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    ゆつき

    @yutsuki77

    お絵描きしてます
    無断使用・転載、AI学習禁止

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    ゆつき

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    今回は、アールバのことについて詳しく書いたお話です。


    ⚠️注意⚠️
    ・くそ長いです。
    ・相変わらず拙い文です。
    ・この話は「貴方と」という話と「創作設定③」を読んでから読むことをおすすめします。

    ##創作小説

    目は全てを物語った


     人が賑わう港街、赤街ロシュ
     この国で最も栄えた街であり、他の街と比較して、圧倒的に人口が多い。
     買い出しのためそこを訪れていたが、人の多さに目が回るようであった。
     けれども、活気の溢れるその空気は、地元にはないものであり、彼──アールバはそれが嫌いではなかった。むしろ好きであり、晴れた休日にこうして街中を歩くのは気分が良く、心も晴れるようであった。
     このような時は決まってゆるゆると街を見て周り、茶房に寄ってみたり、古びた本屋で掘り出し物がないか見たりする。
     日々変わりゆく街は何度見ても飽きないものであり、彼はこうして過ごすのが好きだった。
     ところが本日は、いつものようにゆったりと見て回る時間は多くなかった。
     時刻は既に午後三時を過ぎている。
     買い物を早く済ませ、家に帰って夕食の支度をしなければならない。アールバは惜しい気持ちを抑え、必要な買い物だけを終わらせることに専念した。
     買い物を終え、途中ショーウィンドウに目を奪われながら、華やかな街中を抜けた。
     駅へと向かう途中、向かい側から覚束無い足取りの女性を見かけた。瞬間、彼女は倒れそうになりアールバは慌てて駆け寄り支えた。
    「大丈夫ですか」
     見れば彼女の顔色は良くなく、真っ青になっていたため、近くに休める場所やベンチがないかと辺りを見回す。
    「ありがとうございます。ただの貧血ですので──」
     彼女はそう言いながら顔を上げ、支えていたアールバの顔を見やった。その顔は、目を大きく見開き、信じられないものを見たかのようなものであった。
     女性は目を伏せ、ボソボソと何かを呟いていた。彼には全てを聞き取ることはできなかったが、時折「なんで」と驚く声が聞こえた。
    「あの、どうかされましたか」
     ハッと我に返り、「い、いえ……すみません」と彼女は答えた。
     彼女の表情は一気に曇り、アールバにはぎこちない作り笑顔を見せ、その顔になぜだか申し訳ない気持ちを抱いた。
     彼女を近くのベンチへ案内し座らせると、彼は女性の顔色が回復するまでその場に留まることにした。それは具合の悪い人を一人にしておけないと言う、アールバの優しさだ。
     ベンチで休んでいる間、彼女は隣に立っているアールバの顔をじっと見つめては、形容しがたい表情を見せた。アールバはそれに気が付かないふりを続けた。
     ある程度回復してきた彼女は立ち上がり、頭を下げた。
    「もういいんですか?」
    「はい。少し良くなったので、そろそろ家に帰ります。親切にしていただきありがとうございました」
     彼女が歩き始めたことを確かめてから、アールバも家路を急いだ。
     時刻は間もなく四時になるところで、家で待っている人は遅いと不服そうな顔をするのだろう。何か言われた時のための言い訳を考えながら歩く。

     まだ覚束無いような足取りで、ゆっくりと歩く。
     一枚の写真を撮り出し、見つめた。
     そこに写るのは一人の女性。ニコニコと笑っている彼女の優しい雰囲気。先程の彼とよく似ていた。
     何よりもある一部分が。


