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    hashi22202

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    hashi22202

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    ひろず、初詣する召喚師とトラキア王の話
    完全におっさんリハビリ話である
    CPではないです

     初詣、行きませんか。
     召喚師からの申し出に、トラバントは少々眉根を寄せた。トラバントも君主であった以上、神事に全く縁のなかったわけではない。トラキアは不毛の地で、民はいつも貧しさに疲弊していたが、しかし神に祈ること、乏しいながらも収穫を感謝することは、やはり定例のものであった。そうしてつつましい祭りにはしゃぐ民のことを、彼は目を細めてながめていた。そんな素朴な笑顔を見るたびに、何があっても彼らを幸福にしてやろうと思っていた。ーーたとえその道が、血に塗られていたとしても。
     しかしその道は、中途で終わっていた。その結果や先行きに、トラバントはまだ折り合いがつけられていない。ゆっくり考えろ。どうせ時間は山ほどあるし、おのれの決断が遅れて苦しむ民もいない。そんなふうに考えながらも、彼は罪滅ぼしがてらアスクの民のために槍を振るっているのだが、だからこうして、異邦の神事に誘われるのは、彼にとって予想もしないものだった。
     死人に、無病息災も開運もなにも。だいたい、ここの神を信じているわけでもないし、そもそも初どころか一度も詣でたこともないが。そうトラバントはぼやいたが、召喚師は笑って、ぐいぐいと手を引っ張った。
    「そう、堅苦しく考えるようなものでも」
     せっかくこちらの異界にも来たんですし、用件も片付いたし。お節の腹ごなしに、観光がてら少し歩いてきませんか。そうも言われては断るのもかえって野暮で、トラバントは戸惑いながらも召喚師に従って歩き出した。異邦の正月の空気は乾いてつめたく、吸い込んだ鼻の奥をつんと刺激した。上空を飛んでいる時のようで、不思議な愛しさがあった。
     そんな寒さにも関わらず、参道は人でごった返していた。娘たちの鮮やかな晴れ着が、その豊かさが、沁みるほど目に痛かった。いずれ、トラキアもこんな国になってくれるのだろうか。屈託なく祭りを楽しめるような、誰もが笑顔でいられるような。おのれが、ついに豊かにすることのできなかった民たちは。そんな翳りをトラバントの思考は帯びたが、しかしやはり、参詣客の笑顔は彼の心をすこし和ませた。ーー彼はつまるところそのような男だった。
     召喚師の忙しなく取り止めのない解説を聞いているうちに、やがてふたりは拝殿へと着いた。じゃらじゃらと派手な音を立てて鈴を鳴らして、召喚師が宥めるように笑った。
    「ほんと、なんでもいいんですよ」
    「む」
     トラバントはまだ困惑していたが、しかしここまで来たからには、流され切るしかない。だから腹を括って、馴染みのない硬貨を投げ入れた。
     教わった通りに頭を下げ、柏手をふたつ打つ。そうして真似をして手を合わせてみたが、どうにも落ち着かない。なんでもいい。そう召喚師は言っていたが、見も知らず縁もない異邦の神に祈るのは、どうにも調子が良いように思えて、やはり気が引けるものである。しかし目を閉じてみれば、思考は自然と収束していった。結局彼の祈るものは、それしかなかった。子らの一年が、良いものであるように。郷里が、豊かになるように。息子が、娘が、民が、一年どころかずっと、ずっと幸せで、ひもじいこともなく、争うこともなく、苦労も、つらいことも、悲しいこともなく、健やかで、ずっと、ずっと。
    (欲をかきすぎたか)
     割合真剣に手を合わせていたことに気づいて、トラバントは顎を掻いた。いささか恥ずかしくもあったが、しかしまあ、死んでしまった以上神頼みくらいしかできることはないのである。なら、いくら願ったところで願いすぎということもあるまい。そんな言い訳を胸中でして、ようやくトラバントは手を下ろした。いつの間にか詰めていた息が、白くもつれて風に流れた。
     御神籤を引こうと召喚師が言うので、トラバントはそれにも従った。うらないというものにはそれこそ子どもの遊びくらいでしか縁がなかったが、やはり深く考えるものでもないと召喚師が言うので、それも引いてみることにした。我ながら、随分と流されるものだな、と思った。
    「引いたおみくじは、よければ持って帰って、悪ければ境内に結んでいくんです」
    「ふむ」
     一番いいのが大吉で。それから、大きさが小さくなるごとに等級が下がるんです。あ、でも凶は悪くって。大凶とか最悪で。ごちゃごちゃと言いながら、召喚師はかさかさと紙を開いた。本当にせわしないやつだと思った。
    「末吉かあ……」
     小吉と末吉と吉って、どれがいいんだかよくわからないんですよね。あ、旅行、道中つつしめ、ですって。帰り気をつけたほうがいいのかなあ。そんな召喚師の声を横に聞き流しながら、トラバントも籤を引いた。糊付けされた紙は彼の厳つい指には繊細で、開くのにすこし難儀した。
    「籤、なんでした?」
    「ああ、うん。まあな……」
     興味津々と言った様子で覗き込んでくる召喚師に、トラバントは苦笑した。それから、籤を丁寧に折り畳んで懐に入れた。


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    hashi22202

    DOODLEバーハラ直前、クロ一ド神父がモブ騎士を治療する話。あとで修正するかも
     虫の声がする。
     夜は冷え込むと言っても、フィノーラの砂地を過ごしたあとの、バーハラの平原である。上掛け一枚を羽織れば、どれほどのこともなかった。ただ、夜露が僧衣の裾を濡らすので、そればかりは少し閉口した。
     松明の灯りと煙に遮られながらも、月は高く、鋭い光でもって夜空に鎮座していた。明日も晴れる。そんな天候の見方も、こう従軍していれば、いつしか覚えるものである。そうして、おのれが知らぬうちに培っていた知識を意外に思いながらも、いっそ土砂降りになってくれないかと、クロードはふと思いもした。──それで、何かが変わるわけでもあるまいが。
    「これは、神父様」
     天幕を潜ると、なじみの騎士が頭を下げた。エッダ公爵であるクロードがその呼称で呼ばれるのはあまりにも気やすすぎたが、しかしクロードは、それを気にも留めなかった。ひとつにはフリージの公女があまりにも神父様神父様と連呼していたものだから、みなそれに釣られてしまったところもあるのだが、しかしまわりから見た彼は、あまりにも「そう」でありすぎた。もっともそれが彼の公爵であることを損なうものではなかったが、しかしやはり彼は「そう」であった。彼の本質は、結局はそちらであったのだ。
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