桜 ぽかぽかな春の昼下がり。ふと思いついて仕事中だというのに雑誌を取り出す。春のデート特集という記事に惹かれて買ってしまった。こんなの俺のパートナーには「バカじゃないのか」と一蹴されるに決まっているのだが、若者の喜ぶ事など全くわからず、かといって相手は素直に何がしたいだとかここに行きたいだとか言う事はなく、むしろそれは我儘だと思っている節もあるくらい頑なな性分だ。
甘いオヤツは好きそうだけど、二人で行くにはハードルは高いし、遊園地は……好きそうだとは思うが「子供扱いかよ!」って変に攻撃的になりそうでこちらからは誘い辛い。映画や美術館はもう行き飽きるくらい行っている。静かで人が少なく落ち着ける場所は二人とも気に入ってはいるが目新しさもない。結局一般的に流行りのところは好まないだろうという結論に至りパラパラとページを捲る。
あ、これはいいかもしれませんね。
一枚のフォトグラフに目を奪われた。
早速今夜の約束を取り付けよう。
…………
「お迎えごくろうさま」
「急に呼び出して悪かった」
「別に。僕は春休みでヒマだと思ったんでしょ。いいよ、その通りだし」
皮肉めいた言葉の向こうにほんの少しだけ見え隠れする高揚した声。気付かれないとでも思っているのだろうがバレバレなんだよ。
単純にドライブが好きらしい年下の恋人。俺の車に乗れば大体上機嫌だ。表情にはあまり反映されないし、他人だったらわからない僅かな変化しかないのだが、案外素直な空気感でわかるからこちらとしても心地良い。
「どこ行くの?」
「まあ、ほんとにドライブだな。夜だし夜景でも見ようかと思ったんだ」
「へー。仕事行き詰まってんの?」
「私は行き詰まるような仕事の仕方はしませんよ」
「あっそ。じゃ、周りがクソなんだね」
「それは否定しませんが、別に気晴らしとかではないですよ」
「ふーん。別になんでもいいよ」
ん?ご機嫌斜めか。
「なにかあったのか」
「いち兄に怒られた」
「なんだ。そんな事か」
「そんな事じゃない!二郎のせいなのに……」
「またか。それで?」
いつもの兄弟の日常を伝えられる。特に何も変わらないし、ぶーたれてるのも一郎に「女々しい言葉を使うな!」と言われたことらしい。自分を正当化するための「だって」や「けど」を三郎はよく使う。文脈的に女々しさはないが、そこは「否定」をするなという兄の教えなのだろう。しかし、いつも同じことで怒られるのだから気をつければいいのではとも思うが性格的に無理だろうな。
三郎のストレスを発散させながらも車は目的地に近づく。少し街から離れた高台にその場所はあった。
「着いたぞ」
「うわ。すっご」
三郎は目を見開く。
月明かりに照らされる一本の大きな桜。幹は太くそこから分かれた枝は大きく広がり垂れ下がっていてそこに無数の花が大きく開いている。浜風を受け満開の桜は花びらをはらはらと落とす幻想的な一枚絵のようで荒んだ心を溶かしてくれる。
三郎はその木の下でぽかんと口を開けて見惚れている。
「すごい!こんなの初めてみた!」
キラキラと輝くオッドアイがこっちを見る。俺には三郎の方が桜の精のように見えるがそれは心に留め「気に入ってもらえたか」と問うと素直にこくこくと頷くから堪らず本物よりも妖艶な桜色の唇にキスを落とす。深く深く求め唇を離すと三郎は少し惚けながら
「ばーか」
と頬を染めて俺を罵る。
強い風がピンクのカーテンを作り出し月の柔らかな光の中夢のように穏やかな時間を二人は楽しんでいた。