    ***


     De・stinuデ・スティヌはセアラが開いた店であり、名の通り運命を見る占い店である。
     昔はセアラ一人で切り盛りしていたが、今やセアラが表に出て占いをすることはからきしない。その殆どを、アールバがしているからだ。それについて不満こそないものの、一切働かないのはいかがなものかと思うところはあった。とは言え、何度言っても店番を怠けるので諦めがちになっていることも事実であり、近頃は店番をしてくれと言うことすらなくなっていた。
     真面目に仕事をしている彼女の親友フェリチアや、恩師でもあるミオルスを見習って欲しいものだと、何度思ったか。
     そんなことを考えながら彼が店番をしていると、カラカラとドアベルの音が聞こえた。開いた扉から見えたのは先日、赤街ロシュで出会った女性だった。
     すっかり具合は良くなったのか、先日よりも血色が良くなっていた。
    「どうも。先日はありがとうございました」
     そう言い頭を下げる。
    「やはりここの方でしたか。記事で見たんですね」
     一度、ここの店が記事になったことがあった。その時、拒否したはずのセアラとアールバの写真までもが掲載されてしまった。
     それを見たという彼女。宣伝効果があるのは、商売人としては嬉しいことだが、どこか釈然としなかった。
    「あぁ、あれでしたか」
     そんな複雑な気持ちを抱えながら、彼は苦笑いをする。息を吐いてから彼女を案内した。
    「あの後は大丈夫でしたか?」
    「えぇ、おかげさまで。その節は本当にありがとうございました」
     再度頭を下げて感謝を述べられる。本当に丁寧な人だ、アールバはそう思っていた。
     彼女をよく見れば、動作のひとつひとつ、声や話し方、外見もまさに上品と言えるもので、彼女の生まれはいいのだろうなどと考えていた。
    「これ、お礼のお菓子です。甘味はお嫌いではありませんか?」
     高級な店の箱と袋。大したことをした訳ではないのにと思いつつ、自分のためにわざわざ買ってきたのなら、むしろ貰わねば失礼だろうと、その菓子を有難く受け取った。
    「はい、むしろ好きです。ありがとうございます」
    「良かった」
     彼女は優しく微笑み、着ていたコートを掛けた。
    「自己紹介が遅れましたが私はロアと申します」
    「ご存じのようですが、僕はアールバです」
     互いに頭を下げ、ロアは自己紹介を終えると椅子に座り、ロアは口を開いた。
    「早速で申し訳ありませんが、アールバさんに占って欲しい人がいるのです。」
     そう言って取り出したのは一枚の写真。かなり古びたもので、ここ数十年のものではなかった。
     そこに写るのは一人の女性。目は紫色で、髪は分かりにくいが薄めの色。後ろには教会らしき建物が写っていた。
    「彼女を占って欲しいのです」
     アールバは写真を見つめて、ロアの方を見やった。
    「彼女はどんな方ですか? 情報が多いと占いやすいので」
    「そうですね……」
     考え込むロアは黙り込んでしまい、数十秒間沈黙が続いた。
    「教会のシスターです。すみません、記憶は定かではありません」
     それ以外のことは教えることはなく、ロアは口を閉ざした。情報の少なさにアールバは不審に感じたが、このように忘れてしまうことは頻繁にあるのだ。
     長く生きる、あるいはなにかの反動で記憶が曖昧になることはある。実際、アールバも大きなショックとストレスによって、一部の記憶は混濁としていて思い出すことが難しい。魔法の影響で忘れてしまうことだってある。
     このように、記憶が曖昧になることは決して珍しいことではない。アールバはそう納得させた。
    「それで……」
     彼女はそれだけ言うとまた黙りこくった。
     先程のように考えているから無言になったと言うよりも、何か言いにくそうにしているようであった。
    「えっと、実のところ、彼女は二十年以上前に亡くなっているのです」
     占いができるのは生きた人間のみで死人は占えないと言われているが、それはそう言われているだけであり、経験と腕次第では、記憶を覗く程度なら占えることもある。もちろん、彼にもそれは可能だった。
     しかし今回は、客の記憶が曖昧であり、情報も少ない。その時点で正確性に欠ける。そして不審な点が見受けられる。
     このような場合、占うべきではない、軽率にそのようなことをしてはいけない。幼い頃、セアラにそう教わっていた。
    「……申し訳ありませんが、亡くなった方は占えないんです」
     申し訳ないと思いつつ、彼は嘘を交え断り、謝罪した。
     ロアは驚きはせず、むしろ最初から分かっていたかのような表情を見せた。
    「やはりそうですよね。すみません。なら私を占って貰えませんか?」
     そうあっさりと諦めた。諦めの良い人物だと思う。このようなところも、長く生きた証なのだろうか。
    「それなら問題ありません」
     占いを始めるため、本を開く。

     アールバの頭の中に霧がかかったような記憶が流れ込んだ。これは占いをする時、頻繁に起こることだった。占いとは、人の記憶を覗く行為でもあるため、それが流れ込むのはおかしなことではない。
     最初こそ、この慣れない感覚に驚きもしたが、今や慣れたものだ。
     いつも通り占いをしている最中、いきなりアールバを襲ったのは、頭の中を掻き混ぜられるような痛みと、世界が歪むほどの目眩。次の瞬間には目の前が真っ暗になった。
     占いの中で、初めて経験することで一瞬パニックに陥る。
     ひどい痛みに耐えきれず、声を漏らす。とっさに椅子を引き、頭を抱え込む。
     ──拒絶。
     これはある種の拒絶反応。彼は無意識の中で、何かを拒絶していた。そんなことなど、今の彼に分かる訳もなく、痛みと戦う。
     一部始終を見たロアは慌てた様子で席を立ち、アールバのもとへと駆け寄った。
    「大丈夫ですか!」
     深呼吸をして、落ち着けと心の中で何度も口にする。
     数分ほど動きが止まっていたがようやく落ち着き、ロアに返事をした。
    「だ……大丈夫です。すみませんでした」
     座り直して本に視線を向けた。
     そこからはいつもと変わらない占いであった。
     アールバは心配そうな顔をするロアを不安にさせまいと、平静を装いながら占っていた。時々ズキンと頭に刺激が走り、目を閉じて痛みを耐えていた。

