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    ししとう

    @44toshishi

    支部にあげるほどきちんと書いてなくてTwitterにあげるには文字数が多い書きたいところだけ書いたものを投げる供養場。

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    ししとう

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    「見つけた。ロナルド君。」

     その声の持ち主は突然現れた。
     開いたドアの向こうから、当然のように敷居をまたいで。

    「……?」

     ズカズカと部屋へ入ってきた痩身の男は、ロナルド君へ歩み寄り、その細い腕でロナルド君を抱きしめた。

    「……え、ちょ…えっ?」

     動揺し、動けずにいるロナルド君。
     その肩越しから見つめてくる見知った赤。

    「……その手を離せ。」

     やっとそれだけを絞り出した私に向かって、細まる赤。

    「嫌だと言ったら?」

     挑発的に上がる口角に、苛立ちが、つのる。

    「離せ。」

     細い腕を掴む。
     非力な私だが、相手もまた非力だ。

     何故そんな事が分かるかって?
     分かるとも。

     細い体。
     赤い瞳。
     尖った耳。
     鋭い牙。
     …特徴的な角のような髪。

    「お前…ドラ公…なのか?」
    「そうとも。」

     私ではない、私。

     違うところと言ったら、長く伸びた髪くらいか。

    「ま…またじいさんの薬か何かか?お前、分裂したのか?」

     そう聞いてくるロナルド君に首を振る。

    「じゃ、じゃあ。」
    「私はね、ずうっと先の未来から来たんだ。」

     そう言うと未来から来たという私はロナルド君の肩にすり、と頬を寄せ、ちゅ、と首筋にキスをした。

     ──なんて事をしてくれる!私だってまだしてないのに!!

     言葉にできない怒りで、体が崩れ落ち、掴んでいた腕を離してしまう。

    「ふ……ん?なるほど?」

     自由になった手で見せつけるようにロナルド君の背中を撫で回され、怒りで砂山が震える。

    「まだ誰のものでもないのなら、私が貰ってもいいな?ねぇ?私。」

     そりゃあ私だもの。
     私の気持ちを知っている。

     だがふざけるな。
     私にだって段取りやら手筈やら色々都合というものがあるのだ。

    「お、おい……?」

     一人状況を読めないロナルド君が、私達を交互に見る。
     見えない火花を感じ取っているのだろうか。

    「ふざけるなよ、私。誰が貴様になど。」
    「ん?君のという訳では無いのだろう?そんな事を言われる筋合いはないな。」
    「……!」

     ニタリ。

     よく知った挑発的な笑み。
     
     そうか、この顔、こんなにも腹が立つのか。

    「だったら私が貰うまでだ。」

     肩越しに見えていた顔が、ロナルド君の顔の影に隠れる。
     尖った頬骨がかろうじて見える角度。硬直するロナルド君の体。

    「……!おい!!」

     ──流石にそれは看過できん!

     砂ごと移動してロナルド君との隙間で再生して二人を引き離す──つもりだった。

     未来から来たという私はロナルド君を拘束していた腕を解いてひらりと身を交わし、ロナルド君の手を取りその身をふわりと誘った。

     そう、まるでワルツを踊るように。

     そうして私をかわし、再びロナルド君の背に腕を回す。

    「んっふふ。残念。」

     ──うわぁ腹立つ!何だコイツ!いや、私だが!!

     考える事などお見通し、ということか。
     それはそうだ。私なのだから。

    「ねぇ?ロナルド君。私のものになりなよ。若い私よりたぁくさん甘やかしてあげるし、」

     細い指先で頬を撫で、耳元に唇を寄せて囁く。

    「気持ちいい事も、たぁくさん、教えてあげる。」

     ──ファーッ!!言いやがったコイツ!私を差し置いて!!いや、私の事だから早い者勝ちとでも言いそうだな!!?

    「え…いや、え…??」

     ロナルド君もロナルド君だ!!
     何をぽへーっとしている!!
     いつもの暴力はどうした!!

    「……ん?」
    「何だね。」
    「未来から来たと言ったな。」
    「そうだが?」
    「……未来のロナルド君はどうした。」

     突然、照明が切れたのかと思う程に部屋の空気が凍りついた。
     尋常ではないプレッシャー。

     気圧されそうなそれに何とか抗い、今度こそ解いてやろうと腕を掴むも意外な程に強い力で振り払われた。

    「……ロナルド君は、私を置いて、逝った。」

     その身を取り巻くのは、怒りか、悲しみか。

    「……ロナルド君に、」
    「手をこまねいていたとでも思うか!?この私が!」

     問いかけを、遮られる。

     ──何十年も口説いた!
     なのにあの若造は全てわかった上でノーを突きつけたのだ!
     私ならわかるだろう、己の内側に巣食うおぞましい執着を!
     貴様はそれに抗えるか!?

