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    かごや

    雑多置き場

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    タイトルままなんですけど夢小説書くタルタリヤです。現パロ。人を選びそうなので許してください。あと最後らへん驚きの疾走感で話が終わります。

    ##原神

    夢小説書くタルタリヤ/タル蛍『今夏、ついに劇場アニメ化!』
     そんな帯がついた文庫サイズの本を通りかかった本屋の平置き棚で見かける。内容はファンタジーで、七つの国と空に浮かぶ島を旅する少女の話だ。主人公の女の子は金の髪に意思の強そうな琥珀の瞳、わかりやすく言えば美少女だった。旅の行く先々で巻き込まれる苦難を乗り越えて、生き別れた双子の兄と再び出会う、そんなストーリー。
    「いやぁ、なんか居た堪れないな……」
     うーん、と苦く笑うのは赤茶けた頭髪の男。この世には生まれ変わりというものがあると信じてやまない、ともすれば痛いことこの上ない成人男性である。そして、この目の前で続々と買われていくラノベの作者でもあった。
    「これって世にいう夢小説なんだよなぁ」
     本を一冊手に取り、表紙をよく見る。少女の隣には小さな相棒と、青年と同じく赤茶の髪に頭部に仮面をつけ赤いマフラーを靡かせる双剣を構えた男がいた。
     名前をタルタリヤ。少女、蛍の第二の相棒の位置に収まった男。そして――この作者である男の前世でもある。
    「おチビちゃんには悪いけど」
     俺も一緒にいさせてくれよと独りごちる。どうしても自分も彼女と旅をしたかったのだ。作り物の話の中で、だが。あの頃のタルタリヤは彼女と命を賭けたやり取りをするのが心底楽しかったのだ。しかし一度人生を終えた今、もう一つの欲が生まれていた。
     生まれ変わった彼が記憶を取り戻したのは数年前。前世の最期の記憶は、優しく彼女の手の中で「また会おうね」という言葉を受け永遠の眠りについたもの。その“また”がいつかはわからないが、こうして生まれ変わったタルタリヤは自分が彼女としてみたかったことをもとに話を書くことにしたのだ。奇跡的に今回の生では文筆家としての才能があったらしく自分の考えを上手く作品に落とし込むことができた。
    「しかしこんなにシリーズが続いて、しかも劇場アニメ化だって?」
     イラストレーターの人には事細かに蛍の外見を伝え、再現してもらったがそれでもまだ足りない。彼女の星の煌めきのような美しさも瞬きのような儚さも、もっと感じられてもいいはずだ。とはいえ可愛いと自分が思えるくらいの仕上がりにいつもしてもらっていて、ありがたいとは思っているのだが。
     本を置き、店から離れる。その位置から買われていく己の作品を見て、このご時世に紙の本が売れるのはありがたいながら口からは自嘲のため息が漏れた。
    「最高のヒロインと旅する俺の話、だもんなぁ」
     先程タルタリヤ本人もそう評したが、これは彼の、彼のための夢小説だ。雛形となる話を投稿したのは本当にただの気の迷いだったのだが、なぜか好評を博し、気づけば書籍化となり、売れてしまい、メディアミックスされ、しまいには映画となるなんて。黒歴史が大規模展開されている現実に口元が引き攣る。
    「また会えたら、なんて思ったけどさ」
     さすがにそこまでロマンチストではない。前世の記憶がある時点でおかしい話だが。もちろんこの記憶すらもただの妄想なのでは、と思ってしまった時もある。それでも胸を熱くさせた彼女との戦いも、蕩けるように甘やかだった日々も、最期の別れも、全部タルタリヤのものだった。
     
    「ねえ蛍、ちょっと待ってて。これ買ってきてもいい?」
     
     そんな時だった。彼女と同じ名前を呼ぶ声が聞こえたのだ。まあ蛍なんて名前、いなくもないよなと思いながらも惰性でそちらを窺い見る。その音が耳に入るとどうしても気になってしまう、悲しいサガだった。
     
    「うん、いいよ」
     
     その凛とした鈴の音のように涼やかな声と、柔らかそうな金の髪。以前よりも優しさを湛えた蜂蜜色の瞳。スカートから伸びるしなやかな肢体。
     脳天をかち割られたような衝撃をタルタリヤは受けた。あいぼう。頭の中でその単語が響き渡る。
    「ありがと、ちょっと待ってて!」
     そう言って彼女の連れは書店の中へ消えていく。一人手持ち無沙汰になったらしい彼女は平積みの本に手を伸ばし、表紙をじっと眺め始めた。
    「……なんだか私みたい。確か主人公の名前も――」
     その言葉を遮るようにタルタリヤは思わず声を上げた。彼女が前世の記憶があるかなんて関係ない。今声をかけねば繋がりが消えてしまう。ただその焦りだけでタルタリヤは彼女の名前を激情と哀切と溢れ出る愛おしさ呼んだ。
    「……蛍!」
    「え……」
     知らない男から声をかけられてさぞ驚いたのだろう。目をまん丸に見開いて、彼女はタルタリヤに振り返る。
    「いや、相棒の方がわかりやすいかい?」
    「え、っと……あなたは?」
    「俺は、ええと……そう、アヤックス」
     タルタリヤなんて名乗ったら彼女が不審がる。その手にまだ持っている本の作者の名前だから。まあ、そこまで今の状況で気が回るかはわからないが。
    「……どなたですか?」
     警戒心も露わに蛍は胡乱げにタルタリヤに視線を投げかける。いきなり声をかけてきた男に気を許すような彼女ではないのはわかっているが、それでも少しだけ心の奥底がずきりと痛む。ああ、彼女は本当に自分のことがわからないのか、と。
    「名は名乗ったよ」
    「そういうことじゃなくて」
    「ねえ蛍。俺のこと、わからない?」
    「は? え、何この人……」
     ずいと詰め寄り腰を屈め蛍の視線に高さを合わせる。その瞳にまた自分が映る時がくるなんて思いもしなかった。彼女の煌めく瞳に映った自分は、泣きそうに表情を歪めていて酷く滑稽で。逢えると思っていなかった彼女に再び巡り逢えて嬉しい、覚えていてもらえなくて悲しい。愛し合った記憶も、心躍らせる闘争の記憶も何もかも今の二人の間には存在しないのだと、絶望しそうにもなる。
    「……っ、いた……頭」
     タルタリヤに見つめられている蛍が急に頭を痛める様子を見せた。酷く痛むらしく、額に手を当てて苦痛の声を漏らしている。
    「あ……ぅ……た、る」
     どんどん顔が青ざめていく。今こうして自分が近くにいるせいで彼女がこうなっているのではと思い当たったタルタリヤは、急ぎメモ帳に名前と連絡先を書き、びりりと破り取ると彼女の鞄にその紙を押し込む。この紙を見つけてもらえなければそれまでだが、この苦しみようはさすがに見過ごせなかった。彼女を慈しむのも苦しめるのも自分でありたいが、これは違う。
    「……ごめん、相棒」
     そう言い残し、タルタリヤは全速力でその場を去った。後に残された蛍がどういう視線をその背に投げかけていたかはわからない。ただ、小さく「たるたりや」と覚束ない声で呟きが聞こえたような、そんな気がしただけだった。
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