     占いを終えロアは帰った。直前までアールバのことを心配そうに見つめていた。
     ロアには最後まで心配をかけてしまったと反省しつつ、先程までいた占い部屋へと戻る。そこには一枚写真が床に落ちていた。おそらくロアの落としたものだろう。
     拾い上げて、それをもう一度見る。
     ──教会、シスター、紫の瞳。
     もしかしたらと思い至り、彼は書斎へと早足で向かった。そして一冊の本を取り出し、読み始める。その本は、大昔の本であり、とある人物達を事細かく記した本だ。
     その中から偶然か必然か、彼女と同じ条件の人物を見つけた。
     それは、伝説の魔女の一人──。

     その様子を少女は無言で見つめていた。
     心の中では穏やかではなく、今にも暴風雨になりそうだった。胸の前で手をギュっと力強く握り、目を閉じた。





     目を開くと、温かい、懐かしい感覚を覚える。
    「■■■■」
     誰かの声が聞こえる。
     しかし目線も体も動かせない。耳を澄ませて、声を聞き取ろうとするがそれは彼に届くことはない。
     でも、この声はどこか優しくて、温まる声だった。離れたくないとさえ感じるような。
     まるで子どもの頃のようだった。
     まだ、母と父が生きていた頃。その頃は、全てが楽しくて、全てに喜びを感じていたのだろう。
     辺りの温かさも、これと同じようなものだった。
     刹那、目の前は真っ暗になり、鳥肌が立つほどの悪寒に侵された。
     ──嫌だ。
     ゾワゾワと、這い昇ってくる恐怖と寒気。
     それはまるで、水底へと沈むような。暗くて、寒くて、冷たくて、怖くて。もがけばもがくほど、深海へ沈んでいく。
     ──怖い。
     そう思えば余計周りは暗くなり、恐怖心は増した。伸ばした手は、誰も掴むことはなく、深い底へと落ちていった。

     浅い呼吸とともに目を覚ます。
     布団の上に涙がポタポタと落ちる。乱れた呼吸を落ち着かせようと、必死に息を吸おうとする。心臓はバクバクと煩い程に音を鳴らす。
     彼は昔から、温かい夢を見ることが嫌いだった。なぜなら、それを見ると決まって、どん底へと落とされるからだ。それは夢の中に限らず、現実でも。今だって、心地が良いと思った瞬間、深淵へと引きずり込まれた。
     どん底へと落とすなら、最初からこんな夢は見たくなどないと、彼は常々そう考えていた。
     まだ暗い部屋で一人、心を傷めるのはこれで何度目か。

     感情の整理がつき、なおかつ呼吸も整ったのは、目が覚めてから一時間経った頃だった。その頃には完全に目が冴えてしまい、彼は再び眠ることはできなくなっていた。
     それならば昼間のことを調べようと思い、自室に持ってきていた本を開いた。
     さまざまな魔女に関する本を読み進めていると、いつしか朝となっていた。
     アールバは朝食を作るため、一階のキッチンへと向かう。朝食を作る中、彼は次にロアが来た時に聞きたいことを頭の中でまとめていた。

     その日の昼頃。アールバが席を立とうとした瞬間、扉は開いた。ドアベルの音は控えめに鳴る。
     そこにはロアが立っていた。
    「こんにちは、アールバさん」
    「……こんにちは」
     昨日と同じ、占い部屋の椅子に座り、ロアは話始める。
    「昨日、大丈夫でしたか」
    「えぇ」
     短くそう答えると、ロアは一呼吸を置いてから続きを言う。
    「写真を、昨日ここに忘れてしまったようで」
     その写真を取り出し机に置く。ロアは表情を変えず、感謝を伝えそれをしまおうとした。
    「ロアさん、どういうことでしょうか」
    「何がでしょう」
     相変わらず表情は変えず、まるで驚いていない。最初から分かっていたかのようだ。
    「そこに写る女性、彼女は誰で、貴方も一体誰なんですか」
    「うすうす、気がついているんじゃなくて?」
     アールバは黙り込む。
    「でもそうね……まずは彼女のお話をしましょうか」

