クイーンインザタワー「今年度を以て、当庫は営業を終了します」
勤務先の信用金庫の倒産。
働きながらハープ奏者として活動していた私、幸北奏美(さちきたかなみ)にそれは突然訪れた悲劇だった。
ハープに魅せられて、夢敗れて、それでも諦められなくて。
一流のオケには入れなかったけど、働いて借金返しながら続けてきて、今だってハープを置けるような家に住めないからお金払ってハープの保管場所を用意して、自分は事故物件の安いアパートで暮らしてきたのに。
私の人生、もう終わったわ。
私はとりあえずハープが入るくらいの車を借り、フェリーに乗って、このまま海にドボンしようかな…って思って、全然知らない小さな港町にやって来た。
「はぁ……」
最初はすぐに飛び込もうと思ったけど、深緑色の綺麗な海を見ていたら最期に演奏してからにしよう、って気持ちになって、ひとり海に向かって演奏し始めた。
ガブリエル・フォーレ作曲の、『塔の中の王妃』。
私がハープと出会った、運命の曲だ。
「…………」
どうして、どうしてこんな事に。
私はまだまだ生きたい、ハープをもっと弾きたい。
それなのに。
弾いているうちに涙が溢れてきた。
「あの……大丈夫ですか……?」
そんな時、私の目の前に高校生くらいにしか見えない、スーツに着られているような、メガネをかけた男の人が現れて声を掛けてきた。
私が好きなボーイズラブの世界だったら絶対右側でしかなさそうな彼はスラックスのポケットから可愛い熊のハンカチを出し、私に手渡してくれる。
「うう……ッ、、、、じにだぐなよぉぉぉぉ……ッ……!!!!」
込み上げてくる感情が抑えられなくて、私はその人に抱きついて泣いた。
「わわ……ッ、ど、どうしよう、あ、あの、お、落ち着いて、どうか落ち着いて下さい……」
気がついたら、その人が私の背中をさすりながら真っ赤な顔をして困り果てていた。
「ご、ごめんなさい、ぼく、人と接するの、あまり得意じゃなくて……」
「ううん、こっちこそごめんね、取り乱しちゃって」
泣いてスッキリしたところで、私は自己紹介とここに至った経緯を説明した。
「それは大変でしたね……」
それから、男の人…藻部原雅夫くんは私よりかなり歳下で、自分が七國信用金庫の総務部で働いていて、花沢交響楽団に所属し、パーカッションをやっていると言って、私の事をどうにか出来ないか上司に相談すると言ってくれた。
花沢交響楽団って、毎回SNSで演奏動画流れたらバズりまくってるっていうあの花沢交響楽団!?
聞いた時はびっくりしすぎて腰を抜かしそうになった。
「あなたが働いていらした所に比べたら田舎の小さな信用金庫なので、経験者なら入庫出来るんじゃないかなって。それに、あなたのハープの音色、とても美しくて素敵でした」
今夜の練習の為の飲み物の買い出しにスーパーに向かっていた途中だったという藻部原くん。その買い物に付き合い、職場まで一緒に車で行くと、藻部原くんが上司に掛け合ってくれて、楽団の今夜の練習に参加し、翌日には楽団最高責任者である理事長と面接をする事になった。
そして、住む場所も有古荘というシェアハウスに空きがあるという事で、とりあえずそこにお世話になる事になった。
「え〜、すっげーじゃん、藻部原、買い物行ってハープやってる人見つけてくるなんて」
「う、うん、ぼくもびっくりしてる」
花沢交響楽団がバズってるのは、演奏が素晴らしいからだけじゃない。
団員にイケメンが多いからだ。
今、私の目の前で話しているトランペットの杉元くんは、不慮の事故から奇跡の復活をして国際コンクールで入賞した事から『不死身の杉元』ってあだ名がついてて、そのせいで顔に傷が残ってしまったみたいだけど、それがまた似合ってる体育会系の爽やかイケメンで、藻部原くんと並んだら杉元くん×藻部原くんって感じでお似合いのふたりに見えた。
聞けばふたりは中学の頃から一緒にいる親友で、本当にそれだけ?と思わせるくらいの仲に見えちゃって。
けど、フルートのアシㇼパさんって呼ばれてる青い瞳をした小柄で可愛らしい人が来ると、アシㇼパさん×杉元くんって感じで、藻部原くんはそんなふたりを見るのが幸せ♡みたいな目をしてふたりのやりとりを見ていた。
「初めまして、本店営業部勤務でオーボエ担当の白石由竹です。恋人はいません」
そこに、坊主頭で私より少し背が低い男の人が声を掛けてくる。
頬を紅く染めてるこの人、もしかして私にアピールしてるの!?
