫娘は庭で庭師と花に水をあげている。左馬刻は小さな頭の上から声を掛ける。孫娘は突然暗くなったのと同時に大好きな声が降ってきたので持っていた小さな可愛い如雨露を置いて見上げる。
「あ!さま!今日はじいじちゃまにご用事?」
「いや、今日は姫様ですよ」
左馬刻は小さなお姫様の目線に合わせてしゃがみこむ。
「私?」
「幼稚園でお手伝いをして欲しいと聞きました。」
「!そうなの!さま、お友達と一緒にプリンセスになって欲しいの‼︎」
(は?プリンセス?)
「幼稚園でね、ハロウィーンをするの。私もプリンセスするからさまも一緒にやりましょう!お友達もご一緒してもらったら嬉しい‼︎」
(一緒にプリンセス?王子ならわかるが何故プリンセスなんだ)
「私のお友達もプリンセスするのよ。さまは大人のプリンセスよ。素敵でしょ!」
「王子はいらないのか?」
「なんで?プリンセスの方が可愛いもの。それに王子様は先生なのよ。さまはプリンセスの方が可愛いと思わないの?」
可愛さを問われればプリンセスなのだろうが、合歓がお姫様ごっこをする時は「お兄ちゃんは王子様ね」と言われてやらされていたので違和感はある。しかし「姫」の言う事は絶対なので反論は出来ない。
「お友達にも声かけてみます」
にこやかに笑いかけると嬉しかったのか左馬刻にギュッと抱きつく。そして「ノーって言わせちゃダメよ」と耳元で低い声で囁く。流石小さくてもこの家の孫娘だ。
「っす」
「ダメよさま!かしこまりましたでしょー!もー!何回言ってもダメね、さまは」
夢見るお姫様からのダメ出し。さっきのドスの効いたお願いからは想像もつかない。合歓もよくお姫様になったり魔法少女になったりしていたなと懐かしく思う。自分のポジションがその時によって変わるから全く対応できずによく怒られていた。左馬刻には女の子の心の機微がいまいちわからない。
「先生がね、お歌歌ってくれるお兄さん達も来てくれるって言ってたの。ハロウィーン楽しみ。さまもお友達とお歌歌ってね」
「先生がいいって言ったらな」
「約束よ!」
指きりさせられ契約が交わされた。
「はあ。ハロウィーンですか」
「左馬刻がそんな事を言ってくるのは珍しいな」
早速お友達を家に招いた。小さなお姫様のかわいいお願いを遂行するためだ。
「仕方ねぇだろ。姫の頼みだからな」
「ああ。火貂退紅の孫娘か。それなら仕方ないな」
銃兎は孫娘と面識がある。火貂退紅が溺愛していることも知っている。打算的だが恩は売っておいて損はないと銃兎は要求を飲む事にする。仮装をするといっても所詮子供を喜ばせるだけだから大した扮装はさせられないと踏んだからだ。
「姫はプリンセスをご所望だからな」
「む。プリンセスだと?」
「それは左馬刻が着るんだろ?」
左馬刻の一言に理鶯は顔を顰める。銃兎は自分の身に女装が降って湧くと思わなかったので思ったままを口にしたのに「全員だ」という左馬刻の言葉に銃兎は間髪入れずに「私は今回の件は降ります」と言い出した。
「ダメに決まってんだろ。三人でプリンセスだ」
大男三人がドレス姿で現れたらそれはホラーだ。ハロウィーンには丁度いいかもしれないが子供は泣くんじゃないかと銃兎は思う。
「左馬刻。姫は全員が同じ格好をしろと言ったのか」
理鶯がもう一度問う。
「どうだったかなあ。プリンセスって言われただけだからな」
「流石に不気味すぎるでしょう。しかも保護者として仮装するのはあなただけで充分でしょう。私も理鶯も仮装をする必要はないのでは?」
「俺様だけ仮装なんてするわけねーだろ」
「理鶯の着られるドレスなんてあるんですか?」
「……ねえな。乱数に言って作ってもらうか」