    「写真の彼女はイーリア・ドテザトゥと言うわ。おそらく、この名を耳にしたのではありませんか?」
    「彼女の勤めていた教会、そこを管理する者の名前ですよね。本に載っていました」
    「えぇ。ドテザトゥ家は代々その役割を担っているわ」
    「そんな彼女とはどんな関係で?」
     アールバは容赦なく質問した。
    「そうですね、私の友達──いえ、親友です。ですが言った通り、二十年以上前に亡くなったわ」
     ロアは淡々と話す。
    「イーリアは優しくて、私になんかにもずっと話しかけてくれて、一番の親友と思っていました。彼女の隣は、とても居心地が良くて、私にとってずっとここにいたいと思わせてくれました」
     ロアの表情は優しいものとなり、不思議とその瞬間の雰囲気も、柔らかいものとなっていた。
    「そしてイーリアは教会のシスターとなり、数年後には結婚しました。その時も、私は心の底から嬉しかったわ。結婚式では嬉しさのあまりボロボロ泣いたわね。結婚してもなお、私たちの関係は悪くなるどころか良くなる一方でした。子どもができた時には、イーリアたちと同じくらい嬉しかったことを今でも覚えてます」
     ロアと写真の女性──イーリアはとても良い関係だった。
     親友と呼べる二人。アールバはセアラとその親友フェリチアを思い浮かべながら、その話に耳を傾けていた。
    「おや、君も私たちに似た人を知っているのですね」
    「……はい。彼女たちも、ずっと一緒にいて、お互い以上の人はいないと呼べる仲のようです」
    「なるほど。私もイーリア以上の人はいないわ。でも、別れというのは必ずやってくるものよ。当時の私は、まだ若い上に幼稚だったので、イーリアの死を受け入れることがなかなかできなかったのです」
     ロアの表情は曇っているが、曇りきってはいない。彼女の死を受け入れられたのだろう。
    「でも今はちゃんと彼女の墓参りにも行けるようになったわ」
     目には水の膜が張り、今にも涙が落ちそうだった。
     ハンカチを取り出し目に当てて涙を拭き取る。
    「イーリアのことはこんなところかしら」
    「いえ、まだ話していないことがありますよね。例えば彼女の出自とか」
     アールバはロアをじっと見つめる。ロアは「ふふ」と笑い声を零した。
    「君には隠し事はできないのね」
     さすがだと言わんばかりにそう言い、次の話をするために深呼吸をして座り直す。
    「単刀直入に言えば、彼女は原初の魔女・モヴィの子孫です」
     驚きはしなかった。なぜなら、彼女の言う通りうすうす気がついていたからだ。

     ──原初の魔女・モヴィ。彼女はこの国を守り、この国を作ったとされる魔女の一人だ。四千年以上前の話だが、今でも英雄として語り継がれている。彼女は教会のシスターであり、書物に描かれた彼女は紫色の瞳をしていた。
     そして写真に写るイーリアは、モヴィと同じ服、同じ色の瞳をしていた。そして後ろに写る教会は、件の教会と同じ外観。
     そこから、アールバはもしかしたらと予想していたが、それは的中していた。
    「とは言っても、彼女曰く親戚の親戚の親戚みたいな、か細い繋がりだそうです。彼女自体も、モヴィとの繋がりを感じないと言ってましたし」
     今の時代では、四千年も前の人物と直接的に関係のある人物は居ない。皆、か細い繋がりしかない。それは今の貴族も同じこと。
    「そして彼女には他の人に見られない特徴を一つ持っていたの。それは原初の魔女モヴィと同じもの」
     一呼吸を置いて次の言葉を言う。
    「占いができました」
    「それこそが根拠というわけですね」
     アールバは「ところで」と続けた。
    「見たところ、貴方もできるんですよね、占い」
     ロアの発言に違和感があったのだ。
     瞬時に相手の心を読む。これは占いでしかできない事だ。そして占いを知っている口ぶりだった。
    「やはり、君には隠し通せないようね」
     その言葉は肯定するもの。
    「ええ、私もできるわ。でも、彼女とは明らかに違うものよ。この話をするにも、また最初から話さないとね」

