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    mwmwmj

    pass➡️すっげえLOVE bomberの誕生日 ほとんどラギぶり

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    一年前とかに書いたラギぶりの第二話小説版です。

    一緒に住むことが決まって三日後にラギ〜くんと鬼ごっこする話(鬼ごっこはうる星のオマージュ♪)
    ・ハイエナ獣人に対する捏造あり
    ・薔薇の王国の捏造あり
    ・夢主は相変わらずダルい

    #2難しいのよこの恋は「生活費、払うからぁ……っ」


     あの一言がオレの生活を脅かしたと言っても過言ではない。
     目先の欲に駆られるとろくなことにならないなんて、痛いほど分かっているはずなのに。嘆いても後の祭りで、今も玄関先でスーツケースを片手に佇んでいる女の存在に頭を痛めていた。
     ユイさん。年齢は23っつったっけ。
     四日前、出会い頭に「抱いてください」等とのたまった脳みそがピンク色のこの女性はなんとまあ、立派な社会人サマで、仕事があるから一緒に住むと言ってもすぐに行動に移すのは難しいとのことだった。おかげでオレの気ままな一人暮らしはかろうじて守られていたのだが、ついにその平穏にも終わりの鐘が鳴る。

    「ラギーくん!ひさしぶりっ」

     やけにテンションが高く、酔っ払ってしおらしく俯いていた初対面の様子は見る影もない。めんどくせえなあ、と思いつつも「金のためなら何でもやる」がオレのモットーだ。女一人との同居だって、我慢してみせようじゃないか。そもそも学園にいた頃は寮で二人部屋を強いられていたのだ。大したことじゃあない。
     たとえ襲われたとしてもこの女は爪もなけりゃ牙もない、ただのか弱い人間なのだから。

    「相変わらずかっこいいねえ♡」
    「それはどーもッス」
    「え、なんか言われ慣れてる……?」
    「アンタにこの前散々褒められたおかげでね」

     自分ちの鍵を勝手に複製されたことのある奴が、果たしてこの世界にどのくらいいるだろうか。その異常さに恐怖や怒りを覚えるより先に、彼女の放った「生活費払うから」という言葉がオレの心のやらかいところに巻きついて離してくれない。要は、オレにとってはこれ以上ない最高の口説き文句だった訳だ。
     その時に理由を聞いたら出てくる出てくる、褒め言葉のオンパレード。
    「助けてくれたとき王子様かと思った♡」
    「顔がかわいくて超タイプ」
    「寝てる時の背中が広くてかっこよかったから」
    「しっぽがちらっと見えるたびに得した気分になるの」
    「その鼻にかかった声でオネーサンって呼ばれるとドキドキするから」
     スラムのハイエナ捕まえて王子様って。なんて思いつつも、褒められるのはまあ、悪い気はしない。顔が可愛いは余計だが。
     死ぬほど褒めちぎった最後にぼそりと呟いた「あたしのこと突き放したから」という言葉は、聞こえてないつもりなのかはたまた聞こえてもどうでもいいからなのか、あっけらかんとしている女の心中がわからない。言葉の意味を聞いてもいいけど、それをするにはお互いのことを知らなすぎる。深入りは良くない。どうせ彼女の望みをオレは叶えてやれないのだ、飽きたらすぐに出て行くさ。
     玄関で話すのもなんだからと部屋に上げてやると、彼女はこの国では珍しく靴を脱ぎ、代わりにスーツケースの中から取り出したスリッパを履いて部屋にあがった。

