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    snow

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    秀尽明主の続き9つめです。こちらで完結です

    99%LIBERTY⑨ 好きだ、とさえ言えば、彼は簡単に僕のものになるのだろう。今でさえ、実質はほとんど僕のものだ。けれどそれはいつまでだろうか。人の移ろいやすい感情に縋るなどごめんだった。けれどばっさりと切り捨てて関わりを断つことも選べなかった。
     初めてだった。同じような視界で、対等に渡り合おうとしてきたのは。最初にあった甘さは抜け、今はもう勝率がそこそこに高くなってきている。そんな僕の認めた男が、おまえが特別だと寄ってくるのだ。居心地が良すぎて自己嫌悪さえ覚える。
     今日もまたいつもみたいに彼がやってきて、お行儀のいい後輩面をして僕を呼んだ。分厚い眼鏡の奥でぎらりと光る瞳が僕を射抜いている。
    「今日、どこか寄って帰らないか?」
    「……今日は時間あるし、まあいいよ」
    「よし。井の頭公園にいこう」
    「いいけど……ボートには乗らないからね」
    「うん。二人で話せればそれでいい」
     彼は嬉しそうにふわりと笑った。こういうとき、全身で好きだと言われているようで、少し座りが悪くなる。機嫌よく隣を歩く彼が話す僕に合わせて相槌を打つ。悔しいけれど頭の回転も速い彼と話すのは相変わらず有意義だった。
    「それで、わざわざ場所を設定してまで話したいことって何かな」
    「そうだな。二人でデートらしいことしてみたかっただけだ」
    「デート?」
    「それっぽいだろ? 井の頭公園」
    「随分純粋なことを言うんだね。もっと肉体的接触を仕掛けてくるかと思ってたよ」
    「やりたいけど、それは明智のペースに合わせようと思って。嫌がられて振られたら元も子もないし」
     この宙ぶらりんの状況で、どうしてそんなに好きだと言えるのか。自分ばかりがペースを乱されているようで、微笑みを崩さないまま問いかける。
    「君はいつも僕に好きだと言うけれど、そんなに言ってて飽きないの?」
    「飽きないな。毎日は言い過ぎかもしれないけど、惚れ直してるし」
    「物好きだね」
    「自分でもそう思う」
     にやりと挑発的に笑うのに少し苛立って目を細めれば、彼はとん、とこちらに肩を預けてきた。顔が伏せられて表情が読めなくなる。
    「明智の本当なんてわからないけど、少なくとも俺の知ってる明智が好きだよ」
    「どうして言い切れるのかな」
    「俺は明智にしか勃たないからな」
    「最悪だ」
    「俺の恋がエロスだとして、最高の証明だと思うけど」
     くすくすと笑う彼を軽く押し、肩から退ける。弧を描く灰色の瞳がわずかに潤んでこちらを見ていた。
    「愛してる。おまえが俺をそばに置いてくれるなら、いつまでも」
     この男の、有言実行、という言葉を思い出す。信じてみてもいいのかもしれない。けれどそれは僕の負けを表す言葉で、だから、まだ言いたくはなかった。それでも。
     ぐっと肩を抱いて引き寄せる。ぱっと上がった顔から視線を逸らした。
    「あの、明智、これ」
    「恋人らしいこと、したかったんじゃないの?」
    「……うん」
    「もう少ししたら、帰るからね」
    「わかった」
     静かな公園の木陰のベンチで男二人、何をしているんだろう。そう思いながらも、肩にかかる重みと温もりを手放せない自分がいる。それからしばらく、日が傾くまで、ずっとそうしていた。
    「……そろそろ、行こうか」
     二人で並んで歩き出す。公園の中は今日もそれなりに人がいて賑わっていた。さっきまでのおかしな気分を吹き飛ばすべく、一度深呼吸をした。
     そのとき。
     ころころと転がったボールが道路へ、そしてそれを追いかけて子供が飛び出していく。折り悪くそこに突っ込んでくる車の影。ドライバーの引きつった顔がやけに印象深かった。
    「走れ!」