     ──その昔、神はとある人類を創った。
     彼らはその神の力を強めるためだけに生まれた。彼らは、信仰者トラダトールと呼ばれ、神直々に力を与えられた神の子だった。
     信仰者トラダトールのおかげで力をつけることができた神は、また新たな人類を創った。それこそ、原初の魔女。
     彼女らは神に変わってこの国を統治するために創られた。その神には、自身が作った国を統治する権利はなかったから。そのため、神は彼女らを創った。実質的な統治者となるために。
     神は彼女らを作る時、それぞれに特異な能力を授けた。モヴィには全てを見通す力。それこそが所謂、占い。
     しかしその能力を持った者は、彼女以外にもいた。それが、信仰者トラダトール
     だが彼女と彼らの決定的な違いは、嬉々としてそれを使っていたか否か。そしてその力の強大さ。
     モヴィはこの力は強大であり危険だと判断した。なぜなら彼女には全てが見えたから。過去も、未来も、世界も。
     信仰者トラダトールは唯一無二と思い込み、嬉々として使い続けた。モヴィの力と比べたら、大人と赤子のようにかけ離れているのに。
     結果、信仰者トラダトールの半数以上は亡くなった。
     生き残った者は皆、もうこの力を見せることはなかった。

    「私は信仰者トラダトールに由来の力。イーリアは原初の魔女に由来する力。元を正せばどちらも神の技だけれど、私たちの力の本質は似て非なるものよ」
     イーリアとロアは似たもの同士だが、本質は違った。片や英雄の子孫、片や神の子嫌われ者の子孫。ロアはこのことをどう思っていたのか。
    「それを知った時、彼女が憎くなかったんですか」
     ロアは小さく首を横に振る。
    「憎くない……と言ったら嘘になる。正直、憎くて憎くてしょうがなかったわ」
     机の下で、ロアは手を固く握った。
    「でも、それ以上に彼女が大好きだったのです」
     憎くあったがイーリアへの言葉に嘘はなかったと、そう言った。イーリアへの思いも嘘ではないと。優しい表情はそれを物語っていた。
     沈黙が続く中、それを破ったのはロアだった。
    「ここまで聞いて、君は違和感を持たないのかしら」
     ロアのいきなりの言葉に、アールバは固まった。その言葉の意味をゆっくり咀嚼し、飲み込んだ。
    「どういう……」
    「あら、君もできるようですね」

    「占い」

     数秒、時間が止まったかのようだった。
    「君はなぜ占いができるのですか?」
     彼女の言葉は妙に、彼の頭に残った。
    「今や、占いができるのは原初の魔女の血を引く貴族と、イーリアさんのような関係者、そして貴方たちトラダトールだけ。ならば、この力はどこ由来のものなのか……考えなかった訳ではありません。ですが分からなかった。僕は貴族の生まれでも、信仰者トラダトールでもないはずです」
     ロアは頷く。
    「ええ、無理もないわ。貴方は両親が亡くなり、由来を聞ける相手が今まで居なかったんですから」
     俯きかけていた頭を上げ、目を見開いた。なぜそのことを知っているのか。
    「まだ言っていなかったわね」
     今までの話を聞き、頭の中で組み立てていた、一つのパターン。それが今、的中する。
    「君は、イーリアの子どもよ」
     彼の表情は曇り、再び俯いてしまう。
    「言ったでしょう。うすうす気がついているのではと。ですが……どうやら気がついていなかったようですね」
     アールバはそれに答えることはなく、辺りは静まり返った。
     もちろん、アールバはその可能性を一切考えなかった訳ではないのだ。しかし、写真の彼女と同じ紫色の目の色をしている、それだけでは繋がりが薄いと思っていたのだ。故に、その可能性を除外してきた。
    「私がここに来た本当の目的は、君に全てを教えるためです」


    ***


    「本当にいいの?」
     心の中の、もう一人の自分にそう問いかけられた。
     しかし少女はこの声に答えることはない。
     無言が続く。
    「ねぇ、聞いてる? 本当に、これでいいのと聞いているの」
     少女の声は響く
    「くどい」
    「でも、もしこれで彼が離れることとなったら、どうするの? アナタ、本当は嫌なんじゃないの?」
     少女は俯く。
    「その時は……その時でしかない。いずれ知ること。この瞬間に知ろうが、十年後に知ろうが同じ。その時はその時なのよ」
     目を瞑り、呟く。
    「なるようにしか、ならないのよ」


