「…ほら、いつものやんなさいよ、わたしに、痛いの飛ばしてよ。」
ベッドの上の手を握る。
細い点滴で命を繋ぐその手は、白く、青く、冷たい。
「そうすれば、私が死んで、蘇って、それで万事解決だろう?」
いつものように軽口を叩いているつもりなのに、声は小さく、そして震える。
「何で、君は。」
ジョンが高いところから転がり落ちようものなら、世界一硬い○だぞ?大丈夫に決まってるのに、「ワーーーッ!大丈夫かいたいのいたいのドラ公に飛んでけ〜!」なんて甘やかして、飛んでけの仕草の風圧で私を殺しておいて、「ぐぇー!風圧で殺すな!」と非難をしても、「は?お前は死んでも大丈夫だろ?」なんて悪びれもなく言うくせに。
自分のことになると、どうして。
「君は、人間なんだぞ。」
自分の口から出た言葉に、握った手にぎゅっと力がこもった。
そう、人間なのだ。
怪我をしてもすぐに治らない。
──死んでも蘇らない。
人間とは。
なんと。
弱く、脆く、儚い。
「……もう唐揚げ仕込んであるんだぞ。君が食べなけりゃ誰が食べるのかね。ジョンが丸まれなくなってしまうだろう。」
ジョンのついでとはいえ、美味しそうに食べる君を見るのは嫌いじゃない。
「観ていないクソ映画だってまだまだたくさんあるんだ。付き合ってくれるんだろう?」
楽しいことしかしたくないこの私が、飽きることなく過ごせるこの日常が。
「……君には、沈黙など似合わない。」
こんなにもあっけなく終わる可能性があるだなんて、微塵も思っていなかった。
「……唐揚げは食う……仕込んであるやつ冷凍とか出来ねぇのかよ……。」
「ロナルド君!」
小さな声。
うっすらと覗く青。
手の力は弱々しいけれど、しっかりと私の手を握り返している。
「死の縁から戻ってくるとはさすがゴリラと言ったところか。それとも三途の川のそばにセロリの花でも咲いていたのかね?」
できるだけ平静を装い、努めて明るい声をだした。
つもりだった。
「……お前の方が死にそうな顔してんじゃねーか。」
だがしかし私の声は震え、ボタボタと音を立てて涙がこぼれ落ちた。
「……ドラ公…?」
恐れたのだ。私は。
ロナルド君の、死を。
「……その痛み、私に寄越せ。」
「無理言うな。」
「お祖父様を呼ぶぞ。」
「やめろって。」
「何故だね。その痛みを引き受けたところで、私が死んで生き返るだけだ。何の問題がある?」
グイグイと涙を拭い、出来もしない提案をしてみる。
──ああ、そうか。私は。
見たくないのだな、私は。
ロナルド君のこんな姿を。
いつだって賑やかで、うるさくて、暑苦しくあって欲しいのだ。
私が作った料理を口いっぱいに頬張って、そうして臓腑が温まれば頬を真っ赤にして。
「ほら、ジョンにやるみたいに、痛いの飛んでけーってやってみろ。」
こんな、青白い顔をして弱々しく笑う姿など、私は見たくないのだ。
──だって、私は。
「……飛ばさねぇよ。お前には、やらねぇ。」
握る手のひらに力がこもる。
「痛いのは、俺だけでいい。」
その言葉に、何かがぷちん、と切れる音がした。
「ジョンの痛みも引き受けるのに?」
「は?いや、あれはただのおまじないっていうか……。」
「君は、人の痛みも引き受けておいて、なおかつ自分の痛みを一人で抱え込むというのかね?」
「いや、怪我してんのは俺だし。」
「私は君の相棒だろう!」
「……ドラ公…?」
「君だけが背負う事などないのだ。違うかね?」
「……。」
「何故、私を庇った。」
いつもは盾にするくせに。
何故、あの時だけ。
「……。」
「言え若造。返答いかんによっては……」
「復活、しねぇかもしれねぇじゃん。」
「……は?そんな事がある訳……。」
そこまで言ってハッとする。
「君……もしかしてパーティグッズの時の事を?」
「……。」
ちょっとからかうつもりで仕掛けたあのイタズラを、君はもしかして引きずっていたのか?
え?私のせいじゃないか。
復活しないかもしれないという可能性への恐怖を、まさか私がロナルド君に植え付けていたなんて。
「……私は真祖にして無敵の吸血鬼ドラルクだぞ。復活しないなんてありえん。今後はこんな真似するな。」
「ミミズ以下の吸血鬼の間違いじゃねぇのか。」
「うるさい。……だが反省はしている。だから早くその痛みを私に寄越せ。それでチャラだ。」
「嫌だ。」
「何故だね!」
「お前が痛いのは、俺のここが、ぎゅって、なるから。嫌だ。」
そう言って、ロナルド君は胸元に手を当てる。
「ロナルド君……?」
「あ、いや、べべべべ別にお前だけじゃないぞ、ジョンが痛がるのも嫌だし、あと、えーと」
ほら、アイツとか……とロナルド君は慌てたように名前を連ねようとする。
そんな風に視線を逸らして上目遣いになる時は、嘘をつく時か誤魔化したい時。
──なぁんだ。君も。
「よし分かった。結婚しよルド君。」
「は?!」
「そうすれば、分かち合うんだろう?痛みも、悲しみも、喜びも。
上等ではないか!」
「待て待て待て、何でそうなる??」
「私だって、君が痛いのは、ここが、ぎゅって、なるんだよ。」
そう言って私も胸元に手を当てる。
「……へ……?」
「分かち合うなら、いいだろう?」
そう尋ねれば、
「そ、そういうもんか……?」
とチョロい反応。
「そうとも。では婚姻届を準備してくる。印鑑はいつもの所にあるな?寝て待っておけ。」
「え?あ?お、おう……?」
ナースコールを押し、ロナルド君が目覚めた事を伝え、着替えとかも持ってきてやる、と部屋を出ようとした私に、ロナルド君が尋ねた。
「な、なぁ、俺たちつきあってたか……?」