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    kurage_honmaru

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    kurage_honmaru

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    RPFレッドドラゴンより、第二夜のあとの幕間妄想
    冒険表84.85「珍しい動物を狩猟、射撃の腕を発揮」あたりで人助けを(結果的に)する婁震戒の話

    イラつく婁さんは可愛いと思うんだよ

     その依頼を持ちかけたのは不死商人だった。

    「魔物の大量発生?」
    「ハイガの東西に、ですか」
     オガニ火山での戦いからしばしの時を挟んだある日、禍グラバは執務室で婁とスアローを前にしていた。手元にはハイガ近隣の地図が広げられ、そこには矢印や数字が書き込まれている。
    「正確には魔物になりかけている獣たち、かな。元から時折発生することはあるのだが、近頃は魔素流が不安定な煽りを受けてか、頻度や範囲が増えがちでね。土地の者だけでは対処に手を焼いているんだよ」
     不死商人の声は飄々としつつも、対処が必要な状況であると伝わる響きだった。
    「そういうわけで、休暇中に申し訳ないのだけど東西どちらかへ二人で行ってほしくてね。忌ブキくんとエィハくんには今あまり負担をかけたくないことだし、もう片方へは私の方からソルを派遣しよう。
     街道に来る前には対処したいところだが、なに、数体倒して脅かして追い払ってくれたらそれでいいんだ。君たちの敵ではないだろう」
    「そういうことなら!」
    「生憎ではありますが」
     返答は同時だった。顔を見合わせるのも同時だった。

    「……えっと、婁さん?」
    「何でしょうかスアロー殿」
    「ほら、今の僕たちはそこまで切羽詰まった状況にはない。そして困っている人がいる。手助けできる手段がある。なら、ちょっとくらいはいいんじゃないかな」
    「さすが、親善大使を引き受ける方はおっしゃることが違う」
    「いやぁ、婁さんにそう言ってもらえるとなんだか照れるなぁ」
     嫌味に気づいているのかいないのか、婁の無表情とは対極的な笑顔でスアローは頬を掻く。禍グラバは二人に口を挟むことなく静観している。婁から向けられているプレッシャーを、今は無視することにしたようだ。
     一つ咳払いをし、スアローは続ける。
    「それはさておき、よければ断る理由を訊いてもいいかな?」
    「まず、ハイガの西には黄爛軍港のイイナバ、東にはドナティア拠点のロズワイセ要塞があります。街道に及ぶほど手に負えぬ規模であるならば、そこから討伐部隊が出るでしょう。
     次に、我々はあくまでも秘密裏の調査隊であることをお忘れなく。目立つ行動は避けるべきです。
     最後に忌ブキくんとエィハさんにしても、ドナティアの発表と革命軍の演説の後です。むしろ調査隊の一員として傍にいた方がよろしいかと」
    「どうしよう禍グラバさん、まったくの正論で僕にはまるで説得できそうにないよ。そう言われたらそうである気がしてきた」
     婁の即答を受けたスアローの泣き言を聴き、禍グラバは笑いながら返す。
    「ははは、もちろん婁くんの言うことは正論だとも。けれどこれは婁くんにも益がある話だと思うんだよ? その左腕」
     禍グラバが円筒形の頭を向けた先には、先日あつらえたばかりの婁の新しい左腕があった。既に細かな傷がつき、鍛錬が重ねられたことが窺える。
    「それの試運転にちょうどいいかと思ってね。もちろん、強制はしない。お代はもらっているから恩を着せるつもりもないが、どうだろうか。ちなみに忌ブキくんとエィハくんには私が付き添うから、心配はいらないよ」
    「お気遣い頂きありがたい限りですが、おかげさまで腕に問題はありません。今は本来の任務に向けて英気を養う時かと」
    「ふむ、私としては問題がないか簡単な実戦で試すのも、悪くはないと思うよ?」
     あ、そうだ。そう言って手を叩き、スアローは禍グラバと婁に割り込んだ。
    「競争しよう! どっちがたくさん撃退できるか競争にしたら、婁さんも乗り気になってくれるよ! 男の子は競争が好きなものだろ?」
    「局所的な意見ですね。あまり大きな声で言うものではありませんよ、スアロー殿」
    「その通りだね、気をつけるよありがとう。ところでどうかな? このままだと僕が不戦勝になってしまうけれど」
    「そうされたいならそのように」
    「せっかくの腕と大切な剣を使いもしないまま、不戦敗になっていいのかな?」
     途端、その場の空気が張り詰める。先程まで飄々としていた禍グラバも、瞬きの間に斬れんばかりの眼差しをスアローへ向け始めた婁の様子に、何も反応できないでいる。一呼吸の後、婁は視線の鋭さはそのままに薄く微笑む。
    「………よろしいでしょう。では私は西、スアロー殿は東。討伐数は現地の方に数えて頂き、終わり次第念話の護符で禍グラバ殿へ報告。よろしいですか?」
    「もちろんだよ、引き受けてくれてありがとう! よーし、負けないぞぅ!」
     その楽しげな声が響き、部屋に満ちていた緊張感が緩む。婁が敵意を抑えただけの話ではあるのだが。婁の苛立ちが滲んだ声に気づく素振りもないスアローへ、今度ばかりはため息をこぼしながら、追加の支援物資を手配するため禍グラバはベルを鳴らし従者を呼んだ。


