運命論 何の用もない休日の午後、自室でのんびりと本のページをめくっていた。そこにパタパタと機嫌の良さそうな足音が近寄ってくるのを感じ、少し身構える。
「見てくれ明智!」
ノックもなくドアを開け放した彼に、読んでいた本を置いて渋々振り返った。ほとんど真顔のくせに、やけに楽しそうにしている。見てくれと言う割には変わった様子のない彼に、眉根を寄せた。
「……何」
「今日、運命的な出会いを果たしたんだ。俺とこたつ」
「は?」
「さらにおでんとか熱燗が作れるメーカーまで当たったから、これはもう運命に違いないと思って買ってきた。ほら、リビングいくぞ」
「え、」
ぎゅっと手を握られて引っ張られる。勢いだけで押し切ろうとするそれに一回抵抗しようか迷うが、まったく譲る気のない力の強さに無駄な労力を使わないことにする。ここで抵抗すればお互い意地になって体力が尽きるまで競ってしまうだろうし。
連れてこられたリビングには、今までソファとローテーブルを置いていた場所にどんとこたつが鎮座していた。元からありましたみたいな顔をしているそれに、この模様替えをサクッと行った男に目を向ける。
「いいサイズだろ? 二人入っても余裕で大きすぎないし。おでんも作ってみた」
「君さぁ……相談くらいはしろよ。それか自分の部屋に置けばいいだろ」
「驚かせたくて。ここで明智とだらだらするのがいいんだろ」
悪びれもせずに笑う男は、こうなったら頑として言うことを聞かないだろう。別にそこまでインテリアにこだわっていたわけでもないが、一言は物申しておきたい。
「ここに置くなら、君の家じゃなくて僕らの家なんだから、確認くらい取れって言ってるんだよ」
一瞬彼の動きが止まって、その後すぐにばっとこちらを凝視してきた。妙に真剣なその表情に、何を言われるのかと身構える。けれど、読めない男はいつもこちらの予想を覆してくる。
「明智、今のぐっと来た。もう一回」
「誰が言うか」
くしゃりと破顔して呑気に寄ってきた頭をぺしりと叩く。それでも楽し気に笑っているのが気持ち悪い。目に見えて機嫌が良くなった彼は、鼻歌でも歌い出しそうな顔で僕を見つめている。
「……もういいよ。それで? 熱燗とおでんは?」
「飲む気満々だな」
「飲まないとやってられないだろ、こんな馬鹿みたいな状況」
「それもそうだな。ほら、座ってくれ」
手触りのいいこたつ布団をめくり、足を入れる。じわりと伝わるぬくもり。そういえば生まれて初めて入る。冬の風物詩といえど、とんと縁がなかった。直接的な熱と、布団のやわらかい温かさ。これは確かに、一度入ると癖になるのも分からないでもない。
「こたつ、……あったかいな」
「さらにこれだ」
堕落セット。と告げられて差し出された、みかんの盛られた籠とアイス。ご丁寧にアイスにはスプーンが添えられている。
「堕落にも程がないか?」
「食べないのか?」
「食べるけど」
アイスに罪はないし、出されたものは食べるのが礼儀だし。温まった体にひんやりとしたアイスが確かに染み入る。美味しいけれど、なんだか負けた気分だった。
食べ終わって一息ついたころにやっと運ばれてきたおでんと熱燗メーカー。すでにほこほこと湯気を立てているおでんに、一本徳利がつけられている。対面に座った彼が酒杯に酒を注いだ。温められて甘みと旨みの増した日本酒が喉を優しく通り抜けていく。大根は口に入れるとほろりと崩れて出汁がじゅわりと染み出した。そこでもう一口酒を含む。
「おでんと熱燗とこたつ、どうだ? 明智」
「…………まあ、悪くはないね」
「よし」
ドヤ顔であまりにもしてやったりと笑うから、僕は腹いせついでに彼のおでんの玉子をひとつ奪った。
「俺の玉子!」
「油断大敵、だろ」
はっと鼻で笑えば拗ねたように熱燗を口にしながらこちらを足でつついてくる。応戦して蹴り返しながら、なんだか子どもみたいなじゃれあいに、結局はふたりとも吹き出してしまった。