「白石ぃ、そういきなりがっつくなよ。嫌われるぞ?」
自己紹介をしてからはずっと白石くんからの質問攻めだったり、私の事をモデルかと思ったとかハープの似合う美しさとかたくさん褒めてくれてたんだけど、こんな風にアピールされた事ないからどう返そうかな、って思ってたら黒髪をハーフアップに纏めた長身のイケメンが現れて私と白石くんの間に入ってくれた。
「うるせー、せっかく奏美さんと楽しくおしゃべりしてたのに邪魔すんなよ、房太郎」
「おしゃべり?お前が一方的に話してるように見えたがなぁ」
なんなの!?このイケメン。
長髪が似合うだけあって色気があってセクシーじゃない。左でもいいけど、右でもいい!!
白石くんが相手なら、絶対右だわ!!!
「悪いねぇ、幸北さん。こいつ、美人見ると舞い上がっちゃってさ」
ホルンをやっている、と話した大沢くんは、セクシーな笑顔を浮かべて言った。
「う、ううん、私はそんなんじゃ……」
こんなイケメンに見られて話し掛けられるなんて初めてで、めちゃくちゃ緊張してしまった。
楽団は少し先にコンサートを控えていて、私は入団出来るかどうなるか分からなかったけど練習に参加していた。
「練習お疲れ様でした。幸北さん、こちらが有古荘に住んでいる審査部の菊田課長です」
練習後、藻部原くんが私にトロンボーン担当の菊田さんを紹介してくれた。
大沢くんとはまた違う、円熟したオトナの色気たっぷりのダンディーなイケオジ、菊田さん。
こういう人もタイプなのよねぇ。
「あぁ、よろしく」
私が自己紹介すると、菊田さんが言葉を返してくれる。
ううっ、声も低音でセクシーなイケボだわっ♡♡♡かっこいい……!!!
「俺の後について来て」
そう言われて車で菊田さんの後に続いたんだけど、菊田さんったらバイクで通勤してるみたいで黒いバイクを運転してる後ろ姿もヘルメット外した時の姿もカッコよすぎてガン見しちゃってた。
「おかえりなさい、菊田さん」
到着したシェアハウスでは、玄関先で目鼻立ちのはっきりとした、菊田さんよりも背が高くてガタイのいい男の人が立っていた。
「ただいま、有古。この子、今日から一緒に住む幸北さん」
「よろしくお願いいたします、幸北奏美です」
「こちらこそ。ここの管理人をやっております、有古力松と申します。至らない事が多々あるかと思いますがどうぞよろしくお願い致します」
丁寧に頭を下げてくれた有古さんは身体が少し不自由な様子で、そんな有古さんを菊田さんはすごく大切にされてて、互いを想い合う恋人同士にしか見えなかった。
うふふ、毎日このふたりの愛に溢れた微笑ましい日常を見られるなんて幸せ過ぎる♡♡♡
と、私はふたりのやりとりを見て思っていた。
翌日。
朝からふたりの甘々な朝ご飯の支度をホッコリしながら見守り、ふたりが作った美味しい純和食を頂いて面接に臨んだ私は無事に採用され、審査部で働く事になった。
早速審査部のメンバーに紹介する、と言われた私は理事長と共に審査部にご挨拶しに行ったんだけど、ここにも楽園があった。
「明日からこちらで働いてもらう事になった、幸北奏美さんだ。幸北さんはハープ奏者という事で、楽団にも所属してもらう事になっている」
「よろしくお願いいたします」
理事長は私を紹介した後、何故かすぐに帰らずにひとりの男の人の傍に歩み寄った。
「百ちゃん、今日は一緒にお昼ご飯食べられるかな?」
「嫌です。あと、何度も言っていますが職場でその呼び方するの止めて下さい」
何となく似てるかも?と思った白石くんより少し背の高い、ツーブロックの似合う猫みたいな瞳が印象的なイケメンは、理事長の誘いをキッパリと断る。
確か、昨日ソロでチェロを弾いていた人だったような。
そんな事を思っていたら、たまたま視線の先にいた男の人と目が合った。
「…………」
!!!!!!!