    「……!」

     ビリビリと空気が震えるほどの声。
     見開いた瞳。
     先程までの紳士然とした振る舞いが嘘のような形相。

    「君はただ、黙って私に噛まれていれば良かったんだ!」

     そう言うと未来の私はロナルド君の襟を掴んで引き伸ばし、噛み付くには十分な程に大きく口を開けた。

    「ロナルド君!!」

     間に、合わない。

    「ごめん、ドラ公。」

     緊張を解いたのは柔らかい声。

    「ごめんな。」

     そのたくましい腕で包み込むように痩躯を抱きしめ、詫びる。

    「俺はお前のものにはなってやれない。」

     優しいが、確固たる意思のある声音。

    「でも、その……頑張るから。無理かもしれないけど、そこにいるドラルクを悲しませないように、努力、するから。」

     大きな手で、肩に食らいついている頭を撫でる。

    「血を、飲むだけで勘弁してくれ。」

     暫くの沈黙の後、最初に動いたのは未来の私。

     ぺろりと見せつけるように自らが噛み付いた傷跡を舐め、ごくりと喉を鳴らす。

    「うーん……くどい。栄養管理がなってないんじゃないのかね?」
    「はぁ!?毎日パーフェクトだが!?」
    「……それに、若い。若いなぁ、君は。」

     くっくっ、と肩をすくめて笑う。

    「あーあ、ロナルド君ならいいと思ったんだがなぁ。」

     とても、とても寂しそうに。

    「……でも、やっぱり君じゃない。」

     その瞳もその声も。
     首筋の匂い、抱きしめた体温も。

     ──私が探しているのは、私の、ロナルド君。

    「他をあたることにするよ。お騒がせしたね。」

     そう言って入ってきたドアの方へ視線を向けると、その動きが止まった。

     震える視線の先には、開けっ放しのドア。

    「……そこに居たの。」

     目線を追うが、そこには誰もいない。

    「待って。」

     しかし赤い瞳は見えない誰かを確かに捉えている。

    「私を置いて行くな!」

     そう叫ぶと未来から来たという私は突如駆け出し、ドアをくぐった瞬間、その姿は溶けるように消えた。

     時計の秒針の音が、部屋に響く。

     恐らく短い時間の間の出来事だったのだろうけれど、酷く長い時間の出来事だったようにも感じられる。

    「……!ロナルド君!肩は?!」

     そうだ、噛まれた。
     腹立たしいが、とりあえず傷の手当をしなければ。

    「……ない。」
    「はぁ!?」

     そんなわけ、と確認するが、確かに何の傷跡もない。

    「一体……?」
    「わかんねぇ。わかんねぇ、けど。」

     ──あれは、確かにお前だった。

     その言葉に、私も頷く。

     間違いなくあれは私だった。
     おそらく数十年後、それもロナルド君の寿命が尽きるほどに先の。
     ……いや、ロナルド君が何歳まで生きたのかはわからんな。
     もしかしたら──。

     正気を、失っていたのかもしれない。
     あるいは、すでに自らも体を失っているのかもしれない。

    「ゆ、幽霊……ってことか?」
    「いや、確かに腕を掴んだしな。おそらくそれとは似て非なる──。」

     そこまで言ってハッとした。

    「そうだ!ロナルド君、あの時──!」

     聞きかけて、躊躇った。
     
     聞きたい。

     でも。

     聞きたくない。

    「あの時?何だよ?」

     私から見えなかっただけで、真実は分からない。
     分からないままにしておくべきか、それとも。

    「あ、あー……いや…その、何と言うか…。」
    「何だよ。」

     モヤモヤとした気持ちを抱えたままにすれば毎秒死ねるな、と腹を括る。

    「キス……したのかね?」

     ちらり。

     視線を向けると、三秒経ってからロナルド君の顔が見事なまでに赤く染った。

     ──そうか、やはり。

     面白くない。
     面白くない!!

     いくらあれが私であろうと私ではない!