    * * *


    「おかしなこともあるものよ。あの程度の挑発、いなせぬおぬしではあるまいに」
    「………申し訳ございません。本来ならば媛としばしの余暇を過ごすはずが」
    「ん? あぁ違う違う、咎めてはおらぬよ。むしろ珍しいものを見られて楽しんでおるわ」
    「は………そのように仰せであれば、あのような獣たちにもまだ価値があろうというものです」

     己が主からの笑い混じりの声に思念で返し、婁はわずかながら胸をなで下ろす。
     そこはイイナバへ続く街道から外れた山沿いの岩場だった。婁から数十メルダ離れた場所には、虎とも猪ともつかない獣が群れを成している。その奇怪な様相と現地の者からの情報を併せ、それらが今回追い払う獣たちであることは明らかだった。婁に気づく様子はない。

    「して、どうするつもりじゃ婁や。まさかわらわにあれを喰らわせるつもりではあるまい?」
    「無論にございます。魔物に変じかけているとはいえまだ獣、媛のお口汚しになりましょう。獣を退けるは火薬と相場が決まっております。手早く片付けます故、今しばらくお待ちください」
     禍グラバに用意させたマスケット銃と黒色火薬、罠に使う品々が入った箱を前に、婁は長いため息を吐く。このような雑事はすぐに済ませ、最愛の主との時を過ごしたい、一刻も早く。そう言わんばかりの深く重いため息だった。
     そんな使い手の様子を眺める妖剣からは、クスクスと笑む声がこぼれていた。珍しいものとは獣のことではないのだが、それを教えるつもりはないようだった。


    * * *


     婁が禍グラバの要塞に戻ったとき、スアローは禍グラバと茶を嗜み四方山話に花を咲かせているところだった。そばには従者のメリルが控えている。広間に婁が入るや、禍グラバが立ち上がり迎え入れる。
    「婁くん、お疲れ様だったね。聴いたよ、とても上手くやってくれたそうじゃないか。しばらくは静かに暮らせそうだと、地元の者たちがとても感謝していたよ。マスケット銃が壊れてしまったとのことだが、怪我はないかな?」
    「特になんということはありません。………ところで、スアロー殿はいかほど仕留められましたか。随分とお早いお帰りだったようですが」
     ああ、うん。棘を含んだ視線と言葉へ困ったように笑うと、スアローは続ける。
    「オガニ火山のときがそうだったけど、僕が武器を振るうと周りへの影響がすごいんだよね。地元の人の暮らしに被害を出したら本末転倒だから、メリルを通じてちょうどこちらに向かっていた黒竜騎士団に頼みました。
     なんだか皆好調だったらしくてね、ロズワイセからすごい勢いで来てくれて、あっという間に片付いたって。まぁ人の役に立てたなら、親善大使冥利に尽きるよね! 落成式で副団長さんに会ったら御礼を言わないと、ねぇメリル?」
     ティーカップを持つメリルの口が「その通りですね、クズ」と声もなく動いたように見えたのは、婁の内心ばかりのせいでもないだろう。スアローが引き受けた親善大使の実質的な業務は、彼女が一手に担っているのだ。大使館の落成式も迫る今、負担を増やされたくないのは当たり前である。
     そんな様子に気付いているのか否か、茶を飲んだスアローは立ち上がり、笑顔のまま両手を天井へ向けながら婁の問いへ高らかに答える。
    「だから僕自身の討伐数は輝くゼロスコアです! 悔しいけどやっぱり婁さんには敵わないなぁ! 働き者な婁さん、かっこいい!!」
     無防備に晒されたスアローの鳩尾に腰の入った一撃を叩きこんだ後、婁へと申し訳なさそうに頭を下げ、メリルはスアローを引きずりその場を去る。禍グラバも居心地が悪そうに笑うと、おっとまだ仕事が残っていたのだったお茶と茶菓子は好きに食べてくれたまえ遠慮することはないからね今回は助かったよ、と早口で告げ、何故か踊るように回転しながら部屋を後にしていった。

     誰も居なくなった部屋で苦虫を噛み潰したような顔に影を落とし、きつく眉を寄せた婁の耳には、堪えきれず大笑する妖剣の声が響いていた。


    * * *


    「これを機に仲良くなってくれたらと思ったんだけどなぁ…………」
     その夜、不死商人の自室にはそんな独り言が落ちたが、それに応えるものはいない。






    〈了〉
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