冷めた眼をしているように見える褐色肌の超絶イケメン。
『イケメン過ぎるコンマス』の鯉登くんじゃない!!!!!
うわぁ、実物もマジでイケメン過ぎる、光り輝いてる!!!
私は変な声が出そうになった。
で、それを堪えてた時に、鯉登くんの隣に立っている小柄な男の人が視界に入った。
スーツが窮屈そうな、筋肉の詰まった身体。
なんとなく怖い雰囲気を醸し出しているけど、昨日見た時はヴィオラを持って変幻自在な音色を奏でていたわよね、この人。
気のせいじゃなかったらこの人と鯉登くんの距離、近くない?
まさか、この人×鯉登くんだったりする?
それはそれで見たいかも♡♡♡
「理事長、折角ですから、昼食は幸北さんの歓迎を兼ねて尾形を含めここにいる全員でというのはいかがでしょう?」
そうこうしているうちに、理事長に指揮者の鶴見さんが声を掛ける。
鶴見さんも菊田さんみたいに良い声のハンサムイケオジよねぇ。
昨日の休憩中の話を聞く限りの想像だけど、子煩悩なのも素敵だわぁ。
「流石鶴見サン、心配りがとても素敵ですッ♡♡♡」
私が鶴見さんにうっとりしていると、鶴見さんの隣で私よりも鶴見さんにうっとりして呼吸が少し粗めになっている男の人が言った。
楽団でクラリネットを担当し、いつもSNSをバズらせる投稿をしてる広報担当でもある宇佐美くんだ。
宇佐美くん、鶴見さんとツーショットの時すごく嬉しそうな顔してるなぁと思って見てたけど、鶴見さんにかなり心酔してるのね。
口元のホクロがセクシーだし、色白で鯉登くんや尾形くんとは違うタイプのイケメンだわ。
こうして、私は明日から仲間入りする審査部のメンバーと共に社員食堂でお昼を食べ、夜の練習まで時間があるので早速何か手伝える事はないかと鶴見さんに尋ねると、明日からすぐは用意出来るか分からないが制服の手配が必要なので総務部に確認しに行って欲しいと言われた。
「失礼します」
同じフロアにある総務部。
藻部原くん、いるのかな。
そう思いながら入口のドアをノックしてから中に入ると、すぐ近くに藻部原くんがいた。
私は採用されて明日から働く事を伝え、制服の事を聞いてみた。
「あぁ、良かったです。これからよろしくお願いいたします」
そう言って、藻部原くんは女性の職員に事情を説明すると、その人が私の服のサイズを聞いてきて、注文するので到着するまではスーツが仕事をして欲しいと言ってきた。
「藻部原くんのお陰で明日からまた生きられるわ、本当にありがとう!!そうだ、お礼に今度ご飯一緒に行かない?奢らせてよ」
「ええっ!?そんな、結構です」
「いいから、そうじゃなきゃ私の気が済まないから」
「は、はぁ……」
かなり強引だったけど、私は藻部原くんとご飯に行く約束を取りつけた。
週末の練習の後、お店は藻部原くんに選んでもらって行く事になったんだけど……。
「おはようございます、幸北さん。あの……、今日はよろしくお願いいたします」
練習に私服で現れた藻部原くんが別人過ぎて度肝を抜かれた。
普段はメガネをかけているのに、今こうして目の前にいる藻部原くんはメガネをしてなくて、かわいいアイドル系のイケメン顔だと思ったし、スーツ姿では分からなかったけど、Tシャツから出ている腕はパーカッションやってるだけじゃ培えないような、私好みのいい感じに筋肉がついてる腕で。
「も、藻部原くん、私服だと全然違う人に見えるわね!!」
「そうですか?自分ではよく分からないです。ただ、ぼくは仕事の時と音楽をする時は気持ちを切り替えたいので仕事の時はメガネをしているんです」
ううっ、なにこの子!?
