ハナと坂寺 いつものように、昼休みとなり食堂で昼食を取っていた時。
パスタとサラダのセットをガタンと置き、不機嫌そうに向かいに座る。そしてスマホをこちらに差し出す。
「見てよこれ」
そう言う彼女は坂寺。ホラーとオカルトを愛してる、私の腐れ縁だ。
「なにこれ」
差し出された画面には、最近話題のホラー系ドラマの画像が出されていた。
「ホラーもどき! こんなのホラーじゃない! 最終的には何故か恋愛展開になるし……」
そう言われ、自分もスマホを取り出し調べてみると、確かにホラーとは程遠い内容だった。原作の漫画は完全なるホラーのようだが、ドラマにする過程で脚本に手が加わり、ホラー要素が無くなったのだろう。
クチコミを見れば酷評の嵐。SNSの反応もすこぶる悪いような記事も見受けられる。
「でもさ、最近こういうの多いじゃない。悪いことばかりでは無いよ。この前やってたドラマも原作と少し変えてるけど面白かったし」
「そうだけど! でもこれはホラーと銘打ってるわけだし、そこは原作通りにすべきと思うの……」
そう言いサラダを咀嚼し始める。
そして、こういう話をしたということは、この次の話はどこか、ホラースポットへのお誘いだ。
坂寺の会話パターンは把握している。
ホラースポットの話をする前は必ず、ホラーやオカルトの話をする。某オカルト雑誌や、ネット掲示板、ゲームや本などなんでも。
そしてもう一つ、そのスポットに関わる話やその周辺の話、事件が起こったならばそれもある。
例えば以前、お化け屋敷に連れていかれた時は、近くの大型スーパーから話を広げ、お化け屋敷に繋げた。これは後者。
そして今回の場合は、前者である。
「んでね、私見たいものがあるのよ」
おや、と思った。
珍しくただの雑談だったのだろうか。
「なに、見たいものって」
坂寺はニンマリと笑い、持っていたフォークを置き、腕を組む。
「見ると呪われるDVDよ」
坂寺はやはり坂寺なのだ。この手のものだとなぜ疑わなかったのだろう。
「はぁ、そんなの嘘に決まってるでしょ」
「いやぁ、それがそんなことなさそうなのよね」
そう言うと、ネット掲示板を見せてきた。
そこには、確かに家にソレ出たという話、気分が悪くなった、寺生まれの友達に憑いてると言われた、などが見受けられた。
「絶対そんなことないよ。見間違いだよ」
「えー? そんなことないでしょ……」
置いたフォークを持ち直し、パスタを食べ始める。その顔はいじけた子供のようで、若干の呆れを含んだ息を吐く。
「見るならひとりで見てください。私は見ない」
「えぇ? ハナは見ないわけ?」
「見ないよ。だって嘘ってわかるもん」
「いいもーん。他の人誘って見るから!」
彼女にそんな人がいるのか、と疑問に思いながら、味噌汁をすすった。
その日の夜、坂寺からの電話がかかってきた。眠い目をこすりながら電話を取る。
電話口の彼女は興奮した声で話す。
「出た出た出た! 出たよハナ!」
まだはっきりとしない意識で数秒間、頭にハテナを浮かべながらぼーっと目の前の壁を見つめた。
「……え、出たの?」
そう、昼間に話していた、出ると噂のDVDのことだ。
「そーなの! 見てたらいなりポルターガイスト! そしたら黒い影見えてね!」
そんなわけないと思っていたが、そんなことないのかもしれない。
「一人で見たの? よく見れたね」
「ん? あ、いや、茶月さんと見たの。ほら、すごい仕事の早い茶月さん」
茶月さんとは、部署一仕事が出来る40代程のおばちゃんだ。そんな人と、ホラーDVDを見るなんて、彼女の人脈には恐れ入る。
「それでね、そのDVDなんだけど──」
