キミがいる ふらりと明智の出ていった背中を追うように外へ出た。きん、と凍てついた冬の空気を吸い込む。暖かかった中との気温差でつんと鼻が痛くなる。その痛みでどうしようもないやるせなさが少し紛れた気がした。
この現実は優しすぎる嘘だった。できればずっと浸っていたい、甘すぎる誘惑だった。明日俺たちは、自分自身の手で、ここにいる明智を殺す。
俺のエゴで蘇った明智。妥協を許さない苛烈さとこの冬の空気みたいな鋭さで容赦なく現実を叩きつけてくる。それでも隣で息を合わせるのがあまりにも楽しかった。仲間たちとは違う、俺たちふたりだけの独特のリズム。それも明日で終わりだ。
終わらせたくない。でも、この現実は認められない。はあ、と吐き出した息は丸く凍りつき、白く染まる。
すべてをなかったことになんてしたくない。自分の行動の結果は自分で背負いたい。どんなに痛くて辛くても、それを抱えて進んでいきたい。
だから、今のこの感傷も。あともう少しだけ浸ったら、胸に仕舞ってしまおう。この二月の冷たさとともに。
じわりと染み入るような寒さで目が覚めた。冷え切った体は昔の感傷を思い起こさせる。のそりと起き上がると自分の上にあるはずの掛け布団が敷布の片隅で丸まってしまっている。手に取って引き寄せると体と同じようにすっかり冷えてしまっていて、もう一度かけて寝るには少し物寂しい。俺はそっと立ち上がり、静かに部屋を出た。
きんと冷えた空気がスウェット一枚きりの肌を刺す。すっかり凍えている身体をさすりながら目的の部屋へ向かう。静かにドアを開けると、そこに躊躇うことなく忍び入った。寝入って間がないのか、暖房の残りでまだ温かい。ベッドからは規則正しい寝息が聞こえてくる。
俺は枕元にしゃがみ込み、静かな寝息に耳をすませた。中性的な美貌は精悍さを増し、よりシャープな美しさを保っている。寝顔は穏やかで、呼吸がなければ人形のようにも見える。そしておもむろに布団をまくりあげて隣に潜り込んだ。その動きにつられるようにふるりと長い睫毛が震え、ゆっくりと鳶色の瞳が開かれた。
「……、ん……きみ、なにしてるの」
「こんな夜更けに悪いな。寒くて」
「僕で暖をとろうとするなよ」
眠そうにとろりと瞬きながら抱きつくこちらに緩く蹴りを入れてくる明智。その足先が冷たかったのだろう、嫌そうな顔で俺を見た。
「冷たいな……また布団蹴飛ばしてたのか」
「凍えてるんだ、温めてくれ」
「嫌だよ」
そう言いながら、擦り寄った俺の体を押し退けようとはしない。冷え切っていた身体がじわじわと温まっていき、末端に血が巡り始めた。更なる温もりを求めてぴたりとくっつけば珍しく抱え込まれる。
「あ、けち?」
「君、湯たんぽ代わりにちょうどいいから。動くなよ」
「わかった。明智専用だぞ、喜べよ」
「全く嬉しくないけどね」
ため息交じりの明智の声に笑いが漏れる。鼓動の音と優しい温かさに、とろとろと眠気が襲ってくる。
「おやすみ、明智」
「…………おやすみ」
あの頃の胸の痛みとともに、明智と温かく過ごせる今を噛み締めた。