    「……お前、嫌なのかよ。」
    「あ?」
    「……さっきの。」
    「馬鹿か君は。嫌に決まって──。」

     スナァ……と体が崩れ落ちる。

     しまった。
     危ない。
     口を滑らせるところだった。

     ごほん、とひとつ咳払いをして再生する。

    「ま…まぁ?良かったんじゃないのかね?何もかも未経験な君には貴重な──」
    「じゃあアイツにもっと色々教えてもらえば良かったな。」
    「嘘ですすみませんめっちゃ嫌でしたやめてください。」

     一息でそう言った私にロナルド君が吹き出す。

    「めっちゃ必死じゃん。」

     屈託なく笑う顔。

     ──そうか。いつか、失われてしまうのか。

    「……ロナルド君。」
    「何だよ。」

     あの私は数十年かけたと言っていた。
     それでも、その腕をすり抜けて。

    「……上書きさせろ。」
    「は?」

     返事を待たず、唇を重ねた。

     段取り?手筈?知ったことか。

    「ふぇ……?」

     今が、その時だろう。

    「な、何で……。」

     至近距離の青が狼狽える。
     頬は赤く、離した唇は微かに震えている。

    「ロナルド君、私は──」
    「何すんだよコノヤロウ!」

     振り抜かれた拳。
     崩れ落ちる体。
     え?さっきと反応違くない??

    「何で未来の私は殺さなかったのかね!」

     そうだ、あの時ロナルド君は暴力に訴えなかった。

    「あの時は!びっくりしてたし!それにあれ、お前だけどお前じゃねえから何か殴りにくかったし!」

     まさか、本当にあの私の方がいいなどと──。

    「それに!あいつとはキッ、キキキキスしてねぇし!」
    「何だと?現にあの時。」
    「ここに、ちょんってされただけだ。」

     そう言ってロナルド君は自分の唇の横を指で指す。

    「いや、あれもキス…になるのか?」
    「唇ではなかったのかね。」
    「嫌だったんじゃねえか?アイツも。アイツの言う俺じゃない俺とキスすんの。」

     そうかもしれない。
     あれ程の執着だ。
     おいそれと鞍替えなんぞできるものか。

     え、待って。
     そうすると私。

    「忘れて……。」

     羞恥に体が崩れ落ちる。

     思い込みと勢いとはいえ私はロナルド君に何をした?
     どう考えてもキスしたな?
     上書きさせろとか言っちゃったな?

    「一思いに殺してくれ。」
    「お前もう死んでんじゃん。」

     こうなったら仕方がない。
     さっと再生してお祖父様の催眠ロウソクを取ってきてパパっとロナルド君の記憶を消してしまおう。
     こんな、なし崩しなど私のプライドが許さん。

    「忘れろって言うんなら忘れる。」
    「そ、そうとも!忘れろ!うん、それがいい!いい心がけだ!」

     ロナルド君の言葉に、何とかなるかも?と期待値で体が再生する。
     その私の腕を、熱い手が掴む。

    「……ロナルド君?」
    「う、上書きじゃないキス、してくれるなら、な。」

     何だ?
     ロナルド君は、何を?

    「なんで殺さなかったのかってお前聞いたよな。本当は、咄嗟に体が動かなかったんだよ。」

     青い瞳が、視線を逸らす。

    「お前なのにお前じゃないやつにキス……あれも一応キスだよな、されて、その、お前じゃないのにって……いや、俺何言ってんだ??」

     ロナルド君は私の腕を掴んでいない方の手でボリボリと後頭部を掻きながら眉間に皺を寄せる。

     どうやら私達はお互いに混乱のさなかにあるようだ。
     突然の来訪者に平穏をかき乱されて。
     面白くないな。
     本当に面白くない。

     でも。

    「上書きじゃなければいいんだな?」

     ならば。

    「は……!?」

     面白くしてやろうじゃないか。

    「こういう時は目を閉じろ、若造。」

     楽しむことは、私の十八番なのだから。
     プライド?ふん、知ったことか。

    「んっふふ、いい子。」

     距離を縮める。
     その唇と。

    「好きだよ、ロナルド君。君が選ぶなら、この私だろう?」

     優しく触れて、

    「私は、君がいい。」

     そっと離れる。

    「ねぇ、君は?」

     触れた指先、握り返された温もり。

    「あー……さっきのキ、キス、の方がお前らしかったな。」
    「生意気な事を言う。」

     あれは確かに私だった。
     ロナルド君を失い、喪失感に苛まれ続けた哀れな末路の。
     たきつけられたのか。あるいは。

     お前はこうなるなと。

     今となってはあの私の真意は分からないが、あの私とは違うエンディングを迎えてやろうではないか。
     クソゲーだろうと無理ゲーだろうと、攻略してみせるとも。
     触れるこの唇の、温もりを失わない為ならば。
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