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    hashi22202

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    hashi22202

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    戦後10年後ぐらいの息子さん、トラキア城にて
    息子さんは普通に復帰してトラキア復興をしていると言う前提です
    ちょっとだけ捏造キャラが出ます

     最後の書類に署名をして、アリオーンは伸びをひとつした。窓の外の陽は未だ高く、影も伸び倦んでいる。春にしては暖かな日で、だから窓の玻璃越しに、温む気配が多分にした。なんとなく身のうちがそわついて、アリオーンはもう一度伸びをした。
     めずらしく予定が空いていたから、なんとなくアリオーンは城内を散策しようと思い立った。このところ運動不足が続いている、動いておくのも悪くない。だから長い足を動かして、ざくざくと歩いて行った。おや、花が咲いたな。この樫もずいぶんと伸びたものだ。そんなことをとりとめなく考えているうちに、アリオーンの足は城の一角、人のほとんどこない裏手の方へと向いた。変わらず大きな椎の木が、石造りの壁に、厚い影を投げている。トラキアの城にはこのような、食える実をつける樹木がよく植えられていた。ほんとうに実用的な、無骨な城だった。ーー歴代の主人のように。
     遠征帰りの父は、息子をここへと連れ出すことがままあった。そうして親子二人して、何度か内緒の「報告会」をしたものである。それを思い出して、息子の唇はかすかに緩んだ。
     ーーさて、王太子殿。留守のあいだ、何か異常はあったかな。
     父はそう言って、木陰の壁にもたれた。アリオーンも真似るようにして背を預け、父といくつかの話をした。留守居の報奨であると称して父が菓子を取り出すので、父子はいつも行儀悪く、立ったまま菓子を頬張っていた。母上殿には内緒だぞ、と父が口の前で指を立てるので、息子も真似して指を立てた。
     父が異国から持ち帰った菓子は甘く、しかしそれ以上に、普段忙しくて構ってくれない父が話を聞いてくれるのが、たまらなく嬉しかった。だからアリオーンは子どもなりに、一生懸命報告をした。よくしてくれる侍女が嫁に行ってしまったこと、えんどう豆が食べられるようになったこと、おのれが生まれた時に中庭に植えられた杏が、とうとう実をつけたこと。そうして、穀物蔵の茶トラの猫が子を産んだと聞いた時、父は声をあげて笑っていた。
     ーーあの猫は、母親の代から気が荒くてなあ。
     わしも何度か引っ掻かれた。ダインの直系に傷を入れたのだ、蛮勇恐るべしと言ったところだな。さすがに蔵を守るだけのことはあると思った。だからそれ以来わしはあやつのことを、猫将軍と呼んでおる。
     ーー秘密だからな。
     父がまた唇の前で指を立てたので、アリオーンもやはり習って指を立てた。その猫もやがて死に、当時生まれた猫ももう残っていない。今穀物蔵を護るのはその孫か、またその子ども、さらにはその子である。気の荒さは今の代でも健在で、かつての王子の訪いにも、喉を鳴らして歓待するようなことはない。それがおかしかった。そうして、おのれにも”将軍家”のように、父から引き継がれている何かはあるのかな、と思った。
     目的の場所は、すっかり苔むしていた。長い時が経っていた。あの時の椎の木は、なお青々と枝を伸ばし続けている。歩いて暖まった体に、木陰が心地よかった。相変わらずだと思った。
     壁をざらりと撫でてみて、ふとアリオーンは違和感に気づいた。目を凝らすと苔に隠れて、かすかな横線が刻まれている。怪訝に思って苔を剥がすと、横線は一本ではなく、脇にも何かが刻まれていた。石まで崩してしまわないよう、アリオーンはそっと丹念に苔を払った。
     四。ようやく読めたのがそれだった。そうしてその上、苔を削ると、五の字が現れた。それから、六、七と。八の字を読んだとき、アリオーンはそれが何か理解していた。そうしてさらに横に日付を見たとき、それは確信に変わっていた。なぜ、父がかならずここを選んだか。なぜ、立ったまま菓子を食べるなどという不躾なことをさせていたのか。
     ーーあの人は。
     ちいさく、アリオーンは笑った。言えばいいのに。最初っから、おまえの背が測りたいから立っていろと、言えばよかったのに。そうしたらおのれは、誇らしげに、鯱鉾ばって直立してみせたから。わざわざ、こんなところまで連れ出したりしないで。
    「父上」
     たまたま通りがかったのか、遠くから息子が呼んだので、アリオーンは返事をした。随分と大きくなった。そう思ったとき、ふとアリオーンにいたずら心が兆した。きっと父も、最初はそんな気分だったのだと思った。
    「母上には内緒だぞ?」
     アリオーンは笑って、かつての標の上に背を任せた。走ってきた息子が、真似るようにして壁にもたれた。


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    hashi22202

    DOODLEバーハラ直前、クロ一ド神父がモブ騎士を治療する話。あとで修正するかも
     虫の声がする。
     夜は冷え込むと言っても、フィノーラの砂地を過ごしたあとの、バーハラの平原である。上掛け一枚を羽織れば、どれほどのこともなかった。ただ、夜露が僧衣の裾を濡らすので、そればかりは少し閉口した。
     松明の灯りと煙に遮られながらも、月は高く、鋭い光でもって夜空に鎮座していた。明日も晴れる。そんな天候の見方も、こう従軍していれば、いつしか覚えるものである。そうして、おのれが知らぬうちに培っていた知識を意外に思いながらも、いっそ土砂降りになってくれないかと、クロードはふと思いもした。──それで、何かが変わるわけでもあるまいが。
    「これは、神父様」
     天幕を潜ると、なじみの騎士が頭を下げた。エッダ公爵であるクロードがその呼称で呼ばれるのはあまりにも気やすすぎたが、しかしクロードは、それを気にも留めなかった。ひとつにはフリージの公女があまりにも神父様神父様と連呼していたものだから、みなそれに釣られてしまったところもあるのだが、しかしまわりから見た彼は、あまりにも「そう」でありすぎた。もっともそれが彼の公爵であることを損なうものではなかったが、しかしやはり彼は「そう」であった。彼の本質は、結局はそちらであったのだ。
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