こんな事に巻き込まれてやるわけないだろうと思ったが、飴村乱数なら面白がってやるかもしれない。なんで左馬刻の知り合いはおかしな奴が多いんだと銃兎は頭を抱える。
「小官はドレスを着たくはないな」
「そんなの俺様だって着たくねぇわ」
「姫君と約束してきたのはあなたでしょう、左馬刻。百歩譲ってあなたは保護者だとしても我々が行く事自体許可されているのかもわからない。子供の戯言かもしれませんからね。ちゃんと裏を取ってください」
「裏だあ?」
「幼稚園に確認を取ってください。突然我々が行ってもご迷惑かもしれないでしょう」
「?お前がやれや」
「なんで俺がやるんだ。お前が頼まれて来たんだろ。責任くらい持て」
「めんどくせぇ」
「面倒事を持ってきたのはお前だろ!」
「だーかーらー俺様がやりてぇわけじゃねー。んな事くらいテメェがやれ」
結局面倒な手続きは全て銃兎に回ってくる。というか心配性故に手続きを踏んで了承を得る事を提案したりするのがチーム内で銃兎だけだからだ。左馬刻はもちろん理鶯も後先考えず無鉄砲に突っ込んでいくことに抵抗がまるでない。
このまま押し問答していても埒もあかないし、ヤクザが幼稚園に押しかけて迷惑をかけるわけにもいかないので「わかりました。私が確認を取りますよ」と折れてしまった。
やりとりを静かに見ていた理鶯が
「話は済んだな。二人ともだいぶ白熱していたから腹が減ったろう。左馬刻、キッチンを借りる」
とリビングを出た数十分後香ばしいスパイスの香りと共に並べられたキャンプ地産素材の姿焼き…理鶯曰く豪華な料理を食すことになった。
次の日幼稚園に銃兎が確認の電話を入れると先生から「園長に確認してから折り返しでご連絡差し上げます」と言われ今は待っている状況だ。
待っている間溜まっていた書類整理をする。外に出てばかりで期限間近の書類が机の上に溢れている。
(俺ばっかりマイク絡みの事件に行かされるからこんなに溜まるんだよな、クソ!)
山積みになった書類を片付け始めペースを掴んだところでブーブーと携帯が鳴る。
(乗ってきた所だったのに。タイミング悪すぎだろ)
歯痒く思いながら画面を見ると珍しい人物からの電話だった。席から離れ人の来ない廊下の隅に移動する。
「はい、入間です」
「もしもし、銃兎さん?今平気ですか?」
山田三郎。先日告白を受け付き合い始めたので日は浅いが可愛い恋人だ。
「どうかしましたか」
「あの、来週の土曜日ってなにか予定ありますか」
「ちょっと待ってください、確認しますね」
手帳を開く。土曜日は左馬刻が言っていたハロウィーンの日だ。幼稚園からOKが出れば昼間はそちらに行かなければならない。
「そうですね、昼間は用事がありますけど……」
「あ、僕も昼間は依頼が入ってるんです。それで、その依頼がヨコハマなのでよかったらその、えっと……」
「夕方以降なら大丈夫ですよ。ご飯でも食べに行きますか?」
「え、あ、はい!」
声だけでも喜んでいるのがわかる。
「あ、えっと、じゃあ……」
「すみません。仕事中なのであまり長くは話していられないので。会えるのを楽しみにしてますよ」
「え!あ、ごめんなさい。切ります。あ、僕も楽しみにしてます。じゃ、さよなら」
ブチッと切れる。恋人との電話の最後にさよならはあんまりだなと思いつつ反応の初々しさについ顔が綻ぶ。そこに今度は幼稚園からの電話。
「はい、入間です」
電話は園長からでせっかくMTCで来てくれるなら衣装を園で用意するので子供達へのゲストとしてきて欲しいという。他にもゲストを呼んでいるのでその方と一緒に出てくれれば子供達が喜ぶからということだった。ヤクザの孫娘が通う幼稚園だけあって資金は潤沢だろうから子供向けのイベントにもゲストが来ることは納得だが、これで仮装をしなければならなくなってしまった。