    「おじゃましま〜す」
    「はい、ドーゾいらっしゃいませ」

     これから一緒に住むひとに「いらっしゃい」なんて、なんか変な感覚だ。そもそも人を家にあげること自体があまり経験のないことなのだが

    「な、なんか恥ずかしいね……」

     なんだそりゃ。


    ・・・


     引っ越しと言っても住所を移すつもりはないらしい。手紙が来たところで保険への加入だとか、クレジットカードの案内だとか、そんな感じのばっかだし。読む必要ないもん、と少し鬱陶しそうに斜め下を見やりながら唇をいじる彼女を、つむじから足先まで無遠慮に見回す。
     街中にいたらそこらの建物に溶け込んじまいそうな煉瓦色の髪が、セットしてるのか寝癖なのか微妙なラインであちこちにくるんと跳ねている。耳もフツーの、人間の耳。鼻も。獣人のオレからしたら不便極まりないんだろうな、人間って。玄関にいた時はヒールの靴でそんなに変わらなかった身長差も、今じゃ15センチほどある。魔法も使えないときた。
     なんつーか…………危機感とかないんかな?サバンナだったら真っ先に獲物にされンだろ。この世は弱肉強食。のこのこ巣に入ってきた草食動物悪いんだから。そういやこのひと、オレに食べられたがってるんだった。オレがこのひとを食べることは決してないけれど。
    (この場合の食べるは"そういう意味"で、だ)
    それは別にこのひとだからどうとかじゃなくて、ただ、オレ自身の問題だ。
     記憶の引き出しにすらない、顔も知らない母親がオレを産んでお空の星になっちまったこと。母親の命をもらって産まれてきた。親と子の"愛"ってやつを尊ぶ奴なら、そうやって美談みたいに言うんだろうな。だけどオレはそうはなれなかった。奪ったのだ。自分が生きるために。
     ハイエナの獣人属の死産確率は、他の獣人のそれと比べると非常に高い。子供も、母親も。特殊な出産をするからだ。スラムの環境の衛生的な部分もあると思うが。
    そんな誕生のキセキを乗り越えたとしても、オレたちに確かな明日は保証されていない。「当たり前」のない世界で生きていくためには、他者から奪うことがサバンナの掟である。
     幸い自分にはその力があった。小柄で腕力こそなかったものの、手先の器用さならそんじょそこらの奴に負けるつもりはない。スリはお手の物だったし、獲物をぶんどった後に逃げきる足の速さだって備わっていたし、なによりも魔法が使えた。スラムでは珍しい、特別な力だ。下手に力があったせいで、魔法で犯罪を犯すと「魔法執行官」なんつー大層な名前のケーサツが出てきて、逆にやり辛いってのもガキのうちに知る羽目になったのだが。
     それなもんだから、オレがスラムのガキどもの中でリーダー格になったのも、まあ自然なことだったのもしれない。本来ハイエナってやつは雌を主軸に群れを成し、雌に従って生きていく種族だが、それ以上に動物ってやつは力を優先する。サバンナでは特にだ。
     しかしそれが女性に逆らえる理由になり得るのかと言われると、生まれ育った環境で18年間培われたものだからか、はたまたDNAに刻みこまれたものなのか…………要は、女ってだけで譲らねばならない何かが自分の中には存在していた。

    「だからぁ!ラギーくんの休みの日にデートしたいんだってばあ!」
    「だからァ!休日はかきいれ時だから休みねえっつってんじゃないッスか!」
    「あ、じゃあバイト終わりにイルミネーションとか観に行こうよ」
    「光見たってどうしようもないでしょうが」
    「まあそうなんだけどお」
    「そう思ってんのかよ!?」

     めちゃくちゃデートに誘われている。そして、断るたびになんつーか、こっちが悪いことをしてる気分にさせられてる。なんでオレがこんな思いしなきゃならねーんだよ。つーかもっと他に話すべきことあんだろ。あと自分も興味ないとこに誘うな。

    「ねえお願い〜……これから一緒に暮らしてくんだよ?お互いのこと知るべきじゃない?好きな食べ物なに?好きな女の子のタイプは?」
    「それは一理あるけどデートは必要ないッスよね?そもそも、オネーサンがどうしても一緒に住みたいっつーから承諾しただけで、オレは別に取り消してもいいんスよ。好きな食いもんは食えりゃなんでも。好みのタイプ、特になし。」
    「そうだけどお!必要じゃないかもしんないけどお……ラギ〜くんとおでかけしたいんだもん…………あと好きなものが参考にならないです…………」

     取り消してもいい、は家賃+生活費がタダになることを考えると正直かなり惜しいので、これは一種の駆け引きである。何事も簡単に承諾するようじゃ商談は成り立たないのだ。雇用主の要望に見合った対価を請求することは労働の基本中の基本、オレは最低時給1000マドル以上でしか動かない男。いや、この場合はあっちが顧客なのか?どちらでもいい。要は「タダ働きなんてゴメンである」ということだった。

