呼び方 入間銃兎と付き合うことになった。
経緯はさておき結果、そうなったのだが僕はお付き合いは初めての経験だ。うちにある漫画もラノベもアニメも恋愛が絡んだものはなんか頭ん中死んでんじゃないのかと思ってしまうほど甘くほんわかしたものばかり。兄達の趣味故に文句も言えないが僕がそんな頭の中空っぽな言動も行動も出来るわけはなく、何の参考にもならなかった。
あざとく取り入ることは得意だが、それは僕の本質を知らない人間にしか通用しない。それに初対面から最悪な態度を取り続けていた僕がかわいこぶったところで今更だろう。
「なんて呼んだらいいんだろ」
目下の悩みはこれ。「入間さん」「銃兎さん」「入間」……はさすがにダメだよな。
年下の僕が恋人として呼ぶのはどれもなんかしっくりこなくて。
「入間銃兎」とフルネームで呼んだ覚えはあるけどあくまで敵としての認識だし距離も遠くて赤の他人だったから僕だって何の意識もしてなかった。
しかも今まで敵意剥き出しで吐いてきた暴言の数々のせいで今更「さん」付けて呼ぶとか……恥ずかしいが過ぎる。
いち兄は「入間さん」て呼んでる。でもこれ、距離があるからな気がする。仲の良い飴村乱数のことは結構年上だけど呼び捨てにしてる。二郎は誰にでも馴れ馴れしすぎるから誰でも呼び捨てで参考にもならないし。
ヨコハマの奴らは「銃兎」って呼んでるよな。とはいえあの人達も変わってるからそもそも誰に対しても「さん」付けて呼んでる事すら想像できないし。
周りが誰も参考にならない。
なんでこうなった?
そもそも付き合うってなに?了承しちゃったけど。「入間銃兎」は僕に何をして欲しいんだ。やっぱ恋人だし……えっちかなあ。それも自信ないし、恋愛ものの男達みたいにかっこよくできるかわからないし。
いやいやそれはまだまだ先の事だろう。
当面なにしたらいいんだ、僕。
あ、電話
「もしもし」
「珍しくすぐ出たな」
「あー部屋にいたから。い、るまさん……」
とりあえずいち兄と同じ呼び方にしてみた。
「どうした、歯切れ悪いな。なあ、三郎」
あ、コイツは僕を呼び捨てにするのか。まあ、だいぶ年下だし当たり前か。
「なに?」
「入間さんは他人行儀すぎる」
え、まさかのクレームかよ。
「は?」
「今まで威勢よくフルネーム呼び捨てだったのに違和感しか無いな」
電話越しでハハハと笑っている。ちくしょうこっちは結構悩んでんのに。
「……なら呼び捨てにする。お望みなんだろ」
「いや、銃兎さんがいいなあ。お前に「さん」つけてもらえるのはレアそうだからな」
「じ、銃兎、さん‼︎」
「フハッ!いいんじゃないか」
良いんならなんで笑うんだよ‼︎僕の方が恥ずかしいじゃん‼︎
「なんだよ、バカにすんなら呼び捨てで充分だよな、銃兎」
その言葉にも電話の向こうでウケている。ひとしきり笑ってから
「なんでもいい。あー可笑しかった」
入間銃兎が声を出して笑っているのだってレアじゃん。どんな顔で笑ってんだろ。顔、見たいな。
「お前どうせ今膨れっ面してんだろうな。会いたくなった」
この人結構思ってる事を僕には素直に口に出すらしい。出さない所では絶対出さない。裏の顔も絶対ある。人間的嫌な部分の確証だらけなのに興味を惹かれる。僕の方もだからお互い様なのかもしれないけれど。
「僕は忙しいから会えないけどね」
「バカか。俺の方が忙しい。あ、そうだ。お前カメラ通話できるように設定しに来い」
「は?」
「だからPCの設定だよ。なんなら購入からでもいいぞ」
「なんで?」
「顔見ながら話したい。こんなちっさい端末じゃなくて大画面でな。で、セキュリティもしっかりかけたいからお前が設定すれば完璧にできるだろ。お前との通話専用のPCだ。そもそも俺のPC仕事と兼用だからお前にイロイロされても困るしな」
「失礼な。用がなければ何もしないよ。……わかった。通話は別に音声だけでいいけど設定は好きだから今度行ってやるよ。あ、僕今度出た最新のPCがいいんだけど、いい?」
「ああ」
やった!最新型‼︎
「嬉しそうだな」
「え?」
「いや」
「声だけで嬉しそうとかキモいよ」
「そうか。お、電話入った。じゃまたな」
「うん、じゃーね、銃兎」
ピッと通話を切る。
あ、結局「銃兎」になっちゃったな。