【短文】平和な空を君にひと時「さてと。出掛ける前にエアに見て欲しいものがあるんだ、今日は一緒に来ずにちょっとそのまま屋上で待っていてくれ」
ある晴れた朝。早々に任務の支度をしたレイヴンはそう言い残してガレージへ駆けていく。暫くして現れた真っ白な軽量機体には、普段のアセンとは違う見慣れないパーツが付いていた。
「レイヴン、何を……?」
ナハトライアーの爪先が雪を蹴って舞い上がる。加速して遠ざかる姿はそのまま晴天へと消えていくかと思われたが、ぎりぎりの所で視界に留まりこちらを窺うようにふわりと滞空した。
『エア、見えてる?』
通信のノイズを介さない、交信による浮ついた声が響く。
『ええ、勿論ですが』
『なら良かった――いくよ』
その言葉と共に機体が再び推進を始める。同時に、通常のACにはない、白い航跡が尾を引いてゆく。ああ、先程のパーツはスモークを焚く為のものだったのか。今度は視界の右上に向かって滑らかな弧を描くように上昇。更にそこからくるり、と天辺で翻り、一つ輪を作って。
『レイヴン……分かりました、あなたが今、何をしようとしているのか』
そこまで来れば、あとは見たも同然だった。
左上から右下へ。曲線をなぞるように優雅に飛ぶ姿が残っていた最初のスモークを横切る。
いつしか澄んだ青空には、白い煙で巨大なハートマークが描かれていた。平和な時代、とある惑星で行なわれていた航空ショーの演目に似たそれは、凪の空に流される事なくくっきりと留まり続けている。
『エア、どう?ちゃんと出来てる?』
『はい、綺麗です、とても……』
ああ、彼女はこれを準備していたのか。今日という日に見せてくれた理由は言われずとも分かる。
『良かった、ぶっつけ本番だったから。改めて、親愛なるエア、ハッピーバレンタイン!』
『ありがとう、レイヴン……何よりの、贈り空です』
自分は実体のないルビコニアン、例え誰かと親しくなろうとも贈り『物』は受け取れない。それが少し寂しく、レイヴンが悩んで心を込めた贈り物を貰える人を羨ましくも思っていたのを、彼女はきっと気づいていたのだ。
だからこうして、波形の身なら永遠に憶えて持っていられる『空の思い出』を私にくれた。
――白い鳥が煙を止め、真っすぐに帰ってくる。
「もう、わざわざ迎えに来なくともそちらへ行けるのを知っているでしょうに」
それでも、たまにはこういうのも悪くない。
空の図形に気づいた地上の人々が、何事かとざわついているのに気づいて笑みが零れる。きっと何処かの誰かの公開告白だと思われているのだろう。まぁ、それに近いものだけれど。
あれは私にだけ捧げられた宝物なのだ。
豪快に新雪を巻き上げて着地したACへふわりと滑り込む。漂う自分に気づいたレイヴンが、ちょんと指でつつく仕草をしてにこりと笑った。
「受け取って貰えて良かった。さぁ、今日の任務に行こうか」
「しかと胸に刻みました。今日は良い一日になりそうです」
再び機体が離陸する。
今度は二人分の楽し気な声を乗せて。
束の間とは言えど、今はただ平和で幸せな空が眼前に広がっていた。