こうなってはもう諦めるしかない。銃兎は先生達がまともな衣装を用意してくれる事を祈ることにした。
ハロウィーン当日。集合は八時。銃兎と理鶯には遅いくらいの集合時間だが左馬刻には苦痛のようで二人で左馬刻宅に迎えに行く。部屋のチャイムを押すがまだ寝ているのか何の返事もなかった。預かっている合鍵を使って部屋に入り、そのまま起こしに行った理鶯により防音の効いた左馬刻の寝室で起床ラッパが奏でられた。ドアを閉めていたので銃兎には聞こえなかったが、「ラッパはねえだろ!耳壊れるわ‼︎」とギャンギャン騒ぎながら寝室を出てきたので爽快な目覚めだったんだなと苦笑する。
「笑ってんじゃねぇぞ、ウサ公」
凄んで見せるが髪は寝癖でボサボサ、よれよれのTシャツ姿なので威厳もへったくれもない。
「わかったからシャワー浴びて来い。他のゲストも来るらしいからみっともない格好はできないぞ」
「チッ!」
舌打ちしてシャワーを浴びに行く。
「理鶯、あなたもし女装を求められたらどうします?」
「子供達が喜ぶなら仕方あるまい。小官は任務を遂行する」
「そんな大事ではないですけどね」
「銃兎は抵抗がありそうだな」
「そりゃそうでしょう。人生の汚点になることは間違いないのでどうにか回避したいですね」
「そうだな」
左馬刻がシャワーを浴び終わりコーヒーを淹れ出しそうになったので「時間がない!早くしろ!」と急かす。「左馬刻は銃兎の子供のようだな」と理鶯が笑っていた。
…………
幼稚園には約束の時間より少し早く着いてしまったが先生は快く迎えてくれた。
「ではこちらの控室をお使いください。あと、このくじを引いていただいていいですか」
可愛い折り紙で作られた手作り三角くじだ。三枚の中からそれぞれ一枚ずつ選ぶ。
「では開いてください。衣装をお渡ししますね」
渡されて最初に開いたのは二郎。
「お!ピーターパンだ!ピーターパンってどんなんだっけ?」
「大人にならない少年だろ。成長しないお前にピッタリだよ」
「なんだよその言い方。お前はなんだよ」
急かされて開く。三郎はガクンと肩を落とす。
「なんだよ」
「……アリス」
「ありす?」
「お前ほんとになんっにも知らないんだな。不思議の国のアリスの主人公の女の子だよ!」
「知らねーなあ。……てまた女装か。夏もやってたし。まあ、ガリガリのちびだしな」
「ガリガリでもチビでもない‼︎」
「にいちゃんは?」
「いち兄は王子様とかですか?」
「俺?俺は…ん?雪の国の姫(妹)って書いてあるな。姫ってことは俺も女装だな」
一郎は女装に抵抗がないのか淡々と言う。さっきまでギャンギャン騒いでいた三郎もいち兄と一緒ならとなんとなく静かになる。
「決まりましたね。ではこちらに着替えて下さい。不具合あったら呼んでくださいね」
着替えを始める。唯一男子衣装の二郎はご機嫌だ。
「あーこの緑の見たことあんな。空飛んでるやつだよな」
「そうだよ」
着替えを始めた三郎はまた機嫌が悪くなる。アリスの衣装はスカートが短い。スースーして気持ち悪いし、袖にも裾にもついているヒラヒラが落ち着かない。
(なんで普段着にエプロンしてんだ?白のタイツ……あーもー嫌だ)
「お!さぶちゃん可愛いな。なあ、二郎後ろチャック上げてくんねーか。届かねえ」
一郎は普通に着替えている。
「にいちゃん女装嫌じゃないの?」
二郎はイライラしている三郎と対照的な一郎の様子を見て一郎に問う。
「まあ、嫌じゃないわけじゃないけど、これを子供達が好きなんだろ?だったらこれで喜んでもらえるって思えば別に大したことじゃねえな。ただなんで妹なんだろうな?妹だけ人気あんのかな」
「その衣装だと姉妹で人気のプリンセスですね。姉は先生がやるんでしょうか」
一郎の言葉に目から鱗が落ちたのか三郎の機嫌が少し戻る。