    「だったら相談なんスけど、」
    「じゃあ鬼ごっこで決めようよ!」
    「…………は?」

     食い気味でこられた。今この人なんつった?仮にも成人済みの女性の口から提案される単語ではない、ガキのお遊戯をさも「名案思いついちゃった♪」みたいな顔で告げられたことに驚きを隠せない。鬼ごっこ。人間のこのひとが。ハイエナの獣人属のオレと?無理だろ、オレじゃなくてそっちが。
     彼女の言い分はこうだった。

    「走ってるラギーくんが見たい!」

     以上。馬鹿にも程がある。かけっこが速くてモテるのはエレメンタリースクールのガキまでだろ。オレは通ってないけど。

    「開始5秒でアンタの負けだけどいいんスか?」
    「えっ?、っあ……そ…………そんなカッコいいこと言われると思わなかった………」
    「馬鹿ッスよね」
    「ちょっと!?……あのねえ、あたしだってラギーくんの方が足速いってわかってるよ。さすがに…………ちがくて、あたしが追いかける側でラギーくんが逃げる方!」
    「ふーん……負け戦じゃん」
    「いいのいいの、なんか勝てる気がするし!駅向こうに行くのはなし。建物の中入るのも。一時間以内にあたしがラギーくんのこと捕まえたら、今度の休みデート!どう?」

     勝てる気がする、などと曖昧で適当で不確かな言葉に乗っかる馬鹿はいない。かつてオレが「世界をひっくり返そうぜ」なんていう歯の浮くような甘言に乗ったのは、あの人にそれだけの力があることを知っていたからだ。
     この人はレオナさんとは違う。そんな力、あるわけがない。オレがこの人間の女に負けるわけがない。もともと逃げる方が得意なのだ。昔からなにかと逃げ回って生きてきたのだから。本来サバンナでは狩人側の自分が人間のこのひとから逃げるのは、若干気に食わないが。っつってもなあ………今からやんのかよ〜………もう18時半を回ってるっつーのに、帰ってから飯の準備しなきゃいけないのはさすがに面倒くさい。

    「終わったらご飯食べに行こうよ。あたし出すから」
    「やるッス!!!」
     
     ━━嗚呼、また目先の欲に釣られてしまった。


    ・・・・


     薔薇の王国の主要都市から鉄道で40分ほどの港近くにこの街は位置している。海が近けりゃ栄えるのはどこの国でも一緒なんだろう。駅の西側は若干治安が悪く違法な酒場なんかもあるが、東側は鉄道駅ビルで栄えており、川向こうには遊園地が見える。そして、至る所に薔薇らしき蔓が巻きついていた。11月なので当然花は咲いていないが。
     景観を重視した街並みは、雨がよく降る湿った空は、故郷のスラムにはない住みやすさと息苦しさがあり、きっとここに住み続けたら自分の牙は丸くなってしまう。そんな確証がつま先からゆっくりと身体を這い上がってくるように蝕んでいき、気付けば喉を鳴らしていた。
     だから、ちょうど良かったのかもしれない。この街に来てから1ヶ月、本気で走れる機会を得られたことは。

    「んじゃあ、5秒数えたら追っかけていいッスよ」
    「5秒でいいの?短くない?」
    「シシシッ!ハンデッスよ。ハ、ン、デ。10秒もあったら、オネーサンもうオレのこと見つけらんなくなっちまいますもん」
    「………ムカつくぅ」

     事実だし。まあ、それでも彼女はオレの薔薇の王国暮らしの大事なパトロンだ。財布がカモを背負って釣り針に食いついてきたようなものだ。あまり機嫌を損ねさせるのも良くないので、様子を見つつ捕まらないことを前提に逃げ回らせてもらう。貴重な休日の稼ぎどきを潰してのデートはごめんである。
     賃貸アパートメントの前、コンクリートで舗装された道路。薔薇の王国の11月の夜は、走りやすいようにとTシャツにパーカーを羽織っただけの装いじゃあ、少し肌寒い。コートでも買うべきか。いや……鬼ごっこが終わったらこの人に買ってくれるよう打診してみよう。内側がモコモコしててあったけーやつ。この体は暑さには耐えれても、寒さに耐えられるようにはできていないのだから。
     その為にも、まずは。

