偶然は必然 中王区からディビジョン毎のグッズを渡されていち兄がリーダー招集から帰ってきた。
「なんですかいち兄、これ」
「ライブ会場で売り出すんだと。俺らもそれなんかしら身につけて歌えって渡された」
「あ、キャップあんじゃん!オレこれにしよー」
販促活動込みで身につけさせるって訳ね。まあ、デザインとかはいいと思うけど。二郎は何も考えずにキャップを手に取って鏡の前でポージングしている。
「だれがどれをとか決まってるんですか?」
「いやそんな事は言ってなかったな。ただ最低一つは身につけろって言ってたぞ。俺はめんどうだからパーカーでいいかな」
いち兄は何を着ても似合うしカッコいいからいいけど…僕どうしよう。
「いち兄、これって今回ずっと付けてないとダメなんですか?」
「なんか最後の全員曲の時だけでいいみたいだぞ。俺は最初から着とこうかと思ってるけど暑いかなあ」
「オレいろんなのつけたいから後だけにしよー」
チームパーカー、キャップ、ニット帽、全体パーカー……ん?タオルだ。んん?変な形。
「どうなってんの?」
広げて確認したけどどうなってんのこれ?
「どした?」
広げて首を傾げていたら二郎が話しかけてきた。
「これ、どうなってんの?バスタオルかと思ったんだけど」
「ああ。これ、フードだろ。肩にかけて、ほら」
僕の頭にフード部分を被せてきた。なるほど。
「僕これにしよ。汗かくしちょうどいい」
「はあ?機能性かよ」
「羽織るだけで楽だしね」
「おお、三郎似合うじゃねぇか。赤いタオル。 」
赤。いち兄のイメージカラー。似合うっていち兄から言われて嬉しい。
左馬刻がリーダー招集から帰ってきた。手には大きめな紙袋。中をひっくり返すとチームグッズと思しき物が入っていた。
「なんですか?」
「?渡されたんだよ。好きなの選べ。一個つけて出ろと」
チームカラーの物が多い。
「こんなクソダセェの着れるか!」
確かに左馬刻はこういったテイストの物は好まなそうだ。とはいえ俺もなかなか困るラインナップだ。
「ほう。いろいろあるのだな。どうだ、銃兎」
理鶯は意外にも興味津々だ。キャップをかぶったりパーカーを手に取ったりしている。
「ふむ。服は少々キツいな」
長身且つ筋肉隆々の理鶯の身体に支給されたパーカーは可哀想なくらいパツパツだ。
「理鶯、このニット帽かぶってみろよ。多分これが一番似合うぞ」
左馬刻が理鶯に手渡す。
「こういったものはつけた事はないな」
「意外性は大事だからな。それにお前の髪色と目の色にはこれがしっくりきそうだからな」
「そういうものか」
どれも似合ってはいたが、確かになんというか親しみやすくなった。
「俺様はどうすっかな。おい、銃兎お前も選べ」
さて、パーカー…は似合わないから着たくない。キャップ、もこの格好には合わないだろ。……ほう。タオルか。だいぶ鮮やかな青だけど羽織るだけだしなんなら肩にかけとくだけでも持ってるだけでも大丈夫だろ。フード付きだがこんなの被るとか論外だな。セットも崩れるし。ただこの中で汎用性があるのはこれだけだからな。
「私はこれにします。左馬刻は?」
「?無難にこれにするわ」
手にしていたのは黒いパーカー。本当に無難にいったな。
それぞれのバトルが終わる。白熱しすぎてあんまり覚えてない。ちょっと疲れすぎて顔もあんまり見られたくない。
「これから全員曲だぞ。ん?大丈夫か三郎」
「はい。大丈夫です」
「体力ねぇなあ」
「うるさいな!」
疲れている顔を出来るだけ隠したくてタオルのフードを被って舞台袖にスタンバイした。
こちら側の舞台袖にはうちとシブヤとオオサカ。バトルはバトルで白熱したけど終わってしまえばわりとこっちサイドは和気藹々としているようだ。天谷奴がいるけど彼はこっちに興味もなさそうだし。
「ほら、三郎出るぞ」
キョロキョロしていたらいち兄に声をかけられた。もう少しと気合を入れ直して「はい」と返事をした。
「お前なんでフード被ってんだ?」
「別に意味はない。早く歩け。お前が先に行かないと僕が動けない」
「はいはい。なんだよにいちゃんに声かけしてもらったからって張り切りやがって」
二郎がぶつぶつ言いながら前を歩く。
舞台袖からステージに立つと眩しい照明が僕らを照らす。最後のクライマックスでこれまでのバトルの重さをかき消すような華やかな色使いの照明。立ち位置も勝手に決められているからその位置につく。
MAD TRIGGER CREWの隣。中王区の嫌がらせ。僕は全然平気だけどいち兄はそれだけで内心イラッとしていそう。左馬刻は完全に表情に出てるし、舌打ちもしてる。
「おい」
隣にいる二郎が肩を小突いてきた。
「なに?」
「クソメガネ、見ろよ」
銃兎?