「三郎よく知ってんな」
「学校でも流行りましたからね、その姉妹」
「流石にこれはオレでも知ってるぜ。カラオケでよく歌ったしな。でもそんな服だったっけ?」
「結局知らないんだろ」
「うるせ!」
「こら!ケンカすんなって!」
幼稚園児並みの諍いがまた始まる。
…………
なんとか時間通りに到着できたのはMTCの面々だ。先生から「こちらのお部屋でお支度をお願いします。他のゲストさんはもういらしてるので早めにお着替えしていただけると助かります。あ、これ引いてください」
三枚の手作りの三角くじをトランプのババ抜きのように持っている。
「俺様はこれだな」
最初に左馬刻が先生の手から抜き取る。
「銃兎、どうする」
「私は最後でいいですよ。お好きな方をどうぞ」
「うむ」
理鶯が選ぶと残ったのを銃兎に先生が渡してくれた。
「開いていただけますか」
先生からの促しで三人はくじを開く。
「雪の国の姫(姉)?なんだこりゃ」
「フック船長。ああ、ピーターパンだな」
「白ウサギ?なんですか?」
「不思議の国のアリスだろう。懐中時計をもってアリスを導くウサギだな」
「理鶯よくご存知で」
「童話は子供の頃よく読んでもらっていた」
「理鶯の子供の頃って想像つかねぇな。そんでこの雪の国の姫さんはなんだ?」
「さあ?」
「ふむ。姉妹なのだろうな。姉と書いてあるのだから」
「そうですね。わかるのは左馬刻が姫になるって事ですね」
「は?」
「まあ、孫娘にプリンセスになる約束をしたのだからちょうどいいですね」
「チッ!……ま、仕方ねぇな。姫はこれで気が済むだろ」
先生はくじを回収して衣装を渡すと「ではお願いします」と言ってドアを閉めた。
「なあ、さっきから他のゲストって言ってっけどなんだ」
「ああ。なんか幼稚園側で盛り上げるために呼んでいるようです。我々も一緒に盛り上げて欲しいとおっしゃってましたよ」
「おっしゃってましたよじゃねえだろ。なんも聞いてねぇぞ」
「特に言う必要もないでしょう。どっちにしろ来なきゃ行けなかったんですから。誰が来るのか知りませんがおとなしくしててくださいよ」
「?」
「子供達の前だ。いくら左馬刻でも暴れたりはしないだろう」
理鶯の一言に左馬刻は言葉を詰まらせる。
「さ!左馬刻は化粧もしないとだろ。早く済ませろ」
「あん?化粧なんか出来るわけねーだろ」
「仕方ありませんね。先生を呼びましょう」
他人を介入させて黙らせる作戦だ。理鶯もその方が早く準備が整うと踏んだのか銃兎に協力して先生を呼んで来てくれた。
着替えとメイクを済ませるとデカさはさておき割と綺麗めな姫君が出来上がった。
「さて、私達も着替えますか」
「そうだな」
左馬刻はブスッとしながら煙草を咥えソファにドレス姿で脚を組んで座っている。脚はスリットから丸見えだ。
「みっともないですね」
「いいんだよ!誰も見てねぇだろ」
控室にいる間は好きにしろと銃兎と理鶯は着替えを急ぐ。
「うむ。フックはどちらにつけるんだろうか」
「どちらでもいいんじゃないですか。ついてればフック船長だってわかるでしょう。懐中時計と耳、か……」
銃兎は身につけるのを躊躇う。仮装には抵抗がある。人生においてあまり突飛な格好をしたことが無い。
「耳ぐれぇどってことねぇだろ。変わるか?」
左馬刻がニヤニヤしている。変わるのは願い下げだ。耳のがマシだと思い耳の付いたカチューシャを頭に装着する。
「ウサちゃん本来の姿だな」
「うるさい!」
「似合っているぞ、銃兎」
海賊姿で理鶯は微笑んでいる。銃兎の衣装は丈の長いベストと蝶ネクタイしか渡されなかった。ネクタイを付け替えジャケットを脱いでベストに変えただけだ。
「手袋はどうしよう」
「そのままでいいんじゃね」
