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    カノエ

    @cA__noeL

    フィ晶の幸せを願っていますがそれはそれとして離別が好きです。

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    カノエ

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    十日目の菊(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=23025824)の晶side的な。
    今のところ晶と友達(捏造)が喋ってるだけ。
    すごくみじかい

    いつかの文目 ──きっともう長いこと、ここにいない誰かの影を追っている。

    ♢♢♢

    「しっ、失恋⁉」
    「わ、声大きいって……」
     晶が慌てて辺りを見回すと、思わずと言った様子で立ち上がっていた彼女は気まずそうに腰を下ろした。
     物の少ない空間というのは得てして音がよく響くもので、それは無機質さを売りの一つにしているカフェの中でも例外ではない。店の雰囲気を壊してしまっただろうかと恐る恐る周囲を窺う。こじんまりとした店内には晶たちの他に作業をしている様子の女性が一人いるが、彼女はこちらに一瞥をくれることもなく端末の画面に注視していた。席の位置的に確認できないが、バックヤードから店員が出てくるような様子もない。
     とりあえずカフェの運営に支障をきたすほどの迷惑はかからなかったようだ。晶はほっと胸を撫で下ろし、複雑そうな顔をしている友人に向き直った。
    「みたいな感覚っていうだけ。実際に何かあったわけじゃないよ」
    「よかった。私に何の報告もないままいつの間にか付き合って別れました、とか言われたら泣いちゃうとこだったわ」
    「そんなことしないよ」
     大仰に口を押える友人に苦笑して、晶もひらひらと片手を振った。いったん仕切り直そうとプラスチックのストローに口をつけながら、先ほど自身が発した単語を回想する。
     失恋。晶が口にしたのは、確かにその二文字だった。もっとも、弁解したように言葉通りの意味ではないのだが。

     先の満月の晩から、どうにも調子がおかしい。
     毎日のように、薄ぼんやりと靄の掛かったような心地で起きる。起き上がるのを億劫に思うほど身体が重い。何かとても長くて密度の濃い夢を見て、けれどその内容は全く覚えていない。そんな、言いしれない消化不良感がずっと胸の内にわだかまっている。
     不意に隣を見上げて、そこに空間があることに違和感を覚える。メニューを見た時に、好物というほどではないものに目が行ってしまう。他にもたくさん、何でもないようなことに妙に引っかかって疑問符が浮かぶばかりだ。
     心の中に、所以の分からない空虚さが居座っているような気がする。
     近い言葉で表現するなら、と『失恋』という言い回しを選んだものの、これはこれで完全にしっくりくるとも言い難かった。

     そもそもあの時も気が付いたらエレベーターの前にいたのだが、何故だか驚くほどの倦怠感があった。猫ばあさんの家に行こうと考えていたところまでは覚えていても、そこからどうやって帰ったのかまったく記憶にない。
     服や所持品に異常はなかったし何らかの事故や事件に巻き込まれた可能性も限りなく低いため、大事にするのもな……と等閑にしてしまった部分もある。
     一応病院にも行ってみたものの、一過性の健忘症──突発的な記憶障害かもしれないというところまでしかわからず、その他の日常生活には全く問題がないため恙なく帰された……のだが。
    「それで、失恋したことが辛すぎて相手のことを丸ごと忘れたんじゃないかって?」
    「……うん」
    「すごい飛躍というか……まあ、理屈はわかるような気がしないでもない……けどね」
     一通りを聞いた彼女は一度口を噤み、何とか理解しようというように頭の中で晶の言説を転がしていたようだった。手にしたココアを一口含み、私の意見を言わせてもらえば、と前置きして話始める。
    「晶はそういう性格じゃないと思う。もし仮にそういう相手がいたとしても、忘れるとかはできないんじゃないかな」
     ほんとに仮にだからね⁉、ともう一度強調して頬杖をつく。
    「もう本当に辛くて辛くて、どうしようもなかったとしても。全部忘れてなかったことにするんじゃなく、一つだけでも楽しかったことや嬉しかったことを拾って、大切な思い出として抱えていく、みたいな。晶はそっちの方が得意だと思……って、何か恥ずかしくなってきたんだけど⁉」
     話している途中で晶の表情に気付いたようで、冷静だった声色が一気に跳ね上がった。みるみるうちに血色の増していく友人を見ながら、晶は自身も同じような顔色をしているんだろうなと思った。
    「ふぅん。私のこと、そんな風に思ってくれてたんだ」
     口角が上がっていくを自覚しながら上目遣いで見つめる。素直な友人はぱくぱくと声のないまま何度か口を動かし、開き直ったように拳を握った。
    「そもそも、私に黙って恋人作るっていう時点で無いから! 無理だから! もうこの話終わり!」
     真っ赤になりながら両手を振る彼女に、晶は声を上げて笑った。
     笑いすぎて少しだけ涙が出たのは、きっと気付かれていたかもしれない。

    To be continued...
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