     隣で叫ぶが早いか、道路で立ち尽くす飛び出した子どもを迷わずに追いかける背中。それが、初めて会ったときの躊躇いなく自分が飛び降りると言った姿と重なった。途中でアスファルトに足を取られ、間に合わないと思ったのか、子供を遠くへ突き飛ばして代わりみたいに自分が倒れこむ。迫る車のブレーキ音。体は考えるより先に動いていた。僕と変わらない体格の彼を腕の中に抱え込んで地面を蹴る。ぎりぎりのところで自分たちも向こうの歩道へ転がり込んだ。ぼんやり呆けた顔をしている男の胸倉をつかみ、激情のままに怒鳴りつける。
    「馬鹿かおまえは! 自己犠牲のクソ偽善者!」
    「あの、明智」
    「黙れ! おまえは一人死んで満足かも知れねえけどな! 少なくとも俺は絶対に許さねえからな! 俺のことを好きだって言ったくせに!」
    「あの、」
    「おまえだってやっぱり俺を置いていくんだろう!」
    「……置いてかないよ」
     ぽす、と肩口に頭が載せられる。わずかに震えていたそれが、彼が一応は恐怖心を持っていたことを伝えている。地面に倒れこんだ際に打ち付けた腕の鈍い痛みがやっとじわじわとやってきた。自分を落ち着けるためにも大きく息を吐く。周りのざわめきが聞こえだす。子どもの泣き声がやけに耳についた。
    「あのな、俺は何回でもこういうことをすると思う。それが俺の正義と一緒なら」
    「はあ?」
    「でも、明智が隣で見ていてくれれば、いつでも生きるために頑張れると思う。帰ってきたいから」
    「…………そんなの、もう君から目を離していられないってことじゃないか」
    「そういうことだな」
     顔を上げた彼が、ひどい顔をしているだろう僕を見て微笑んだ。そっと頬に添えられた手が擦りむいたであろう傷を拭う。僕も手を伸ばしてふわふわの髪についた砂を払ってやった。
    「あの、ありがとうございました……!」
     降ってきた声に顔を上げると飛び出した子どもと手を繋いだ母親らしき女性がいた。その後ろにはブレーキを踏んでいたドライバーの男性が。長年の癖が容易に微笑みを浮かべさせる。
    「いえ、お子さんは大丈夫でしたか?」
    「はい、けがもほとんどなくて……」
    「それは良かった。ね?」
    「そうだな。良かったです」
    「君たちは大丈夫?」
    「僕たちも擦り傷くらいですよ。轢かれたわけではないので、手当も大丈夫です」
     それでも律儀な男性は連絡先を書いたメモを押し付けてきた。受け取りはしたが、連絡することはないだろう。母子もぺこぺことお辞儀をしながら家路についた。二人残された僕らも、騒ぎになりすぎたし、いったんこの場所から離れた方がいいだろう。そう切り出した僕の手を、真面目な顔をした彼がそっと掴んだ。
    「俺の部屋に来てくれないか」
    「君の?」
    「ああ。言いたいことがあって」
    「……わかった」
     そこからはただ無言で歩いた。マスターも僕らの空気を読んでくれたのだろう、救急箱を手渡してくれるだけで何も聞かれることはなかった。ふたりきりの部屋の中、ほんの少しの沈黙の後に彼が口を開く。
    「明智、俺はずっとおまえが好きなんだけど。今度は俺から申し込みたい。俺と付き合ってくれますか?」
    「……僕たち、別れてないんじゃなかった?」
    「明智が目を離さないようにしてくれるみたいだからな。ちゃんと言葉にしようと思って」
    「最悪なことにね。…………いいよ、付き合おう。その代わり、二度と絶対に、勝手なことはするなよ」
    「うん。末永くよろしくな、明智」
    「離して欲しがっても、もう離してやらないからな」
    「望むところだ」
     悔しさと安堵と、様々な感情が複雑に絡んで押し寄せる。僕はこんなに手いっぱいでいるのに、幸せそうに笑う顔が不覚にもかわいく見えてしまったので、両手で頬を挟んでつぶしてやった。突き出された唇に口づけて告げる。
    「好きだよ」
     それを聞いてぼろ、と泣き出した顔を見て、心の底から笑ってやった。
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