2人足せば大人(ハタチ)だもん! 鳥も寝静まる深夜のCAGE本部……の共同キッチン。非常灯にあてられた2つの小さな影がそこにあった。彼女たちは自分たちのやっていることに一抹の罪悪感を抱きながら、こそりこそりと何かを漁っている。
「たぶん、ここにあると思うんだけどなぁ」
「エナガ!早くしないと見つかっちゃうって!」
「大丈夫!まだ誰も来ないよ!多分だけどこのあたりに……」
焦燥を浮かべ、急かすのは双子のツガイのスズメ。対して楽しそうに物色を働いているのは同じく双子のツガイのエナガであった。
さて、両名がなぜこんなことをしているのか理解していただくには、時計の短針を2目盛りほど戻す必要がある。
虫も寝静まるCAGE本部……の一画。職員と一部のトリたちによる宴会が開かれようとしていた。賑やかな会場(とは言っても小規模なものだが)の面々がグラスを持った彼女へ視線を向ける。しかし1人は既に吞み始めているようだ。
「では、僭越ながら、乾杯の音頭をとらせていただきます。此度のエンドレス撃退ならびに、皆様のお力添えに……乾杯!」
かんぱーい!と、この日ばかりは無礼講といわんばかりにグラスの音が響く。音頭を終えたツルはひと口ばかり酒を喉に通すと、職員たちへお酌をしに席を立った。その背中に声がかかる。
「ねぇツルー、これ飲んでもいいの?」
「構いませんが、ハチドリさんにはまだお早いかもしれませんよ」
「なにそれ。……うぇ、変な味」
くすくす、と笑いながらその場を離れるペアを面白くなさそうに見送るハチドリは、退屈を紛らわせるべく近くにいる人物たちにちょうどいいや、と声をかけた。
今宵ハチドリの話し相手になるのは、CAGEの中でも開発・設計の責任に関わる2人のトリ、カッコウとミヤマである。
「ねぇメガネさぁ!アリーナに新しいキノウつけてよ!火とか電気でるやつがいい!」
「どっちのメガネに話してるんだ」
「アリーナだから私の方でしょ!」
「そ、モジャモジャの方!」
カッコウは楽しそうに話についていくが、ミヤマは頼むから静かにしてくれと表情に出きっていた。
「モジャモジャて。髪型の事いってるー?ま、確かに普段気にしてないからなぁ!じゃあさ、こっちのメガネはなんて呼ぶの?」
酒を入れてからまだそこまで時間が経っていないが、いつもより上機嫌にミヤマの背中をばしばしと叩く。雰囲気に酔うタイプなのだろう。聞かれたハチドリは少し考えて、
「ん-、ツンツン」
「たはー!ツンツンだってさミヤマぁ!確かに髪も目もツンツンしてるもんなぁ!」
「ハラスメントで告発してやってもいいんだが」
ペースを乱されることなく言い放つ彼女に少し顔を青くして、冗談だよぉ!とまた背中をバシバシと叩きだす。
そんな騒ぎを聞きつけたのか招かれざる、見えない客がやって来た。扉をゆっくりと開けて視線を中に通す4つの目。この正体こそ双子のツガイだ。
「ね、スズメ!とっても楽しそうだね!」
「でも、大人しか入っちゃいけないって前に言われただろ?僕たちが入っても怒られちゃうよ」
ダメと言われたらやりたくなるお年頃。彼女たちの興味は怒られるという事よりもお酒に向いていた。しかし、スズメの言う通り入ったところで寝る時間だとか適当な理由をつけられて帰らされるのは必定。指をくわえて見ていることしかできないのだ。
「あら、可愛らしいお客様ですね」
どこからだろうとその声に釣られて視線を上へ向けると、今だけは見つかりたくなかった大人の1人。ツルの顔がこちらを見下ろしていた。
「あ、見つかっちゃむぐ!」
「わ、わたしたち、これからシャワーを浴びにいこうかなって思ってて!えっと、そしたらみんなの声が聞こえてきて、なんだろうな~って思ったんです!」
スズメの口を手でふさぎ、聞かれてもいない言い訳を一生懸命伝えるエナガに対して、納得がいったのか分からないが、微笑みを絶やすことなくわざとらしく言葉を返す。
「そうでしたか、寝る時間が遅くならないようお気を付け下さいね。……まぁ、いけない!皆さまへのお酒が少なくなってしまいました。確か調理場に在庫があったような……失礼しますね?」
瓶を抱えたまま扉をガチャリと開け、廊下へと消えていくツル。怒られなくてよかったねと安堵の表情を浮かべる2人だったが、すぐに良からぬ考えが頭をよぎった。
「スズメ!チャンスだよ!お酒があっちにあるって!」
「ダメだって!お酒は大人になってからってお父さんとお母さんに言われただろ!」
「大丈夫!わたしに作戦があるから!」
「さ、作戦?」
作戦とは、エナガ曰く『大人しく部屋に戻ったふりをして時間が経ったらキッチンに忍び込む』というシンプルかつ大胆なもの。それを伝えられたスズメの表情は随分と呆気にとられたものなのだったのは言うまでもない。
時間は進み、冒頭のキッチンへと戻る。
作戦名は勇気。恐らくはこれを蛮勇と呼ぶのだろうが、前に進むには充分。棚を探せば調味料の数々、誰かが漬けたピクルス瓶、食器くらいなもの。目当てのものは無さそうで、飲み物だからと冷蔵庫を探し出した。目のつくところにはジュース、牛乳、エナジードリンク……
