【短文】寂夜、指先と温もりについて「……ごめん、ごめんなさい……わたしは」
冷え切った蒼白の夜の帳に掠れた声が漂っている。
眠りを知らない変異波形は微かな声を拾い室内に舞い戻った。
(また、悪い夢を見ているのですね)
独立傭兵レイヴン。ルビコンの救世主。そう呼ばれて陽の下で力強く笑う彼女が、今は譫言のように謝罪を繰り返しながら眠っている。
シーツに散った特徴的な雪色の髪、病的な透き通った肌が雪の光を受けて溶け消えそうだった。彼女が選択し、守るものの為に恩人達を手に掛けたのはもう半年近く前のこと。それでも癒えない心の傷が、毎晩こうして静かに英雄を苛んでいる。
(あ)
閉ざされた眦から涙が溢れ、白い頬を伝い落ちた。それを見やって、泣きたいのはこちらですよと無い肩を落としてしまう。
恩人、友人、私の声が聞こえるただ一人の人。
言葉で痛みを分け合うことは出来るかもしれない。けれど、形のない私には共に流す涙もその雫を拭ってやれる手もない。それが、こんな静かな夜には歯痒くて仕方なくなってしまう。
(貴方の愛する人が今日も魘されていますよ。気づいてあげて下さい)
やるせない気持ちで彼女の傍で眠る男に念を送る。暫くして薄目を開けた彼は、いつもそうしているように冷えた雫を指先で掬い取った。そのままふわりと彼女の髪を撫でて、ここにいる、と呟きながら震える身体を抱き寄せる。心なしかきつく閉じられた目元が緩んだように見えて、エアは誰にも聞こえない溜息をついた。
(ラスティ、私は貴方が羨ましい)
私も、夜明けに佇む白い鳥の頭に触れてよく頑張りましたと言ってみたい。
凍えそうな時に手を差し出して温めてやりたい。
ありがとう、愛していますと言いながら抱きしめたい。
いつか、遠い未来で叶う時は来るのだろうか。
せめて起きている時、少しでも幸せであれるように。
目覚めた時に、私がかけてやれる一番優しい言葉は何だろう。
そんな事を考えながら眠れぬ波形は時を過ごす。
夜が白むまで、まだ暫く掛かりそうだった。