「いや、話の中で手袋を失くすから外した方がいい」
「理鶯……よく覚えてるんですね」
「記憶力はいい方だ」
「そういうことではないような……でもそれなら外しますか」
三人で試行錯誤だ。
…………
「そろそろ時間なのでお願いします」と先生に促される。仮装した園児が三人一組になって園内の各所でスタンプラリーをするということでそれぞれの担当の部屋へ案内される。MTCは最終地点の一つ前のポイントである音楽室に向かう。孫娘のグループが最終グループなので一緒に講堂に行くそうだ。要は孫娘に講堂までの案内係をしてもらうということらしい。
地図を持った園児達が次々と来てはスタンプを貰っていく。単純な作業だが、部屋に入ってくる子供達は仮装した三人を見て「フック船長!」「アリスのうさぎさん!」「お姫様キレイ!」ととても嬉しそうに感嘆の声をあげ、スタンプを押すだけなのに子供達に屈託のない笑顔で「ありがとう」と言われれば自然と心が穏やかになる。
可愛らしいプリンセスが三名到着する。
「スタンプおねがいします」とカードを出しニコッと微笑む。
「姫、どうだ」
綺麗な大人のプリンセスから知ってる声がして孫娘は目を見開く。
「さま⁉︎うそ!とても綺麗‼︎」
絶賛だがさして嬉しくもない言葉。それでもキラキラした目を向けられるのは悪くない。
「そちらはさまのお友達?フック船長と、うさぎさん……は会ったことある?」
「ごきげんよう、プリンセス。よく覚えていらっしゃいますね」
「じいじちゃまのところによく来てるおじちゃんよね」
おじちゃんという言葉に左馬刻が吹き出す。理鶯も苦笑している。たしかに幼稚園児からみたらそうかもしれないが、銃兎にはかなりのダメージだ。
「さすがプリンセスよく覚えてんな、おじちゃんのこと」
左馬刻は腹を抱えて笑いながら言うが
「さま、プリンセスが大きなおくちをあけて笑ってたらだめよ」
と幼稚園児に嗜められる。
「私がさまたちを講堂までご案内する係なの。行きましょう、さま」
スタンプカードを首にかけた小さなプリンセス達が大人たちを先導する。講堂の扉を開けると最後のスタンプがある。
「あそこのドアが講堂よ。ノックしたらドアが開くのよ。ね、みんな早く行こ!」
小さなプリンセス達は大人たちを置いて走って扉に向かう。最後のスタンプを早く貰いたくて講堂の扉をノックする。すると
「ハッピーハロウィーン‼︎最後までよく頑張ったね」
アリスとピーターパンが笑顔で講堂の扉を開きプリンセス達を出迎えた。
「「「ハッピーハロウィーン‼︎」」」
プリンセス三人がスタンプ台に走って行く。スタンプ台にはプリンセスが座っている。
「まあ!あなたもプリンセスなのね!ステキ‼︎」
子供達の後を少し遅れて講堂に到着した銃兎と左馬刻は唖然とする。
「ふむ。ゲストはイケブクロの子供達か」
理鶯だけは冷静で何事もなかったかのように講堂の中に入って行く。扉近くにいた三郎と銃兎の目が合う。お互いの格好を確認してお互い顔を真っ赤にする。
「お!軍人、海賊になってんのか。かっけーな」
「お前はピーターパンだな。よく似合っているが敵同士だ」
「そうなのか?」
「なんだ知らないのか」
「これがピーターパンなのは知ってるけど話は知らね」
理鶯と二郎は普通に話をしている。
(じ、銃兎さん……なんで…………)
三郎はショックで言葉が出てこない。
(僕、今、女の子の格好してるんだけど……銃兎さんはこれ、アリスのうさぎだよな…ペアってこと?それは嬉しい、けど……あー…だめだ……恥ずかしい…………)
(三郎のアリス可愛いな。女の子以上に似合うな。これは褒めるべきか。可愛いしな)
「随分可愛らしい格好ですね。お似合いですよ」
「へ?」
(え、僕バカにされてる?呆れられてる?)