「ごめん、眠気に勝てない……明日うち来ていいから……寝かせて」
そのまま電話を切り、私は眠りについた。
翌日の午前九時頃、まだ布団の中で寝ぼけていた。
その時チャイムが鳴り、せっかくの休日なのにゆっくりさせてくれないのかと思いながら、インターホンで確認すると坂寺がいた。
寝巻きのまま玄関に向かい、ドアを開けるとレジ袋を持った坂寺がニコニコしながら立っていた。
「おはようハナ。なに、寝起き?」
「ん……何しに来たの」
「何しに来たも何も、昨日ハナが明日来ていいよって言ったんじゃん」
はて、そんなこと言っただろうか。あの時は眠過ぎて適当に返事をしたのかもしれない。
「とりあえずどうぞ。私顔洗ってくるから」
「はーい」
ようやく頭は目覚め始め、昨日のことを少しだけ思い出した。
確か、昨日言ってたDVDを見たら幽霊がでて、それで眠かったから明日話してくれと言ったんだ。
だからこんなに早いのに坂寺がうちに来たのか。
「おまたせ。それで、昨日は何があったんですか」
「ふふ、それがね家に出たんだ!」
「ホントにでたんだ」
「茶月さんが出ていってからなんだけど、女の人っぽい女性が鏡に映ったの。それが──」
掻い摘んで言えば、彼女が洗面所にて手を洗った際に鏡を見ると、そこには自分以外の女の幽霊がいた。それはDVDに出てきた女と同じであった。そして振り返るとそこには誰もいなかったが、女のいたところらしき場所には血のような赤い液体と水で濡れていたそうだ。
「坂寺怖くなかったの?」
「怖かったけど、明らかに悪意のある感じではなくて、ただいるだけって感じで……最初こそビビったけど」
レジ袋から飲み物を取り出しながら言う。
「朝まだでしょ、これ食べていいよ」
「ありがとう」
貰ったおにぎりを開けて、頬張る。その間も昨夜のことを語り続ける坂寺。それをうんうんと頷き聞く。
しかし私はその話がまるで入って来ない。
なぜなら、その女は既に家に上がり込んでいたからだ。正確に言えば、女本体がいる訳ではなく、床に血と透明な液体で濡れていたのだ。
私はそれを少々困ったように見つめる。坂寺のせいでまたウチに変なものが寄ってきてしまった、そう思うとため息が出た。
まあ、しかし女がいないことが不幸中の幸いだろうか。そんな女居ようものなら鬱陶しくてしょうがない。置いて行かれたら尚更。
気になった坂寺が私の見つめていた方に視線を向けると、昨晩と同じ水っぽい何かと赤い液体が垂れていた。それを見やると小さく声を上げた。
「えっ……え、なんで……」
これは幻覚だ、そう強く思いこみながら、重たい腰を上げる。
「例えばこれが幻覚だと言ったら……」
ぽかんとする坂寺。私はその水溜まりに近づき、足で触れる。坂寺が言葉を発する前に、ドンと音を鳴らしながら足はそこに置かれたが、そこには何も無い。
正直私も足を置く瞬間までは水と血が見えていた。若干の恐怖から解かれ、息を吐く。
「え、水……は?」
「多分私も君も幻覚見てたんだと思う。ここには本当に、何も無いよ」
その時点で坂寺の幻覚も解かれ、ただの床しか見えなくなっていた。
「じゃあ私んちのあれも……? でもそこに確かに存在したような……」
──それは本物では?
そう言おうとしたが、幻覚と納得した彼女にそう言うのは酷であろう。幻覚と納得すればきっと、見えるものも見えないと脳は処理する。
しかし払わないと良くないことに変わりない。
そう思い、良い寺は無いかとスマホで検索し始める。ついでに、もう余計なことに首を突っ込ま内容にすることは可能だろうか。
そんなことを考えながら坂寺の話を聞く。