    ***


    「全て?」
     ロアは「えぇ」と、短い言葉を返した。
    「まず、君はイーリアの子どもであり、君の力の由来は原初の魔女よ。でも力の由来なんて、今はそれほど重要ではないわ。重要なのは君がイーリアの子どもだということだけ」
     ロアは寂しげに微笑みかけた。
    「順番に話すわね。まず君の父、アヴェレさんは君が一歳になってすぐに亡くなったわ。彼は魔法使いではなかったけれど、イーリアのことを理解していたわ。そして何より勇敢であったわ。人一倍責任感も強かった」
    「そんな父は、なんで亡くなったんですか」
    「事故よ。人を守るため、自らが犠牲になってしまった。ですが悲しむことはないわ。君の父は最後まで格好良く生きたわ」
    「そうですか……」
    「イーリアが亡くなったのはそれから一年も経たない頃でした。イーリアが亡くなったあと、数カ月間ほど私は無気力でした。そこでようやく、君を思い出したの。君はまだ幼子で、ましてイーリアの子。簡単に引き取り手は見つけられないだろうと思って、私は彼女の親族に会いに行きましたが、部外者が口を挟むなと一蹴されました」
     アールバは思い出した。当時、誰も自分を引き取ろうとしなかったことを。それは、この力を恐れていたと言うことが、ロアの言葉からようやく分かった。
    「もし私がすぐ、強引にでも君を引き取っていたら、あんな辛い思いはさせずに済んだのに……本当にごめんなさい」
     頭を下げてゆっくりと上げる。
     確かに、アールバは散々な目にあったものの、それは目の前にいる彼女が悪いわけではない。
    「気にしないでください」
     悲しげに笑い、話を続けた。
    「そのうち、君の親戚が引き取ったと知り、私はその家へと向かいました。その部屋にあったのは、彼女の遺体だけ。君はいなかった」
     当時引き取った女性は亡くなっていた。男と喧嘩し殺されたとのことだ。
     だがアールバは知る由もなかった。アールバにとって嫌な記憶であるから、ニュースや新聞に載っていただろうが、無意識にその話を避けていた。
    「それから、私は君を探した。数十年後、君の写真の載った記事を見ました。私はすぐに、ここに写るのは紛れもなく、イーリアの子だと分かりました。占うまでもなかったわ」
     アールバはあのような記事でも、誰かの役に立つものなのかと、どこか他人事のように考えていた。
    「そしてその記事にはもう一人、青い瞳の女性が載っていた。私は彼女を一目見て気がついた。信用ならない人物だと」
     すぐにそれがセアラのことだと分かった。
     この国にはいまだに青い目に拒否感を覚える人が一定数いる。彼女もそうなのだろうか。
    「それは、彼女が青い目をしているからですか?」
     ロアは首を横に振る。
    「いいえ。忘れましたか? 私は占いができます。その時に出た結果は厄そのもの。そして今、ここでハッキリと分かりました。彼女は信用できないと」
     ロアの顔は真剣そのもの。
    「貴方が決めつけて、そう思うだけでは」
    「ならば、なぜ君に何も教えないのですか? なぜ、両親の墓場すら教えないのですか? そんな人、信用などできません」
    「セアラが、墓の場所など知るわけが……」
     言い訳のように言う。セアラが知るわけないと心の中でも唱える。
    「君も心の底では分かっているでしょう? 彼女がこのことを知らないわけがないと」
     図星を突かれて無言になる。そう、心の奥底では、もしかしたら本当に全て知っているのではと、ロアの言葉を信じ始めていたのだ。
    「次いでもう一つ。君の両親に対する記憶が曖昧なのも、彼女がそうさせているんです。そちらの方が彼女にとって都合が良いからよ。そんな人を君は信じられるのかしら」

    「君のためじゃなく、自らの利益のために全てを隠した彼女を」

    「決めるのは、君です」


    ***


    「その通り!」
     愉快そうに話を続ける。
    「なるようにしかならない! その時はその時! でも、その時一番追い込まれるのは誰かしら?」
     少女は沈黙を貫く。
    「紛れもなくアナタよ。アナタ、本当にそれでいいの? 追い込まれて、軽蔑されて、罵られて、手は乱暴に振りほどかれるのよ?」
    「……私に選択肢なんてない。決めるのは、私じゃなくて、彼」
    「ええそうよ。当たり前じゃない。自分自身のために全てを隠して嘘ついたアナタなんかに、選ぶ権利も選ばれる権利も微塵もありはしないわ!」
     少女は目を閉じる。
    「ええ、そうね。だから、彼が私を追い込もうが、軽蔑しようが、罵ろうが、手を振りほどこうが、私は甘んじて受け入れる。だって選択肢なんてないんだから」
    「けれどそれって、彼に責任を押し付けているように見えるのだけど? アナタ、逃げてない? あの時だって、最後は彼に決めさせていた」
    「それは彼のためでもある。彼にとって良い選択を──」
    「『彼のため』?」
     怒りの滲んだ、低い声でそう言うと、少女は無言になった。
    「いいや違う。全てアナタのためでしょ? アナタは責任から逃げているだけ! いい加減、逃げるの辞めたら?」
    「私はもう逃げない」
     少女の真剣な眼差しに、愉快に話す少女は黙り込んだ。
    「私は逃げない。必ず話す。今度こそ、責任を果たしましょう」


    ***


    「私の伝えたいことはこれが全てです。残りの問いは君が決めなさい」
     アールバは考える。

     セアラはアールバの全てを隠した。
     アールバの両親を、彼の中から抹消したのは紛れもない、セアラだった。
     アールバは知りたいことも、家族の温かさも彼女によって深淵へと隠された。
     そんな彼女を、果たして信じられるのか?