せっかく初めて好きになった人にやっとの思いで告白してだいぶ頑張ってお付き合いができるようになったのにこれでもう終わりになるんじゃないかと不安になり泣きそうになる。
「どうしました。俯いてしまいましたね」
「さぶろー!こっち来いってー‼︎」
涙が出そうになるのを堪えていたら二郎に呼ばれ何も言わずに二郎の方に駆け寄る。
「ん?お前どした?どっかぶつけたのか?涙目だぞ」
「え、なんでもない。平気」
二郎のすっとぼけた質問に救われ涙は引っ込んだ。
「おい、一郎。何でこんなとこにいんだ」
左馬刻は園児達が怖がらないように静かに一郎を威圧する。
「それはこっちのセリフだ。俺は依頼でここに来てる」
「俺様は保護者だからな」
「保護者?子供いたのか⁉︎」
一郎はびっくりして大声を出す。近くの子供達が二人をパッと見る。
「バカ‼︎ちげぇわ。オヤジんとこの孫娘のお守りだ」
「そ、そうか」
「あの、すみません。そろそろ舞台でパフォーマンスをお願いしてもいいですか」
先生が一郎にお願いをする。静かに揉めている雰囲気を察してか申し訳なさそうに頭を下げている。
「すみません。ちょっと空気悪かったっすよね。今から盛り上げて行きますから大丈夫っすよ。な、左馬刻」
「左馬刻さんな。よし!いくか‼︎ぶち上がんぞ‼︎」
ビートが鳴りはじめれば全員全力のパフォーマンスを無意識にしだす。精神直結のヒプノシスマイクは攻撃ではなく精神を高揚させるカンフル剤になる。童話でペアになるキャラの絡みももちろんあったが、ステージの上では子供達の笑顔に個人の感情は無くなり、全力でキャラを演じていた。子供達も保護者も大盛り上がりでステージは最高に熱いものだった。
その後子供達と触れ合いながら遊んで過ごし、帰りには出口で一人ずつ「おうちで食べてね」とお菓子を渡した。
幼稚園のハロウィーンは大成功に終わった。
「では最後に記念のお写真を撮りましょう」
と園長先生からの申し出。
「しゃしーん!」
いつも通りの二郎はステージ後のテンションでノリノリだ。理鶯は通常通りのテンションに戻っている。一郎と左馬刻は1stバトルの頃に比べればお互いにあからさまな敵意を見せることはなく、お互い干渉しない。三郎と銃兎は顔にこそ出さないがだいぶギクシャクしている。
銃兎の方は三郎には伝えていないが付き合っている事をメンバーは知っている。だいぶ甘めの恋人同士と認識されているようだ。しかしこの一日で関係が変わるかもしれない。以前「いつもカチッとしててかっこいいですよね」と言われた事がある。こんなふざけた格好で会う日が来るとは思わず、幻滅されたらと思うと安易に損得だけで動くものではないと反省する。
(イヤだ……早く着替えたい……いや、着替えたってこの事実は消えないんだ。女装なんて見られると思わなかったし……どうしよう…………)
神童の頭の中はいつものような合理性は存在しない。ずっと同じ事をぐるぐると考えている。
「お話に出てくるペアで撮ってもいいかしら。子供達にゆっくり見せてあげたいの」
園長先生はにこにこしてカメラを構えている。何の抵抗もないピーターパンチームは先生の要望通りのポーズを取ったりしている。
(能天気でいいなあ、二郎。……写真とか拷問でしかない……)
三郎はボーッと二郎と理鶯の撮影風景を見つめている。
「さぶちゃん、元気ないなあ。どうかしたか?」
いつもと様子の違う三郎に一郎が声を掛ける。
「いち兄……すみません」
「写真、嫌か?」
「……大丈夫ですよ」
いつものようにニコッと笑う、が引き攣っていたのか「無理すんな」と三郎の頭をぽんぽんとする。
(子供達の笑顔のためっていち兄は言ってた。これは仕事だ。ちゃんとやろう)
「ほんとに大丈夫です」
今度は自然に笑顔が出た。
銃兎はずっと三郎の様子を見ていた。三郎も性格上自分同様この状況を楽しめるわけはない。似合っていてとても可愛らしいし、キャラのクオリティーも物凄く高いが、仮装自体は好きではないだろう。しかも俺に見られるなど想定外だったろうし。それでもステージに立てば人が変わったようにパフォーマンスに集中していた。バトルの時と比べて目を見張るほど成長もしていた。真面目に練習してるんだなと思ったし、本番の強さが尋常じゃない。ステージを降りればまた目を伏せていたが一郎と少し話しただけで笑顔が戻る。