    「そんじゃあ……お先に!」

     よーいどんを待たずに走り出したオレに続いて、あわてたように5秒のカウントが始まった。2を数えるまでは普通の間隔であったが、オレが彼女の想像よりも速く逃げ出したことが焦りを生んだのか、最後の4、5はほぼ数える気ゼロだった。なんとまあ自分勝手な。だがそれでいい。それくらいの強かさがないと、こっちだって張り合いがないってもんだ。後ろから「ちょ、はや……速いって!」と聞こえるが、気にせず角を曲がる。
     大通りの反対側に走っていき、彼女が角を曲がったタイミングで路地に入ろうとしたが、街灯のついていない道は冬の空も相まって余計に暗く感じてしまい、この道に彼女を誘い込んでしまうことに後ろめたさを覚えてやめた。なんだかなあ。やり辛い。弱さってずりいわ。
     帰宅途中の会社員を何人か追い抜きながら川の方角へと走っていく。どうせ体力もないだろう、見通しのいい場所で適当な距離を保ちつつ見張ってやった方がいい。そう思ってちらりと後ろを見やるが、現れない。別の道から出てきて待ち伏せでもしようとしているのだろうか。2分ほどその場で待ってみると、ペットボトルのお茶を飲みながら角を曲がってきた彼女にずっこけそうになった。

    「あ、いた」

     この人………捕まえる気あんのか!?自分から提案しといて早々に諦めやがって、これじゃあ真面目に取り合ったこっちが馬鹿みたいじゃねーか……!

    「ちょっとちょっと!やる気あるんスか!?」
    「や、思ったより足早かったからぁ……」
    「……じゃあもう終わりでいいッスね。デートはなし。ハイ、撤収〜飯行きましょ〜」
    「あっダメダメダメ!デートしたい!ちょっとそこで待ってて!」
    「誰が待つか!」

     調子の良いことを言いながら、律儀にペットボトルの蓋をしめてから走り出した彼女の初速の遅さに「この人生まれたのが薔薇の王国じゃなかったら終わってたな」と心底呆れる。
     つかず離れずの距離を保ちながら川沿いの道を走るオレたちは、よその国の住人から見たら大変滑稽だろうが、きっとこの国では何も問題ないのだろう。ここはおかしな法律がまかり通るふしぎの国。カルチャーショックは住み着いてから1ヶ月の間に何度あったか数知れず。
     かつてハートの女王の法律に遵守した寮に転寮してみたいなんて言ったこともあったが、現実はなんでもない日のパーティとは無縁であった。

    「ねえー!ラギ〜くーん!」
     後ろから間延びした声がオレを呼ぶ。
    「ハートの女王の法律ー!第902条〜!ハイエナは川沿いを走る時ー、後ろ向きでなくてはならなーい!」
    「わかりきった嘘つかないでくれます!?」
    「嘘じゃないよー、周りの人も見てるよー!通報されちゃうよー!」

     たしかに、側を歩いている散歩中の犬とその飼い主はオレの方を見ていた。だけどそれが本当に彼女の言う通りの理由だとは思えない。思えないが、ハートの女王の法律の理不尽さは、同級であるハーツラビュル寮長の口から幾度となく飛び出していた突拍子のない台詞の数々を思い出すと、絶対にないとも言い切れない。
     法の抜け道などいくらでもあるだろうけれど、今この場で後ろを向いて走ったところで彼女に追いつかれるとは思えないので、これが嘘であったとしても、まあ乗ってやってもいいだろう。

    「ねえー!ラギ〜くーん!」
    「何回も大声で名前呼ばないでほしいんスけどー!」
    「さっきの嘘〜!顔見たかっただけー!」

     本当に………何なんだこの女!?
     ストレートの打球を投げてきたのかと思ったら急に手元でカーブする変化球みたいなひと。あるいは、捻れすぎて真っ直ぐになった針金みたいなひと。なかなかに狡いところがあるが、その狡さが適当っつーか……嘘をつくくせに騙すつもりがないところは逆に素直なのかもしれない。一周まわってちょっと面白くなってきた。
     オレはこれから、このひとと一緒に暮らしていくのだろうか。
     後ろ向きで走ってやってたから段々距離も縮まってくるかと思いきや、喋りながら走っていたせいでもう息切れしている彼女に今度はこちらから声をかける。

    「勝てる気がする〜なんつってたのはどこの誰でしたっけねえ?」
    「うっ、うる、さい、なあ……っ!?」
    「シシシッ!別に降参してもいいんスよ〜?」
    「やだぁっ!な、ナイトプール……っ、絶対、行くんだもん……!」
    「オネーサン、オネーサン。目的地変わってるッスよ」
    「………ねえ!それ、その呼び方、」

