テスト期間 中学生は忙しい。新学期が始まって体育大会、校内合唱コンクールに文化祭。あとは校外学習、職場体験、修学旅行。それに定期テスト。毎月何かしら時間の制約があって放課後も忙しい。
来週からは定期テストの期間に入る。テスト期間は高校もほぼ一緒。家ではテスト期間は僕と二郎への依頼は一切受けなくなる。いち兄の配慮だ。もちろんその時間を勉強に充てるということなんだけど、正直僕には必要ない。いつも通りの生活でテストなんて楽勝だ。だけどせっかくのいち兄の優しさを無碍にすることはできない。この期間はおとなしく家にいて部屋に篭っている。
「来週は来れないから」
ほぼ毎週のように会っている恋人の入間銃兎に先週遊びに行った帰りがけに告げた。
「なにかあるんですか」
「中間テスト」
銃兎が首を傾げる。
「テストくらいで?」
それは僕もそう思う。いつも通り過ごしても僕自身なんの問題もない。でも、
「家族の決まり、みたいなもんで……」
「そうか。ま、頑張れよ」
頑張る必要もないんだけど。その日はそれで別れた。
テスト前と言ったからか単に忙しいのかなんの連絡も銃兎から来なくなった。あれから一週間。テスト範囲の勉強は飽きるほどやったし、教師の出題分析まで終わらせてある。テストまであと三日という最後の週末。こっちから言った手前ちょっとメールもしづらい。じっとスマホの画面を見てしまう。
「なあ、三郎」
突然ガチャっと部屋のドアが開く。持っていたスマホを机に伏せて
「なに?ノックしろって何回言ったらわかるんだよ」
「おお、悪りぃ。お前、数学のさ……どした?」
僕が椅子を回して二郎の方を向いたら急に「どうした」と聞かれこっちがどうしたのか聞きたい。
「なんか、落ち込んでんのか?あ、わかんねぇ問題か?教えてやろうか、お兄様が!」
二郎にできて僕に出来ない問題なんか存在しないだろ。
「……何しにきたんだよ」
「ああ、オレの数学の参考書知らね?」
「参考書?持ってんの?」
「持ってるわ!」
「なに、どれがわかんないの?」
「は?これ、高二の数学だぞ、中坊のお前がわかるわけないだろ」
「いいから見せろよ」
二郎は渋々問題を見せてくれた。どう見ても中学レベルの簡単な証明問題なんだけど。
「いい、二郎、これは…………」
説明しながら解いていく。二郎は真剣な顔をしながら僕の説明を聞いている。一問軽く一緒に解いて次の問題を二郎が一人で解いていく。ブツブツと僕の説明していたことを繰り返しながら簡単な一問を時間をかけて解いている。
「おー!できた!これでいいのか?」
大喜びしてるけど、それめちゃめちゃ簡単な初歩問題だからね、大丈夫?と思いながら「うん」と答えた。
「ほんとに数学得意なんだな、お前。すげぇな」
「まあ、好きだからね。解が必ずあるし」
「カイ?」
「答えの事だよ!」
「お、おう」
「そんで、お前はなんでそんな浮かない顔してんの?」
「え?」
「なんだクソポリとケンカでもしたのか?」
「喧嘩なんかしない」
「今日も遊びに行くんだと思ってたのにウチにいるし」
「え?」
「ここんとこ休みいっつも出掛けてたの、アイツんとこだろ?」
平然と言ってくる。
「お前、にいちゃんにもテスト前でも依頼くらい出来ますって前言ってたから今日も普通に行くんだと思ってた。アイツ忙しいのか?」
「そ、うだっけ?」
「あ?なにが?」
「僕、いち兄にそんな事言った?」
「あ、そっち?まだ一緒に住み始めたくらいんときな。そん時はにいちゃん、お前まだ一人でこなせる仕事がなかったし、勉強も仕事のうちとかなんとか言ってたな。オレもできるって言ったらオレには結構キツめにお前は勉強に専念しろって言われたんだよ。ま、オレ勉強しに行くって遊びに行ったりしてたけどな。覚えてねぇの?」
「うん」
「なんだよ、遊びに行っちゃいけないとか思ってたのかよ。まあ、お前友達いねぇからな。にいちゃんはオレらの依頼はテスト期間は入れないけど、ウチにいろって事じゃないと思うぞ。特に今は単なる習慣で仕事切ってるんじゃないか?オレだって試合あったら行くし、友達と会ったりもするしな」
「いや、お前は勉強しろよ」
なんとなくずっと決まりだと思ってた。悔しいけどたしかに遊びに行くような友達もいなかったし、遊びに行く概念すら持ち合わせてなかった。いつもテスト期間はご飯の時以外部屋から出てなかったから二郎が好き勝手やってた事も知らなかったし。
「にいちゃんに出掛けるって言ってみ。おう!しか言わねぇから」
「う、うん……」
「別にいい子ちゃんでいなくてももうにいちゃんは怒んねぇよ」
「……」
そんなつもりはなかったんだけど。でも今更行くってのもカッコ悪いし。
机の上でブーッとスマホの震える音がする。
「ん?」
二郎が机の方を見る。僕もクルッと椅子を回してスマホを手に取り画面を見る。
お茶の時間ですね。イケブクロにいますけど一緒に如何ですか。
と堅苦しい文面。思わずプッと吹いてしまった。
「どした?」
「ん?なんでもない」
きっと最大限の遠慮をしての文なんだろうなと思いながらパパッと返信する。
「ちょっと出てくるよ」
僕を見てちょっとびっくりした顔をしながら「おう。気をつけてな」と二郎はひらひらと手を振る。
「いち兄!ちょっと出掛けてきます。」
「お、おう。なんかいいことあったのか?」
「え?」
「いや、気をつけてな」
「はい!」
靴を履いて外に出る。
三年目にして初めてのちょっとした革命。
…………
「三郎、どうしたんだ?随分機嫌良さそうな声してたけど」
「デート、じゃないかな」(めっちゃ嬉しそうな顔してたし。)
「へー。テスト前なのに余裕だな」
「そうだね。あ、オレの、メールか……」
二郎はスマホの画面を見ている。
「まあ、三郎は大丈夫か」
「……にいちゃん、あの………」
「お前はダメだ。前回赤点だったんだから今回は死ぬ気で勉強しろ。な、二郎」
「はい」
こっちはいつも通り。