そういうの、めちゃくちゃ刺さるんですけど!?
こんな事ならシャツにジーンズじゃなくてもう少しオシャレしてくれば良かった。
なんてガッカリしながら練習を終え、藻部原くんとの食事の時を迎えた。
「えーと…こちらです」
職場から歩いて5分くらい。
個室になっている、オシャレな雰囲気の居酒屋だった。
「先輩から教えて頂いたんですが、焼鳥が美味しいそうです。あっ、あと海鮮も美味しいって言ってました」
かわいい。
一生懸命メニュー見て、考えて話してくれてるの。
「あぁっ、その前に飲み物ですよね。ごめんなさい、ぼく、こんな……女性の方とふたりきりで食事するの、初めてで……」
「ううん、大丈夫。見ていて微笑ましいから」
「えっ、あっ、そ、そうですか……」
藻部原くんはお酒が飲めないというのでオレンジジュース、私はビールを頼み、藻部原くんが選んでくれた料理と一緒につまめそうなものをいくつか選んで注文した。
「じゃ、乾杯しましょ」
「は、はい……!!!」
飲み物が揃ったところで私が言うと、藻部原くんは緊張した様子でグラスを合わせてくる。
「お疲れ様」
「お、お疲れ様です……」
私と目を合わせるのも恥ずかしそうにしている藻部原くん。
なんてかわいいのっ♡♡♡
お姉さん、そういうのに弱いのわかってないのね。
「藻部原くんは何がキッカケで信金に入ったの?」
「え、えーと……」
藻部原くんはたどたどしい口調で入庫までの話をしてくれた。
話している間、かわいすぎてビールが進んで3杯くらい飲んじゃったんだけど、やっぱり藻部原くんは杉元くんが好きなんだなぁって思った。
「杉元くん、確かにカッコイイわよね。藻部原くんが惹かれるのも分かるわ」
「あ、ご、ごめんなさい、気持ち悪いって思いませんでした?」
「ぜーんぜん。私、杉元くんと藻部原くんってお似合いだと思ってるから」
「えっ!?いえっ、ぼくなんかよりも杉元くんにはアシㇼパさんの方がずっとお似合いです。確かにぼくは今まで杉元くん以外の人を好きになった事がないんですけど、杉元くんとアシㇼパさんがふたりで楽しそうにしているのを見るのがすごく好きで……」
かわいい。
酔ってもないのにお顔ほんのり赤らめて少しはやくちになって話してるの、めちゃくちゃかわいい。
私、ビールお代わり2回頼んじゃった。
「ご、ごめんなさい、ぼくの話ばっかり……」
「すっごく楽しいし癒されるから大丈夫」
「そ、そうなんですか?それなら良かったです」
ホッと胸を撫で下ろすような表情も可愛くて、私、すっかり藻部原くんにハマってた。
で、その後も音楽の話とかして、その時の藻部原くんの純粋に音楽を愛している姿がかわいすぎてビールがますます進んじゃって、帰る頃には足元ふらふらになってた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ふふふ、だいじょーぶ!!!おねえさん、久しぶりに楽しくて飲みすぎただけだから」
こんなに楽しく呑んだの久しぶりで、テンション上がっちゃってた私。
「あの、ぼく、有古荘まで送ります。田舎だけど夜遅いですし、幸北さんに何かあったら嫌ですから」
「もーぉ、そんなに心配しなくても大丈夫よぉ。こんな男みたいなオバサンなんて……」
「そんな事ないです!!そんな状態で途中で何かあったら嫌です」
「!!!」
少し怒ったような顔をした後、藻部原くんは私の肩に腕を回してきた。
「ぼ、ぼくだって、これでも一応男なので……」
「…………」