(なんだ?一郎に頭を撫でられただけで目の色が変わった。表情も……クソッ!なんで俺じゃないんだ)
悔しさが心の内を支配する。
「じゃあアリスチームさん撮りましょう」
声が掛かり銃兎と三郎が被写体になる。
「銃兎さん、似合いますね」
「そんな事ないでしょう。あなたのアリスの方が可愛いですよ」
「可愛いって言われても嬉しくはないですけどね。女の子の格好だし」
「そうですか。私もですよ。うさぎの格好ですからね」
「……でもうさぎさんでもカッコいい、です」
銃兎が三郎をパッと見ると可愛いアリスが見上げながら頬を赤らめている。
先生から「少し顔を近づけてもらっていいですか?」とポージングの指示が飛ぶ。
「どんな格好でも三郎が全力で取り組む姿が私は大好きなんです」
頬を寄せた瞬間に耳元でこそっと伝える。写真を撮っているので顔を動かす事も体を離すこともできない。それでも三郎の顔は自然に綻んでしまった。
「アリスの可愛い笑顔が撮れましたよ。ありがとうございました。じゃ、次はプリンセスですね」
三郎の心臓はドキドキと鼓動が早くなる
(大好きって言ったよね。…あ、でも違う、僕の事じゃなくて姿勢の話だった。でも全力でやるのはいいんだ。頑張ろ)
(どさくさ紛れに好きだと伝えたけどちゃんと伝わっただろうか)
アリスチームの空気はふわっとしたが、次に呼ばれたプリンセス達からはガラの悪さが透けて見える。二人で立っているだけなのに圧を感じ「もう少し柔らかい笑顔にならないですか?」と言われる始末だ。左馬刻はそんな言葉も無視だが、一郎の方は「すんません」と先生に頭を下げてなるべく表情を作っていた。
写真撮影も終わり着替えて解散となった。
…………
この後会う約束をしている銃兎と三郎。三郎は兄達にあらかじめこの後ヨコハマで予定があると言ってあり二人は解散後三郎を園に残して帰っていった。一方MTCの方は「銃兎、早く車まわせ」と言っている左馬刻を筆頭にここから三人での行動を取るようだ。三郎は本当はこのまま帰りたいくらいなのでスマホを見つめなんとか断ろうと銃兎に送る文章を考えていた。
「何してるんですか。あなたも一緒に行きますよ」
銃兎が三郎の肩を軽く叩き、着いてくるように促す。断るタイミングを失い小さな溜息をついて銃兎の後に続く。着いて行った先は駐車場で左馬刻と理鶯は既に車の中で寛いでいるようだ。
「おん?それも一緒に来んのか」
「失礼ですよ、左馬刻」
三郎は身構える。付き合ってるって知られるのはまずいんじゃないかと助手席のドアの前で足が竦む。
「ああ、三郎。二人はあなたとの関係を知っているので安心してください」
「え?」
「仲間ですからね。利害のあるかもしれない相手と恋人になったんですから隠しておくのはフェアじゃないでしょう。わかった上でどうするかは各々に決めてもらおうと思いましてね。大丈夫、今のところ問題はありませんよ」
「おい、チビ。早く乗れよ。帰れねえだろぉが」
左馬刻が後部座席の窓を開けて文句を言ってくる。三郎がドアを見つめていると銃兎がドアを見兼ねて開ける。
「うちのリーダー、気が短いのでとりあえずどうぞ」
と促され中へ入る。三郎が座った途端座席の背もたれをドンッと蹴られ「遅え!」と言われる。それを見て理鶯が「左馬刻、やめろ。すまないな少年」と謝る。
「やれやれ。中学生よりお子ちゃまなヤクザなんて勘弁してくださいよ」
「なんだと!やんのかこのクソうさぎ‼︎」
「静かにしろ。こんな狭い所で喚くな」
三郎はうちと同じようなやり取りをしているMTCに唖然とする。外から見ていたら怖い大人の集団だ。こんな子供っぽいやり取りをしているなんて想像もつかなかった。
「左馬刻、煙草吸うなよ」
「はあ?」
「無論だろう。未成年を乗せているのだからな」
「チッ‼︎」
なんというかどうやら三郎がいる事は問題ないらしい。
「なあ、チビ」
「……なに」