     しかし、彼の頭に浮かぶのは好い記憶ばかり。
     確かに彼女は自らのために、アールバの欲しいものを奥底へと押し込み、ないものにしたかもしれない。だが、それ以上に彼女には感謝と、隣にいたいという気持ちがあった。かつてロアがイーリアにそう思ったように、アールバもその思いが大きかった。
    「僕は……セアラといたい」
    「なぜ? 信じられるような人物ではありません」
     ──分かっている。そんなことは、
    「最初から分かっています」

    「彼女は必ず君を不幸にする! いずれ必ず、彼女と居られなくなる」
     ──例えば僕が死に、彼女の傍らからいなくなってしまうのなら、
    「なおさら、僕は彼女といなければならない」

    「これは決して、君にとっての幸せではない!」
    「僕の幸せは、僕自身が決めます!」

     その確固たる意思は、崩すことはできない。ロアはそれが分かり、呆れとも諦めとも取れる息を吐いた。
    「わかったわ。ならば君の自由にしてください。でも、これだけは忘れないで。君の両親は、必ず君の幸せを願っていることを」
    「僕は今幸せです。それは彼女だったからなんです」
    「そう、私も君の幸せを願っているわ」
     ロアは優しく微笑み、頭を下げた。
     来ていたコートを手に取り、店をあとにした。
     ドアベルの音は控えめに鳴り響く。

    「彼は、君のことを選んだ。私を選んで欲しい訳では決してなかったけれど、少なくとも君から離れて欲しかった。それは叶わなかったわ。彼は、君を選んだのよネグルさん」
     店を出てすぐの場所で、ロアは誰に言うでもなく独り言を零すようにそう告げた。振り返れば、そこには少女が一人。感謝するように頭を下げた。
     ロアは目を瞑り、深呼吸をする。
    「全て、君たちに任せるわ」
     そう呟き、今にも雨の降りそうな空の下、歩き出した。





     ロアは店を出たので、アールバは店を閉めて、部屋を片してから自宅の方へと向かった。
     そこでは、セアラが一人でお茶をしていた。
     まだ入れたてなのか、その青色のハーブティーからは湯気が立っていた。
     セアラの好きなハーブティー、セアラの好きな菓子も隣に置かれた、セアラの好きなお茶会だというのに、彼女の顔は全く晴れたものではなかった。まるで今の天気のような曇り模様。
     この表情はあの時と同じものだなどと思いながら、アールバは向かいに座った。
    「全て、聞いたのね」
    「はい。でも貴方の口から聞きたいことがあります」
    「何かしら」
    「なぜ隠してたんですか」
     セアラは目を閉じて、ゆっくり息を吐く。
     そのまま数十秒黙り込み、目を開き、人差し指を立てて「一つ」と呟いた。
    「私は隠したわけじゃなく、嘘をついていたの。貴方は私に自分は何者か、両親を知らないかと聞いた。その時、私は『知らない』と答えたけれど、私は知っていた。貴方がここに来てすぐ」
    「嘘をついた理由はなんですか」
    「強いて言うなら貴方といたいから。これを聞けば必ずロアに会いに行く。そしてそのままロアに引き取られると思った」
     我ながら自分勝手だと、彼女は思う。そして、罪悪感で胸が張り裂けそうだった。
    「ロアから聞いただろうけど、貴方が両親のことを鮮明に思い出せないのは少しだけ私のせい。でも貴方を最初に引き取った女性が一番影響しているわ」
     曰く、記憶を消した訳ではなく、既に不透明な記憶をさらに不透明にしたということだった。
     確かに、その方が今のアールバの記憶と照らし合わせても正解に近かった。
    「なんなら、私がその記憶を鮮明にさせてもいいのよ。そうすれば両親も本名も全てわかるわ」
    「しなくていいです」
     それにセアラは答えなかった。代わりに、ティーカップを置く音が響く。
     セアラは侘しげに笑うと、「それで」と続けた。
    「出ていきたくなったんじゃないかしら」
     覚悟を決めたような口ぶりだったが、どこか不安の色が滲んでいた。表情もひどく寂しげ。
    「そんなことはないです」
    「そんな訳ない。貴方の記憶を不鮮明にして、嘘までついていた人間を誰が信用するの? 私ならしない。しかもそれは私のためであり、貴方のためではない」
    「僕はします」
     セアラは呆れたようにため息をついた。
    「貴方、何も分かっていない。ロアの言う通り、これは貴方の幸せからかけ離れてるのよ」
    「それでも、僕は貴方といたい。前にも言ったはずです。今の僕は幸せで、貴方だから幸せなんですと」
     確かにアールバは昔そう言った。
     アールバは、セアラの傍らにいられることが何よりの幸せだと思っている。ならば、いないという選択肢は彼女になかった。なぜなら、全ては彼が決めるから。彼女に他の選択肢などはないから。
    「そう……わかったわ」
     セアラは立ち上がり、自室へ向かった。
     数分もすると、セアラは再びこの場所に戻ってきた。
     手には何かが書かれた紙。その紙をアールバの前に置く。
    「貴方の両親が眠る場所。今まで黙っててごめんなさい。行ってあげて。そのあと、気が変わったとしても、私は引き止めない」
     そう言うだけ言って早足で自室へ戻った。
     アールバは目の前に置かれた紙を手に取り、じっと見つめた。