近づいてきたからだは確かに見た目よりもしっかりしてて、私を更にときめかせる。
結局、私は藻部原くんに支えられながら有古荘まで、最後には部屋まで付き添ってもらってた。
「もぶはらくん、ありがとね、重かったでしょ?」
「そ、そんな事ないです。じゃあ、ぼくはこれで……」
部屋のベッドに座らせてくれた藻部原くん。
「待って」
そう言って、私は酔った勢いもあって、藻部原くんに抱きついていた。
「!!!」
ドキドキしているのが伝わってくる。
「あなたのコト、気に入っちゃった。フリーなのよね?私を初彼女にしない?」
「えぇっ!?でも、ぼくなんかじゃ……」
「藻部原くんがいいの。付き合ってみて嫌になったらお友達になればいいんだから」
「は、はぁ……」
優しい彼を、私は丸め込んで付き合う事にしてしまった。
次の日、起きてめちゃくちゃ反省して、藻部原くんに電話して謝ったけど、藻部原くんは、
「だ、大丈夫、です。こんなぼくですけど、よろしくお願いいたします」
と言ってくれた。
フラれても仕方ないと思ってたからびっくりしたけど、すごく嬉しくて、私は休日の練習の後は藻部原…雅夫くんと一緒に過ごすようになった。
「あ、あの、奏美さん、こ、今度の週末なんですが……」
彼女だから名前で呼んで欲しいと伝えると、雅夫くんはぎこちない様子で私のわがままに応えてくれた。
「ま、毎年、人気のイベントで、練習もお休みみたいなので、良かったら一緒に行きませんか?」
そんな雅夫くんからのお出かけのお誘い。
町の事を知らない私の為に色々と提案してくれるのがかわいくて、すっかり甘えてしまってた。
「勿論♡楽しみね♡♡」
「は、はい……!!」
隣市で年2回開催の食べ飲み、食べ歩きのイベント。
マップに載っているお店の中から5店を選び、クーポン券と引き換えで好きなお酒かドリンク1杯とお店のお通し的な料理が食べられるというシステムで、楽しそうなイベントだと思った。
練習がお休み、という事で誰かと会うんじゃないかな?って思ってたら案の定、当日の会場で……。
「やっぱ会えたな、藻部原」
「う、うん……」
ビアホールで杉元くん、アシㇼパさん、白石くん、大沢くんと出会った。
4人は一緒に来ていて、雅夫くんも誘われたみたいだけど私と約束したからと断っていたっぽい話をしていた。
「奏美さんと藻部原が付き合うなんて……」
折角だから、と、6人で同じテーブルに座ったんだけど、私の隣に来た白石くんが悲しそうに言う。
「白石ぃ、そういうとこだぞ」
そんな白石くんを見たアシㇼパさんがからかうような口調で言った。
追加料金で違うビールが飲める、というので雅夫くん以外は他に頼めるビールをオーダーし、1時間くらいそこで楽しく過ごした。
レタㇻハウスでの飲み会に何度か参加させてもらってるけど、杉元くんたちと飲むのっていつも楽しいし、雅夫くんが楽しそうにしている顔がすごくかわいくて癒される。
「奏美さん、ビール美味しかったですか?」
「うん、どれもフルーティーって感じで、スイスイ飲める味だったかな」
「そうなんですね」
恋人繋ぎで街を歩く。
最初は恥ずかしい…なんて言ってた雅夫くんも、最近では自分から手を繋いでくれて、それにキュンとしてた。
それからの3軒は誰にも会わずにふたりで楽しんでいたんだけど、最後の店で私たちは再び顔見知りと鉢合わせた。
「すみません、相席よろしいですか……!!!」
混雑していたお店で相席をお願いしてきたのは、月島係長と鯉登課長のふたり。
鯉登くん、って初対面の時は心の中で呼んでたけど、実は課長だと知った時はびっくりした。