「どこにもな~い!」
「きっと隠されちゃったんだよ、ボクらの見えないところにさ。ツルさん鋭いところがあるだろ?」
「隠される……そっか、わかった!」
頭の上に電球が浮かんだように何かを閃いたエナガは、足場になりそうな手ごろな椅子を運んでくる。よいしょ、と登り始めたところで倒れないように脚を支えてあげるスズメ。まだ探していないところというよりも、見えないところ。きっとそこに眠っているに違いない!その推理が功を奏したのか。
「これかな?えーっと、よくわかんないから下ろすね!受け取って!」
「あ、危ないよ!ゆっくり下ろして!」
「大変そうですね、お手伝いしましょうか?」
「お願い……げっ、ツルさん?!」
エナガの手元から缶を取り上げて机へと並べていく。当の双子はというと、逃げようにも逃げられない現行犯をおさえられて冷や汗と変な笑顔を浮かべるしか出来なかった。
双子が作戦を敢行する少し前。レモンの匂いと別の酸っぱい匂いが充満する机にて、ミヤマは眉間に皺を寄せながらその光景を眺めていた。
「この時間の揚げ物は犯罪だよねぇ~!おいし!」
「ふぁ、フゥ、おふぁふぇふぃ」(あ、ツル、おかえり)
「ただいま戻りました。これは、唐揚げ……ですか」
「この味音痴ども≪似た者同士≫をどうにかしてくれないか」
唐揚げだと即座に判断できなかったのは、嗅覚と視覚がそれを唐揚げと認識できなかったから。どれだけ絞ったのかというほどのレモン汁とケチャップが蹂躙している。
味は濃いほどいい、という意見もあると思うが、これはどう見てもやりすぎ。
「ん、ツルも食べれば?おいしーよ」
頬張ったものを嚥下したハチドリが1つを箸に刺して差し出す。受け取りはしたが、猫舌なものでと小皿にぽつんと置く。ここまでレモン汁がかかれば熱いはずがないのに。
「ミヤマもさぁ、食べないの?ほら、あーんしてあげようか!あーん!」
「やめ、やめろ!カッコウお前酔ってるな?そこは口じゃなくて目……!」
「ツンツン、メガネあってよかったじゃん」
珍しく取り乱す姿のミヤマと、わかっていてやっていそうなカッコウ。傍観するハチドリに微笑みつつ、内心どうにかしてもう一度この場を離れられないかと考えていた。
しばらく思案を巡らせ、策を思いついた。
「そう、唐揚げといえばハイボールが合うといいますよね。わたくし、あまりつくったことがないのですが、せっかくですのでご用意してきますね」
ツル!逃げるつもりだろう!と聞こえた気がしたが、振り返ってはいけない。聞こえないふりをするのも時としては必要なテクニックなのだ。
「……それに、エナガさんたちも戻ってくるでしょうし」
自主的に正座の体制になった双子たち。
「ごめんなさい、お酒を飲もうとしちゃいました」
「……ごめんなさい」
「ふふ、足を崩してくださいな。怒ったりしませんよ。わたくしもお二人と同じくらいには気になったりしていましたもの」
嘘か本当か。とりあえずその言葉で安心してぺたんと座りなおした。座っているせいで見えないのだが、なにやらツルが机の上でカチャカチャと準備をしている。
「ツルさん?なにしてるの?」
「もう、今夜だけですよ」
答えになってない返事になんだろうと顔を見合わせ、気になって仕方ないのかぴょんと飛び跳ねる。そこにはテレビや動画でしか見たことが無い、銀に光るシェーカーがあった。ツルは冷蔵庫の下段から氷を取り、シェーカーに入れて振るとカラカラという小気味いい音が部屋に渡る。見えるように脚の長い椅子に座りなおした二人は再び顔を見合わせる。その表情は期待と予想に満ちていた。
「これって……!」
「もしかして……!」
氷を捨て、器用に液体を量り入れ、冷えたシェーカーを振る。薄暗い部屋がちょうどよく、ムードを引き立てていた。まるでバーにいるような、初めての光景に瞳を輝かせる。シャカシャカ音がゆっくりになりそれを机に置くと、バーテンダーはパフェが入るんじゃないかというくらい細めのコップを2つ棚から取り出した。
「お好きな色は何色でしょう?」
突然の質問に少し間があり「私は赤!」「僕は…青」それぞれの答えを聞いた後、キュポンと何かを開けるツル。その時、特にスズメはなんだか嗅いだことあるような匂いを感じた。
「一度開けるとなかなか使いきれませんからね。残っていてよかったです」
シェーカーからは白い液体がまず1人分のコップに注がれる。お酒ってこんな色なの?なんだか牛乳みたいだね、でも酸っぱくて甘い匂いもする。そんな会話が耳にとまり、そういえばスズメさんのギフトは……と思い出す。彼女はギフトの能力により嗅覚が鋭敏になっているのだ。
「でしたら、強いものは控えた方がよさそうですね」
先ほどのコップに別の液体がゆっくりと注がれる。赤色のとろりとしたもの。底の方へと溜まっていき、綺麗な紅白の層をつくっていた。
これで完成、ではなく最後に軽く底だけをステアしてミントの葉を添える。
「まずは、エナガさんへ特別ドリンクです」
受け取ったエナガはキラキラと目を輝かせて両手でコップを持ちあげる。初めて見る飲み物!つまり人生で初めてのお酒だ!