     何かを言いかけた彼女は、唇を噛んでその言葉を飲み込んだ。そして、脇腹を抑えながら最後の力を振り絞るみたいに、下を向いたまま走ってくる。このタイミングで来るか、と思い前を向き直すが、下を向いたままじゃ酸素をうまく取り込めなくて上手に走れないのだ。
     案の定、数秒後に力尽きてその場に立ち止まり、膝に手をつく彼女のつむじを十メートルくらい先で眺める。
     息を吸って吐いて、だけど吐ききれなかった酸素が肺に残ってるからやっぱりうまく吸い込めない。段々と苦しそうにうずくまっていきながらも、前髪の隙間から覗く瞳だけは、オレが逃げださないか見張るためにこちらを向いている。狩人だったはずの彼女の姿は、今じゃ獣に追われて食われる寸前の草食動物でしかなかった。
     無意識に彼女の方に向かって歩きだす。半開きの口から漏れ出る浅い呼吸が、この人の弱さを物語っていた。やっぱりアンタ、サバンナじゃ生きていけねえよ。だってこんなに美味そうなんだもん。
     
    「息、ちゃんと深く吐いてみて。……うん、そう。そんでもっかい吸える?」

     あと少しで手が届く距離まで近づいて呼吸のアドバイスをする。オレに言われた通りにふぅーと口から細く長く息を吐き出して、また吸い込み直すと少しずつ楽になってきたのか、それに合わせて上下する背中の動きも落ち着いてきた。
     その様子を見下ろしている今の状況は、居酒屋の廊下で出会ったあの日ととまるで同じ。あの時もやっぱり、彼女はオレよりもずっと弱い生き物だった。
     女性ってのは、オレたちの国では男よりも強かなもんだから、なんていうか本当に………どうしたらいいのかわからない。強くて、男の代わりに狩りをしてくれるから敬意を評して生まれたレディーファースト文化。
     なのにこのひとときたら女なのに弱っちくて、狩も下手で、おまけに「抱かれたい」だとかプライドのかけらもないことを泣きながら言ってくる。ファーストする理由なんかこれっぽっちもない。
     だから、これは彼女のためではなくオレのため。

    「手、どーぞ」
    「……え、あ、」
    「早く。オレ、薄着だから寒いんスよ」
    「う、うん。ありがと、う……?」
    「いーえ。そんじゃ、この鬼ごっこはアンタの勝ちってことで」
    「………え!?なんで!?」

     困惑の表情でなんでなんでと繰り返す彼女に、自然と口の端があがる。気分がいい。ここまでずっとペースを崩されてきたのだ。やられっぱなしは性に合わない。彼女が仕掛けた勝負に負けた訳ではなく、これは戦略的撤退である。

    「オレさあ、サバンナ育ちなんスわ」
    「?うん……?」
    「寒さにはそんな強くねーの」
    「そうなんだ?」
    「だから、この国の寒さに耐えられるあったか〜いコートが欲しいんスよねえ……」

     試合に負けても勝負に勝ちゃあいい。要は、一日分のバイト代の元が取れればそれでいいのだから。コートも、ブーツも、その日の飯代も全部払ってもらおう。アンタの言う"デート"とやらに付き合うだけで対価を貰えるのなら、それは居酒屋の労働よりも随分楽な仕事だ。オレを雇うなら最低賃金1000マドル。それ以上はビタ一文まけてやんないッスから。

    「格好いいやつ買ってくださいよ、ユイさん!」
    「あ、な、なまえ」
    「あ?」
    「名前、呼んでくんないなって思ってたから………あの、嬉しい、です。えへ………」

     …………やっぱりやり辛い。初対面の印象が強すぎるんだ。抱いて欲しいなんて、きっとこの人の柄じゃないんだろうな。劣情の中に落とされたひとすくいの純情に苛立ちを覚えるが、それを誤魔化すための表情は、生憎オレの得意技だった。

    「シシッ……名前呼ばれただけで喜んじゃうんスねえ、ユイさんは」
    「……ラギーくん」
    「なんスか?」
    「…………い、今すっごく、だ、抱いてほしい、やばい、おかしくなりそう」
    「抱かねえってばあ〜」

     前言撤回。やっぱ劣情だらけだこの人。
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