浮気現場 なんだ、これ。
今日は確かに来るって言ってなかった。それは僕も悪いのかも知れない。
………………
玄関には家主の靴が丁寧に並べてあった。リビングやキッチンに人の気配はない。
まだ寝てるのか?
そう思って寝室へと向かう。
ドアを開けようとした時中から声が聞こえた。
「おいおいそっちに行くな。こら!全く悪戯ばっかりして」
甘い声。こんな声色……あんまり平時には聞いたことがない。
頭が急激に冷えていく。同時に身体も心も。
「やめろ。そんなとこに乗るな。こーら。ふふ、くすぐったいな」
いやいやいや。なんだ?なんなんだ……
「撫でられるのはイヤか?柔らかくて気持ちいいな」
え……
ドアの前で硬直したまま動けなくなる。僕にさえこんなに自然な甘さで接してきた事もない気がする。
「ほら、抱っこさせて。そんなに嫌がるなって」
ええ……
ドアを背に崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
なに?え?どういう?
浮気?
うそ……
ガチャっとドアが開く。
「ああ。来てたのか。こんなとこで何してるんだ?」
僕がいながら浮気なんて許せない!と思い涙が出そうになりながらキッと上を見上げ銃兎を睨む……と目に入ってきたのは銃兎の腕の中にいるふわふわな猫。
「え?」
「ん?」
ねこちゃんを抱っこした銃兎を見てホッとしたのか溜まってた涙がツーっと頬を伝った。
「は?なんだ!なにかあったのか?」
急な僕の涙に銃兎が慌ててしゃがみ込む。僕は何事もなかったかの如く涙を拭いて「それ、どうしたの?」と聞く。涙声だったのはご愛嬌だ。
「ああ、左馬刻の舎弟の猫だ。数日左馬刻とシゴトしに行くらしいから預かったんだ。可愛いだろ」
にゃーんと間延びした鳴き声を発して銃兎の腕から飛び降りてまたベッドルームへ戻り寝心地の良いベッドの上で丸くなった。
「あーあ。すっかり気に入られたな」
「なんでベッド……」
「昨夜寝る間際に左馬刻が来て置いていったんだ。寝たかったからそのまま寝室で放置して置いたらよほど気に入ったのか俺が追い出されそうになったんだよ」
「……可愛がってたくせに」
「ほう……たまには猫もいいな」
「は?なにが?」
「いや、それよりお前今日来るって言ってたか?」
「暇だからきたの!僕もねこちゃんであーそぼーっと」
ベッドの上の毛玉に駆け寄って行く。
猫は丸まったままパタパタとしっぽをゆっくり振っていた。