で、月島係長とは公認の仲で、結婚しているとの事。
歳上の部下×歳下の上司、とっても胸熱な組み合わせだわぁ♡♡と、それを知ってからは連日ホッコリしながら見守っていたりする。
「お、お疲れ様です……」
雅夫くんがふたりに声を掛け、私もそれに続く。
「2人も来ていたのか」
鯉登課長、お酒が入っているからか、いつもよりフレンドリーだ。
パーカーにスキニージーンズ姿でシンプルなんだけどオシャレに見えるのは、課長が元々華のある人だからだろう。
「は、はい、杉元くんたちも来てますよ」
「あぁ、私たちも前の店で一緒になった」
課長の隣に座る月島係長も課長と同じような服装なんだけど、体格のせいか課長より服に…特に上半身に余裕がなさそうに見えた。
折角だから乾杯しよう、という事で雅夫くんはぶどうジュース、私たちは赤ワインの入ったグラスを合わせた。
「ん、美味い。しっかり熟成されていて、飲みごたえがあるな」
「ひと口目は葡萄の味そのままですが、今くらいの時期にちょうど良い味わいですね」
見つめあって話してるふたりの世界……めちゃくちゃ最高♡♡♡
こんな間近で見られるなんて、超ラッキーだわっ!!!
写真撮りたいくらい♡♡♡
「あ、あの、一緒にお写真撮ってもよろしいでしょうか?」
「!?」
えっ!?
雅夫くん、何て事言ってくれるの!?
神すぎる!!!
「あぁ、構わんぞ。なぁ、月島」
「えぇ、そうですね」
そうして、雅夫くんがスマホのカメラで4人での写真を撮ってくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言っている時、私はふたりの左手の薬指に普段は見ない、金色の指輪が輝いているのが見えた。
「あー、楽しかったぁ♡♡♡雅夫くん、素敵なイベントに誘ってくれてありがとね!!」
「良かった、奏美さんが喜んでくれてぼくも嬉しいです」
帰りは雅夫くんの運転する車で帰宅。
……のはずが、車は途中で私が知らない道に入り、やがて素敵な夜景が見える場所に到着した。
「あ、あの、こちらで少しだけぼくの話を聞いて頂いてもよろしいでしょうか……?」
「う、うん……」
これって。
これってもしかして……。
「奏美さんっ、ぼ、ぼくと、け、結婚を前提にお付き合いをして頂けませんか?ぼく、あなたが好きで、あなたの笑顔をずっとそばで見ていたくて……」
真っ赤な顔をして話してくれたのは、予想通りプロポーズの言葉だった。
「私、ハープ続ける為にした借金まだあるし、あなたより歳上でおばさんだし、女らしさゼロだし、ボーイズラブも大好きだけどいいの?」
「いいです!!ぼくは、あなたが好きなんです!!!ぼくが杉元くんにしか恋した事ないって話を引かないで受け入れてくれた、そんなあなただから、ぼくは……」
そう言って、雅夫くんは私に抱きついてきた。
かわいい顔の割りにちゃんと男のひとをしてるからだ。
こんな子、もう二度と現れないよね。
「……よろしくお願いいたします♡♡♡」
私は雅夫くんを抱き締め返しながら言った。
そして、数ヶ月後。
私たちは結婚し、挙式は身内だけで教会で挙げたけど、披露宴は理事長からの誘いもあっていつもの練習場所であるホールで行った。
楽団の皆が生演奏でメンデルスゾーンの『結婚行進曲』をサプライズ演奏してくれた時には、感極まって私も雅夫くんも泣いてしまった。
終わった筈の私の人生は、雅夫くんと共に生きていく事でこれから素晴らしいものになる、と、私は強く確信したのだ……。