「本当に付き合ってんのか?誑かしじゃねえのか?」
「え?」
「左馬刻!」
不躾な質問に銃兎が声を荒げる。三郎の告白を何度か断ったのは銃兎の方だ。
「お前には関係ないだろ。そんなの僕と入間さんだけが知ってればいい。迷惑はかけないよ」
「左馬刻、大人気ないぞ。銃兎から話は聞いただろう」
「うるせえ!」
「すまない少年。左馬刻は心配なだけだ」
「わかってるよ。歳の差もあるし、世間的な立場もあるから。それは入間さんからも散々聞かされた。それでも僕諦められなかっ……」
左馬刻の挑発に三郎が居た堪れなくなり言葉を発し始めると銃兎は三郎の口の前に手のひらを翳し言葉を遮る仕草をする。
「三郎、話す必要ないですよ。左馬刻、もう事務所に着くんでこの話は終わりです。理鶯はどこで降りますか」
「小官はこれから左馬刻と飲みに行く。一緒に降りるから大丈夫だ」
「そうですか」
ほどなくして小さな雑居ビルの前に停車する。後部座席の二人は車から降りる。左馬刻がドアを開け降りる間際に「おいチビ」と言うので三郎が振り向くと小さなお菓子の包みを持っている。
「ほら。」
「あ、ありがとう」
三郎は包みを受け取る。幼稚園で配っていたものとは別の物だ。
「チッ!早く降りろ」
左馬刻の思わぬ行動に銃兎は嫉妬で低い声を出す。
「うるせえな。菓子ぐらいでそんなに睨んでんじゃねえよ」
「左馬刻、早くしろ。往来の邪魔になる」
「あーもーどいつもこいつも!」
「ではな、少年。ハッピーハロウィーン」
「あ、うん。ハッピーハロウィーン。左馬刻、ありがとう」
三郎が二人の後ろ姿を車の中から見届けていると三郎の手からお菓子の包みを銃兎が取り上げる。
「まったく。これは私がもらいます。あなたにはこちらを差し上げますね。ハッピーハロウィーン」
とポケットに入っていたキャンディのように包まれたチョコレートの包みを開いて三郎の口の前に出し「はい、あーん」と言われて三郎は反射的に口を開けてしまいそのままチョコレートの甘さが口の中に広がる。
「美味しい」
「そうですか。ではトリックオアトリート」
銃兎が三郎に向かって手を出す。
「え?」
「おや、ハロウィーンなのにお菓子を持ってないんですか?」
「全部あげちゃってもうない、です」
「では、イタズラを受けてもらいましょうね」
そう言うと三郎の目の前に銃兎の整った顔がアップになる。三郎はびっくりして目をギュッと閉じてしまう。フニっと柔らかい感触が三郎の唇に重なりチュッと小さな音が響いてキスされている事を認識する。気配が消えて少ししてからおそるおそる目を開けて隣を見ると銃兎が微笑みながらハンドルに頬杖をついて三郎を見つめていた。
「え、あ、の……」
ずっと見られていたのかと思い顔がボッと熱くなる。
「ふふ、ちょっとこのチョコは甘すぎましたね。おや、真っ赤ですけどファーストキスですか?」
「は…い……」
聞かれて素直に答えてしまい経験値の低さに恥ずかしくなり俯く。
「チームメイトにも認めてもらいましたし、もう手放せないかもしれませんよ。私はあなたのお兄さん達に殺されるかもしれませんね」
「僕のことは僕が決めるし、決めた事はちゃんといち兄には認めてもらうから大丈夫です」
「おや、もう一人のお兄さんは……」
「二郎は別に大丈夫です。何も言わせないんで」
「今日は疲れたのでゆっくり私の家でデリバリーでも取りましょう」
「え?」
言い終わった時には既に車は銃兎の住むマンションの駐車場のエントランスを潜っていた。初めて恋人の家に招かれる事になって三郎はドキドキしている。銃兎の方も恋人を自宅に招くのは人生で初めてだ。お互い余裕がなく口数が減り緊張感が増すが大人の余裕を少しでも見せようと銃兎は助手席のドアを開け三郎の手を取りエスコートしようとすれば「銃兎さん、それはさすがに恥ずかしい」と赤く染まった頬と困ったような笑顔を浮かべていた。
少し空気が和らぐ。
マンションの廊下を並んで歩く。初々しく甘酸っぱい空気が二人を包みこんでいた。
少しオトナの時間が始まる
…………
このあと三郎のアリス姿の写真を銃兎がこっそり保存してあったのがバレますが、それはまたのお話で。