    ***


     バタン!
     勢いよく扉が閉められる。そのまま扉に背を付け、力なく座り込んだ。ポタポタと水滴が落ちて、床を濡らす。
     ここで泣くなどお門違いも甚だしい。そう思っていても、止められない。そう思えば余計涙は溢れ、止めることが難しくなる。なぜこんなにも涙が溢れてくるのか。
     その刹那、怒りの色が滲み、まさに怒声と呼べる声がセアラの耳に入った。
    「みっともない!」
     叫び声にも似たその声は、部屋に響いた。
    「情けない……醜い……」
     怒声は次第に震え、潤んだ声になり、消え入りそうなものになった。最後には完全な嗚咽となった。
     外は雨が降り出し、窓を叩く。次第に、セアラの心を表すかのように土砂降りになり、彼女の怒声も嗚咽も雨音によって掻き消された。





     数日後の早朝。
     朝早く目を覚まし準備を整え、そっと家を出た。
     朝早くから動く電車に感謝しながら、乗り込む。
     外を眺めればまだまだ薄暗く、アールバの気持ちのようであった。
     もし、墓参りに行って気が変わったらどうしようなどと、わずかな不安とともに電車に揺られる。
     その時、ポケットに入れていたスマートフォンが振動した。メッセージを受信したようで、いまだに慣れない手つきでスマートフォンを開き、メッセージアプリを立ち上げる。送り主はセアラだった。

     ──同時刻。
     セアラは目を覚まし、一階へと降りると、既にアールバの姿は見えず、部屋はまだ外と同様薄暗く、静寂が広がっていた。
     代わりに、四角い大きなテーブルの上には一枚の手紙が置いてあり、そこには「行ってきます」と丁寧な文字で書かれていた。その下に「必ず帰ります」とも書かれていた。
     その手紙を握り、しゃがみこんだ。じんわりと涙が溢れ出した。
     彼は必ず帰ると言ったのだから、きっと帰ってくる。涙を拭い、スマートフォンを取り出す。画面を開いて、慣れた手つきでメッセージを送った。

    「待ってる」


    ***


     セアラから貰った紙を頼りに、両親の眠る墓場へ訪れた。
     花と子どもの頃に好きだった菓子を供え、二人に話しかける。
    「ようやく来られたね。長い間待たせてごめんね、父さん、母さん」
     アールバはさまざまなことを話した。自分のこと、今傍らにいてくれる人のこと、今とても幸せであることも。

    「僕、今アールバって名前を付けてもらったんだ。だからこの夜明けの瞬間が一番大好きなんだ」
     空は夜が明ける瞬間。
     暗い青紫色の下からオレンジ色と赤色でグラデーションされ、その空はまるで彼の目のような色をしていた。
    「僕は幸せなんだ」

     家に帰ればセアラが本を読みながら、アールバの帰りを待っていた。
    「ただいま」
    「……気は、変わったかしら」
     アールバはゆっくり首を横に振る。
    「今、『ただいま』と言ったはずです。手紙にも書きましたよ、必ず帰るって。待っていてくれてありがとうございます」
     本を閉じる。その顔にはどこか安堵の色が浮かんでいた。
    「……一人のお茶会というものはつまらないものね」
     ゆっくり目を閉じる。
     アールバの選択に余地はない。彼が決めたのならそれでいいのだ。
     いつか、二人が解かり合えない日が訪れるとしても、今は、彼の判断を信じることにする。
    「おかえりなさい、アールバ」
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