「お前ら示し合わせたのかよ」
最初何を言ってるのか分からなかった。銃兎の肩にMAD TRIGGER CREWの綺麗な青のタオルを羽織っている。
「ば!示し合わせなんかしてるヒマなかっただろ!」
「じゃあ偶然か。以心伝心だなぁ」
二郎はニヤニヤしている。
「おいおい顔真っ赤だぞ。しっかりしてくれよこれから歌うんだし」
二郎は僕を揶揄いながらへらへらしている。僕はフードの端を掴んでさらに深く被りながら温い笑みを浮かべ続けている二郎を蹴飛ばした。
歌い終わりは全員同じ方向へ捌ける。僕らは一番最後まで舞台に残る。締めの挨拶をいち兄が言い終わったら僕らもやっと舞台袖へと戻る事が出来る。歌っている間は楽しくて勢いよく飛び跳ねたりしてしまった。(楽曲のノリがいいから仕方ない。)隣にいた二郎もノリノリだったしいち兄も弾けてたからいいんだけど冷静になるこの瞬間は恥ずかしさがまた戻ってきて、でも観客に手を振ったりはしないといけなくてフードを被り直して表情をちょっと隠しながら手を振って袖のカーテンを潜る。
舞台袖は真っ暗で静かだ。明るいところから急に暗所へ移動したから目が慣れず立ちすくむ。人の気配は少なく、声を聞く限り出演者は早々に戻ったようでスタッフが数名動いているだけのようだ。
「お疲れ様です」
耳馴染んだ声が僕らの行手を阻んだ。
「さぶろー先に部屋戻っとくなー。行こ!にいちゃん」
二郎がいち兄を連れてニヤついた顔で僕の横を通り過ぎた。
「こんなとこで話しかけんなよ」
「おやおやお疲れでご機嫌斜めですか。こんなにフードを深く被って。せっかくのお顔が見えませんよ」
そう言いながらぼくのフードの端を両手でゆっくりと後ろへ下ろす。その間僕はぼーっと銃兎の動作をじっと見ていた。疲れててただ立ち尽くしてただけ。それなのに
「結婚式のベールアップのようですね。そんなに見つめられていると少し照れますね」
と思ってもいなかったことを耳元で突然囁かれ顔がブワッと熱くなる。銃兎は僕のそんな一瞬の変化にプッと吹き出す。恥ずかしさが頂点に達してキッと睨みつけて無言で駆け出してしまった。控室に向かう廊下まで勢いで走ってBusters Brosと書かれたドアのノブに手をかけたときふと
あ、お疲れ様も言ってない
ちょっと後悔してしまう。
ブーッとズボンのポケットが震える。
『落ち着いたらまたご飯でも食べに行こうな』
と短いメッセージ。
うん。美味しい肉食べたい。今日はお疲れ様
疲れて打った文面が今の欲に素直すぎかなと苦笑いしながら「ま、いっか」とそのまま送信ボタンを押した。