ある夜ふけ、ポーラータング号の廊下を歩いていたローは、食堂から細く光が漏れていることに気がついた。
「こんな時間にどうした、ジャンバール」
ランプが作る巨大な陰影に向かって、ローは声を投げかけた。ひとり背中を丸め、テーブルに向かって何かを見ていたらしいジャンバールは、驚いたように身じろぎした。
「キャプテン」
ジャンバールの大きな手に握られていたのは、一部の新聞紙だった。麦わらの一味の記事が、顔写真つきででかでかと載っている。
「麦わら屋か。何か気になることでも?」
ローが尋ねると、ジャンバールは言いにくそうに口を開いた。
「ワノ国で海峡のジンベエが加入しただろう」
「ああ」
「黒ひげも、名のある者を大勢配下に従えたと聞く」
「……らしいな」
「強い者を支えるには、下につくひとりひとりが強くあらねばならない。シャボンディ諸島で、キャプテンはおれを見込んで仲間に加えてくれたのだろうが」
ジャンバールは一面記事で堂々と笑う、元七武海の魚人を眺めた。
「おれは同じ元船長でも、タイヨウの海賊団には到底……」
「ジャンバール」
何が言いたいのかを察したローは、ぴしゃりと言い放った。
「おれがビッグマムとの戦いに集中できたのは、お前たちがいたからだ。背中を預けられねェと判断していたら連れては行かなかった」
「だがキャプテン。これから待ち受けるものはそんなに甘くはないのだろう。優れた仲間を選び、足手纏いになるなら切って捨てる覚悟も必要だ」
「それは名のある海賊団の元船長としての忠告か?」
「そんなわけでは……」
ジャンバールはその鬼神のような形相を困ったように歪め、言い淀んだ。
ローはジャンバールの正面に回り、手にした刀を立てかけると、向かい合うように椅子に座った。そして両手を組んでテーブルに置いた。
「今までの海にはそんな海賊団ものさばっていただろうが、これからは必ず仲間の力が要る。仲間の信頼を裏切るような船長はこの先じゃやっていけねェ」
ローは続けた。
「いざという時に仲間を見捨てる奴も、仲間を守る力のない奴も、どのみち死ぬしかねェんだ。だったらおれは、最後まで足掻く。おれは自分の仲間を気に入ってるからな」
金色の目を、初めてジャンバールは怖いと思った。この年若い船長に地獄の底から救われ、居場所と役割を与えられ、一人では見ることのできなかった景色を見せてもらった。心から慕う船長だ。
だがその船長は今、怒っていた。普段のようにわかりやすく声を荒げるのではない、ただ静かに燃える怒りに、ジャンバールの決してやわではないはずの肝が冷えた。
「いいか。おれは、再びお前を捕らえに来る奴がいれば天竜人相手だろうと戦うし、仮にお前の代わりに海峡のジンベエを渡すと言われても、おれはお前が望まない限りお前を手放さねェ。おれはその覚悟でお前の船長をやってる。お前の迷いや自虐は、おれの判断を疑うのと同義だ」
わかるか、ジャンバール。
目線は遥かに下なのに、見下ろされているかのような威圧感で畳み掛けるローを、ジャンバールはしばらく見つめていたが、やがておもむろに口を開いた。
「おれが加入して、この潜水艦を案内してくれた時、キャプテンはなんと言ったか覚えているか」
「?さあな。なんて言った?」
「使い物にならなきゃ誰だろうが追い出すし、抜けたいなら止めねェ、うちはドライだからなと、そう言ったんだ」
ローはそっぽを向いて舌を打った。
「余計なことを覚えてやがる」
「お前の下につけて良かった、キャプテン」
ローは不敵に笑った。
「それはこの後の過酷な航海の後で判断しろ」
ローはジャンバールの肩を拳で軽く叩くと、また大刀を担ぎ直し、食堂を出て行った。