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    kurage_honmaru

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    kurage_honmaru

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    ※アカウント再作成のため再掲

    オベロンとカマソッソがおしゃべりする話。八つ当たりと空回りの話。
    ※ 実装されてる時空。諸々妄想でできています。

    奈落の虫と死の蝙蝠「これはこれは、偉大なる地底世界の救世主様じゃないか。こんなところで何をしているんだい?」
     ストームボーダーの甲板に声が落ちる。平時故に特筆するような速度は出ていないが、それでも吹き曝しの甲板を駆け抜けていく風はびゅうびゅう、びゅうびゅうと音を立てている。その中にあって奈落の虫の声は、舳先に立ち風を受ける死の蝙蝠の耳まで地を這い伝うように届いた。
     声を向けられた蝙蝠は片身で振り返り、ちらと虫を見遣るとまた元の姿勢に戻る。先端に髑髏と羽根の装飾、足には鉤爪を備えた杖を片腕で傾げ、まるで止まり木のように器用に脚で掴み風を受けている。長い黒髪と杖から伸びる血糸が、折り畳まれた翼の代わりかのように風にはためいている。
    「地を、見ていた」
    「へぇ。こんな真っ白いだけの地面、何が面白いんだい」
     沈黙を同席の許しと捉え、虫は蝙蝠の隣に並ぶ。直後に返された言葉に答えながら蝙蝠の顔を窺うと、伏せられた青い目には白い大地が映っていた。
    「軽妙さを求めたわけではない。この縹渺たる白紙の大地にも確かに根差した命があったのかと、どのような者たちが生きたのかと」
     そのようなことを考えていた。そう返す蝙蝠から視線を外さないまま、しかし目元と口元に呆れと嘲りをにじませ、虫は笑う。
    「それはそれは……。あぁ、そういえばアンタは、白紙でもそこにあればいいタチなんだっけか。ねぇ、暇潰しに今更どうしようもないことを訊いてみたいんだけどさ、生贄を捧げられて生贄になった偉大な偉大な救世主様」

     大樹の根を刻むような、ギチギチと鳴る羽音のような声で問う虫に、大地から視線を外し蝙蝠は向き直る。
    「その鬱陶しい望みなんか知った話じゃないとか、苦しむくらいならみんなで安らかに滅びを受け入れようとか、一度くらい考えたら思いつくことをどうして言わなかったのかな。馬鹿みたいに背負う戦うの一辺倒、他にやり方の引き出しないわけ? もしかして力技で押し通すタイプの王様だった?」
     侮蔑と嘲りを浮かべ、冷ややかな低い声で虫は嗤う。嗤う、嗤う。
    「『我らはここまでよくやった、もう休んで眠りに就いてもよいだろう』のひと言でも掛けてやれば、偉大なる王を敬い讃えるばかりの民は従ったろうさ。アンタ、それくらいには慕われてたんだろう? 民を休ませてやることも王の責務ってやつじゃない? そのよく回る舌は飾りだったのかな?」
     絡みつくような言葉を最後に己に冷ややかな眼差しを向ける虫に、蝙蝠はしばしの沈黙を返す。

