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    岩藤美流

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    岩藤美流

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    蒼の誓約 5

    ##パラレル

    罪人は助けを求めました。どんなに声を上げても、喉からは音が出ません。檻を叩いても、深くて暗い洞窟に音が反響するだけで、もう魔法使いに届いているかさえもわかりませんでした。
     一方の魔法使いは、無心で釜を混ぜておりました。罪人の言っていた、感情の濁り、ブロットを取り除いたり予防したりする薬や魔法ができれば、彼を死なせずに済むのです。魔法使いは海のあらゆる知識をもって、その研究を重ねることとしました。
     しかし、感情とはなんなのか。元々呑気で純粋な人魚達には、あまり感情というものがありません。海に漂う海藻やクラゲのように、日々の流れを感じながら過ごすばかりの生き物ですから、オーバーブロットした人魚など、聞いたことも有りませんでした。
     けれど魔法使いは被験者を集めることにそう苦労はしませんでした。いかに感情の薄い人魚と言えども、痛めつけ苦しめれば辛いとぐらいは思います。そうして溢れ出る恐怖心や、悲しみを消す魔法を作ればいいのです。魔法使いは双子のウツボに命じました。人魚のうち、この海から消えても構わない者を捕まえ、痛めつけるのだと。
     ブロットを防ぐ魔法を手に入れれば、罪人は罪を重ねなくて済みます。永遠に浜辺で話していることができるのです。そうすればきっと、彼の金色の瞳が映すのは、魔法使いのことだけになるでしょう。心は魔法使いへの感謝で満たされるに違いありません。
     人魚の肉は人間に、不老不死にも似た効果を与えると言います。彼に自分の肉を与えて、末永く共に在るのです。それが一番、二人にとってよいことなのです。魔法使いは確信していました。
     しかし、そんな魔法使いを見て、双子は戸惑っていました。




     どれほどの時間、闇の中で座り込み、胸を押さえていただろう。イデアは近づいてくる何者かの気配に、伏せていた顔を上げた。
     鉄の檻にやって来た、双子のウツボの姿が有る。彼らは手に何か料理を持っていて、それが人魚達の食事なのだろうことはイデアにもわかった。
    「……ごめんねえ、陸のホタルイカちゃん」
     ウツボの片割れ――フロイドが、呟いた。
    「アズール、ホントはあんなヤツじゃないんだぜ。今、なんか変なんだよな」
    「ええ、あなたのことは本当に歓迎していたはずです。こんな風に閉じ込めるなんて、彼らしくもありません。……どうぞ、召し上がってください、お口に合うかはわかりませんが……」
     丁寧なジェイドが、鉄檻の隙間から食事を中に入れたけれど、イデアはそれを手に取りはしなかった。陸のことが、弟のことが心配で、もっと言えばアズールのことが心配で、とても呑気に食事を摂る気分ではなかった。それに海での食料に対して食欲も無かったのだ。
    「……アズールさあ、確かに強引なこともするし、無茶な契約不履行とかさせてたりもするけど、でも、基本的に相手の願い事を叶えてはあげんだよ。それが……優しいだけかって言ったら、違うかもしれねーけど。こんなさ、契約者を閉じ込めたり、……オレらに同じ人魚を傷つけろなんていう奴じゃねーの。ホントだよ、ホタルイカちゃん」
     フロイドの言葉に、イデアはややして微笑むと頷いた。それはイデアも感じているところだ。
     イデアは嘆きの島に住む、癒し手の一族だ。彼らは魔法の力で、人の心を癒す。それが叶わない時には、永遠の安らぎを与える。その為にも、彼らは相手の心を、本質を感じ取ることができた。イデアは、アズールに本質的な純粋さと優しさを感じ取っている。だからこそ、イデアは彼を初対面の時から恐れはしなかったし、今も心配していた。
    「アズールは確かに契約で人を縛りはしますが、それは人を拘束するものではないのです。確かに不履行の者は現れますが、それは契約者が不誠実だったことが殆どですしね。そういう者に報いを与えるのには、僕達も何の疑問もありません。でもあなたは……恐らく、アズールと契約書さえ交わしていないのでしょう? そういう……契約とは名ばかりの口約束で、彼がここまでのことをするなんて、恐らく初めてです」
    「オレたちもさ、アズールと契約はしてんの。だけど、オレたちは納得して契約してんだよ。嫌々一緒にいるとかじゃなくてさ」
    「ええ。あれは僕達がまだ稚魚だった頃のことです。廃船を兄弟達で散策していましたら、サメに襲われましてね。兄弟達はみんな死んで、僕達も怪我をして……もうダメだと思いました。そんな時、僕らを助けてくれたのがアズールだったのです」
    「アズールのこと悪く言う奴もいるけどさあ。根っから悪くて利益しか興味ないやつだったら、オレらのこと助けなくてよかったと思うんだよね。アズールなら、わざわざサメを撃退しなくたって下僕ぐらい作れるだろうしさ」
     だからね、ホタルイカちゃん。今のアズールは変なの。オレたちの言葉もあんまり聞いてないみたいだし。
     フロイドもジェイドも、アズールのことを心から信頼しているし、心配しているようだ。その気持ちが伝わってきて、イデアはその見た目は獰猛そうな人魚のことも信じることができた。人魚という生き物は、本質的に純粋なのだろう。純粋さが時として残酷さに転じるのは、人の子供も同じだ。
     だから、イデアは彼らに伝えることにした。
    「……ありがとう、大丈夫、アズールはきっと元に戻るよ」
     イデアが声を発したことに、双子は顔を見合わせた。アズールが声を奪ったことを知っていたのだろう。どちらかが、あるいはアズールが魔法を解除したのかと思ったようだ。そんな彼らに、イデアは自分の手のひらを見せる。
    「僕たちの一族はね、癒しの手を持っているんだ。使える魔法は一部しかないけど、その分、癒しに特化してるっていうか。だから、アズールのかけた魔法も時間をかけて解いたんだよ」
    「……ホタルイカちゃん、すげー。海じゃアズールの魔法に勝てる魔法使いなんていねーんだよ?」
    「勝てるわけじゃないよ、癒せるものしかどうにもできない……。でも、だからこそ、今のアズールには僕が必要なんだ」
     ねえ、彼にこの事は黙っておいて。必ず、アズールは僕が助けるから。だから少しの間でいい、僕を信じて、任せてくれないかな。
     イデアの言葉に、双子はもう一度顔を見合わせた。
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    岩藤美流

