転校生とは、いつだって注目の的に上がるもの。アカバもそうだった。転校早々、前の学校ではどうだの好きな食べ物はなんだの彼女はいるかだの、ありとあらゆることを聞かれて疲弊しきっていた。いちいちあしらうのも面倒で、質問攻めにしてくるクラスメイトから逃げ、今は図書室に一時避難している。古く寂れ、なおかつ校舎からは渡り廊下を渡らなくてはならない場所にあるそこは、アカバからすれば格好の逃げ場かつ隠れ場所だったのだ。
「疲れた疲れた」
暑い中逃げ回って汗だくのシャツをパタパタ扇ぎ、微量ながら風を送る。もっとエアコンの風が当たる場所はないかと歩き回りながら探していた時、カウンターに座って本を読んでいる生徒がいることに気がついた。少年の頬や手は傷だらけで、スポーツか何かをやっているのかと思ったが、その腕はやけに細い。図書委員の札を首から下げているので、おそらく今はその業務中なのだろう。
「……あ」
すると、ふと顔を上げた彼と目が合った。
「どうしたんだ」
何か用があると思われたのかもしれない。アカバは「暑かったからクーラーの当たる場所を探しとってな」と簡単に答える。すると、「一番扉に近い机の右から三番目が涼しいよ」とだけ返して、彼はまた本の世界へ戻っていく。その間も特に表情が変わることはなく、なんというか無愛想なやつだと思った。親切に教えてくれるあたり、悪いやつではないのだろうが。
「助かった、えーと……」
「クロノ。同じクラスの」
「え」
全然気が付かなかった。こんな生徒が同じクラスにいただろうか。逃げるのに夢中で全く気付いていなかった。こんなに派手な髪の色ならすぐ気付きそうなものだが。
「確かアカバっていったよな?よろしく」
しかし彼はアカバに気付かれていなかったことに気を悪くする様子も全く見受けられずただ簡素な挨拶をするのみで、それ以上深入りするような質問もしてこなかった。普通、転校生相手ならもっとあれこれ聞きたくなるものではないだろうか。
「……おまえは何も聞かんのじゃな」
「逃げ回ってたから、あんまり聞かれたくないのかと思って」
なるほど、人の本質を見極め、相手が不快にならないような判断ができる男らしい。アカバはにっと笑った。
「おまえ結構いいやつなんじゃのー!」
「そうかな」
「ああ、わしが保証する!」
がははと大きく口を開け豪快に笑うアカバにぱちくり瞬きをしたクロノは、「ありがとう」と素直に礼の言葉を述べたのだった。
以来、アカバはクロノと一緒にいる。踏み入りすぎるような質問は絶対にしてこないし、相手の内情を慮ることに長けている彼の隣にいるととても落ち着いた。はじめは気にも留めなかった青色は、今や見つけるだけでふわりと気分が上昇するひとつの目印になっている。図書室のカウンターには、今日も本を座って静かに本を開いているクロノの姿。
「相変わらず人がおらんなここは」
「アカバからしたら好都合だろ」
アカバへの質問攻めは最初の頃よりは収まったものの、今度は『何故クロノと仲良くなったのか』ということに対して詰め寄られている。クロノは所謂いじめられっ子で、彼のクラスでのあだ名は「ゴースト」。理由は、影が薄くて顔が怖いから。実際話してみればそんなものは瑣末なことなのだが、いじめられっ子にわざわざ声をかける猛者もなかなかいないものである。
「なに読んどんじゃ」
しゃがみ込んでカウンターに顎を乗せ、本のタイトルを覗き込む。
「ある閉ざされた雪の山荘で」
「面白いか?」
「うん。今大詰めに入ったところ。読んでみるか?真犯人が……ってこれ、ネタバレになるな。うーん……とりあえず読んでみればわかる」
「そりゃそうじゃろ。おまえ紹介下手じゃのう」
「う……慣れてないんだよなこういうの」
残りのページ数も一割といったところで栞を挟み、クロノは短くため息をついた。どうせなら最後まで読んだ方が良いのではないかと首を捻り尋ねると、「アカバが来たし」と返される。
「……わしもそっち入ってええか」
「図書委員じゃないからそれは駄目だ。カウンター前の机に座るならいいぞ」
クロノが指差すのは、カウンターの斜め前に置かれたグループ用の大きな丸テーブルと椅子五脚。そこに座れと言いたいらしい。
「ケチじゃのう、どうせ誰も来んじゃろ」
「あとで委員の先生が来るって言ってたから、怒られるのはアカバだぞ」
次の委員決めのときには図書委員になれるといいなと続けるクロノだが、クロノと一緒でなければ正直つまらないし意味が無い。恥ずかしいので口には出さないけれど。