「ず、ずるい!ボクも欲しい!」
「ご安心を。これはエナガさんのドリンクですから、直ぐにスズメさんの分も注ぎますね」
お酒は大人になってから、と言っていたスズメだったが、いざチャンスが巡って来たとなれば話は別。自分へのドリンクを今か今かと待っていた。
「せーので飲むんだよ!先に飲んだらダメだからね!」
「えー!私も早く飲みたいもん!」
ケンカへ発展する前に早くつくらなければ。なんて思いながらほとんど同じ工程で仕上げていく。違うのは最後に注がれる液体の色。注文通りの青色だ。
「ミントの匂い、お嫌いでしょうか?」
確認のために1つ千切ったものを見せる。鼻をくんくんとして「大丈夫」と了承もとれた。色以外はお揃いのドリンクが出来上がり、待ち焦がれた客へとお出しする。
「こういったものは普段つくらないので、お口に合えば幸いです」
それを合図に。
「「いただきます!」」
綺麗に声が重なり、コップに口をつける。コクリコクリと喉を通る音が静かな部屋に聞こえると。
「おいし~い!とっても甘くておいしいです!」
「お酒ってこんなにおいしいんだ……!」
感想もひとことに、すぐに2口目にかかる。すっかり虜になってしまった2人をみて、マスターは面白そうに笑う。
「ふふ、お気に召していただいてなによりです。いわば、モクテルというノンアルコールドリンクをつくってみました」
「へぇ~、モクテルっていうんだぁ」
「聞いたことあるよ!カクテルっていうお酒もあるんだ!」
得意げに自慢するスズメだが、どうも後半の言葉が耳に入っていないらしい。
「よくご存じですね。カクテルは多種多様なお酒やジュースで仕立てるお酒のこと。モクテルは多種多様なジュースやシロップでつくる……簡単に言えば、ジュースですね」
え?ジュース?と気づいたようなので、重ねてこうも伝えていく。
「おふたりに出したのは、お馴染みの乳酸菌飲料に少し牛乳を加えたもの。そこへ夏に余ってしまうかき氷のシロップを注いだものになります。シロップで甘くなりすぎないように大匙2杯ほどですね」
説明を聞き、ツルの顔ともう残り少ないコップの交互を見やる。現実はこのドリンクのように、そう甘くないのだ。
「お酒じゃないんですかこれ!」
「だ、騙されたぁ~~!」
「あらあら、騙すだなんて人聞きの悪い。私は一度もお酒を出すとは言っておりませんよ?なにより、未成年ですから」
記憶をさかのぼれば、今夜だけとかその気にさせるようなことは言っていたが、何をつくるとは言っていなかった。これを騙すと言わずしてなんと言うのかと思ったが、二人は吹っ切れたように笑う。
「あはは!じゃあさ、エナガ!ボクたちが大人になったら今度こそお酒をつくってもらおうよ!」
「それ賛成!ツルさんもいいですよね!」
「ふふ、その頃にはお好きなものも変わってそうです。練習しておかないと」
少し先の。もしかしたらもっと先になるかもしれない内緒の約束を交わす。それから飲み物のお礼と物色の謝罪を再びしてから双子は楽しそうに部屋に戻っていった。
大人になったら、それは叶うか叶わないか。なってみないとわかりませんね。と、考えながら洗い物をしているところ。
「ツ~ル~!なにしてんの~?遅いんだけど!」
「にゃはは~、あっちはもうお開きだってさ!」
「まったく、1人でこいつらの世話をする身にもなってくれ」
肩を組みながら(カッコウが一方的に引きずられているように見える)同卓していたトリたちが文句を垂れる。あら、わたくしったら、未来の約束云々より先ほどの約束がありました。
そんな風に思ったのかどうなのか、コップを拭く手を止めて別のグラスを取り出した。
「よろしければ、これより二次会といたしましょうか?」
CAGEの一部のトリたち……大人の夜はまだ続く。