    DONE歌詞から着想を得て書くシリーズ①であり、ワンライの「さようなら、出会い」お題作品の続きです。参考にした歌は「A Love Suicide」です。和訳歌詞から色々考えてたんですけど、どうも予想通りタイトルは和訳すると心中だったようですが、あずいでちゃんはきっと心中とかする関係性じゃないし、どっちもヤンヤンだからなんとかなりそうだよな、と思ったらハッピーエンドの神様がゴリ押しました。イグニハイド寮は彼そのものの内面のように、薄暗く深い。青い炎の照らしだす世界は静かで、深海や、その片隅の岩陰に置かれた蛸壺の中にも少し似ている気がした。冥府をモチーフとしたなら、太陽の明かりも遠く海流も淀んだあの海底に近いのも当然かもしれない。どちらも時が止まり、死が寄り添っていることに変わりはないのだから。
     さて、ここに来るのは初めてだからどうしたものか。寮まで来たものの、人通りが無い。以前イデアが、うちの寮生は皆拙者みたいなもんでござるよ、と呟いていた。特別な用でもなければ出歩くこともないのかもしれない。さて、寮長の部屋といえばもっとも奥まっている場所か、高い場所か、あるいは入口かもしれないが、捜し歩くには広い。どうしたものかと考えていると、「あれっ」と甲高い声がかけられた。
     見れば、イデアの『弟』である、オルトの姿が有る。
    「アズール・アーシェングロットさん! こんばんは! こんな時間にどうしたの?」
     その言葉にアズールは、はたと現在の時刻について考えた。ここまで来るのに頭がいっぱいだったし、この建物が酷く暗いから失念していたけれど、夜も更けているのではないだろうか。
    「こ 5991

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    TRAININGぐだマンワンドロワンライ
    お題「天使の囁き/ダイヤモンドダスト」
    はぁ、と吐き出した息が白く凍っていく。黒い癖毛を揺らしながら雪を踏みしめ歩く少年が鼻先を赤く染めながらもう一度大きく息を吐いた。はぁ。唇から放たれた熱が白く煙り、大気へと散らばっていく。その様子を数歩離れたところから眺めていた思慮深げな曇り空色の瞳をした青年が、口元に手をやり大きく息を吸い込んだかと思うと、
    「なぁマスター、あんまり深追いすると危ねぇっすよ」
    と声を上げた。
     マスターと呼ばれた癖毛の少年は素直にくるりと振り返ると、「そうだね」と笑みと共に返し、ブーツの足首を雪に埋めながら青年の元へと帰ってきた。
     ここは真冬の北欧。生命が眠る森。少年たちは微小な特異点を観測し、それを消滅させるべくやってきたのであった。
    「サーヴァントも息、白くなるんだね」
     曇空色の瞳の青年の元へと戻った少年が鼻の頭を赤くしたまま、悪戯っぽく微笑んだ。そこではたと気が付いたように自分の口元に手をやった青年が、「確かに」と短く呟く。エーテルによって編み上げられた仮の肉体であるその身について、青年は深く考えたことはなかった。剣――というよりも木刀だが――を握り、盾を持ち、己の主人であるマスターのために戦 2803