     命留まることの叶わない果てなき空。
     人が意志を繋いだ歩みの果てたる空。
     ふたつの青が交差する。風の唸りだけが唯一の音だった。

     先に大きく息を吐いたのは蝙蝠の方だった。瞼を下ろし、口をへの字に曲げ、顎に片手を添わせ、ふむ、と零す。
    「ふむ。ふむふむ、うむ、なるほどな。回りくどい、これは確かに回りくどいことだ。至極面倒、実に迂遠。即ち相当のへそ曲がり」
     うむうむと頷く愛嬌あるその仕草を、虫は仏頂面のままで眺めている。そこに蝙蝠は笑顔を向ける。懐かしむような、ほんの少しの悲しみと寂しさを纏う笑み。
    「案ずるな、虫よ。オレの中に、オレと民の選択への悔いはない。オレたちの死も意志も、全てはそこで生きた証だ。それをもう二度と忘れることはない。
     そうさな、読み手が文句の一つも零すほどにはむごく痛ましい滅びの物語であったろうさ。愚かしさもあった。醜さもあった。忌まわしさも憎しみも、もちろんあったとも。
     なれど、そこに確と生きる命があった。それは決して失われない。オレは思い出せて、応えることができた。故に、オマエが怒ることはないのだ、人の心を知る虫よ」
     甘く柔らかな声を向けられ、虫はなおもせせら笑う。
    「……っへぇー。随分と余裕なんだねぇ。『貴様は我が民を侮辱するのかー』とか言って飛びかかられると思ってたー」
    「オマエに怒る理由がない。数多の命躍る物語への憧憬も、不条理を嘆き怒る程の愛着も、我がことのようにわかる。これでも物語には一家言あるのだぞ?」
    「…………勝手に理解してくるなよ、鬱陶しい」
     苦々しい返答を受け、蝙蝠は人懐っこく笑う。笑みに合わせ、黒髪を彩る花が揺れる。
    「ふふ、うふふ。なれば、オレの鬱陶しさとオマエの面倒さでおあいこだ、妖精王」
     その呼び名に口を開きかけた相手を制し、蝙蝠は――勇者王は言葉を紡ぐ。

    「妖精王。オマエの迂遠な労りは、これからその道を往かんとする者を引き止めることに使ってやれ。
     神官は危うい。如何に人理が求めようと、アイツが贄となることはない。救世をひとりに負わせるなど、やはりあまりに重い道であろうさ。
     痛いことは怖い。如何に尊かろうと、死は死だ。いずれ行き着くところならば、勢い勇んで向かうこともあるまいよ。それでも神官が馬鹿をやろうとしたなら、横っ面を叩いて止めてやれ」
     自慢にはまるでならないが、オレがやっても説得力というものに欠けるからな。そう言って笑う勇者王を、妖精王は口を歪め睨みつける。棘のような眼差しにも柔らかな笑みを返す勇者王の佇まいは、在りし日を思わせる穏やかなものだった。精緻な紋が幾重にも連なり、禍いを退ける機能と願いが縫い込まれた衣。それを纏い、民を慈しんだ人の王。蝙蝠の姿に重なり揺れる、かつての姿。
    「そう睨むな。オマエができることだ、できるオマエがやってやるがよい。オレはオレのできることで、アイツの生きる道を作ろう」
     では、オレは少しばかり息抜き……いや、哨戒をして戻る。あまり斜に構えたことばかり言うものではないぞ。そう締めくくると、妖精王の返事を待つことなく勇者王は足場の杖を霊子に分解し、翼を広げる。奇怪ながらも力強い紋様が蠢く翼は風を確と受けとめ、その身体を軽やかに空へと持ち上げる。
     遥か異聞の彼方、地の底に生きた数多の星を背負い太陽となった勇者王は、その蝙蝠の翼を伸びやかに広げ、心地良さげに風を切りながら曲芸のような飛行を繰り返す。動きに一拍遅れてついていく黒髪と長い尻尾までもが、楽しさを物語るかのようだった。

     遠のいていくその姿を見送る妖精王は、苦虫を噛み潰したような顔でひとり毒づく。
    「…………これだから救世主って連中はつくづくどうしようもない。相手を随分と見透かしている割に、話を聴かない。人の心がわからないだって?」
     そりゃそうだろうさ。吐き出すようにせせら笑うその顔は、しかし目だけがどうしようもなく寂しげに揺れていた。
    「同じ場所に立たない。同じ目で見ない、同じ耳で聴かない。それなら、その声がわかるはずもないだろ。憧憬? 愛着? 違うね、これは八つ当たりというんだよ。アンタたちときたら、いつでもどこでも他人のことばかり。どれだけ話が通じないんだ、いっそ馬鹿なんじゃないのか」
     勇者王の姿が見えなくなった青い青い虚空を仰ぎ、妖精王は悼むように目を細める。
     もうひとつの青。嵐に晒され続け、揺らぐことをやめた深い湖。
     その色を瞳に湛えた、冬の女王。
    「俺は今、アンタの話をしていたんだよ。救世主」

     ま、どうでもいいけどね。お決まりのように話を切り上げるその言葉が甲板に落ちたのか、泣き声のような風音に掻き消され、知る者はいない。




    〈了〉
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